第24話 研修会 ー弐日目 夜2-
「祓ひたまへ 清めたまへ!」
成川と立花の「
その数秒後、津堅から剥がれ落ちるように、何かが床へと転がった。
塊がゆっくりと人型へと姿を変えていく様を、俺は茫然と見つめていた。
「 あーあ。見つかっちゃった。今回は自信あったのになぁ 」
変えた姿は――少年だった。
無地のポロシャツ、太ももの半分ほどの長さの短パン。
そこらにいる小学生と同じくらいの背丈なので、10歳くらいだろうか。
塩水をかけられて、あれだけ苦しそうにしていたのに、うって変わって表情は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「 ねえ、もっとしようよ!来年もお兄さん達、もう一度来てくれないかな?今度はこの屋敷でしようよ!ボク、かくれんぼは上手いんだ! 」
嗚呼、と心の中で自身の声が聞こえた。
自身の一言に、どのような意味が込められていたのか、自分でもわからなかった。
この子は本当に遊びたいだけだったのか、そう思うと、少しやるせいない気持ちになってしまっていた自分がいた。
「来年もだと?ふっざけんな!どけ!祓ってやる!」
「青山君!?」
突如、荒々しい声と共に、肩を掴まれて横に押しのけられた。
中腰だったこともあり、体制を崩したが、片手を床につくことで倒れこむのは回避できた。
そのまま顔を上げると、青山がポケットから小瓶を取り出しているところが目に入った。
青山の怒りを表現した凶暴な目つきに、『此の世ならざるモノ』の少年の表情に困惑が見える。
「祓ひたまへ!清めた――」
「やめろ!」
「 ひっ 」
咄嗟に塩水をかけようとした腕を掴む。
その腕を掴んだまま俺は立ち上がり、青山と『此の世ならざるモノ』の間に庇うように立った。
すると『此の世ならざるモノ』の少年は、上擦った声をあげながら俺の背中へと隠れる。
「ンだよ、離せよ!」
「……お前、子ども相手だぞ!」
「あァ?子どもだ?子どもなんて関係ねぇだろ!俺達は命の危機にさらされていたんだぞ!なんで神主のお前が霊を庇う!?離せっ」
そう言って乱暴に腕を振りほぼかれる。
それでも動くつもりはない、と睨むように青山に対峙している俺のところにやってきたのは――立花だった。
突然俺の肩を掴んだかと思うと、強い力で乱暴に押された。
「犀葉、離れろ」
「……っ、立花!ほんとに合わねぇな、俺達!」
お前はそっち側につくと思ったよ。
そう言うと、立花が不愉快そうに顔をしかめたが、俺と青山の前に立ち塞がるように立った。
鋭い目つきの三白眼が俺を睨む。
「これはお前が悪い。このままにしたら、来年も被害が出る可能性があるだろ」
「だから!こいつは" かくれんぼ "がしたかっただけだろ!事情も聞かずに一方的に祓うなんて、俺にはできねぇよ!退け、立花!」
無理矢理に立花を押しのけようと手を伸ばすが、立花にその腕を掴まれてしまう。
それを振り払おうとしても、強い力で無理矢理押さえ込もうとする。
くそ、本当になんだよコイツ!そう思って押さえ込む手を空いていた左手でで掴んだら、同じように左手で掴んできた。
「離せよ!立花!」
「……お前が璃音の件があったからそう思うのはわかる。だけど、全部の『此の世ならざるモノ』が良い結果で終わるとは限らない!黒い靄は『負の感情』だ!恨み、憎しみ、悪意の象徴、権化だ!耳を傾ければ騙され、それで痛い目に合うのは、俺達とお前の大切なモノ達だ!いいのかよ、それでも!お前はどっちの味方だ!」
「そうだ!この『此の世ならざるモノ』が靄を纏わない確証がどこにあるんだよ!お前は神主だろーが!選ぶ道は決まってんだろ!」
「……っ」
立花と一緒になって強い口調で言う青山。
その言葉に、咄嗟に何も言えずにぐっと黙ってしまった。
腕の力も抜け、それを感覚で感じ取った立花が俺の手を振り払い、俺に背を向けて歩き出す。
そのまま青山の横も通り過ぎ、『此の世ならざるモノ』の少年の元へと歩み寄った。
「 ひぃっ ごめんなさ…っ 」
『此の世ならざるモノ』の少年は完全に怯え、ガタガタと身体を震わせている。
少年の様子に何も言葉を発さずに、立花はすっと目を細めたかと思うと、鞄から塩水の入った小瓶を取り出し、蓋を開ける。
そして、それを振り撒くように腕を振った。
「……祓ひたまへ 清めたまへ」
