第14話 眩いばかりの
「ただいまより、作戦会議をはじめる」
17時00分。場所、社務所。設楽さん以外は全員集合。
柴崎さんにその一言で、会議が始まった。
主催は作戦会議を任された3人である、柴崎さん、祿郷さん、山中さんだ。
柴崎さんが正面に立ち、右隣に祿郷さん、そして山中さんが書記のようだ。
「役割担当を発表する」
山中さんの書く文字をじっと見ていたら、どうやら全員の名前のようだった。
ホワイトボードには縦線もないのに、途中で縦が曲がることなく一直線に文字が書けていた。
性格に似合わずトメハネがしっかりしている綺麗な文字を書くなぁ。
宮司
瀬田
成川
立花
上記の4人は神社で待機し、場合によっては邪気祓いをする。
もしかしたら、参拝者が来るかもしれないということに備えてのことだ。
[甲班] 柴崎 祿郷
[乙班] 山中 平沢 片岡 犀葉
外まわりはこの班になった。
「平沢は犀葉とペアだ」
「すぐはぐれたがるから、1人にするなよ」
「さすがにもうしませんよ!」
祿郷さんの言葉に「たぶん」と小さく言葉を零すと、平沢さんに「たぶんかよ」と笑われた。
甲組は2人でいいのだろうか、と思っていると、どうやら顔に出ていたらしい。
「乙組の平沢は、お前の見張りだよ」と言われ、納得できた。
確かに、柴崎さんと祿郷さんなら2人でも大丈夫そうだ。
それでも、俺を外まわり組に入れてくれるのは有り難い。
「次に、あの少女の事だが、――祿郷くん」
「はい。昨日初めて対峙しましたが、あれは
レベルは6段階の4番目、深さは最深値。
つまり、結構な中級レベルの『此の世ならざるモノ』だというのか。
何度も出会って、ほとんど無傷だったのは本当に奇跡だったようだ。
すると、それを聞いていた片岡さんが手を挙げた。
「これは、
「僕もそう思います」
「……
なんだそれ、聞いたことがない。
その呟きはシンとしていた部屋に、やけに大きく聞こえた。
隣で立花が俺を睨んでいる。いや、なぜ?
習っているならわかるが、記憶を辿っても聞いたことがない。ならば、疑問の声をあげてもいいだろう。
「ああ、説明してなかったな。『此の世ならざるモノ』には大きく2種類のタイプがいる。
柴崎さんの言葉の流れから意味を考える。
漢字の通りなら、その言葉の意味のまま靄を当てはめればいいだけだ。
「……靄が附着しているということだから、靄に憑りつかれている『此の世ならざるモノ』ということですか?」
「ああ、正解だ。詳しく言うと、『此の世ならざるモノ』である靄が、『此の世ならざるモノ』である少女を操っていると考えたらいい」
「正解には遠からず近からずってところだな」
祿郷さんの言葉にふっと笑みを見せる柴崎さんの表情は意外で嬉しかったのだが、それよりも先程の意味をずっと考えていた。
つまり、あの少女は実は靄に操られているだけで、自分自身で靄を発しているわけではなかったということなのか。
それならば、今までの行動に納得できる。靄を纏う時に、いつも何かと会話をしているように見えた。
それが、あの靄だとしたら――……
「―――あの子を助けられるんですか?」
「おそらくな。元は、靄などを纏う少女の霊ではなかったということだろう」
その言葉に、たまらなく嬉しくなった。
靄さえなくなれば、本来の姿でお姉さんと会えるはずだ。
兎さんの言っていた「靄なんて纏う子じゃない」と言っていたことも正しいということか。
「話を戻しますが、おそらくその靄は
「はい」
つまり、靄が少女に憑りつき、異常行動を起こしてしまっていたということなのか。
お姉さんは元から霊力が強いと言っていた。もしかして、妹であるあの少女も力を持っていて、そのせいで憑りつかれているのかもしれない。
なんとしても救ってあげたい。そう改めて決意し、俺は準備に向かった。
「……なんでお前だけ」
「犀葉!」
結局昨日の時点で塩水を全く使っていなかったので、準備には時間がかからなかった。
昨日同様、邪気祓い用の作務衣は着させてもらえなかった。
まあ、同じ格好の方がもう一度少女と会いやすいと言われてしまったら、確かに頷くしかない。
玄関で靴を履いていると、後ろから声をかけてきたのは、立花と成川だった。
立花は「不服だ、ずるい」と俺に対する恨みが全面に出ている。
「犀葉、悪い。そんなことになってるなんて、全く気付かなくて」
