第28話 面談



「どうぞ、入ってください」



邪気祓いのテスト後、急な個人面談が入った。

言われるがまま俺は、宮司さんと祿郷さんの後ろを歩き、宮司さんの部屋に入る。

部屋に入ったら、すぐに祿郷さんが手慣れたようにお茶を淹れる準備を始めたので、手伝おうとしたら宮司さんに止められた。



「祿郷くんに任せてください。さあ、さっそく始めましょう」


「よ、よろしくお願いします…!」



祿郷さんに「ありがとうございます」と頭を下げると、手は止めずににっと笑みを向けられた。

そして、宮司さんの正面の椅子へと歩を進め、一礼をしてから腰かける。

すると、俺の後ろについてきていた璃音も、ぎこちない動きで俺の真似をして一礼をして俺の横に座った。



「ふふ、緊張しなくても大丈夫ですよ。肩の力を抜いてくださいね。さてまずは、今日のテストの感想を聞かせてください」


「はい。えっと……、昼のご祈祷はミスなく、堂々とできたと思います。少しずつ体で作法を覚えられてきました。ただ、緊張していたので、動きが少しぎこちないかもしれません」


「そうね。確かに堂々とできていました。動作もできています。ご祈祷中は緊張感のある雰囲気でいいと思いますが、ご祈祷後の最後の言葉かけは、少し肩の力を抜いて話せると良いですね。こればかりは経験を積まないと慣れないものですが、常に自然な笑顔を心がけてくださいね」



そうなのだ。

宮司さんの言う通り、昼のご祈祷では、緊張して肩に力が入りすぎてしまっていた。

自身でも自覚はしていた。

ああ、今絶対に笑顔が引き攣っているだろうなぁとか、動きが固く見えているのだろうなぁとか。

やっぱりわかるか、と俺が肩を落としたとほぼ同時に、祿郷さんがティーポットとカップを4つ持ってきた。



「落ち込まなくても大丈夫ですよ」


「……はい」


「そうだよ。作法はよくできてるって言われただろ?ポジティブに考えな」


「……わかりました。あ、祿郷さん、お茶ありがとうございます!これは……紅茶?」



木製の赤盆の上に乗っていた食器が、対談をしている机の上に丁寧に置かれる。

白い上品なカップ、同じ素材のソーサーで出されたのは、澄んだ山吹色の飲み物だ。

宮司さんも祿郷さんにお礼を言って、右手でカップを持ち、一口飲む。



「失礼します」


「 お茶、おいしい…! 」


「いただきます」



お茶を出し終えた祿郷さんは、一礼して宮司さんの横に座る。

隣を見ると、璃音が両手でカップを持ち飲んでいた。

少し熱かったのか、息を吹きかけて冷まそうとしているのが微笑ましい。

そして、祿郷さんが飲んだのを確認して、俺も一口飲む。

爽やかな甘い匂い。味もシンプルだが、飲んだ時に匂いが鼻を突き抜ける。

不思議なお茶だ。



「ん?ハーブティーですか?」


「ええ、カモミールティです。リラックス効果があるんですよ?さあ、続きを聞いてもいいかしら」


「え、は、はい…!邪気祓いでは、桜を咲かせようとしました。季節の移りを葉で表現して、1枚1枚を丁寧にするつもりだったんですけど、途中で少し失敗をしてしまいました。自分なりには、葉が色づくところはしっかりとできたと思います」