その瞬間――俺は駆けだした。
「ッ、お前!」
「げほっ、うえ」
少年と立花の間に無理矢理体を入れたら、塩水は俺の頭にかかった。
顏にもかかり、口にも入った。しょっぱいし、マズイ。
何回か咳き込んだ後、後ろを振り返れば、『此の世ならざるモノ』の少年は俺の服を握り、目に涙を溜めて震えていた。
やはり、『此の世ならざるモノ』として、長い間生きていても、中身は子どものままなのだ。
「俺は……神主だ。神に仕え、神社に奉職し、人の安寧を願い、人を導く神主だ。それは変わらない。……だから、お前らは間違ってないと思うよ」
俺の実家は神社だ。
父親も神主であり、宮司なので、神社を管轄して取り仕切っている。
だから「神主」という考え方は幼い頃より染み付いているつもりだった。
今言った言葉は完全に親父の受け売りだ。
そして、立花や青山の言っていることもわかる。
間違ってない、むしろ「正論」に近いとも思う。
「だけど――…」
以前に山中さんが言っていた言葉が頭を過る。
神社に来た『此の世ならざるモノ』は、―――" 夜の参拝者 "だと。
この桃華八幡宮で、先輩や同期と出会い、たった一ヶ月の間に様々経験をした。
『此の世ならざるモノ』を知り、靄に襲われ、天音さんや璃音と出会った。
宮司さんの言葉で言うなら、「一期一会」だ。
「俺は……ッ、俺が!ここで神主として『此の世ならざるモノ』に出会ったのも縁だと思う!一方的に祓うなんて俺はしたくない!俺は……、『人』も『此の世ならざるモノ』もすべてを導く神主になりたいんだよ!だって、この子にとって、導ける神主は、今の俺達だけだろ?お願いだ!俺にチャンスをくれ!」
気付けば、半分叫ぶように言葉を発していた。
俺の言葉に驚くように瞠目していた立花だったが、一度目を閉じ、少しの沈黙後にゆっくりと瞼を開けて、すっと目を細める。
ああ、やっぱりダメか。そう思い、『此の世ならざるモノ』の少年ごと少しずつ後ろに下がる。
「……お前の考えは危険すぎる。いつか失って後悔してからでは遅い。俺は、何も失わないために、神主になり、桃華八幡宮に来たんだよ!退け!」
「退かねぇよ!」
「この、わからずやが……ッ」
俺に拳を振り上げようとしたので、『此の世ならざるモノ』の少年をの体を、腕を使ってなるべく自身の体の後ろに来させるようにして庇う。
痛みを覚悟して、ぎゅっと目を瞑り、衝撃に備えるために身を固くする。
(……?)
しかし、いつまで経ってもその衝撃はやってこなかった。
疑問に思いながらも恐る恐る瞼を開く。
すると、立花の後ろから伸びていたもう一つの手が、振り下ろされかけていたその腕を掴んでいた。
「……成川」
「ッ、お前まで…」
その腕を掴んでいたのは、なんと成川だった。
驚くように目を見開き、しばらく固まったままだった立花だったが、すぐに不愉快そうに顔を歪める。
そのまま、立花は振り払うように成川の手を解くと、成川も体を離し、――俺と立花の間に立ち塞がるように立った。
「俺も、立花とまったく同意見の人間なんだよ。犀葉は甘い、激甘。いつか絶対に痛い目をみると思う。完全に『此の世ならざるモノ』側に心が傾きかけてる。だけどさ、なんか、犀葉の方がかっこいいって思っちゃったんだよねー」
「……成川」
ぽつりと呟くように名を呼ぶと、成川はゆっくりと俺に振り向き、苦笑する。
そして、少しだけ弧を描いていた口元が直線に戻り、ふと表情が真剣なモノに変わった。
少しだけ移したその視線には、俺の後ろに隠れたままの『此の世ならざるモノ』の少年に向けられているのだろう。
「それに、恐怖心を持ったまま無理矢理祓われたこの『此の世ならざるモノ』が、今後靄になって転生しない確証もない。そっちのリスクも気になる。だから、今回は俺は犀葉側につく」
「……僕も!」
そう言って成川は、再度視線を立花に戻した。
すると、今度は湯田が走ってきて、成川の横に並ぶ。
その行動がよっぽど意外だったようで、俺だけでなく、
「僕も、話くらいは聞いてもいいんじゃないかと思います。祓うのはそれからでもいいんじゃないですか!?」
「おいおい、湯田までそっちかよ!……チッ」
成川の行動に、初めて聞いたような湯田の強い口調に、自然と俺の口端が上がるのを感じていた。
ああ、2人は俺を理解し、助けようとしてくれているのだ。それが純粋に嬉しかった。