「なんで成川が謝るんだよ。逆に巻き込んで悪かった。今日で解決できるように、俺頑張るから」
「それこそ何で謝るんだよ。俺ら、仲間だろ」
「っ、ありがとう。見送りもありがとな!成川、立花。行ってくる!」
「頑張れよー」
立花は無言だったが、ここに来てくれるということは、俺を見送ってくれる気持ちが少なからずあるのだろう。
そうポジティブに解釈して、社務所を出た。
外には外まわりに行く全員が集合していた。勿論、俺以外邪気祓い用に白い作務衣を着ている。
「さて、出発だ」
柴崎さんの掛け声と共に俺達は歩き始める。
鳥居をくぐろうとした時、白い何かが俺の肩に飛びついてきた。
「うわっ」
「おうわっ!?びっくりさせんなよ」
「変な声あげるなよ、山中」
「くぅん」
俺の驚いた声に、山中さんもびっくりしたようだ。
隣にいた平沢さんが、それを見て楽しそうに笑っていた。
緊張感がないと怒られないか心配しつつも、自身の肩を見る。
自身の肩なので見えずらいが、その軽さと、鳴き声、白い胴体には見覚えがあった。
「
名前を呼ぶと、返事をするように小さく鳴いた式神に、少しだけ安心した。
「宮司さん、ありがとうございます」と呟き、その頭を指で撫でる。
そして、気合を入れなおすように、自身の頬を2回両手で叩き、俺は前を向いて歩を早めた。
「私と祿郷くんは街を一周する。君達は、昨日犀葉君が少女と出会った場所へと行ってくれ」
「はい」
柴崎さんの言葉に頷き、俺は昨日、少女と対峙した場所へと向かった。
灯りの少ない十字路、そこでお姉ちゃんと嘆く『此の世ならざるモノ』に出会った。
今日も本当に会えるのかはわからないのだが、自身の中ではもう一度会えるような予感がしていた。
「ここだ」
「いないね」
そう言って、片岡さんはキョロキョロと辺りを見回す。
確かに見た感じはいない。
しかし、何となくだがその存在を俺は感じていた。
兎さんが妹を探している時も、こんな感じだったのだろうか。
右足を一歩、俺が踏み出そうとした瞬間、横にいた平沢さんが俺の手を掴んだ。
「平沢さん?」
「ストップ。いるよ、右奥」
そうはっきりと言った平沢さんの目は、見たことがないくらい真剣で強い眼差しだった。
平沢さんの言葉に、山中さんや片岡さんも警戒するように、同じ右を見据える。
住宅街なのに、家はどれも黒に塗りつぶされたように真っ暗だった。
遠くの街灯の光がぽつんと光って見えるのが不気味で恐怖心を煽る。
人の気配もなく、音も俺達の声しか聞こえない。
昨日はまだ家にぽつぽつ灯りがあったような気がする。
(……右奥)
平沢さんが見ている方に、俺も視線を向ける。
よく目を凝らして見ると、2軒目の塀の上にゆらゆらと動く黒いモノが見えた。
視力は良い方だと思っていたが、夜闇に混ざっているとよく見えない。
すると、ゆっくりとその靄が動き、塀の下へと降りる。
その靄の中のナニカと目が合ったような気がした――…。
「 ォ、にいチャン? 」
昨日聞いた少女の声とは思えない、拡声器のような声。
女か男かわからないほど重ね、混ざり合ったような不可解な声だった。
一瞬、あの少女だとわからなかったが、それでも俺を見て「おにいちゃん」と呼んだのだ。
あの子以外考えられない。俺の経験の浅い直感がそう言っていた。
「 ァ、ハハ!嘘つきのオニイチャン! 」
狂ったように高笑いしながら、ゆっくりと俺達の方に歩み寄ってくる靄の塊。
勿論、俺は嘘なんてついていない。
それに、昨日最後は少女も俺の言葉を信じてくれていた筈だ。
きっと、柴崎さんが言うように、靄が少女に負の感情を押し付けているのだろう。
「……いつ見ても鳥肌がすげぇわ」
「思ったよりも濃いね。誰か1人は祓いコースかな」
「はい、対象と出会いました。今から交戦します」
俺の横では無線で片岡さんが柴崎さん達に連絡している。
俺も少女を見ながらボディバックのポケットから塩水が入った小瓶を3つ取り出した。
その中の2つをポケットに入れ、1つは手に持つ。
「犀葉、
「はい」
「附着型は靄が『此の世ならざるモノ』に憑りつく。つまり、『此の世ならざるモノ』にと合わさり、強化されるため本来のランクより強いことがある」
山中さんが少女に目を離さずに続ける。
その表現で俺が想像したのは、人物が『此の世ならざるモノ』で、つけている鎧が『靄』だ。
つまり、2つの能力が混合し、強くなっているということか!
