第25話 研修会 -弐日目 夜3-
「……おい、まだか?」
「うっせぇ。……はぁ、見つからねー。すごいな、あいつ」
『此の世ならざるモノ』の少年とかくれんぼを始めて、2時間が経った。
本当にこの屋敷は広い。広すぎる。
璃音が言っていた通り、大きな地震があったようだ。
玄関や2階の廊下では気づかなかったが、部屋の中に入れば棚が崩れているところが多かった。
この屋敷の持ち主はどうなってしまったのだろう、そんな疑問も持ちつつ、探し続けた。
1階に見当たらなかったので、2階に向かった。
2階も部屋数が多く、1つずつ見ていると時間がかかってしまったのだ。
そして、俺が探している間に、青山と目崎が津堅を宿泊施設の部屋まで連れて行き、目崎だけが戻ってきた。
部屋には相良と津堅が眠ったままなので、青山は付き添うそうだ。
俺だけ残して、みんな帰ってもいいのに、と提案したらきっぱりと断られた。
「俺達は見張りー」
「お前は馬鹿だから、放っておくと朝まで見つけられなさそうだから」
という悪口と共に。いや、これは悪口ととってもいいよな。
ほんとに優しいのか厳しいのかわからない俺の個性豊かな同期達だ。
「湯田は?」と聞くと「結末を見届けたい」という一言が返ってきた。
いや、それめっちゃプレッシャーだからね。早く見つけなきゃと急かされるんだけど!
そう思いながら階段を下りる。
立花の横を通り過ぎようとした時、立花が視線は前を向けながら小声で俺に話しかけてきた。
「……おい、隠れているのは1階だ」
「ああ、そうなの?すげぇな、お前。だけど、ズルはしたくないんだ」
「……」
「付きあわせて、悪いな」
言葉と共に頭にぽんと手を置くと、舌打ちが返ってくる。
イライラさせているのはわかるし、待たせて申し訳ないとも思っている。
だけど、俺と『此の世ならざるモノ』の少年との約束はきっちりと守りたいんだよ。
「――お前は目を使え!」
「……おう。ありがとなー」
1階か、そう思って歩いていたら、後ろから乱暴な声がかかった。
それに適当にお礼を言いながら、後ろを向いたままひらひらと手を振り返す。
すると、また舌打ちが聞こえた。ほんと素直じゃない奴。
(それは、俺も一緒か)
そう心の中で笑いながら、瞼を閉じて、またゆっくりと開けた。
そのままゆっくりと辺りを見まわす。
屋敷の中は暗い、月の光はすべての部屋を照らしてくれるわけではない。
それでも、すべてのモノを見逃さないようにと視力に集中させて―――目を凝らした。
すると、ふと何かの気配を感じて、俺は反射的に振り返った。
「 こんばんは、おにいちゃん 」
―――そこにいたのは、『此の世ならざるモノ』の小さな女の子だった。
「 こっちだよ 」
「え?君は?」
小さな手で俺の手を掴んだかと思うと、そのまま引いて歩き始めた。
向かっている先は、どうやら1階の奥らしい。
確かそこは居間と1つの書斎があったはずだ。
そして、俺の手を引きながら『此の世ならざるモノ』の少女が、ゆっくりと話し始めた。
「 あたし、ケイくんの友達でサヤっていうの。ケイくんとかくれんぼをしていたら、大きな地震が来て、そのまま死んじゃった。あたしも屋敷の中に隠れてた。だから、ケイ君がどこにいるか、知ってるんだ 」
……ケイくん、とはあの『此の世ならざるモノ』の少年のことなのだろうか。
「……そうなんだ」
「 だけど、あたしじゃダメなんだって。鬼じゃないから、違うっていうの。ケイくんね、すっごくかくれんぼが上手なんだよ 」
ふわりと口元に笑みを浮かべる少女。
その表情が少しだけ困っているようで、それでも頑張って笑顔をつくっているところが、璃音と重なった。
ああ、なんで『此の世ならざるモノ』はこんなに寂しそうに笑うのだろうか。
「 この部屋だよ 」
そう言って連れてきてもらったのは、居間や書斎よりもさらに奥にある小さな部屋だった。
入口の戸も他のと比べて縦に細長く、わかりづらい。
ふと上を見ると、廊下の電球が見えた。
おそらく廊下の電気がつくと、この奥の戸も照らされて、少しはわかりやすくなるのだろうか。
暗闇の中では、こんな部屋の存在はまったく気づかなかった。
