第33話 お宅訪問

※アニメやゲームの話が飛び交います。

予めご了承ください。








 

 

「さーいばくん」

 

「え、片岡さん?なんですか。その顏」

 

 

昼のご祈祷を終え、控え室に戻ってきた俺。

それを待ち構えるように立っていたのは――片岡さんだった。

俺がご祈祷にあがる前は、設楽さんがおさがり作りをしていたはずだ。

いつの間にか変わったのだろうか。

それにしても、その表情があまりにも満面の笑みで怖かった。

 

 

「僕、3ヵ月後に誕生日なんだよ」

 

「……けっこう先ですね」

 

「だから、今日1つお願いを聞いてほしいんだ」

 

「え、今日ですか?誕生日は3ヵ月後なのに?すごく嫌な予感しかしないんですけど」

 

 

ニコニコと笑みを向けたまま、俺の両肩を掴む。

怖くなって俺が一歩下がるたびに、片岡さんが一歩ずつ近づいてくる。

不安になりつつも、もう一度「なんですか」と聞くと、片岡さんは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの笑顔で言葉を発した。

 

 

「璃音ちゃんのことなんだけど」

 

「え、璃音はあげませんよ」

 

「違うんだよ!確かに可愛いけど、いや、可愛いからこそのお願いであって!」

 

「……はい?」

 

 

言葉が切れるたびに、肩を掴む力が強くなる。

ほんのりと頬を染めて、話し方に熱が入っているようだ。

え、なんか本当に恋をしているような感じではないだろうか。

いや、体格は30代のおじさんと小学生の少女だ。

しかし、この人は「自他共に認めるアニメ好きロリコン」だ。

あり得るかもしれない。この人ならやりかねないが、ただの変態の犯罪者だ。

いろいろ勝手に失礼なことを想像しつつも、俺は次の言葉を促した。

 

 

「は、話は聞きましょう」

 

「実は、璃音ちゃんに……僕の作った服を着てほしいんだ!」

 

 

 

―――その想像の遥か斜めを飛んで行った発言に、俺の思考が完全に停止した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「散らかってるけど、ごめんね。どうぞ」

 

「……お邪魔します」

 

「 お邪魔しまーす 」

 

 

午後18時。

俺は片岡さんの住むアパートへと向かった。

先程「自分が作った服を璃音に着てほしい」とお願いをされたのだが、着るのは璃音なのだ。俺ではない。

そう思って、璃音を呼ぶと、2つ返事で了承した。アニメキャラクターのの服と言ってもあまりわかっていないようだ。

以前から「可愛い服が着たい」と言っていたので、ありがたい話だった。

他の人には見えないからこそ、璃音の服は購入するのは難しい。

小学生の服を俺みたいな若い男が買っていたら絶対に怪しいだろう。

 

まあ、1つ心配事があるとするならば、片岡さんは" アニメ好き "のロリコンなのだ。

 

 

「 わあっ、すごーい!可愛いお人形がいっぱーい! 」

 

「……うわぁ」

 

 

その部屋には、たくさんの女の子がいた。

より詳しく言うと、たくさんの女の子のフィギュアだ。

玄関から入って、正面の扉にあるリビングには、様々なアニメのフィギュアや漫画、小説などが入っている棚が周囲を壁を覆うようにぐるりと囲み、その中央に大きなテレビが置いてあった。

 

話を聞いてみると、片岡さんは神社の寮には住んでいないらしい。

その理由を聞くと、寮だと1Kで狭いし、趣味だけの私室がほしいからと言っていた。

ということは、と考えて視線を奥の部屋へと移す。

そのまま俺は片岡さんについて、足を進めた。

 

 

「 わぁ!すごーい! 」

 

 

その扉を開けて、見えた光景に璃音が楽しそうにはしゃぐ。

この部屋は先程よりかはシンプルだった。

机、椅子、クローゼット、ベッド。家具は、俺の部屋とあまり変わらない。

壁に沿って大きな机が2つあり、その1つの机上にデスクトップが置いてあった。

その隣にも棚があり、中にはゲーム機が置いてある。

もう1つはミシンが置いてあった。おそらくここで服を作っているのだろう。

本棚もいくつかあるが、先程みたいに壁が見えなくなるほどではなかった。

 