確かに、少女を纏う靄は鎧にもなってるし、武器にもなっている。
「もしや、足し算ですか?」
「いや、ほぼ掛け算に近いな。その強さは深さに関わる。心してかかれよ!」
「はい」
「掛け算」と聞いて、身体に緊張がはしる。
昨日も対峙したとはいえ、やはり先日出会った靄や憑りつかれた女の人とは、比べ物にならないくらいの邪悪さを感じるのだ。
山中さんは少女から目を離さずに、鞄から白い紙を取り出した。
「
山中さんがそう唱えて地面に紙を飛ばすと、その紙から赤い動物が出てきた。
すらりとした手足に、猫に近い風貌、そしてその胴体はマグマのように煌々と燃えていた。
大きさは宮司さんの
あれば山中さんの式神なのだろうか。
「行け!」
その掛け声を聞いて、「
胴体が更に赤く光り、まるで炎を纏った生き物のようだ。
猫のようにしなやかだった手足も太くなり、口が裂け、鋭い牙が見えた。
「ガァァ!」
愛らしい猫からライオンのように変化しながら、少女まで駆け寄りその華奢な体に噛みつこうと飛びつく。
しかしその寸前で、少女がゆっくり式神に手をかざした。
「ガッ、ァ」
真っ黒な靄がまるで壁のように少女を守り、式神が飛びつくのを防いだかと思うと、一瞬にして靄が式神の胴体を包んでしまった。
暴れる式神だが、靄は蛇のように徐々に絡みつきその胴体を絞めあげていく。
「―――発火!」
「 きゃっ 」
山中さんがそう叫んだ瞬間、式神の体が更に赤くなり、身体全てから炎を出していた。
その炎は靄に引火し、そこから少女までをも赤く包んでしまう。
式神の胴体に絡みつく靄はとれてはいないが、確実に薄まってきているのを感じた。
「やったのか?」
期待を込めつつそう思いかけた瞬間、薄まっていた靄の量が突如増えた。
胴体だけでなく上や下からも式神を吞み込むように包む。
炎を発しているのにも関わらず、その光さえも呑み込み、次第に黒に染めていく。
バキッ
「ちっ」
突如、何かが砕けるような音が響いた瞬間、靄の塊が消えた。
消えた靄のところからは1枚だった白い紙が、何重にも細かくなって地面に散りばめられていた。
式神が消されてしまったのだろうか。
「 ソウ。おにいちゃん、ワタシをコロそうとする、ワルいおにいちゃんなの 」
――ぞくり。
何度見ても少女の気配には鳥肌が止まらなかったが、今回のは今までと比べ物にならなかった。
黒い靄を纏い、幼い風貌がどこかに行ってしまったかのような瞳孔が開ききった目。
そこから俺達に向けられるのは、明確な" 殺意 "の念だった。
これはやばい、と本能が叫んでいた。
「っ、違う!俺達は君を助けようと――」
「犀葉!」
悲しみ、怒りという感情が靄をより濃くし、渦巻いているように見えた。
それが少しでも薄まるように、話しかけようとするが、少女がゆっくりとした動作で俺の方に手のひらを向ける。
その瞬間、平沢さんに強く腕を引かれ、俺は右に身体を持っていかれる。
顏は少女に向いていたからこそ、少女の手から生み出された黒い何かが、俺の左腕を掠ったのがはっきり見えた。
「いてっ」
「バカ!今は逆効果だ!――碧緑《へきりょく》!」
平沢さんがその言葉と共に、地面に紙を置いた瞬間、コンクリートを割るようにして出現させたのは太い何本もの木だった。
その太い木は俺達と少女の間に壁を作り、靄を防いでくれている。
バシッという音が何度も前方から聞こえているので、先程の靄が何度も撃ち込まれているのだろう。
「 嘘ツキ、ミンナ、いなくなれバイイィ。アッハハ! 」
「一旦散ろうか、山中くん」
「はい!平沢、犀葉を頼んだ」
「ああ!」
狂ったように首をカックンカックンと左右に揺らしながら笑う少女。
俺達と同じく山中さんも標的にされているようだ。
1つに固まると的に近いので、分散させようと山中さんと片岡さんは俺達から距離を置く。
飛んでくる靄を除けつつ、少女から距離を置いていた。
「犀葉、傷は?」
「いや、掠っただけです。ありがとうございます」
太い木が守ってくれている間、俺は先程靄が掠った傷を診てもらっていた。
