第34話 動植物園に行こう!前
「おう、犀葉ー!おはよう」
9時55分。駅前。
どこで待っていたらいいのかわからなかったので、駅の入口で待っていた。
この町の駅は小さい。大きな都市だと、入口がいくつもあるところがあるのだが、此処は入口は1つだけだ。
此処を通らないと駅には入れないため、此処で待てばいいだろうと判断したのだ。
その場所で待っていたら、集合時間の5分前に平沢さんはやってきた。
「おはようございます、平沢さん」
「悪い、待ったか?」
「いえ、さっき着いたばかりです」
俺の姿を見かけた瞬間、走ってきてくれた。
それが少し申し訳なくて、俺も平沢さんのところへと駆け寄る。
平沢さんの私服は新鮮だった。
紺色のボーダーのインナーの上に五分袖の白いシャツを羽織り、黒のスキニーパンツ。
髪はとくに触っていないらしく、緩いマッシュボブ。
もとから癖毛らしく、パーマをかけなくても緩くパーマがかかっているように見える。
俺の中で桃華八幡宮で1番のイケメン神主。私服もかっこよく見える。
「おー、犀葉の私服は新鮮だなぁ。璃音ちゃんも今日は可愛いね」
「 えへへ。昨日、かたおかさんにもらったの! 」
「俺も平沢さんの私服は新鮮です。相変わらずかっこいいですね」
俺の私服は、薄いグレーのジャケットに白いインナー、そして同じく黒のスキニーパンツ。
お互い休みだし、仕事じゃないと思うけど、その可能性を捨てきれなかったために、少し真面目な服装にした。
しかし、それは杞憂で済みそうだ。なら、もう少し崩しても大丈夫か、そう思い革紐のネックレスを首からかける。
璃音の服は、昨日片岡さんにもらった洋服――白いワンピースだ。
璃音が白いワンピースを選んだ理由は、おそらく生前も似たようなものを着ていたからだと思う。
以前着ていたものは汚れていた為、宮司さんに巫女服をもらった。やはり思い入れがあったのだろう。
今着ている服は、夏空の雲をイメージする涼し気な白、胸元にはレースがあり、ノースリーブタイプのものだ。
腰のところにはリボンがついていて、その分スカートがふんわりして見えて可愛い。
「ははっ、男に言われてもなぁ。てか、犀葉は暑そうな格好だな」
「いや、これが見えるから長袖にしました」
そう言って、左腕の袖を捲ると白い包帯が見えた。
これは、先日犬に噛まれたところだ。
少しずつ治ってきてはいるが、服に擦れると痛い為、未だに包帯を巻いている。
それを見て、平沢さんは「そうだったな」と言いつつ苦笑した。
「じゃあ、行くか」
「そういえば、どこに行くんですか?」
「あ、悪い。言ってなかったっけ?―――植物園だよ」
そう楽しそうに笑いながら、平沢さんは2枚のチケットを取り出して、楽しそうに笑った。
電車に乗って約1時間半。
俺達は隣の県にある植物園にやってきた。
この施設は、動物園と植物園が隣接していて、動植物園とも呼ばれている。
他にも広大な園内には、小さな遊園地などもあるそうだ。
古くからの歴史ある動物園でもあり、来場者数も国内トップレベルだ。
どうやら無料券が手に入ったからと、俺は誘ってもらえたようだ。
「 ねえ!あきら!あれ、なあに? 」
「あれはゾウだよ」
「 おはなが長い!おおきい! 」
「ははっ、璃音ちゃん大興奮だね」
平沢さんのメインは植物園だったらしいが、璃音が動物園に興味を持ったので、動物園も入ることになった。
園内に入った瞬間、璃音は様々な動物に目を輝かせて、檻に向かって走っていく。
そんな様子を平沢さんと俺は微笑ましく見守っていた。
「すいません、動物園まで入ってもらって」
「いや、いいって。俺も動物園は久しぶりで楽しいし。懐かしいなー…子どもの頃はよく来てたよ」
「 あきら!ひらさわさん!こっちだよ! 」
遠くで璃音の呼ぶ声が聞こえる。
他の子ども達と一緒に並んでいる姿を見ると、年相応であり、やっぱり普通の子どもと変わらないぁと思う。
そんなことを考えながら、平沢さんと璃音の後を追った。
「平沢さんはこの周辺の出身ですか?」
「ああ、実家はここから30分くらいかな」
「じゃあ、近いですね」
「そうだな、地元だ」
他愛のない会話をしながら、足を進めていく。
夏休み前の平日ということもあり、人はそこまで多くなかった。
やはり家族連れが多く、俺達は浮かないだろうかと思っていたが、若いカップルや大学生くらいの友人のグループの集団も見かけたので、幅広い世代に愛されている動物園なのかと納得した。
そして、璃音と一緒に周っていたら、俺も少しずつ楽しくなってきた。
「平沢さん、見てくださいよ!あのライオン、山中さんっぽくないですか?」
「 ライオンさん、かっこいいー! 」
「ぶはっ、確かに!てか、立花じゃなくて?」
「立花には、あんなかっこいい動物は当てはめません」
「ほんとにお前ら仲が良いよな」
「今の発言からどう見解したらそうなるんですか」
俺同様に平沢さんも楽しんでくれているようだった。
基本的には、平沢さんは好奇心旺盛で、人当たりも良く、時々からかってくるけど、楽しい人だ。
それに、璃音に対しても、優しいお兄さんとして接してくれるので、璃音も平沢さんのことは気に入っているようだった。
神社でも、俺が研修中の時は、よく平沢さんや祿郷さんといるのを見かけるし。
