第15話 辿り着く




邪気祓いが終わるとほぼ同時に、璃音りのちゃんの体がゆっくりと倒れた。

宮司さん曰く、邪気祓いは生者にも『此の世ならざるモノ』にも負担がかかる。

大抵のモノは、こうして終わるとほぼ同時に倒れてしまうことが多い、ということだ。

それは、祓った靄との結びつきが強いほど、負担は大きいそうだ。


その後、俺もそのまま宮司さんに清めてもらい、璃音りのちゃんを抱えて、儀式殿ぎしきでんを出た。

璃音りのちゃんがいるので、本日も俺は神社に泊まることになった。

今日の宿直は平沢さんと瀬田さんらしい。瀬田さんは、昨日祿郷さんと宿直を替わったからからだ。



「ありがとうございました!」


「お疲れ、犀葉」



邪気祓いが終わり、続々とみんな退社していった。

時刻は21時、平沢さんが境内の見まわりをして、瀬田さんは宮司さんと社務所で本日の話をしていた。

俺は見つからないように、こっそりと社務所を出て、鳥居の外に出る。

辺りは真っ暗だ。ひんやりとした空気が、俺の不安な心を煽る。


しかし、約束したのだ。

俺の仕事は、まだ終わっていない。



「……兎さん」



その名を呟く。数分待つが返事はない。

もう一度、大きな声でその名を呼んだ。



「兎さん!来てください!妹さんを、見つけました!」



叫ぶように言うが、返事はなかった。

昨日「貴方は用済み」と言われたことが原因だろうか。

もう、俺の前に姿を現してもらえないんだろうか。



「――天音あまねさん」



知っている彼女の"もう1つの名"を呟くように呼ぶ。

その瞬間、ぽんっという柔らかい破裂音と共に1人の女性が姿を現した。



「……こ、こんばんは。兎さん、ですか?」



現れたのは俺が知っている兎さんではなかった。

ブラウンの髪をポニーテールに結んでいるのは変わらないが、服装が違った。

赤い生地に、桜の花びらと鶴の柄が綺麗に散りばめられている振袖、シルバーの帯に、足元には足袋と草履。

胸元には金色の動物の兎のバッチがつけられている。

まるで成人式で出会った女の子達のような服装の兎さんがそこにいた。

そして、前は人に近い雰囲気であったが、今は兎さんの周囲に小さな光が瞬いている。



「今日は和装なんですね」


「無理矢理呼ばれたからね。真名で呼ぶと断れないからやめてくれる?それに、なんで私の名前を知っているのよ」


「真名?」


「本名のことよ」


「へ?あ、すいません!名前は、妹さんに聞きました」


「………」



どうやら、すごく不機嫌のようだ。

そうか、兎さんは仮の名前で、天音あまねが本名だということなのか。

理由はわからないが、本名の方はあまり使わないようにしよう。



「兎さん。妹さんが……、" 璃音ちゃん "が中で待っていますよ」


「貴方が助けてくれたのね」



そう言って、兎さんは神社に視線を向け、そのままゆっくりと社務所に視線を向ける。

どうやら、璃音ちゃんのいる場所がわかるようだ。

ふとそこで、兎さんが神社をすごく嫌っていたことを思い出した。



「あ、璃音ちゃん、連れて来た方がいいですか?」


「……いや、いいわ。ここまでしてもらったら、私も獣神じゅうしんとして誠意を見せないとね」


獣神じゅうしん?」



ジュウシンと言葉の響きだけじゃ何のことかわからず、首を傾げてしまう。

兎さんはそんな俺を見て小さく笑い、ゆっくりと鳥居の方へと歩き出した。



「犀葉くん、貴方本当に神主なの?知識なさすぎ」


「ッ、今勉強中なんですよ!」


「私、すごい存在なのよ。それを今から見せてあげるわ」


「……へ?」



そう楽しそうに笑ったかと思うと、兎さんは一歩鳥居の中に踏み出した。

俺も慌ててその後を追って鳥居の中に入るが、一歩踏み入った瞬間にズンと重い何かが俺に圧し掛かった。

俺の上を見ても何もいない。ただ、神社内の空気が急激に重くなった。そんな感じだ。

満足に立っていられない、そう思い地面に座りこもうとした瞬間、腕を掴まれ引っ張り上げられた。


――平沢さんだ。



「犀葉。宮司さんが妹を連れて、控室で待ってろって」


「……はい」






* * *





「ようこそ。桃華八幡宮へ」



宮司の執務室。

鳥居をくぐった瞬間、この部屋に飛ばされた。

もっと牢屋のような場所に飛ばされると思っていただけに少し意外だ。

そう思いつつ、視線を正面に移すと、1人の女性に恭しく頭を下げられた。


頭を下げた者は、1人はこの神社を取り纏め仕切る宮司――羽賀だ。



「 こんばんは。ふぅん、力の強いものが来たら、貴女の部屋に飛ばされるのね 」


「神様の接待には、私自らするべきだと思っておりまして」


「 さすが神社の宮司ね 」


「ふふ。獣神様、本日はどうなされました?」



壁には本が隙間なく埋め尽くされ、その前には作業机、中央にはソファとローテーブル。

上手く物などで隠しているが、所々に結界の札が貼られていたのを見つけた。


(まあ、いいわ。お互い、害なんて加える気はないし)