服も切れてうっすらと血は出ているが、かすり傷なので大丈夫だ。
傷を確認した後は、再度少女に視線を向ける。
山中さんや片岡さんも飛んでくる靄の塊を避けるだけの防戦一方だ。
「仕方ねぇか。――我の元へと舞い寄れ、
山中さんが靄を避けつつも、両手の指を複雑に組んだかと思うと、その隣に赤い輪ができた。
そこから生みだされたのは、12歳くらいの子どもだった。
子どもと言っても明らかに普通ではない。
赤い長髪、炎を連想させるような赤と橙で形成されている模様の服装の色。
中華風のカンフーのような男性用の服に、黒いズボンを履いていた。
男か女か俺にはわからない。
「 ――おう、ヨシ。ヤベェのか?俺の力がいるのかよ? 」
「ああ。少女は消すな、靄だけだ」
「 難しい注文つけるなよ。覚えられねぇよ 」
「――靄は" 喰って "いいぞ」
服装が男性用に近いので男かと思ったが、声は意外にも高かった。
ちなみに「ヨシ」というのは、おそらく山中さんの本名が「
山中さんが「喰ってよし」と言った瞬間、
その瞬間、その体が赤く光り、急激に両手の爪が15cmほど伸び始めた。
「 っしゃ!いくぜぇ! 」
掛け声と共に目にも止まらないスピードで、少女のところまで駆けていき、鋭い爪で靄を切り裂く。
完全には切り裂けず薄くなっただけだったが、何度も素早い動きで切り裂き、その靄の層を削った。
「 こんにちは、お嬢ちゃん 」
「 フフ、アナタもおいしソウネ。デモ、死ンデ? 」
少女の顔がはっきりと見えるほど靄は切り裂かれたが、少女は余裕そうに笑う。
その瞬間、靄が蛇にように焚の足首に絡みつき、そのまま勢いよく引っ張る。
「 おぉ? 」
そのまま空中へと宙吊りにされたが、その爪で靄を切り裂き、地面へと着地した。
少女もそれを追うように靄を飛ばすが、今度はそれに気づいた焚が人差し指を少女に向けた。
指先から発せられたのは小さな赤い球だった。それを銃弾のように少女に撃ち込んでいく。
その赤い球は靄を貫通し、少女の体を何度も掠めていた。
「 イタイ……痛いイタイイタいイタいのキライ――邪魔ァ! 」
一層少女の大きな声が聞こえた瞬間、濃い靄が大きな手のひらを形成し、焚をはたくように弾き飛ばした。
焚は弾かれたまま地面へと落下する。そこに山中さんが駆け寄った。
「おい、遊びすぎだ」
「 中身を残すの難しいぜ。無茶言うなよ 」
「せめて、一瞬隙があれば引きはがせるのに」
そう呟くように言ったのは、平沢さんだった。
確かに、少女を傷つけずに、靄だけ消すのは難しいのだろう。
それこそ深さが最深値である霊媒までいってしまっているなら特にだ。
一瞬だけの隙、か。
見ているだけしかできない俺にも何かあるのではないだろうか。
俺にしかできない、何かはないのだろうか。
そう考えて、浮かんできたのが昨日の出来事だった。
あの時も、一度殺されそうになったが、少女の記憶を話せば一瞬だが靄は消えた。
それを今回も利用できれば――…
「平沢さん!俺にやらせてください。一瞬だけ、必ず動きを止められます」
「……わかった。片岡さん!犀葉をお願いします」
「わかった」
そう言って、平沢さんは木の壁から一歩外へと出て、山中さんと逆方向へと静かに進み始めた。
目の前では、少女の靄がさらに濃くなっていた。
攻撃されて、痛い思いをして、さらに怒りを増大しているのだろう。
「 コロす、そうね 死ンデもらおウ、コロそう 」
俯いて表情は見えないが、ぶつぶつと呟く言葉もどんどん物騒になってきている。
そんな中、俺も木の壁から一歩踏み出し、ゆっくりと少女に歩み寄り始めた。
山中さんと平沢さんの驚いた顔が、視界の隅に入った。
しかし、コレは傍で確実に聞こえないと意味がないものだ。
5mほどまで近づくと靄の瘴気で気分まで悪くなってくるが、何とか意識を保ち、――俺はゆっくりと両手を広げた。
(………兎さん。俺、今ならわかります)
確かに、こんな悲しくて憎悪な感情を、自分を慕っていた可愛い妹が抱くなんて、信じたくないですよね?
