避けられて


 早とちりな自分を恥じながら、憂鬱な気分で校舎に入って、下駄箱で靴を履きかえていると、後ろから声をかけられた。


「おはよっ!!」


 声をかけながら、ポンと私の背中を叩いたのは、親友の上原麻衣うえはらまいだった。


 見た目に特徴のない、地味で目立たない存在の私と違い、パーマを充てた髪を茶色に染めた、ちょっとはじけた感じの、ギャル風な女の子だ。

 見た目だけじゃなくて、性格も地味な私とは正反対だけれど、入学して同じクラスになって以来、なぜか気が合って親しくしている。

 校門でチェックを受ける常連の一人でもあるけれど、麻衣は言い訳が上手だから、何とかやりすごせたみたい。



「瑞貴ったら、なに朝から暗い顔してんの?」


「……月曜の朝からテンション高いのは、麻衣くらいだよ」


 貴弘の笑顔が、私に向けられたんだと勘違いをして、気持ちを暗くさせてるとは、言わなかった――言えなかった。


「さては、昨日のドラマで、寛斗ひろと君が、悲劇の死を遂げてしまったのが原因だな?」


 麻衣の言う寛斗君とは、今売出し中の若手アイドルグループのメンバーの一人だ。

昨日の夜のゴールデンタイムに、日曜洋画劇場の枠で、三週連続の特別ドラマが始まってた。

 恋愛がからんだサスペンスなんだけど、そのドラマの脇役で登場したその寛斗君は、事件の真相を握ったまま、誰か分からない犯人に殺されて、悲劇の死を遂げてしまっていた。


「あのドラマ、脚本やら演出やらがダメダメで、唯一の救いは寛斗君だけだったのに、なんで死なせちゃうかな……後二週あるってのに、視聴率ガタ落ちに決まってるじゃんね」



 寛斗君の話題で盛り上がる麻衣に合わせながら、自分達の教室に入った。


 私と麻衣は、前後に並んだ窓際の席。

 貴弘は、同じ列の一番後ろの席。


 二年生になって、貴弘と同じクラスに入れたんだけど、そうなってからも、一度も会話したことがない。


 たまに視線が重なることもあるけれど、その度に、すぐに眼を逸らされてしまうし、私から、先に視線を逸らすこともある。


 逃げてばかりの自分が、嫌になることもあるけど、貴弘と――罪の重さとも、正面から向き合う勇気が、私にはない。



 私達が席に着くと、貴弘の席で、二人で会話していた正樹が、傍にやって来た。


「麻衣、ちょっと話があるんだけど、今いーか?」


「なによ。私達今、楽しく女子バナでしてるとこなんですけどー?」


 麻衣が露骨に嫌そうな顔をしながら。


 正樹と麻衣は、同じ中学出身で、その頃から仲が良い。

 正樹も、麻衣と同じように、髪を茶色に染めていて、耳にピアスを嵌めてもいる。

私立高校ってことで、校則自体は緩めで、茶髪なんかはグレーゾーンだけれど、ピアスは完全な校則違反だ。

 もちろん先生に何度も注意を受けているけれど、正樹は、「俺のポリシーですから」と、それを外そうとしない。


「そううざったそうにするなよ。面白い話持ってきたんだからさ」


「面白いはなしぃ?」


「来週から夏休みだろ? 今、俺と貴弘で、どっか泊りで旅行にでも行かないか、って話してたんだけどさ。お前たちも一緒にどうだ?」


 正樹は、私と貴弘の間にあったことを、知らないわけじゃない。


 ただ、正樹は、麻衣と同じで、見かけと違って人が良いから、いつもどうにかして、私達の仲を元通りにしようと、色々考えてくれてるんだと思う。


 その旅行の話も、そのきっかけを作ってあげたいからなのかもしれない。



 だけど、逃げてばかりの私のせいで、その苦労が報われたことはない。



「夏休みかぁ。私、瑞貴と一緒にバイトする予定なんだけどな」


 麻衣が、パーマで巻かれた毛先をくるくると指にからめながら。


「バイトで金貯めて、何買うつもりなんだよ」


「無粋な正樹君には分からないかもしれないけどね、女の子はいつも綺麗でいるために、色々とオシャレにお金がかかるもんなのよ」


「……女心が分からない、無粋な男で悪かったな。でもさ、夏休み中、ずっとバイトなわけじゃないだろ? お前たちの休みの日に合わせるからさ。男二人で旅行なんかしてもむさくるしいだけだからな」


「そうだなぁ……私達の旅行費用を、全額肩代わりしてくれるってんなら、考えてあげても良いよ」


「ぜんがくぅ!? そりゃ無理だって。俺だって、少ない小遣いこつこつ貯めて、やっと今度の旅行の計画立てたんだぜ?」


「甲斐性なしめ。仕方ないなぁ……じゃあ、半額で手を打ってあげる」


「半額か……」


 正樹は、しばらく、ううんと考え込むようにしていたけれど、


「分かったよ。それでオッケー」


「商談成立ぅ!!」


 うまく丸め込んだ麻衣が、嬉しそうにパチンと指を鳴らす。相変わらず、こういうことになると、口がうまい。


「瑞貴、瑞貴ももちろん一緒に行くよね? 半額サービスって言うんだから、大丈夫でしょ?」


「えっと……私は……」


 どう答えたらいいか、分からなかった。


 貴弘と一緒に旅行できるなら、ぜひそうしたい。


 だけど、それは、昔のような関係でいたらの話。


 今の私は、貴弘にとって、ただの憎しみの対象でしかない。


 そんな私が、一緒に旅行に行くと言ったら、貴弘は、それなら自分は行かない、って言うに決まってる。



 私は、考える素振りを見せながら、貴弘の顔を、ちらりと横目で盗み見た。


 貴弘は、こっちに睨むような視線を向けていて、私が視線を向けた途端、がたり、と席を立った。


 私は、びくっ、と身体を震わせて、すぐに視線を逸らした。



 貴弘は、正樹の傍までつかつかと歩み寄って来ると、こう言った。


「正樹、俺やっぱパスな」


「なんだよ、お前、夏休みは特に予定が無いって、さっき言ってただろ?」


「……悪いけど、気分が乗らないんだよ」


 不機嫌そうな顔でそう答えると、貴弘はズボンのポケットに両手を突っ込んで、教室を出て行った。


「急になんだよ、あいつ……付き合い悪いな……」


 不満そうに、正樹が呟いた。


 だけど、そうは言ったけど、正樹は、貴弘がなんで旅行行きをパスしたのか、その本当の理由に気付いているはずだ。



 お前がついてくる旅行になんか、行くわけがないだろ――



 貴弘の睨むような視線には、そういう気持ちが込められていたんだろう。



「貴弘行かないんだ。それじゃ、私もパス」


 麻衣が、正樹に、指で×印を作ってみせる。


「え~、そりゃないだろ。三人だけででも行こうぜ」


「ヤだよ。行きたかったら、貴弘を説得してね」


 麻衣は冷たく突き放し、ぷいと正樹から顔を逸らした。



「静かにしろー。ホームルーム始めるぞー」


 騒がしい教室に、担任の先生が入ってきて、朝のホームルームが始まった。




 だけどその後、貴弘は、一時限目の授業が始まっても、教室には戻って来なかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る