カップをソーサーに置いて、自身なりのアピールポイントと自己評価を伝える。

本当はもっと太くて大きな桜の木にしたかった。

しかし、太くするにはそれだけの神力や集中力がいるので、変化をつけていくという質が落ちてしまう。

よって、大きな木にすることを諦め、大きくなくても質を良くする方を俺は選択した。

まあ、結果的には、途中の失敗してしまったところ以外は、上手くできたと思う。



「そうですね。色合いの変化がとても鮮やかで綺麗でした。そして、四季を感じられる立派な桜の木でした」


「ありがとうございます!」



宮司さんに褒められたのが嬉しくて、お礼を言いながら軽く頭を下げる。

その時に、ニコニコと嬉しそうな璃音と目が合った。

璃音も一緒に喜んでくれるのが嬉しくて、俺は笑い返す。

すると、そんな俺達を笑みを絶やさずに見ていた宮司さんは、ゆっくりと言葉を発した。



「では、次の課題ですね。貴方は邪気祓いの時に、どのように闘うかを考えてください」


「……闘い方、ですか」


「はい。本来、式神は靄を纏う『此の世ならざるモノ』と対峙するために使ってきました。貴方は『木』の神力を持つ者です。五感は『目』、季節は『春』、色は『青』、性質は『陽』で、5つの中で唯一『生命』を司る力を持っています。その力で、どのように闘うのか貴方なりに考えてみてくださいね」


「はい」



――闘い方。

これは自身の中でも、考えてきたことだった。

先程のテストでも、成川も立花も闘いを意識した内容だった。

それなのに俺は、大きな花を豊かに咲かせただけだ。

内容としても、自身の神力を生かしたものにしたいと思っているのだが、まだ模索中なのだ。



(……それに)



そう頭で考えながら、璃音を見る。

璃音も俺を見ていたので、ばっちりと目が合ってしまった。

どうしたの?と言いたそうに首を傾げる様は、わかりやすくて可愛く思う。

この少女を怪我させないように強くなりたいと思う。


そんなことをつらつらと考えていると、ふと宮司さんが何かを思い出したように言葉を発した。



「そういえば、使い魔契約おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます…!」



突然の言葉に驚きながらも、思考を打ち切り、意識を目の前に戻す。

そういえば、帰ってきた日は宮司さんはいなかった。

それからも忙しそうにしていて、あまり話す機会がなかったのだ。



「あと、使い魔契約がまだ正式に結ばれていないこと、また使い魔契約の詳細のこと、黙っていてすいませんでした。他の人に犀葉君に言わないように言ったのも私です」



そうなのか、と目を丸くする。

正直研修会に行くまでは、もう契約はできているものだと思っていた。

契約はした記憶がないのになぁと頭の片隅に疑問が残っていたのは確かだった。



「使い魔との契約には2種類あります。1つ目は『魂』、2つ目は『血』です。『血』の契約を交わすと、死後も子孫に契約が引き継がれます。貴方が行ったのは『魂』の契約です。互いを心から想い、気持ちが1つになった時、呪符なしでの契約が可能と言われています。貴方達は、心から想い合っているのですね」



そういえば、あの時に自身の気持ちをすべて話し、璃音を護るために契約を結びたいと心から思った。

同じことを璃音を思ってくれていたのか。

そんなことを考えていると、そっと俺の腕を掴む感触があった。

言わずもがな、璃音だ。



「一度契約を結んだら、簡単には解くことはできません。それ相当の覚悟が必要です。何故なら、これからも『此の世ならざるモノ』と関わることになるからです。それを見極めてから、貴方にはやり方を説明するつもりでした」