貴女達の、温かくて、優しくて、悲しい記憶に触れて、
誰かを救いたい、助けたいと心から思えるようになりました
―――今、貴女の可愛い妹を、闇から救い出します
「―――
自身の中の恐怖をなるべく消して、丁寧に、親しみを込めて" その名 "を呼んだ。
すると、その言葉にピクリと反応し、少女はゆっくりと顏を上げ、俺を見る。
俺は、もう一度大きな声ではっきりと言葉を発した。
「――
次の言葉は、今度ははっきりと聞こえたようだ。
その瞬間、少女を纏っていた靄はパチンとい弾けるように霧散し、開いていた瞳孔、凶悪な表情は嘘のように消えた。
きょとんとした愛らしい表情が、俺を見つめていた。
「 ……え?どうして、わたしの名前 」
―――俺の先輩はその隙を見逃さなかった。
「犀葉、ナイス!――焚!」
「碧緑!」
「
平沢さんが地面に手を付いたかと思うと、少女の下半身に蔓が巻き付く。
それとほぼ同時に、焚が少女に飛び掛かると、少女の顔の横から靄を引っ張り出した。
「 ギャアアァァ 」
「それが核だ!」
悲鳴は、少女ではなく靄から聞こえた。
山中さんの声と共に、少女に纏っていた" 靄の核 "と呼ばれるものが引っ張り出され、無理矢理剥がされる。
焚が靄を少女から剥がし、引きちぎるように奪った。
「 ――あ! 」
少女が、縋るように離れていく靄に手を伸ばす。
それを引き裂くように、地面から5mほどの土の壁が出現していた。
それでも行こうとする少女を見て、気付けば俺は駆け出し、その肩を強く引き寄せていた。
暴れる少女の体を何とか腕の力で押さえ込む。
「――ダメだ。キミはもう、そっちに行ったらダメだよ」
「 でも、やだっ…離して! 」
「ダメだ。絶対に離さない!――おねえちゃんに会いにいこう!」
俺のその言葉に、少女はぴたっと暴れるのをやめた。
驚いた表情が、ゆっくりと俺の方を振り返り、見上げる。
「 おにいちゃん? 」
「うん、そうだよ。キミを助けにきた。おねえちゃんに会いに行こう!」
ゆっくりと腕の力を緩めるが、少女はもう逃げなかった。
でも念のためにも、逃げられないようにその腕を優しく掴み、向き合う。
驚いた表情のまま、少女からの返事はない。
ちょっと不安になってきた。また靄とか出てこないだろうか。
「えっと……、信じてもらえるかな?
「 信じていいの……っ、今まで、信じても、みんな私に……痛いことしか……っ」
ぼろぼろと少女の丸い瞳からは、涙が流れ落ちた。
今まで、少女と出会った人がどんなことをしてきたのかわからない。
もしかしたら、俺達のように清めようとしたのかもしれない。
「うん。信じていいよ。必ず
約束だよ、そう言って体勢を低くし、綺麗な涙を流す少女の頭を撫でた。
すると、抱き付くように俺の腰に抱き付いてくれた。
好かれてると、自覚してもいいのだろうか。
それが嬉しくて、俺はそのまま少女の頭を優しく撫で続けた。
「犀葉、終わったぞ」
「お疲れ、犀葉」
少しだけ気遣って、小声で声をかけてくれたのが山中さんと平沢さんだった。
視線を向ければ、焚が大きな口を開けて、靄を本当に食べていた。
むしゃむしゃと、笑顔でとても美味しそうに食べている。
あれって、美味しいのだろうか。
「お疲れ様です。おかえりなさい」
「お疲れ様です。宮司さん、ありがとうございました」
帰社後、神社の前で待っていたら、やってきたのは意外にも宮司さんだった。
服装は紫色の袴に、白衣を着ていて、髪は後ろで結んでいるようだ。
俺の横には
先輩たちは邪気祓いの準備をするから、と先に中へと入ってしまった。
準備ができるまで少し時間がかかるし、核がなくなったとはいえ靄を絶対に纏わないという保証もない為、鳥居の前で待っているように平沢さんに言われたのだ。
「こんにちは、
「こ、……こんにちは」
恥ずかしそうに、俺の腰に隠れてしまう。
年相応で可愛いなぁと和みつつも、俺は少女の頭を撫でながら話しかけた。
「今からここで
「少ーしだけ初めは痛いかもしれないけど、すぐに終わるよ。そしたら、おねえちゃんに会いに行こうね」
