第23話 研修会 ―弐日目 夜1―
「あー、ムカつくぜ。桃華の奴ら」
「なんだよ、あのナイフ。威嚇のつもりかよ」
時刻は20時。
19時30分に入浴時間が定められていた僕達は、入浴を終え部屋に帰宅した。
昼の講義が終わり、部屋に戻ってもみんなはずっと桃華八幡宮の話ばかりだ。
僕は部屋で眠ったままの相良君の様子を見る。
やはり憑りつかれていたことによって、体力の消耗が大きかったようだ。
先程桃華八幡宮の3人が医務室を出た後、目崎君が信用できないからと、再度相良君を塩水で清めた。
しかし、本当に清められていたようで、結果は何も変わらなかったのだ。
「おい、湯田!」
ふと、後ろから青山君の名前を呼ばれたので、僕は振り向いた。
「行くぞ。桃華の奴らをぎゃふんと言わしてやろーぜ」
「ははっ、ぎゃふんって死語じゃねぇの?」
「……塩水、持ったか?」
「うん」
慌てて準備を始めた僕に、目崎君が声をかけてくれた。
部屋を出ようとしていた青山君と津堅君も、僕を待っていてくれる。
相良くんは眠ったままなので、部屋に置いていくことになった。
塩水を鞄に入れた僕は、待ってくれている3人にお礼を言いながら4人で部屋を出た。
(……こういうところは、みんな優しいのに)
いや、普段はみんな優しい。自分に厳しく、人に優しい。
津堅君も、好青年で参拝者に好かれるし、青山君も明るくて、面白い話をたくさん知っているので、人を楽しませる。
相良君は体が強いので、いつも真っ先にみんなの盾になろうとするし、目崎君は冷静な視野で物事を見ている。
たった1ヶ月だが、みんなの良いところを僕は知っている。
(……今回のみんなは変だ)
特に桃華八幡宮に出会った時、それが一番顕著に表れた。
それは、まあ、仕方ないのかもしれない。
何故なら、僕達は――桃華八幡宮の不合格者だ。
倍率が高く、神社の中でも最難関だと言われる桃華八幡宮の奉職。
コネは一切使えず、一年に一度の面接のみで決定する。
面接・試験方法も独特で、どういった基準で受かるのかはわからない。
以前人に聞いた話では、宮司さんが判断し、試験の準備から方法まで全て決めているらしい。
その割には、面接官は宮司さんだった人もいれば、男性面接官だったという話も聞く。
神社界の謎の1つとされているのだ。
よって、落ちた理由も知らされず、不明のまま。
中には納得できない者も多いだろう。そう思って、楓彩八幡宮を受験する者も多い。
楓彩八幡宮は邪気祓いでは「一宮」に続く「二宮」と呼ばれる神社だ。
桃華八幡宮は落ちてしまったのは残念だが、楓彩八幡宮も邪気祓いの術の幅は後れをとらないと聞いている。
それでも、……やはり目の敵のように思ってしまうのだろうなぁ。
桃華八幡宮の人達の言う通り、今回は協力をしたほうがいいと思うのに。
「ついたぞ」
つらつらと考えているうちに、屋敷についた。
ここで桃華八幡宮の人達と戦うことになるのか。
やっぱり避けるべきじゃないだろうか。
ふと、成川さんが持っていたナイフが頭を過る。
……僕は、ぐっと拳を握りしめた。
「ねえ!」
「うわっ!?びっくりした」
思ったよりも大きな声が出てしまったらしい。
恐る恐る屋敷の扉を開けようとしていた青山君が、びっくりしたように僕を振り返った。
目崎君と津堅君も同じように驚いた表情で僕を見つめている。
「ねえ、あの……やっぱり今からでも桃華と協力できないのかな?」
「は?」
僕の言った言葉は意外だったらしく、3人が目を丸くした。
「この展開は『此の世ならざるモノ』の思うツボだと思う。僕も仲間を疑いたくない。だけど、神社関係なく集まって話し合ったら、隠れている『此の世ならざるモノ』が見つかりやすいんじゃないかな?」
「……ああ、そうかもしれないな」
僕の言葉に同意してくれたのは、目崎君だった。
目崎君は表情があまり動かないので、冷たい印象を抱かれやすいが、冷静で第三者目線から見ることができるタイプだ。
その同意に、不満そうに顔をしかめたのは津堅君だった。
「今更言っても遅いだろ。あいつらは俺達にナイフを向けたんだ」
「ああ、そうだったな!ま、あいつらが話し合う気があるなら話し合ってやってもいいけどなー」
青山君が少し小馬鹿にするように言いながら、止まったままだった腕を前に動かした。
ぎぃという重い音と共に扉が開き、津堅君も青山君の横に並んで歩き始めた。
「あ、青山君!津堅君待って!」
そう言って、僕は慌てて追いかけるように2人に続きながら、昼間のことを思い出していた。
成川君は、最初に協力体制を提案してきた。
初めは桃華の人達は話し合うをするつもりだったのに、それを先に否定し、馬鹿にしたのは僕達だ。
僕達の方から謝罪をしないと信用してもらえないのではないだろうか。
(とりあえず、説得をしないと…!)
神主同士で争っても何も生まれない。
それを伝えたくて屋敷の中に入っていく青山君と津堅君に僕も続いた。
「暗いなー」
「あれ、こんなに暗かったか?」
青山君の言う通り、屋敷の玄関は昨日以上に暗かった。
昨日は月の光が入っていたが、今日はすべてのカーテンが閉まっているのかもしれない。
そして、津堅君が言葉を発した瞬間、右端で何かが動く気配がした。
「うわっ!?」
「悪いな」
聞き覚えのある声と共に右端で青白く光ったかと思った瞬間――足元に何かが伸びてきた。
慌ててそれを軽く飛んで避けたが、今度は前方と左から足音が聞こえてきた。
「いたっ」
「いでっ」
「ぐっ」
苦しみの声と共に鈍い音が聞こえる。
声の主は、津堅君、目崎君と青山君だった。
状況が把握できずに、頭が混乱している。
一体何が起きているんだ――?
