【Episode:01】消えない罪

勘違い


 週が明けた月曜の早朝。


 私――鈴川瑞貴すずかわみずきは、通っている私立高校へと通じる銀杏の並木道を歩いていた。


 七月も半ばに差しかかった夏の空は、雲一つない青一色。太陽が投げかける日差しは照りつけるようではあるけれど、時折吹く風が涼ませてくれる。


 とてもいい天気で、清々しい。


 こういう朝がくると、何かいいことが起こりそうな予感がしてくる。


 出かける前に観たニュースの占いでも、一番運勢がいい日だって言っていた。


 外れることも多い占いだけど、せっかくいい運勢だったら、信じていたほうが楽しいもんね。


 私は、心を弾ませながら、校門へと続く並木道を歩いた。


          *


 門扉の脇には、厳しい指導で有名な、がっちりした体格の体育教師が、しかめっ面で脇に立っていた。


 登校する生徒たちは、週に二、三回の頻度で、その鋭い視線に晒されながら、髪型や服装なんかのチェックを受ける。


 派手な格好をしている生徒は、このチェックをどうやりすごすかで頭を悩ませられているとか。


 ただ、控え目で目立たないタイプな私は、服装も至って地味で、一度も呼び止められたことがない。



 ファッションなんかに興味がないわけじゃないけれど、目立つのは嫌い。


 楽しいことよりも、余計な摩擦が増えるだけのような気がする。


 平凡でも、退屈でも、穏やかさがあればいい。


 そんな面白みのない私は、他の生徒たちに埋もれるようにしながら、門扉へと近づこうとした時、並木道の向こう側から歩いてくる一人の男子を見て、思わず足を止めた。


 彼の名前は、牧坂貴弘まきさかたかひろ



 仲が良い幼馴染――



 でもそれは、『』と過去形で語らないといけない。


 その右手には、細く白い毛糸で編まれた手袋が嵌められている。


 夏の暑さの中でも、外すことがないのには、理由がある。



 その手袋は、隠している。



 私が犯してしまった、決して消えない過ちを――



 できることなら、悲しみが癒えないまま、すぎ去ってしまったこの五年間を帳消しにして、あの時に戻って、その過ちを無かったことにしてしまいたい。


 だけど、時間を戻すことは、誰にもできない。


 神様にだって。


 私達の仲が引き裂かれたのも、非情な神様が、そう運命づけたからなわけじゃない。


 あれは、私自身が招いた悲劇。


 私自身の過ちで、抱えることになった罪。


 でも、その決して消せない罪は、一人で抱えるには重すぎる。


 時間が解決してくれるって、最初の頃は、そう思っていた。


 友人達も、そう言って励ましてくれた。


 だけど、罪の重さは、日を追うごとに、私の中で、膨れ上がっていくだけ。


 その重さで、潰されてしまいそうにもなる。


 貴弘との関係も、何も変わらない。


 まるで、なんのつながりもない、赤の他人みたいな関係。


 けれど、その状況を変えたいとは思うけれど、変えようって踏み出したことはない。



 逃げているだけ。



 罪の重さと、貴弘と正面から向き合うことから――



 私は、今日も逃げることしかできなかった。


 その貴弘の顔を見て、すぐに顔を俯かせようとした。


 だけど、そうする前に、貴弘が、その白い手袋を嵌めた右手を、こちらに向けて掲げた。



 もしかして、私に……?



 思いもしなかった、貴弘のその行動に、私の胸は、驚きと喜びに、トクン、と一つ高鳴った。


 貴弘が私に笑いかけてくれた……?


 私のことを、許してくれたの……?


 どうしよう……笑顔を返したいけど、上手く笑うことができないよ……




 ――だけど、そうじゃなかった……




「よおっ!」


 私の背後から、男子の大きな声が響いた。


 はっ、と振り返る。


 そこにいたのは、貴弘の親友の、秋野正樹あきのまさきだった。


 貴弘が、その笑顔を向けたのは、私にじゃなくて、その正樹に対してだった。



 私は、貴弘から、全てを奪ったんだ……



 あれから、もう五年が過ぎた――


 けれど、今でも、貴弘の中にある私への憎しみは、まだ消えていない――消えるはずがない……


 たぶん、消えているのは、私と仲が良い幼馴染だった頃の思い出……


 今の私は、貴弘にとって、ただ憎しみしか感じない、うざったいだけの存在………



 俯いて立ち止まる私の横を、正樹が、駆け足に通り過ぎていった。



 しばらく待ってから、私は、ゆっくりと顔を上げた。




 そこには、もう貴弘はいなかった。



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