驚いて瞠目したままの俺を見て、『此の世ならざるモノ』の少女はさらに笑みを深めた。
「 ケイくんを助けようとしてくれて、ありがとう。おにいちゃん。ケイくんを見つけてあげてね 」
「うん。必ず見つけるよ」
「 ありがとう 」
『此の世ならざるモノ』の少女にしっかりと頷き返す。
俺はケイと呼ばれる『此の世ならざるモノ』の少年を救うために「かくれんぼ」を始めたのだ。
そんな俺の気持ちを感じ取ってくれたのか、嬉しそうに華のような笑顔を俺に向けた後、『此の世ならざるモノ』の少女は、ゆっくりと消えてしまった。
少しの間、『此の世ならざるモノ』の少女がいた場所を見つめていた俺だったが、気持ちを切り替えるようにゆっくりと部屋の戸を開ける。
(……うわ)
そこは酷い有様だった。
狭い部屋を物置にしていたのだろう。
地震によってか様々な棚が倒れ、前方の棚に引っかかってその中身も散乱している。
足の踏み場もない本当に酷い有様だった。
確かに、この部屋に隠れていたのなら亡くなってしまっても無理はないのかもしれない。
俺は携帯電話のライトを使用して、足場の安全確認をしながら一歩ずつ部屋に足を踏み入れた。
「……よっと」
目の前の倒れたままの大きな棚の間をギリギリ通り抜けると、ふとその光景に目を奪われる。
同じように棚が倒れていた。それは同じだったのだが、俺がくぐり抜けた棚よりも少し高さが低かったようで、前方の棚に引っかからずに倒れてしまっていた。
それが素直に床だったら良かったのだが、中途半端な棚は、前方の棚の下段に食い込むように倒れていたのだ。
しかも、そこはガラス棚になっていて、割れた破片が辺りに飛び散っている。
それを見て、少し手が震えた。俺の直感が言っていたのだ。
―――あそこにいる、と。
とりあえず、食い込んでいる棚から退けよう。
そう思い、食い込んでいる棚を持ち上げようとしたが、重すぎて上げきれずに結局は横にずらすように床へと落とした。
ズドンという重い音が屋敷に響く。他の棚が落ちてこないか確認してから、俺は再度ガラス棚に向き直る。
緊張で身体が重く感じ、闇を纏う静寂にひどく不安になった。手のひらにはじわりと汗が滲んでいる。
今更泣き言なんて、言ってられない。そう覚悟を決めるように、深呼吸をし、ゆっくりとガラス棚を引いた。
「……ケイくん、見ーつけた」
そこにあったのは――白骨化した小さな遺体だった。
そう認識した瞬間、突如柔らかい衝撃が俺の腹に当たった。
それが先程の『此の世ならざるモノ』の少年だと判断した俺は、ゆっくりとその背中に手をまわし、ぎゅっと抱きしめる。
すると、『此の世ならざるモノ』の少年――ケイくんも同じようにぎゅっと握り返してくれた。
「 おにいちゃん、遅いよ 」
「ごめんね。ケイくん、隠れるのが上手すぎて、なかなか見つけられなかった。……サヤちゃんが教えてくれたんだよ」
俺を抱きしめるその手に、彼の辛かった気持ちが込められているように感じだ。
今まで、ずっとここに隠れたままだったのか。
誰も見つけてもらえず、気づかれずに死んでしまったのだろう。
ずっと、……寂しかったのかもしれない。
「 そっか。うん、でも見つけてくれた。ボクの最後のお願いを叶えてくれた。……ねえ、おにいちゃん 」
「うん?」
ふと俺の腹に顔を埋めたままだった少年が、ゆっくりと俺を見上げる。
「 ……ボクとの約束を守ってくれてありがとう 信じてくれて、本当にありがとう 」
そう言って嬉しそうな笑みを向けた後、ふわりとまるで煙のように『此の世ならざるモノ』の少年は消えてしまった。
やがて、抱きしめていた感触もなくなり、腕と腹の間に子ども1人分の隙間が空いた。
それが何故か不思議な感覚のように思えた。
先程まで確かにそこにあった筈なのに、まるで初めから何もなかったかのような異次元的存在――これが『此の世ならざるモノ』なのか。
「――ゆっくり、おやすみ。ケイくん。サヤちゃん」
それでも、自身の記憶では確かに存在した。
目を閉じ、祈るように呟いた言葉が2人に届けばいいと、俺は静かに願った。
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