第35話 動植物園に行こう!後




「 わぁっ!あきら、あれなに? 」


「あれ、はサボテンかな」


「 お花もいっぱいだね! 」


「璃音ちゃんに似合いそうだね」


「 ふふっ 」



温室には、温かい環境でしか育たない植物や、気温管理をしないと咲くのが難しい花などが展示されていた。

璃音は色とりどりのベゴニアの花に目を奪われて、楽しそうにはしゃいでいる。

本来なら写真を撮ってあげたいのだが、璃音は被写体に映らないため、仕方なく気に入った花の写真を何枚か携帯のカメラで撮っておいた。



「ッ、いてっ」


「気を付けろよー」



そして、サボテンの前では、俺と平沢さんは相変わらず式神を使ってまったく同じものを生み出す練習をしていた。

ただ、竹と違ってこの温室では人も多くいたので、小さい手のひらサイズでの練習だ。

ぽんという破裂音と共に生み出されたサボテンを、何気なく触ってみるとそのトゲは鋭く痛かった。



「なんか、神力エネルギーって難しいですね。植物も多種多様でややこしいです。はぁ、俺はなんで『木』なんだろう」


「んー?『木』は嫌だったか?」


「いや、そういうわけでは…っ」



何気なく零れた本音に、平沢さんから言葉が返ってきたので慌てて首を振る。

気を悪くしていないだろうか、そう思いながら平沢さんを見ると、その表情は少しだけ楽しそうだった。

俺の言葉で、そんな表情をされるのが意外で、俺は途中で言葉を飲み込み、首を傾げる。

すると、平沢さんは自身の手のひらにあった呪符に、視線を向けながら、ゆっくりと言葉を発した。



「なんていうかさ、どこかのモンスターアニメじゃないけど、やっぱりその神力エネルギーになったのは、理由があるんだと思う。いや、むしろそのエネルギーを持つからこその性格、っていうのかな」


「……性格?」


「んー、例えばさ、山中は『火』だろ?どう思う?」


「ぴったりだと思います。すごく男らしくて、かっこよくて、口に出す言葉1つ1つに熱意を感じます」


「そうだな。そんな感じ。じゃあ、祿郷は?」



そう。山中さんは、熱い男だ。

良いことも、悪いことも、素直に全力で俺にぶつけてくれる。

それが気持ち良くて、俺の中ですごく憧れている人だ。

俺もそんな風に、まっすぐ気持ちをぶつけられる人になりたい。この神社に来てそう思ったのだ。


祿郷さんは……、ってあれ?



「あれ、祿郷さんの神力ってなんでしたっけ?」


「祿郷は『水』だよ」


「『水』かぁ。『水』には関連するかわからないですけど、祿郷さんっていつも落ち着いていますよね。常に第三者の目線で物事を見て判断し、的確な指示をくれます。先輩の信頼も厚い人だし、個人的には桃華八幡宮で一番憧れている人…だったりします」


「あははっ」



最後の方は少しだけ恥ずかしくなって、誤魔化すように言ってしまった。

その瞬間、平沢さんは突如お腹を抱えて笑い始めてしまった。

え?なんで?俺は何かおかしいことを言ってしまったのだろうか。



「あー…胃が痛い。そうだな、祿郷は犀葉が思っている通りの男だよ。『水』は冷たく静かだ。そこあるのは言葉の通り" 冷静 "さだと思う。山中が灼熱の太陽だったら、祿郷は深底の海って感じだな。山中とは正反対な性格ををしている」


「山中さんと正反対、ですか?」



いろいろと思い返しながら首を傾げる。

落ち着いている人だとは思っていたが、そこに情熱がないとは思ったとこはない。

むしろ似た者同士ではないだろうか?

そういうと、平沢さんはにんまりと笑みを深めて、人差し指を立ててゆっくりと左右に振った。



「『水』は『火』の力を借りて温められるんだよ。だから、山中のが少し移ってるのかもな。もちろん逆もしかり。」


「あ、そっか。確かに」



ちょっと無理矢理かもしれないけどな、と苦笑する平沢さんに、俺は否定するように首を振った。

そう言われて俺は納得したのだ。確かにそうかもしれない。

そういう風に考えたら、少しずつ楽しくなってきた。



「じゃあ、平沢さんもぴったりだと思います!」


「え?俺?」


「はい、だって植物が小さい頃から好きだったし、物腰が柔らかくて、人のことをよく見て、耳を傾けて聞いてくれて、いつも相談に乗ってくれて、その人に合った答えをくれる柔軟な考えを持っていると思います!」