 

「ここは作業部屋なんだ」

 

 

そして、璃音が興奮するような声をあげたのは、置いてあったマネキンに飾られていた洋服だった。

ハイネックの赤い長袖の洋服に、胸には白い十字架と白い斑点が2つ、そして黒い短いスカート。

うん。これは見たことある。7人の魔術師が7騎の使い魔を召喚して戦うゲームに出るヒロインの1人の服装だ。

ちなみに、俺は騎士王派だった。いやいや、俺は何を考えているんだ。

 

 

「 ねえ、この服を着るの!? 」

 

「これは僕のお気に入りだから飾ってるだけなんだ。璃音ちゃんには、こっち!」

 

 

そう言うと、近くに会ったクローゼットを開けた。

その光景に俺は目を疑った。

クローゼットなのだから、普通の場合自分の服をかけたりするだろう。

しかし、片岡さんのクローゼットの中には、すべて女性モノの服が入っていたのだ。

いつくか見たことがあるデザインがある。

その数、約20着ほど。これを全部1人でチクチクと縫いながら作ったのか。

思った以上のクオリティの高さに、尊敬の念を抱く。

 

 

「……うわぁ」

 

 

本日2回目の情けない関心の声が漏れた。

 

 

「璃音ちゃん、どれがいい?今日は、着てくれたら1着プレゼントするよ」

 

「 ねえ、あきら!どれがいいかな? 」

 

 

少しだけ複雑な俺の気持ちとは裏腹に、目の前の2人は楽しそうだ。

そして、璃音が俺の腕を引きながらクローゼットへと誘導した。

 

 

「え、えーっと…」

 

 

楽しそうな片岡さんと、きらきらとした表情で俺を見つめる璃音。

とりあえず、服を見てみようかと思い、ハンガーにかかっている服をいくつか手に取る。

本当に様々な服が並んでいた。学校の制服から、アニメのキャラが着ているようなレースがたくさんついているワンピースなど。

その時、ふと1つの服が目に入った。

 

 

「あ、これ…」

 

「さすが犀葉君!これを知っているとは…!」

 

「 あきら。これ好きなの?じゃあ、これを着たい! 」

 

 

目に入ったのは、とある魔法少女の制服だ。

魔法の力を持った少女が、ステッキを使って、逃げ出してしまった魔法カード達を集める物語だ。

目の前にある服は、その主人公である女の子が学校に行く時に着ているセーラー服だ。

黒い上着、襟は白で赤い1本のライン、白いスカーフ、スカートも白色だ。

ここまで忠実に再現されていると、本当にすごいと思う。

 

 

「うん。璃音ちゃん、そっちの部屋使っていいよ」

 

「 うん! 」

 

「え、あ、ちょっと…!」

 

 

俺の手にあった服をひょいっと璃音が持っていき、リビングの方へ消えて行った。

いや、別に着てほしいわけではなかったんだけど…、そう呟いた言葉は、璃音には届かなかった。

それを唯一聞いていた俺の上司は、まあまあと俺を宥めるように笑った。

 

 

「 じゃーん! 」

 

 

数分後、明るい掛け声と共に、着替えた璃音が出てきた。

 

 

「待ってました!」

 

「……おおっ!」

 

 

制服のサイズは璃音とぴったりだった。

物語の主人公の少女も同じくらいの年齢であり、髪の色も似ている。璃音の方が少し濃いかな。

年相応で可愛い。あとは、髪を結び、ローラーがついている靴で走ってくれたら完璧だ。

 

 

「 あきら、どう? 」

 

「うん、可愛い」

 

 

素直に言葉が零れた。

俺にしては珍しく即答したからだろう。

一瞬目を丸くしたが、嬉しそうにはにかむ姿がまた可愛かった。

 

 

「 ふふっ、でも、もっと可愛い服が良いなぁ。ふわふわした服がいい! 」

 