ニコニコと笑みを自身に向け続ける女性神主。

私が璃音の姉ということに気づいてる口ぶりだが、要件を聞いてくるあたり食えないタイプだと認識する。

警戒心は解けないのだが、そんなことを言っていたら何も話は進まない。

ふぅと大きな吐息を零し、天音はゆっくりと頭を下げた。



「 私の妹が大変お世話になりました。ありがとうございました 」



実際のところ、本当は自分で助けに行こうと思っていたのだ。

犀葉から、靄に取り込まれている姿が妹だと聞き、受け入れるのに時間がかかったのは確かだ。

しかし、あの靄に取り込まれているだけなら、あの声、姿がまったく成長していない理由も頷ける。

靄に取り込まれると、その力を吸い取られ続ける。そのため、姿も死んだあの時のままなのだ。



「 これ、祈祷料ね 」


「わあ、ありがとうございます。こちらこそ、うちの神主を守っていただきありがとうございました」


「 あ、ありがとう 」



そう言って、指を鳴らして出現させた一升瓶を、宮司に手渡す。

そのお礼にと、机に置いてあったお菓子を渡されてしまった。

桃色で桜柄の包装紙には「桜饅頭」と書かれている。

それを見ていると「此処の名物なんですよ。ぜひ食べてみてくださいね」と微笑みながら宮司が言った。

屈託のない笑顔を見せられて、少しだけ警戒心が薄れた。

なんというか、警戒心を持っているのは私だけだと言われているようだ。



「あ、美味しいお茶もありますので、ぜひ飲んでいってくださいね」


「……ええ」



(……――犀葉といい、この宮司といい、ほんとにヒトと関わると調子が狂うわ)