「……はい。覚悟は、できています」


「ふふ、これが貴方への2つ目の課題でした。これは問題ないですね」


「はい」


「良い返事ですね。気持ちがいいです」



しっかりと宮司さんと目を合わせて答える。

そんな俺の仕草までしっかりと見ていた宮司さんは、少し温くなってしまった残り少ないカモミールティを全て飲み干し、再度俺に視線を向けた。

祿郷さんもカモミールティを飲み干し、体を宮司さんの方に向ける。



「最後です。成川くんと立花くんのことについて、どう思っているのか教えてください」


「へ…?」



予想外すぎる質問に、思わず変な声が出てしまった。

祿郷さんも、鳩が豆鉄砲を食ったような驚いた表情をしている。

なんでこんな質問をされるのだろうか。

何か裏があるのではないか、と質問の意図を考える。

すると、そんな俺の心情を理解してか、宮司さんがクスクスと笑いながら言葉を発した。



「ふふ、そんなに考えなくても大丈夫よ。深く考えなくてもいいので、今の印象を教えてください。勿論本人に言うつもりもないので大丈夫ですよ」



はい、と返事をするが、頭の中は未だ少し混乱している。

それを何とか落ち着かせて、2人について考えた。



「成川は、大学の同期だったので、すごく喋りやすいです。お…僕がわからないところは教えてくれるし、この桃華八幡宮や邪気祓いのこともいろいろ教えてくれました。僕達の潤滑油で、世渡り上手で、出世術もあるし、器用そうに見えて影の努力家という感じがします。冷静でいたいけど、けっこう熱くなりやすいタイプだと思います」



成川は、一言で言うと「器用な奴」だと思う。

口が上手いので、人と衝突することが少ない。

咄嗟の判断も的確で、冷静。

常に客観的な立ち位置で物事を見ているように思う。

だけど、研修会の時に俺を2度も庇ってくれた姿は、同じ男としてかっこよく思えた。

実は、芯は熱い男のようだと思うのだ。


そう伝えると、宮司さんだけでなく、祿郷さんまで何度も頷きながら聞いていた。

そんなに真剣に聞かれると少しだけ恥ずかしい。

視線を合わせるのが、少し気恥ずかしくて俯いていると、宮司さんが次の対象者の言葉を促した。



「……次に、立花くんは?」


「立花は、変な奴です。頭が固い頑固で、陰険で、真面目というより神経質です。おそらく昔『此の世ならざるモノ』と何かがあったのか、強い恨みを持っているように見えて、人を救いたいという気持ちが強い。頑固だから、他人と衝突することも多いけど、立花なりにその人を思って行動しているのではないかと思えてきました。そうは言っても、まだまだ心は開いてくれそうにないんですけど。実は、僕達の中で一番素直なんじゃないかと思っています」


「……ありがとうございました」



俺の言葉が終わると、宮司さんはゆっくりと瞼を閉じた。

まるで何かを考えるような少しの間があり、再度ゆっくりと瞼が開かれる。

そして、ゆっくりと口元が弧を描いた。



「貴方はよく人を『みて』いますね。その調子で、これからも2人を『みて』あげてください」


「……はい?」



どういう意味だろうか、と首を傾げるが、変わらず宮司さんの綺麗な笑みが返ってくるだけだった。

祿郷さんは、俺に視線を合わせずに、手を顎に置いたまま考え込んでいる。

何か考えがありそうな表情だ。

また後で祿郷さんに聞きに行こうか。



「面談は以上になります。これからも、自身の課題や困難に常に立ち向かい、貴方なりの道を切り開いていってくださいね」


「はい!ありがとうございました!」


「それでは、最後に他に何か質問はないですか?」



宮司さんの言葉を聞いて、この2ヵ月間の記憶を辿る。

基本的に、疑問があれば同期や先輩に聞いて解決はしているつもりだ。

顎に手を置いたままずっと考えている祿郷さんのことは気になるが、これは宮司さんに聞くことではない。


(……そういえば)