「ふわふわかぁ。じゃあ、これはどうかな?」

 

 

俺が褒めたことで気を良くした璃音は、再度クローゼットに向かう。

そこから片岡さんと璃音のファッションショーが始まった。

ふわふわとした服ということで、片岡さんの私室にあった赤い服のヒロインと同じアニメに登場する少女に洋服だった。

上は紫色の洋服、胸元には同色のスカーフ、下は桃色のスカート。一緒にコートや帽子もあったが、被らなかったようだ。

先程と服装は大きく変わっていないが、これもまた可愛いと思う。

 

 

「うーん、可愛いけど、季節が違うんじゃない?」

 

「 じゃあ、袖が短くて、あともっと可愛い色が良い! 」

 

 

俺の意見と璃音の感想をもとに、再度お着替えタイムが始まる。

次に着がえてきた服は、けっこう昔に流行った魔女っこ見習いの少女達の魔法服だ。

ピンク色の三角の帽子に、同じ色のワンピース、スカートは花びらのような形をしていた。

手にはきちんとステッキを持っている。本当に抜け目ないよな。

 

 

「可愛いよー璃音ちゃん!ねえ、どう?犀葉君」

 

「……か、可愛いんですけど、俺は紫の子が好きだった…じゃなくて、さすがに派手すぎませんか?」

 

 

片岡さんはこぶしを握り、すごく興奮しているようだった。

俺も正直なとこと、少しだけ楽しい。

着ている服の元となったアニメは原作共に好きだったし、服は細部まで丁寧に作られているし、璃音も可愛い。

でも、少しだけ複雑な気持ちでもあるのだ。

アニメとかの話がわかない少女に可愛い服だからと着せて、それを楽しむ大人が2人いる。

 

 

「 うーんと、可愛いんだけど……ねえ、もう少し大人っぽい服はないの? 」

 

「よし、じゃあ、これは?」

 

 

さらに着替えタイムに入る。

次は、怪異と呼ばれるモノ達が登場する物語の、少女の姿をした吸血鬼の服装だ。

白いキャミソールワンピース1枚。夏を通り越して、これは下着姿ではないだろうか、と目を疑ってしまう。

色気があってすごく可愛いんだけど、露出が激しすぎる。

 

 

「 可愛い! 」

 

「うん。可愛いよ。これにする?あ、犀葉君はどうかな?」

 

「……あの片岡さん」

 

 

一瞬見惚れてしまいそうだった自分を心の中で叱咤しつつ、璃音と一緒に鏡の前ではしゃぐ片岡さんの肩に手を置く。

視線は璃音に向けられず、がっくりとうなだれながら言葉を発した。

 

 

「……あの、普通の洋服はないんですか?」

 

「あるよ?」

 

 

これ以上このファッションショーに付き合っていたら、片岡さんと同じ泥沼に入ってしまいそうだった。

自身の脳内に流れる警告音を聞きながら、絞れ出すように言葉を発したのに、片岡さんの返事は随分とあっさりとした口調で返ってきた。

その言葉に驚いて顔を上げると、片岡さんは別のクローゼットから3着ほどの服を取り出す。

 

 

「でも、普通だよ?なんの面白味もないよ?」

 

「 わぁっ!可愛い! 」

 

 

服を見た瞬間、璃音は相変わらず楽しそうにはしゃぐ。

璃音にとっては、アニメのキャラクターが着ていた服とかは関係ないのだろう。

純粋に可愛い服だと楽しんでいるようだった。

 

璃音の純粋さを見ていると、良心がチクチクと痛む。

 

 

「……切実にそっちでお願いします」

 

「 うん!これも着たい! 」

 

 

―――危うく踏み入りそうになってしまった扉の前から、やっと一歩引けた俺は、大きな溜息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ふふっ。楽しかったね、あきら! 」

 

「……そ、そうだなぁ」

 

 

帰る頃には、陽が沈み辺りは真っ暗だった。

街灯がぽつぽつと光る道を、俺は璃音と一緒に歩いて帰っていた。

 