「あー、楽しかった。さて、遅くなったけど、お昼を食べて植物園に行くか」
「はい。夢中になっちゃいましたね」
「 動物園楽しかったー! 」
お腹がすくのも忘れて、童心にかえったように、すっかり夢中になってしまったようだ。
気付けば12時を越え、13時をまわっていた。
遅い昼食は、園内のレストランでとることにした。昼食時間をずらしたせいか、人は少なく、混雑はしていなかった。
俺と平沢さんはハンバーガーのランチセットを注文し、先程と変わらず他愛のない会話を楽しみながら昼食の時間を過ごした。
「おおっ」
「 すっごーい 」
「ほら、行くぞ」
昼食をとった後は、俺達は植物園へと向かった。
植物園というところに、俺は行ったことがなかったので、すごく新鮮だった。
本当に、緑が豊かなところだった。
日本で有名な桜や梅の木は勿論のこと、お花畑や温室があるようだった。
他にも日本庭園やそれに見合った一軒家が建っていて、これが日本の古き良き田舎の風景か、と感動している自分がいた。
「ここ、良いですね。気持ちいいです」
「だろ?此処、昔から好きなんだよ。なんかこう、マイナスイオンっていうのかな、感じられるよな」
「そうですね」
青い夏の空に映える緑。
風が吹くと、ざわざわと木々が揺れる。
ああ、木々はこんな風に震え、音を出すのかと思った。
時折平沢さんは小道から顔を出す竹に触れ、目を閉じている。
俺も真似して、竹に触れた。
「竹、気持ちいいー…」
竹は神秘的な植物であり、霊力が宿る植物だといわれている。
真っすぐ天に向かって凛々しく伸び、その下には余計な雑草は生えない。
表面も固く、その力強さの象徴とされている。
童話の「かぐや姫」が生まれたのも竹だ。
1ヶ月前、式神で靄を捕えるため、どの植物にするべきか悩んでいた俺に、平沢さんがそう教えてくれた。
「え、平沢さん!?えぇっ!?」
やっぱり植物に触れるっていいなぁと思っていると、突如平沢さんがポケットから呪符を取り出した。
そのまま地面に置くと、長い竹が天に向かって伸び始める。
平沢さんが出した竹は、根元も太く、まっすぐ伸びる竹稈、その枝からは切れそうなくらい鋭利な葉が数枚ついていた。
力強さがにじみ出る美しい竹だ。
「こんなところで、こんなことをしてもいいんですか!?」
「大丈夫。これは、見えないから。犀葉もやるか?持ってるんだろ?」
「も、持ってますけど…、」
そう言って、俺もポケットから呪符を取り出す。
勿論塩水も持ってきている。出かけた先で何があるかわからないので、いつも持ち歩くことが日課になっているのだ。
これはもう桃華八幡宮の神主の宿命なのだろう。
そんなことを考えつつ、俺も地面に呪符を置く。
先程触れた竹をイメージしながら、ゆっくりと念を込めた。
すると、俺の呪符からもすくすくと竹が育ち、その枝から細長い葉をつくる。
「おおっ、上手くなったな」
「ありがとうございます」
平沢さんに褒められたのは純粋に嬉しかったが、やはり平沢さんのと比べて首を傾げてしまう点が多かった。
簡単に言うならば、俺は一般的な竹で、平沢さんのは立派な竹だ。
両方を触れてみても、表面の強度も差があるように思う。
靄を捕えても、そう簡単に壊れない竹にしたい。そう思い、イメージを固めるために再度本物の竹に触れては作るということを繰り返した。
「次は温室だな」
「はい。……あれ、璃音?」
式神の竹と格闘後、俺は平沢さんについて温室の建物に向かっていた。
その途中で、ふと璃音の姿が見当たらないことに気づく。
どこに行ったのだろうか、と思い振り返ると、数メートル後ろに璃音はいた。
じっと地面を見つめているので、不思議に思いながらも俺は璃音に駆け寄る。
「どうした?ん、なにこれ」
「 落ちてたの 」
そこには1枚の紙が落ちていた。
それを拾って読んでみると。子ども向けのキャラクターが植物の仕組みについて説明している紙だった。
おそらく、この植物園で配布されている子ども向けのガイドということだろうか。
ここにあるということは、おそらく子どもの落とし物だろう。
「 あきら、何て書いてあるの? 」
「えーっと…、" 植物は、根から土の中の栄養と水を吸い上げて、成長します。また、太陽の光で光合成をおこない、二酸化炭素を吸収して、酸素を出します。酸素は私達、人間が呼吸するのに欠かせないモノです"」
「犀葉、どうした?」
俺と璃音がしゃがみこんだまま動かなかったので、首を傾げながら平沢さんも駆け寄ってきた。
そして、俺の手にあった紙を覗き込んで、小さく笑う。
「子ども用の奴か。懐かしいなぁ、俺は理科苦手だった」
「俺もですよ。生物の人体解剖とかも苦手でした」
「 ねえねえ。これ、もらってもいいかな? 」
「落ちてたし、いいんじゃない?」
「 うん!お花のお勉強する! 」
周囲を見渡しても、人はいなかった。やはり動物園と比べると人は少なくなる傾向があるのだろう。
歩いている人は、子どもというよりも大人が多かった。
なら、いいだろうと勝手に判断して、俺は璃音にその紙を渡す。
すると、璃音は嬉しそうに笑うのを見て、俺もつられて笑みになるのを感じながら璃音の頭を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます