第27話 テスト




「 ねえ、あーきら! 」


「ん、どうした璃音」


「 これ、桜かな? 」



地獄の研修会から数日が経ったある日、璃音が境内にある一本の木に触れていた。

太い幹、何重にも伸びる枝、その先にあるのは緑豊かな葉。

璃音の言う通り、この木は桜の木だ。

1ヶ月前には、桃色の花びらを咲き散らし、境内を桃色の絨毯にしていたのが、少しだけ懐かしく思えた。



「そうだよ。満開の時は、すごく綺麗だったよ」


「 わあ。見たかったなぁ 」



きらきらした瞳で見る璃音に、俺も自然に笑みになった。

俺も同じように木の幹に触れる。

この桜の種類は「染井吉野そめいよしの」らしい。

よく聞く桜の種類だが、同じ種類の桜の中でも、桃華八幡宮のは一際幹が太いらしい。

そう平沢さんから聞いた。



(……桜、か)







先日あった伊勢の出仕研修会から家に帰ってきた瞬間、俺はそのままベッドに突っ伏して寝てしまった。

睡眠時間が短いということもあるが、いろいろ気も張っていて疲れが溜まってしまっていたのだろう。

研究会の最終日は、神社に戻り宮司さんに報告をしようと思っていたのだが、宮司さんは出張でいなかったので、禰宜である柴崎さんと瀬田さんに報告をした。

15時ぐらいに着いたのだが、結局報告をしていたら、いつもの退社時間と変わらなかった。

そして、帰り際に瀬田さんに言われた言葉も嬉しかった。


「犀葉くん、使い魔契約おめでとう」


そうにっこりと微笑まれて、一緒にいた璃音と顔を見合わせて微笑み、声を合わせてお礼を言った。

使い魔契約に関しては何も報告しなかったのに、なんでわかったのだろうという驚きもあったが、それより褒められた嬉しさの方が勝った。

そのまま浮かれて帰ってきたことで、気が抜けてしまったのもあるかもしれない。

結果、起きたら5時。約10時間ほどの睡眠をとってしまった。自分でもびっくりだ。


そして、次の日からは、いつもの日常に戻った。

いや、具体的にいえば、以前よりもより一層研修がハードになった。


午前中は、神社のいつもの業務仕事だ。

掃除をしたり、参拝者のおさがりを作ったり、お祭りがある時はその準備をしたりと仕事の分野は幅広い。

午後からは研修だ。

夜の邪気祓いの研修だけでなく、昼のご祈祷の研修も行われていた。

以前と同じく昼のご祈祷は瀬田さん、夜の邪気祓いは柴崎さん、そして2人が多忙の場合祿郷さんが俺達の研修を担当してくれた。

昼のご祈祷の研修は、基本的に作法と言葉かけの確認だ。


この神社で行われているご祈祷の流れは以下になる。


修祓しゅばつ」→「祝詞奏上のりとそうじょう」→「玉串拝礼たまぐしはいれい


修祓しゅばつ」とは、神様に会う前にけがれを祓うことである。

まずは神主が罪・穢れを祓う「祓詞はらえことば」を唱える。その後、ご祈祷を受ける人は神主の前に頭を下げ、神主は「祓串はらえぐし」や「大麻おおぬさ」と呼ばれる雷のような形の白い紙――「四垂しで」が何重にもついた串を左・右・左に振り、心身を清める。これが「修祓しゅばつ」である。


祝詞奏上のりとそうじょう」とは、ご祈祷希望者の願いを神様に伝える言葉が「祝詞のりと」であり、それを神主が読み上げることを「奏上そうじょう」という。これを合わせて「|祝詞奏上《のりとそうじょう」という。この「祝詞のりと」は、願い事の種類によって言葉が変わるのだ。まあ、考えてみたら当たり前のことなのだが、その願い事によって俺達神主もご祈祷希望者にかける言葉の種類も変えなければならない。