「……うん」
少女に視線を合わせるように腰を低くする宮司さん。
しかし、少女の表情はまだ不安そうに見えた。
「……おにいちゃんは?」
「え?俺?」
「ふふ、そうね。犀葉くんも一緒に行きましょう」
予想外の言葉に驚いたのだが、宮司さんの言葉で納得した。
そうか、初めてのところは誰だって不安になるものだろう。
宮司さんについてゆっくりと鳥居の中へと入る。
「……
入った瞬間、ぎゅっと俺の手を握ってきたので、様子を伺ってみる。
靄を纏っていたこともあり、少しつらいようだ。少しだけ顔色が悪い。
しかし、俺が見ていることに気づくと、にこりと笑みを向けてくれた。
「大丈夫だよ。おにいちゃんは何回も迎えに来てくれたもん。信じるよ!」
「ありがとう」
その笑みが嬉しくて、俺も自然と頬を緩ませた。
「ついてきてくださいね」
社務所の正面玄関から入り、複雑な廊下を歩いていく。
いつもなら入ったらすぐ横は社務所なので、移動することも少ない。
つまり、俺はこの神社の全ての部屋をまだ知らない。
それ以前に、この神社は部屋の数が多すぎるのだ。
「この部屋で行います。「
やってきたのは、
俺も来たことがない部屋だ。
観音扉の少し大きな扉を開けると、13畳ほどの少し広めの部屋の正面奥に儀式に使う祭壇があった。
左右には俺の背より少し低いくらいの燭台がある。
「犀葉くんは、部屋の隅へ。
「はい」
宮司さんの言葉にそう返事をして、俺は部屋の隅に座る。
そのまま待つこと数分後、宮司さんが帰ってきた。
「はじめましょうか」
先程と恰好が変わり、白衣の上に
これは平安時代に貴族が着ていた衣装でもあり、白衣よりもしっかりした生地に所々桜色に紋が描かれている。
ご祈祷時に使う「狩衣」とも似ているのだが、こちらは襟をとめる赤い紐がついているのと、袖や裾に
正式な祭事に着る衣装の1つであり、宮司さんの邪気祓い用の衣装ということか。
そして、頭には烏帽子を被り、手には榊の葉を持っていた。
50cmほどの榊の持ち手のところに鈴がつけられ、枝の中央からは色鮮やかな長いリボンが数本結ばれていた。
「頭を少し下げてください」
宮司さんにそう言われて
宮司さんが一度頭を
「――かけまくも畏き 伊邪那岐の大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓へ戸の大神たち 諸々の禍事、罪、穢れあらむをば祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと恐み恐みも白す」
少し高めの柔らかい声が、部屋の中へ響き渡る。
研修でも大学でも男性神主のご祈祷しか実際に聞いたことがなかったため、女性の声というだけでこんなに綺麗なのか。
シャンシャンと鳴る爽やかな鈴の音に癒されながら耳を傾ける。
「――祓ひたまへ 清めたまへ」
そう言うと、宮司さんは袂から瓶を取り出した。
よく見ると今使っている瓶よりも、ひと回り大きいワンタッチの瓶のようだ。
中身はおそらく塩水だろう。それを榊の先にかけて、
葉についた雫が、
(……うわ)
驚きで思わず声を漏らしそうになったのを、何とか耐える。
何故なら、ゆっくりと洗い流されるように
言葉通り、靄を纏っていたため、体の色も黒ずんでしまっていたのが清められた。目で見てそう感じとれるほどだった。
彼女の本来は記憶の夢で見た通り、ブラウンの髪にくりっとした二重瞼の瞳、長さはセミロングほどだ。
服装は、白いワンピースを着ていた。少し色がくすんでいるが、これはまあ仕方ないだろう。
白くなっていた肌の色も戻り、先程よりは血行が良いように思えた。
シャンシャン キラキラ
揺れる鈴が、葉から滴る雫が、光に反射してとても神秘的で不思議な世界に思えた。
現実であっても現実でないような、眩いばかりの体験に、俺はずっと目を奪われ続けたままだった―――
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