ふと、頭に浮かんだ一つの出来事。

以前、祿郷さんが言っていたことが、頭を過った。



「以前に……聞いたのですが、入社試験で僕の『霊感の強さ』はBランクだと聞きました。これは何を基準に、どのような方法で判断されているのですか?」



俺の言葉に一瞬少し驚いた表情をした宮司さんは、ゆっくりと祿郷さんに視線を移す。

祿郷さんは、少し気まずそうに視線を横に移した。

あ、やばい。これは言っちゃダメだったかな。


この件は、4月の初め。

ランニング中に、靄を纏った『此の世ならざるモノ』に襲われた時に、祿郷さんに聞いたことだった。

あの頃は、Bランクとか言われてもさっぱりわからなかったし、へぇとしか思っていなかった。

しかし今、邪気祓いをしっかりと学ぼうと覚悟を決めた俺にとっては、1つでも得ておきたい知識だ。



「これは神社によって一部違うところもあるのですが、簡単にいうと『資質』です」


「……資質、ですか」


「ふふ、面接の時のことを覚えていますか?少し違和感がありませんでした?」



宮司さんの言葉を聞いて、面接のことを考える。

部屋があって、名前が呼ばれて、けっこう入り組んだ廊下を歩いた覚えがある。

それを違和感だったか、と言われるとわからない。

緊張して、言われるがままだったし。



「うーん……あ、でも、みんな行く部屋の方向がバラバラでした」


「そうですね。他には?」



そうなのだ。

名前を呼ばれて立ち上がり、言われた部屋に向かう途中、一緒に呼ばれた人は別の方向に歩いていった。

それに一瞬疑問を持ったのだが、面接に対する緊張でそこまで気にはならなかった。

いや、冷静になれば徐々に思い出してきたぞ。



「あ、お茶が出ました」


「そうですね。これですよ」



そう言って、宮司さんは立ち上がり、棚から1つのティーパックを持ってきた。

そのまま手渡されたされたティーパックを見つめる。

赤色で塗りつぶされたパッケージには白で不思議な模様が描かれている。

まるで、式神を呼ぶ『呪符』のようだ。

そして、俺はそっと鼻を近づけて、匂いを嗅いだ。



「…うっ!?そうだ、この匂い…!すごく強いハーブのような匂いなのに、味はフルーティだった覚えがあります」


「そうです。実は、面接では皆さんの『神力』を見ていました。わかりやすくいうと『霊力』と言ったほうがいいのでしょう。人によって『霊力』は違います。人体のどの部分で感じるのかも違います。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、その人がどこで『霊力』を感じられるかを審査しました」


「その数でランク付けがされているのですか?」


「それも関係はありますが、ランクの内容は、



G 霊感なし


F 見えないが感じる程度


E 一部分で感じ取る 


D 会話ができる


C 五感すべてで感じられ、触れられる


B 一部神力を扱える


A 使い魔に神力を与えられる



……このようになります。詳しくは、研修で再度教わると思います」


「はい。ありがとうございます!」



俺は、Bランクと言われていた。

自身ではまったく意識してはいなかったが、一部だけでも神力を使えていたのだろうか。


咄嗟に取り出したメモ帳に、乱雑な字で書き連ねていく。

別に俺が読めたらいいだけなのだ。

後で自分のノートにきちんとまとめよう。

そう考えながら、自身のメモ帳をパタンと閉じた。



「他に不安なことはありますか?」


「今のところはありません。これからも頑張ります!ご指導よろしくお願い致します!」


「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します。面接は以上になります。立花くんと交代してください」


「はい」



立ち上がって姿勢を伸ばし、勢いよく頭を下げる。

ゆっくりと顏を上げると、優しく微笑む宮司さんと祿郷さんと目が合った。



「失礼します」



再度軽く頭を下げて、俺は宮司さんの部屋を出た。








* * *







「―――失礼します」



成川が戸の前で、再度一礼し、部屋を出て行った。

時計を見れば、17時15分。

俺たち以外は、昼のご祈祷の片づけ等をしている頃だろう。

俺も手伝うべきか、と宮司さんに聞こうと思い、視線を移し、その表情を見て瞠目する。

楽しそうに笑みを深め、いつになくとても楽しそうに見えた。



「宮司さん、楽しそうですね」


「ふふ、わかりますか?そして、どうでしたか。祿郷くん」


「……正直、驚きました。意外な意見が多かったですね」


「祿郷くんでも、予想外な意見があるんですね」



そう言いながらも、少し含んだように笑う。

俺の心の中までもが、見透かされているようで、少し心の中がざわつく。

この人に隠し事をできないのかもしれない。



「面白い3人だと思います」


「ふふ、そうですね。今後が楽しみですね」












第2部 完

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