研修では、瀬田さんに様々なご祈祷のお題を出されて、その作法、かける言葉をチェックされるのだ。


玉串拝礼たまぐしはいれい」とは、ご祈祷希望者が自分の願い事を「四垂しで」がついた「さかき」である「玉串たまぐし」に込めて、神様に渡すことである。この「玉串たまぐし」の持ち方にも作法があり、神主から受け取る時は右手は上から、左手は下から「玉串たまぐし」を持つ。そのまま進み神前の前で一礼し、「玉串たまぐし」を時計回しにまわして立てるようにして持つ。そして、「玉串たまぐし」に願いを込め、再度時計回しにまわして、「玉串案たまぐしあん」と呼ばれる「玉串たまぐし」を置く台に乗せる。最後に、二拝二拍手一拝をして終わりだ。


これがご祈祷の基本的な流れになる。

但し、神社によってご祈祷の流れが違うところもあるので、必ずしもこれが正しいとはいえない。

ここの神社は、昼間のご祈祷に関しては基本的な形式の作法で行われていた。



「――以上を持ちまして、交通安全祈願、謹んで御斎了申し上げます」


「……はい、いいでしょう」



3番目である立花の作法を確認し、瀬田さんが何度も頷きながら言葉を発した。

俺と成川は無意識のうちに体に力が入っていたようで、安堵の吐息が零れた。

やはり自分自身でなくても、緊張はしてしまう。

立花も作法も間違えることなく、行うことができた。



「作法・祝詞奏上は皆さんできています。言葉かけは少し気になりますが、それは状況によって変えたり、これから学んで行ってください」


「はい」



自然と3つの返事が揃った。

今日はそれに対して不愉快とかいう感情はなかった。

無意識のうちにぴんと背筋が伸び、素直な心で瀬田さんの声に耳を傾ける。



「―――皆さん、合格です。6月から、少しずつ参拝者のご祈祷に入ってもらいますので、よろしくお願いします」



その言葉に、心の中でガッツポーズをした。

顏に出していないつもりだったが、瀬田さんと目を合った瞬間にこりと微笑まれた。

ああ、俺はわかりやすいのだろうか。



「君達の初回はまた決まり次第、連絡をします。あとは邪気祓いだけですね」


「はい」



そして実は、本日は「テスト」の日なのだ。

午後の前半は、昼間のご祈祷の作法のテスト、後半は夜の邪気祓いのテストなのだ。

いつもなら一日単位で交代で組まれている研修なのだが、今日はテストなので二分割だ。

そう、実はそっちが問題なんですよ、と心の中で呟く。

昼のご祈祷に関しての作法は大学で学んできたので同期と差はあまりないが、邪気祓いに関しては「経験者」と「知らない側の人間」と呼ばれるほど差があると言われていた。

ご祈祷の作法はなんとかできたので、邪気祓いの方もしっかり頑張らないと、と再度自身に気合を入れなおした。



「ただいまより、式神のテストを行う」



場所を変えて、神社の裏にある広間に俺達は集まっていた。

小さい式神や、座学ならばいつも使用している研修室でいいのだが、今回は外で行われることとなった。

視線を横に移せば、担当の柴崎さんだけでなく、同じく研修担当の瀬田さんと祿郷さん、そして宮司さんまで見物に来ていた。

意識したらすごく緊張してきた。緊張で手汗が滲む。



「以前も話したが、内容は君達に任せる。必ず『呪符』を使って生み出すモノであることを条件にする」



そう、邪気祓いのテストは「式神」だ。

祓い方に関しては、普段から山を走り回り靄を祓う実戦を毎日しているので、それをテスト代わりにするらしい。

そして、「式神」のテストの内容は簡単にいうと、『呪符』を使って、何かを生み出すこと。

俺の属性は「木」だ。つまり、「木」属性の式神を生み出せということだ。



「では、ご祈祷の順番と逆に行こうか。一番、立花」


「はい!」



気合の入った立花の返事が、横から聞こえた。

