第6話女神湖伝説

砂利を駆ける足音。小鳥のさえずり。

水のせせらぎの音。庭を掃く音。

ゆっくりと砂利をふむ音。


(トラ)「ああすっきりした」

(カズ)「あのおじいさんに聞いてみよう」

(アキ)「そうね。姫が淵のこと?」

(ヒデ)「そうそう、姫が淵」


庭を掃く音。

砂利をふむ音、立ち止まり。

(アキ)「すみません?」

(老人)「なんじゃな?昨日はゆっくりと眠れたかな?」

(皆)「はあ?」


(老人)「ハッハッハ。夕方から朝まで皆大いびきじゃったぞ」

(カズ)「あ、おじいさん、この近くに姫が淵という

小さな池があるのをご存知ありませんか?」

(老人)「姫が淵は、この女神湖の底じゃ」

(ヒデ)「この女神湖の底?」


(老人)「そうじゃ。大雨が降ると必ず鉄砲水になるというので、

明治の中ごろに女神湖と白樺湖は人造湖として大掛かりに造成された。

それまでは二つとも小さな池だったんじゃ。蓼科山、別名女神山の影


を映すから女神湖と名付けられ、銅像まで建っておるが、その昔は

今の御泉水の湿地帯のような沼じゃった。蝶が大量に舞う季節が

あっての。戦乱の頃に諏訪の姫が飛び込んで蝶になったと言われとる」


(アキ)「それだわ、姫ヶ淵伝説」

(老人)「500年ごとに天から船が舞い降りてくるという言い伝えもある」

(ヒデ)「それそれ、UFOの話も本当なんだ」


(老人)「さらに」

(アキ)「まだあるんですか?」

(トラ)「あの匂いの事だと思う」


(老人)「その通り。この一帯はその昔麻の群生地じゃった。

特殊な麻での。しびれ、麻酔はもとより、その煙をかぐと、

大いなる幻覚に落とし込まれる。その香りがまた甘くとろり


としていて逃れがたい。戦国の忍者が煙で集団催眠にかけたのも、

ここの麻だったのじゃ。その実が冠の形をしているので冠草。

甘い夢を見るので甘夢草。忍者達は蹴毬の毬と罠にかけるとで

毬罠と呼んでおった」


(トラ)「マリワナ!」

(老人)「昭和にはいって全て伐採されてしまったのは残念じゃが」

(トラ)「今でもどこかに?」

(老人)「あることはあるんじゃろうハッハッハ」


(アキ)「おじいさん、おいくつですか?」

(老人)「さあ、わしはよう知らん。今度天からの船が来るまで、

わしは生き続けにゃならんのじゃ、ワッハッハッハ」

(皆)「どうもありがとうございました」


(カズのN)「それから1週間後。俺たち4人は御礼を持って

更なるデータを収集すべく女神湖へ向かった」


車の加速の音。爆音。

カーブをきしむタイヤの音。

シフトダウンのギアの音。

サードで上る音。


(ヒデ)「かなりきつい坂だ」

(カズ)「もうちょっとで女神湖だ」


ターボのトップに入る。

(ヒデ)「見えてきた、見えてきた」

(アキ)「そこの車止めに止めて」


ブレーキ、止まる音。

ドアが開いて下りる音。

(トラ)「今日は匂わないなあ」

(カズ)「そう毎日は匂わないさ」

(アキ)「ほら、おみやげもって、ヒデ」

(ヒデ)「あいよ。もっと一杯聞きださなきゃな」


ドアを閉める音。

4人歩く砂利の音。

(アキ)「ボート乗り場の受付が売店につながってる」


戸を開ける音。ギイ。

(アキ)「ごめんください」

(皆)「ごめんください!」


奥から女の人の声。

(女)「はーい。今開けたばかりなのですみません」


足音と声、近づく。

(女)「はい、いらっしゃいませ」

(アキ)「あのう、おじいちゃんいらっしゃいますか?」

(女)「おじいちゃん?ここにはおじいちゃんなんていませんよ」


(ヒデ)「ええっ、うそー?」

(女)「いいえ、ほんとです。私が週末だけ開けてるだけですから」

(カズ)「1週間前の夕方と早朝、ここで庭を掃いておられる仙人

のような白ひげのおじいさんに合いました」


(女)「おかしいえすね?1週間前のその時間にはここは閉まってて

誰もいないはずです。この近辺にはペンションが10軒ありますが、

そのようなおじいさんはおられません」


(トラ)「どっかからフラッとやってきたんだ」

(ヒデ)「そうかもな?」

(アキ)「とてもお世話になったんです、そのおじいさんに」


(女)「そうですか」

(アキ)「とりあえずお土産、ご家族で食べてください。ね、みんな、お礼言って!」

(皆)「どうもありがとうございました」

(女)「それは、どうも」


4人砂利を歩む音。

(アキ)「なんだったんだろうね?」

(カズ)「わからん?」


4人、アスファルトを歩む音。

車のドアを開け乗り込む音。

ドアを閉める音。

(トラ)「あっ、見て、湖の底!」

(ヒデ)「あっ、ひかってる!」


3Sが浮上する音。ウィーン、ピポパピポパピポパ。

仙人のエコーの聞いた笑い声が、

3Sの音と共に遠ざかり消えていく。

(仙人)「ワッハッハッハ(エコー)・・・・」


ウィーン…と消えていく。


(カズのN)「そしてまた、新たなる女神湖伝説が生まれた」



                       ー完ー

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女神湖伝説(ラジオドラマ) きりもんじ @kirimonji

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