「璃音!」
再度同じ聞き覚えがある声がしたかと思ったら、軽快な音と共に月の光が入ってきた。
窓から差し込む光が周囲を所々照らし、その場を把握することができる明るさにはなる。
そして僕は、その光景に目を丸くした。
何故なら、僕以外の3人が床に倒れ、その上に桃華八幡宮の3人が乗っていたからだ。
「君達、何してるの!?」
驚きの声をあげた僕だけは何の拘束もされていなかった。
そのことだけでも何故?という疑問が湧いたまま、どうしたらいいのかわからなかった。
床では上に乗っている人を力技で退けられないか暴れている同期達がいる。
僕は、どうしたらいいのだろうか。
助けないといけないのはわかっている。
わかっているのだが、混乱で足が動いてくれなかった。
「おまえ…!蔓をだして、足をすくうんじゃなかったのか!?」
「う、うっせぇな!1人ずつの足に絡ませるなんて高度なことは俺にはできなかったんだよ!」
「それで結局" 木 "で力技かよ!」
僕はまるで空気です、というように、犀葉君と立花君が口喧嘩を始める。
ああ、あの青白い光は犀葉君が出した式神だったのか。
式神で木を出し、それを足元で振り回して体勢を崩させる。
その後で、暗闇に隠れていた3人が一斉に飛び掛かって押さえるという戦法だったのか。
「……あの、これは一体」
なんのために?
そう言おうとした僕の言葉は、成川君と目が合ったことで飲み込んでしまった。
そのまま成川君が僕に一瞬視線を向けて、また押さえつけている青山君に戻しながら言った。
「言ったろ?手段は選ばないって。悪いな、湯田」
「そんな…」
そう言って、成川君は腰にあった鞄を漁り始める。
あのナイフを取り出すかと思い焦ったが、取り出したのは小さな小瓶だった。
あの小瓶は見たことがある。
昨日相良君を清めていたものと同じなので、塩水だろう。
「祓ひたまへ、清めたまへ」
桃華八幡宮の3人の声が重なった瞬間、3人がそれぞれ押さえつけている人達に塩水をかけた。
成川君がかけた塩水が青山君の頭にかかり、重力に沿って顔に滴る。
「ぶわっ!しょっぺぇ!」
「げほっ!」
青山君に続き、目崎君も咽ている。
なんだ、一体何がしたいのだ。
そう思った瞬間――突如その声は響いた。
「ぐっ、ぁあああ!」
「おっと!」
それは聞き覚えのある声だったので、慌てて振り向くと、うずくまったまま頭を抱えて苦しみ暴れていたのは――津堅君だった。
乗っていたのは犀葉君のようで、驚いたように尻もちをついていたが、すぐに立ちあがる。
津堅君も苦しそうに頭を押さえながらもゆらりと立ち上がった。
ぞくぞくと嫌な悪寒が全身をかけまわる。
(こんな気配、先程は微塵も感じなかったのに…!)
嗚呼、津堅君が憑りつかれていることに、なんで気づかなかったんだろうか。
今では彼の周囲にうっすらと黒いものが纏っているのがはっきりとわかる。
「 あァ、見ツかっちゃタか。そレで、……どうすル!? 」
「がっ」
「 去年ミたイにボクに懇願する? 」
津堅君が勢いよく顏を上げた瞬間、近くにいた犀葉君に襲い掛かった。
素早い動きに反応しきれずに犀葉君は顔を勢いよく殴られ、床に突っ伏す。
その上に津堅君が馬乗りになった。
「 ヒヒッ!さァて、キミの体をもらおうかナ 」
「ッ!」
犀葉君が咄嗟に胸にあった何かに触れた瞬間、青白い光が津堅君の体を弾いた。
それに津堅君も反応できたようで、体は光に弾かれたが倒れるまではいかなかった。
その瞬間、駆け出したのは成川君だ。
「犀葉!」
津堅君が体勢を崩した瞬間を狙って、駆けだした成川君が津堅君を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた先には犀葉君がいて、その肩を掴み津堅君を再度床に押さえつけた。
動けないように右腕を後ろで捻る。
「そのまま押さえてろ!」
「わかってるよ!急げ!」
津堅君を押さえながら犀葉君の荒い声があげる。
すると、津堅君と犀葉君を挟むように立っていた立花君と成川君が、自身の鞄から再度小瓶を取り出した。
その小瓶の蓋を開けると、津堅君と犀葉君に向かって塩水をかける。
「 ッ、グゥウウ 」
床に突っ伏した津堅君は塩水をかけられて苦しむように低く唸っている。
それを僕達3人はただ、まるで観客のように茫然と見ることしかできなかった。
なんだよ、これ。この言葉がずっと頭の中を反響する。
昨日の事といい、現実を見ているように思えなかった。
僕達は、式神の出し方や塩水の使い方は知っている。
先輩達に付き添って靄等は祓ったことはある。
しかし、実際に憑りつかれた人と対峙したことはなかった。
これが「邪気祓い」なのか…?
そして、なんでこの3人は落ち着いて対処できるのだろうか――?
「ゲームオーバーだよ」
津堅君を押さえ込む犀葉君がそう言葉を発したとほぼ同時に、成川君と立花君が、両手の手のひらを合わせた。
親指、中指、薬指、小指は組むように握り、人差し指だけが伸ばし――「
「祓ひたまへ 清めたまへ!」
――そのまま、空中を切るように振り下ろした。
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