そのまま5歩ほど前に出て、一度大きな深呼吸をする。

そして、鞄から1枚の「呪符」を取り出したかと思うと、そのまま勢いよく地面に置いた。



「出てこい!」



地面に手を付きながら強い口調で言葉を発した瞬間、立花の1mほど先でぼこぼこと土の塊が盛り上がってきた。

大きな土の塊が2つ出て来たかと思うと、ゆっくり人型を成す。

できあがったのは、腰から上の上半身だけの男、だと思う。

顏の細部や髪の毛などはないが、太い首、盛り上がった屈強な筋肉が表現されているので、おそらく男のはずだ。

そして、俺達の背丈ぐらいの土男がゆっくりと拳を構えたかと思うと、そのまま戦うように土男達により殴り合いが始まった。

一方が避けて反撃し、もう一方も腕を使ってガードしつつも、殴りかかる。

殴る動きも、避ける動きも滑らかで、完全に目を奪われてしまった。



「すげぇ、かっこいい…!」


「あぁ、かっこいいな」



思わず零れた言葉に、成川も同意してくれた。

むしろ、同意されて初めて口に出していることに気づいて、慌てて自身の口を押さえる。

ふと立花を見れば、珍しく額に汗が滲んでいるのが見えた。

そのまま3分ほど殴り合いを続けた後、立花が式神を戻し、元の綺麗な地面に戻った。

ほんとに、初っ端からプレッシャーだなぁ。



「はい、では次。成川」


「はい」



立花と交代し、次は成川の番だ。

「頑張れー」と小声で声をかけると、首だけ振り向いた成川が余裕そうに俺に微笑む。

そして、そのまま立花が式神を出したところまで進むと、同じく鞄から「呪符」を取り出した。

立花とは違い、「呪符」は人差し指と中指に挟んだまま胸の位置まで持ってきたかと思うと、ぽんという軽い破裂音と共に紙は姿を変えた。



(……刀?)



姿を変えたのは一本の刀だった。

刀を両手に持ち、一太刀、二太刀と刀を振る。

その動きの滑らかさに驚いていると、三の太刀に横に薙ぎ払うような動きを見せたかと思った瞬間――刀が消えた。

いや、実際には消えたのではなく、小型ナイフへと姿が変わっていた。

そのまま小型ナイフを右手に持ち、左手は鞄を漁り始めたかと思うと、取り出したのは林檎だった。

すると、今度は小型ナイフで林檎の皮をむき始めた。

研修会の時には、物に当てるだけで壊れるって言ってたのに、強度もついてきたのか。

そして、一周くるりと林檎の皮をむいたナイフを、今度は誰もいない場所に向かって投げる。

すると、ぽんという軽い音と共に、小さな飛行機に姿を変え、成川のところへと戻ってきた。



「ありがとうございました!」


「すげぇ!マジックショーみたい!」



思わず拍手をしてしまうと、汗を拭いながら俺を振り返った成川が嬉しそうに笑う。

これ、本当にタネもバレないし、マジックでお金とれるんじゃねぇの?

そんなことを考えていると、突然立花に背中を押された。



「おっと!」


「次お前だろーが」


「あ、そうだ」


「 あきらー!がんばってー 」



完全に忘れていた。

慌てて駆け出すと、歩いて戻ってきた成川が手を差し出すので、ハイタッチをして通り過ぎた。

途中で璃音の声が聞こえたので振り向くと、宮司さんの横にか見物人として並んでいたので、笑みを向けた。

そして、2人が式神を披露した場所に立ち、鞄の中から「呪符」を取り出す。

そのまま両手を地面につけると、目を瞑り、ゆっくりと目を開けた。


手にぐっと力を込めた瞬間、地面の中から生えたのは一本の木だった。

ざらっとした太い幹、何本ものしっかりした枝、その先につけたのは夏を象徴する緑豊かな網状脈の葉。

その葉は秋になると、橙や朱に色づく。ゆっくりと季節を感じられるように、緑、黄、橙色、そして朱色に染めていく。

そのまま冬をイメージするように、葉を無くした。


(ここからだ…!)