璃音の手には、片岡さんからもらった洋服が入った袋が握られている。

よほど嬉しかったのだろう。

「俺が持とうか?」と聞くと、「自分で持つ!」と言って、その袋を離さなかった。

片岡さんに「ぜひまた遊びに来てね」と言われても、素直に頷いてしまったのは璃音が楽しそうだったからだ。

いや、俺も楽しかった。好きなアニメのキャラクターの服を着ている璃音を見て、喜んでしまった。

だからこそ良心も痛む。痛んでいるうちは、きっと大丈夫なはずだ。

 

 

「……ん?あ、平沢さんだ」

 

 

そんなことを考えながら歩いていたら、ふと後ろのポケットに入っていた携帯電話が震えた。

携帯を取り出し、画面を操作してみると、1件の新規メッセージが入っている。

 

 

「連絡遅くなってごめん。明日、10時に駅集合で……あ、そうだ。明日約束してたんだった」

 

 

そうだ。

明日は金曜日で休みだった。

「1日付き合ってくれ」と言われて、予定はなかったし、2つ返事で承諾した。

しかし、行き先は教えてもらっていない。

駅に集合ということは、どうやら近場ではないらしい。

 

 

「 あきら、明日はお出かけするの? 」

 

「うん。平沢さんと一緒にね」

 

「 それってお仕事? 」

 

「仕事じゃない……と思う。お互い休みだし」

 

「 じゃあ、このお洋服を着てもいいかな? 」

 

「うん、いいよ」

 

 

楽しそうな笑みを向けて聞いてくる璃音に、俺は頷きながらその頭を撫でる。

はにかむ笑顔が可愛いなぁ。

そう思いながら、平沢さんへの返信の文字をうっていく。

 

 

「連絡ありがとうございます。わかりました。明日、よろしくお願いします!っと、よし」

 

 

そのメッセージを送信して、再度璃音に視線を向ける。

 

 

「……璃音?」

 

 

先程の楽しそうな笑顔が消え、ただ正面を凝視していた。

不思議に思いつつ、俺も璃音の視線の先を追うように見る。

 

 

(……男の子?)

 

 

前方から自転車に乗って走ってきたのは、―――男の子だった。

夜道のせいで、暗くてあまりはっきりとは見えない。

街灯に照らされたことで、一瞬はっきりと姿が見えたくらいだ。

しかし、何か嫌なモノも感じない。

首を傾げながら璃音を見ても、ただその少年をまっすぐ見つめている。

 

 

「……璃音、どうかした?――えっ!?」

 

 

璃音に問いかけ、足を止めた数秒後に、その自転車に乗った男の子とすれ違った。

学生服を着ていたように思う。おそらく中学生くらいだろうか。

その男の子は、まったく俺に視線も向けていなかったのだが、すれ違った瞬間、―――そこにいた " なにか "が俺達を見た。そう感じた。

その「なにか」はわからない。だからこそ、不安になる。

 

 

「 あきら、大丈夫みたい。帰ろう 」

 

 

今まで黙り込んでいた璃音が、俺を見上げて小さく笑う。

不安そうな表情をしていた俺を安心させるように、そっと手を繋いでくれた。

 

 

「そうだな、帰ろっか」

 

「 うん! 」

 

 

その手をしっかりと握り返し、俺は再度歩き出す。

心の中では、先程のことが頭から離れなくて少し不安だった。

そんなことを考えていたら、無意識のうちに繋ぐ手に力が入っていたようだ。

俺の身を案じるように、璃音がゆっくりと俺を見上げる。

 

 

「あ、ごめん。痛かった?」

 

「 ううん。あきらの手、あったかいね 」

 

 

俺に合わせるように、璃音が握る手に力を込めた。

璃音の手は、温かくない。だけど、冷たくもなかった。

言葉にするならば、―――無だ。

何故なら、璃音は霊体であって、そこに温度なんて存在しない。

ただ、触れているという感覚だ。

 

 

「璃音も温かいよ」

 

「 ふふっ。嬉しい 」

 

 

―――だけど、俺を安心させるように、手を握り返してくれる璃音に、俺の心が確かに温かくなるのを感じた。








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