「……」


「これって植物の進化の多様化と連想できませんか?『木』は『水』の力を持って育ち、『火』の力になる。祿郷さんと山中さんを支えている、平沢さんにぴったりですよね?」



俺の言葉に、きょとんと目を丸くしたまま固まってしまった平沢さん。

勢いのまま言ってしまったせいで、理解ができなかったのだろうか。

もしかして、いろいろとこじつけすぎて、わけわからないことを言ってしまったのだろうか。

驚いた表情のまま固まる、平沢さんの表情が意外だなと思った瞬間、照れた顔を隠すように額を押さえて俯いてしまった。

おぉ、平沢さんの照れる顏はレアだ。



「あ、照れました?嬉しいですか?」


「……くそ、ムカつく。じゃあ、仕返しだ」


「えっ?」



そう言いながら、平沢さんは吐息を1つ零し、意を決するようにして顔をあげた。

濃いブラウンの瞳が、俺をまっすぐ捉える。



「……犀葉はさ、『木』の神力が嫌みたいだけど、俺は合ってると思うよ。犀葉はさ、いつも真っすぐで、感情も、意見も、全部俺達にぶつけてくれる。

そして、ただぶつけるだけでなく、その枝を伸ばすように、誰に対しても、人にも『此の世ならざるモノ』にも平等に耳を傾け、

何でも吸収しようとする柔軟さと優しさを持っている」


「……いや、そんなことは、っ」


「今はさ、まだ育ち盛りで、いろいろな意見を聞きながら、どのように枝を伸ばすか迷っているように見えるけど、根幹である芯がしっかりしているから、

きちんと自分自身で考えて答えを出せると知っている。そんな犀葉だからこそ、俺も含めてみんなはお前と正面から向き合って、安心して気持ちをぶつけられる。

そういう魅力があるんだよ、お前は」



ああ、平沢さんが先程言った「仕返し」というのは、そう意味だったのか。

正面で向き合って褒められるって、なんて恥ずかしいんだろうか。

思わず、俺は両手で顔を覆ってしまった。



「……もう勘弁してください」


「どうだ、俺の気持ちがわかっただろう」


「 ……あきら? 」



してやったりという笑顔で、俺を見てくる平沢さん。

そんな俺達を、璃音は首を傾げながら不思議そうな表情で見ていた。



「 ふふっ!楽しかったね 」


「ああ、そうだな」


「それは、良かった」



植物園を一通り見学した俺達は、帰路についていた。

電車の中では、璃音は乗り物に乗るということが未だに新鮮らしく、楽しそうに窓の外を眺めていたのが微笑ましかった。

帰り道でも今日の思い出話を振り返っていたら、あっという間に電車は駅に着いた。


時刻は18時すぎ。

平沢さんのアパートは、駅からは俺達と逆方向の筈だったが、なぜか俺達のアパートの方角へと歩き始めた。



「あれ?家こっちでした?」


「いや、家に食べ物が何もないから、スーパーに買い物に行こうと思って」


「あ、そうなんですか」


「ああ。……話をまた戻すけど、犀葉は今日どうだった?」


「楽しかったです。いろいろな植物を見て勉強になりました」



植物園には行ったことがなかった。

自然は嫌いではないのが、植物に特別興味があったわけでもない。

桃華八幡宮の神主になり、「木」の神力エネルギーを使える今だからこそ興味を持って学べたと思う。

想像ではなく、実際に植物に触れ、「生命」のエネルギーを感じとることができた。



「そうだな。『木』のエネルギーと言っても、植物の種類だけでなく、植物の特性や組織とかも参考にしてみてもいいと思うよ」


「……植物の特性や組織」



確かに俺は、呪符を使う時に、どの植物が良いのか考えて調べた。

植物を選ぶのではなく、植物そのものの特性や習性なども参考にできる、ということか。

それは考えたこともなかった。一度考えてみてもいいかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていた足を、ふと止める。



「……あっ」



帰り道にある小さな公園。

そこに1人の学生服を着た男の子が座っていた。

あの男の子は見たことがある。

先日、犬に噛まれた日に病院に行った帰り、この公園に座っていたのを見かけた。

そして、その後ろにも、もう1人いたのだ。



(……今日もいるんだなぁ)



学生服の男の子の後ろにいる『此の世ならざるモノ』。

先日はチラ見程度しかしなかったが、足を止めた俺を怪しむように2人の瞳が俺に向いた。

4つの瞳に見つめられて、ごくりを息を飲む。

その瞬間、突然後ろから軽く頭を叩かれた。



「こーら、犀葉。行くぞ」


「あ、はい」



そのまま背中を押され、止まっていた足を前に出す。

不審者に思われてしまっただろうか、そう考えていると、視線を前方に向けたまま平沢さんが言葉を発した。



「ああいうのは見るな。" 見える "と知られたら、お前についてくる」


「すいません、無意識でした」


「自分から見えますアピールはするなよ。また変なのに目を付けられる。手を差し伸べるタイミングは見極めろよ」


「……はい」


「特にお前は危なっかしいからなー。じゃ、俺はここで!まっすぐ帰れよ!また明日」


「は、はい!ありがとうございました!」


「 ありがとー! 」



俺の背中を軽く叩き、十字路を右に曲がって歩いていく平沢さん。

上半身だけ振り返り手を振ってくれたので、俺と璃音もその場で、平沢さんに手を振り返した。

平沢さんが俺達に背を向けたのを確認し、俺と璃音は再度歩き始めた。



「……手を差し伸べるタイミング、か」



神主になり、周囲の人みんなが『此の世ならざるモノ』が見える環境に俺はいる。

だからこそ、少し麻痺をしていたのかもしれない。


見える方が異質なのだ。


最近の渚さんの件で、再認識した。

見えることは『ヒト』にも『此の世ならざるモノ』にも知られないようにしないと。

邪気祓いができる神主だと自覚した上で、今後は行動には気を付けよう、そう心の中で決めた。





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