集中力を切らさないように、再度力を込める。

枝の先に咲く可憐な桃色の小花だから、ゆっくりと細部を丁寧に意識する。

しっかり花を咲かせた後は、少しずつ花びらを散らしていく。

風に舞うように、ひらひらと丁寧に一枚ずつ散らしていく。



「 桜だ!きれーい! 」



璃音の嬉しそうな声が聞こえる。

綺麗に見えているなら良かった、ふとしてしまった安心が、一瞬集中力を乱してしまった。



「…――あ」



バサッという音が聞こえたかと思うと、残っている1/3の桜の花びらが不自然にも一気に地面に落ちてしまった。

一瞬なんともいえない間があったが、やってしまったものは仕方ないと気持ちを切り替える。

そして、最後は桜の木を蔦に変え、少しずつ地面に還るように消し、式神を「呪符」へと戻した。



「あ、ありがとうございました」



最後に失敗してしまったのが恥ずかしくて、顔を上げられずにそのまま礼をする。

すると、意外にも拍手の音が聞こえたので、俺は反射的に顔を上げると、その場の全員が俺に拍手をしてくれていた。

研修担当者だけなく、いつの間にいたのか山中さんや、片岡さん、設楽さんまで見に来ていたようだ。

全く気付かなかった。



「……では、宮司さん」


「はい、皆さん。お疲れ様でした。よく頑張りましたね」



柴崎さんが宮司さんを呼ぶと、華のような笑みを俺達に向けて3歩ほど前に出る。

5月は宮司さんの出張が多く、神社で見かけることが少なかった。

やはりいつ見ても、立ち振る舞いは凛としていて綺麗だと思う。女性神主の鏡だ。



「皆さん、細部まで表現できていて、とても素晴らしい式神でした。またお昼のご祈祷も、厳かな雰囲気のもと、メリハリのある動きができていました。どちらも合格とします」



よしッと心の中で本日2回目のガッツポーズを決める。

すると、浮かれていく俺の心の中とは反対に、ふっと宮司さんの表情から笑顔が消え、真剣な表情に変わった。

宮司さんと眼が合った瞬間、まるで心を見透かされたかのように思え、びくりと自身の肩が小さく跳ねる。



「しかし、これは始まりです。この合格はスタートラインに過ぎません。貴方達は6月から、実際にご祈祷と邪気祓いを行っていきます。決して慢心せず、『ヒト』や『此の世ならざるモノ』に関わりながらも自身を見失わず、1人ひとりをしっかりと導けるように、これからも日々の鍛錬を積み重ねていってください」


「はい」



3人の声が揃う。

宮司さんの言葉が心に突き刺さる。

そうだ。此処で終わりじゃない。

今からが始まりなのだ。これから俺は、1人前の神主として、1人で判断していかなければいけないのだ。

そう考えるとプレッシャーが重く圧し掛かる。

最近は祿郷さんがいない状況でも、1人で靄を祓っていたとはいえ、不安は多少なりともある。


……俺に、できるのだろうか。



「厳しいことも言いましたが、自信を持ってください。貴方達は、私が選んだ人達です。勿論最初は私だけでなく、みんなでサポートします。不安なことがあればどんどん言ってください。意思も、意見もしっかりと伝えてください。その想いに、応えることができる先輩達ばかりです。不安がなくなれば、参拝者に自信を持って接することができます。これからも、皆さんの力を貸してくださいね。よろしくお願いします」


「はい!」



宮司さんの激励の言葉に、胸が熱くなる。

しっかりとした返事と共に、俺は無意識のうちに何度も頷いていた。

一宮いちのみや」と呼ばれる神社の宮司で、才色兼備で有名な女性に選ばれて此処にいる。

そう考えるだけで、たまらなく嬉しい。我ながら単純なのかもしれない。

すると、ふと宮司さんは何かを思いついたように、柴崎さんの方を振り返った。



「この後は少し時間はありますか?」


「はい。これからは各々にアドバイスと軽い反省会をしようと思っていました」


「……そう。今から個人面談をしたいのですが、いいかしら?」


「はい。どうぞ」



柴崎さんの許可が下りて嬉しそうに微笑む宮司さん。

そして、俺達に視線を向けたかと思うと、きょとんとしている俺と目が合った。



「じゃあ、犀葉君からで。璃音ちゃんも一緒に来てくださいね。あ、あと祿郷くんもね」



その言葉に驚いて、祿郷さんを振り返る。

俺よりも祿郷さんが一番驚いていたようだ。

びっくりして数秒固まったかと思うと、ゆっくりと自身を指差す。



「……僕も面談ですか?」


「ふふ。いいえ、貴方には同席してもらいます」


「……えっと、……僕でいいんですか?」



祿郷さんにしては珍しく困ったような声だった。

少し新鮮だと思いながらも、俺は今度は宮司さんに視線を向ける。

すると、宮司さんは笑みを絶やさずに、言葉を続けた。



「禰宜の2人だと雰囲気が固くなってしまうので。同席、よろしくお願いします」


「わかりました」









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