すると今度は、上階にいた璃音が、ふわりと俺の横に降りてきて、俺を庇うように成川の横に並ぶ。
結果、前方の立花、青山、目崎の3人に対して、こっちは俺、成川、湯田、璃音の4人だ。
立花は、俺達をしばらく睨むように見つめた後、立花が再度不愉快そうに顔を歪めたかと思うと、盛大な舌打ちと共に俺に背を向けた。
「チッ、勝手にしろ」
「ああ、悪いな。ありがとう」
立花は俺の言葉に何も言わずに歩いていくと、階段の2段目に勢いよく腰を下ろす。
青山と目崎も諦めたように俺達に背を向けて、倒れたままの津堅のところへと向かった。
その様子を見てホッと息を吐きながら、俺は後ろにいる『此の世ならざるモノ』の少年に向き直った。
「 ひっ おにいちゃ…っ、ボク、ごめんなさ…っ 」
涙をぼろぼろ流して何度も謝る『此の世ならざるモノ』の少年。
それにふっと笑みを零した。ああ、璃音の時もこんな感じだったなぁとふと思い返す。
そして、俺は少年も目線を合わせるように、腰をおろし中腰の姿勢で少年の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。ねえ、キミはなんで『かくれんぼ』がしたかったの?」
髪を梳くように頭を撫でながら、優しい口調で問いかける。
すると、『此の世ならざるモノ』の少年は、涙を溜めた瞳で俺を見つめながら、ゆっくりと言葉を発した。
「 ボクね……、ずっと見つけてほしかったの。だから、かくれんぼをしてたの 」
その言葉を聞いて思い出したのは、先程この屋敷で子どもと話したという璃音の言葉だった。
" この屋敷の中でかくれんぼ中に死んじゃったらしくて、見つけてもらえなかったんだって "
やっぱりか、と納得をすることができた。
この子は、本当にかくれんぼをしたかっただけなのか。
去年の出来事も遊んでもらえたと思ってしまったのかもしれない。
「……そっか。わかった。じゃあ、もう一回此処で『かくれんぼ』をしよう!」
「 え…? 」
なるべく明るく笑顔をつくって提案をした。
その言葉に心底驚いたようで、『此の世ならざるモノ』の少年は目を丸くしている。
俺は、『此の世ならざるモノ』の少年と目を合わしながら、しっかと頷いて言葉を続けた。
「だけど、俺達もここにはもう来れないんだ。だから、これが最後だよ」
「 え? いいの? 」
「うん。俺が必ずキミを見つけるよ、約束する」
「 うん!必ず見つけてね、お兄ちゃん 」
そう言うと、何度か目を擦り、年相応に無邪気な笑みを見せてくれた『此の世ならざるモノ』の少年。
俺もにっこりと笑顔で返すと、俺に笑みを向けたまま、『此の世ならざるモノ』の少年はゆらりと煙のように姿を消してしまった。
一応数は数えたほうがいいのだろうか、と思いつつ腰を上げると、隣で大きな溜息が聞こえてきたので振り返った。
「結局また" かくれんぼ "かよー」
「ああ。悪いな、成川。あと、さっきは庇ってくれてありがと」
「いいよ。なんか、かっこよく見えたんだよなぁ。犀葉なのにー」
「ははっ、失礼だぞ!俺の精一杯の強がりですぅ」
そう軽口を交わしていると、ふと成川の後ろにいた湯田が俺に視線を向けていることに気づいた。
俺も視線を合わせて手を振ると、湯田が歩み寄ってきてくれた。
「湯田、さっきはありがとな。助かったよ」
「……ボクの完敗です。君達に負けました。そして、犀葉君の言葉に心を打たれました」
「へ?」
「お礼を言うのはこっちです。津堅君を助けてくれて、ありがとうございます」
そう言って、湯田は笑みを深めた。
どこに勝ち負けがあったのか俺にはまったくわからなかったが、お礼を言われて嬉しくないわけがない。
「こちらこそ」と言って手を差し出すと、湯田はしっかりと握り返してくれた。
それだけで、たまらなく嬉しくなる。新しい同志ができたような晴れやかな気持ちだった。
「よし!……もーいいかい?」
さあ、かくれんぼを頑張ろう。
そう気持ちを切り替え、屋敷の中に大声で問いかける。
すると、遠くの方で「もういいよー」という『此の世ならざるモノ』の少年の声が聞こえてた。
これは2階かな?
「さて、すぐに見つけてやるかなー!」
―――そう叫んで意気込み、俺は階段を駆け上がった。
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