* * *







「はい、神社にコレしかなくてごめんね」


「 ううん。ありがとう 」



あの後、突如重い空気圧が解け、部屋に寝かせていた璃音ちゃんを迎えに行った。

どうやらその空気圧で起きてしまったようで、不思議そうに部屋内をキョロキョロしていたところに俺がやってきたようだ。

そのまま俺は一緒に祈祷控室きとうひかえしつへとやってきた。

ここは、参拝者がご祈祷を受ける時に、控室として待つ場所だ。

ただ待たせるのも可哀想なので、俺のロッカーからスティックココアを持ってきて、ココアを作って渡した。

一瞬飲み物を飲めるのか心配になったが、兎さんもホットスナックを食べていたし大丈夫だろうと判断した。



「 あまい。おいしい 」


「そうでしょ。俺もココア好きなんだ。璃音ちゃんと一緒だね」


「 ふふっ 」



ココアのコップを両手で包むように持つところに、可愛いなと癒された。

よく見れば、確かに顔は兎さん――天音さんに似ている。

今は天音さんは成人女性の姿だが、その面影ははっきりと見られた。

特にくりっとした目と、口元だ。髪は璃音ちゃんの方が、濃いブラウン色のようだ。本当に美人姉妹だと思う。

きっと、この子もお姉さんに似て、美人になっていくのだろう。……性格はあまり似てほしくないのだが。



「 ねえ、おにいちゃん。名前教えて? 」


「俺はね、犀葉 瑛さいば あきらだよ」


「 あきらね!わたしは璃音って呼んでね 」


「うん。璃音って呼ぶよ」



嬉しそうにくすくす笑うところは、見た目通りの年相応だ。

確かに、兎さんの言う通り、この子は靄を発するような子じゃない。

そんなことを考えながらも、璃音とお喋りを続けていたら、ふと控室の戸が開いた。



「 ……璃音? 」


「 天音おねえちゃん! 」



入ってきたのは、宮司さんと兎さんだった。

2人の目が合った瞬間、璃音が真っ先に駆け寄っていき、兎さんに抱き付いた。

兎さんも腰を低くし、璃音の体をぎゅっと抱きしめる。



「 ごめん、璃音、ごめんね…っ、ひどいこと言って、ごめんね 」


「 ううん。瑛がね、たすけてくれたの!こうして、おねえちゃんにまた会えてうれしい、ずっと探してたの…っ 」


「 うん。私もよ。ずっと探してたわ。本当に良かった……っ。また会えて私も嬉しい 」



美しい姉妹の家族愛物語。

涙を流して抱き合う2人に、俺の目頭もぐっと熱くなった。

良かった。また会えて、本当に良かったと思う。



「あれ、犀葉。泣いてんの」


「……涙が、勝手に…っ」



出てくるんです、という言葉は消えてしまった。というか、喋れなかった。

ずっと張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れたように、涙が止まらなかった。

なんとか止めようと拭っていると、突然ぽんと頭に平沢さんの手が置かれた。



「いや、お前はよく頑張った。お前のおかげで、2人はまた巡り合うことができたんだよ。よくやったな、犀葉。たくさん泣け」



この感動的な場面に、俺の嗚咽なんて混ざらせるワケにはいかない。

そう思ったのに、なんというタイミングで男前な台詞を言うのだ。

余計に涙が止まらなくなってしまった。



「……平沢さん、男前すぎて嫌いです」


「ははっ」


「ぐすっ」


「え!?瀬田さんも泣いてるんですか!?」


「この年になると、涙脆くて…っ」



もう1人の鼻をすする声が聞こえたと思ったら、瀬田さんまで泣いていたらしい。

それを見ていたら少しだけ笑えてきて、涙もひいてきた。

涙を拭い、ゆっくり顔を上げる。


大学で神主になるための勉強し、卒業してこの神社に奉職した。

除霊専門、邪気祓い等という言葉は夢やファンタジーの世界でしかないと思っていた。

実際は怖かった。だって、幽霊とか見えてもいつも「見ざる 言わざる 聞かざる」状態だ。

俺にどうこうできるレベルではないと思っていた。

今でもそうだ。先輩や同期に助けてもらわないと、きっと悪いモノに呑みこまれていた。


そんな、力もなくて、頭も悪いけど、そんな俺でも、何かできることを知った。



「――貴方は、どんな神主になりたいですか?」



以前、そう誰かに聞かれた。

その時は、なんて答えたかか覚えてない。でも、必死に答えたのを覚えている。


神主の学校に通う殆どの人は、家が神社でそれを継ぐ者が多い。

実際俺もそうだ。「神主になりたい!」と思って進んだのではなく、「神主にならないといけない」というので大学に入った。

神社の殆どは世襲制だ。その血のつながりで神社の宮司を継承していく。

初めから決まった道を選ぶものに「どんな神主になりたい」と聞かれても、「神社をどうしていきたい」という言葉しか見当たらなかった。

俺という一個人の神主としてのその「心」を考えたこともなかった。



「俺は……―――出会ったすべてのモノを導くことができる神主になりたいです」



そのための、力をこの桃華八幡宮でつけたい。

この神社なら力をつけられる、そう心の中で確信していた。



「……貴方なら、できますよ」



誰に言ったわけでもなく、ぽつりと呟いた言葉だったが、肩、背中に触れた2つの手と優しく柔らかな声が俺を応援してくれているように思えた。










「 ありがとうございました 」



鳥居の外。

恭しく俺達に頭を下げた兎さんに、俺達も深く頭を下げた。

ゆっくりと顏を上げた瞬間、平沢さんに腕を強く掴まれて、小声で話しかけられた。



「おい、犀葉!どこであの人と知り合ったんだよ」


「へ?兎さんですか?」


「そう!」


「家に訪ねて来たんですよ。めっちゃ怖かったです」


「まあ、獣神じゅうしんだしな」



獣神じゅうしん

そう聞き返すと、平沢さんは一瞬きょとんとして、深く溜息を零し、袂から携帯電話を取り出した。

メモ帳アプリで「獣神」と書かれた画面を見て、ぎょっとする。

兎さんって、神様だったのか!?



「え!?兎さん、神様だったんですか!?」


「 やっと気づいたの 」


「しかも、十二支の兎の神様ですよ」



十二支だと!?

じゃあ、「兎」と呼ばせていたのは、本当に「兎の神様」だったからか!



「だから、あんなに強くて、怖……っいや、なにもないです」


「 ふーん?あんなに手加減して優しくしたのに、怖いってどういうこと? 」



失言だと口を押さえるが、少し遅かったようだ。

つかつかと俺に歩み寄ってくる兎さんに、俺は固まったまま動けなかった。

最初に襲われた時の恐怖がもうトラウマ化しているので、少しの優しさを感じても、トラウマの痛みや恐怖の記憶が先にやってくる。



「……兎さん?」



俺の正面まで来たかと思うと、そこから俺の顔を見て動きを止めてしまった。

それに不安になって、恐る恐る名を呼ぶと、ゆっくりと華奢な手が俺に伸びてきた。

びくりと肩が震えてぎゅっと目を瞑った瞬間、ぱちんという音と共に痛みを感じたのは俺の額からだった。



「いてっ」


「 まあ、いいわ。死にそうになったら私を呼びなさい。へなちょこ神主とはいえ、恩人ですもの。すぐに死んでもらったら後味も悪いしね 」


「……兎さん」



どうやら、軽くデコピンをされたようだった。

しかし、じんわりと額が温かくて、気持ちが良い。

以前の「加護」というモノをまたしてくれたのだろうか。



「 犀葉くん、これからよろしくね 」


「はい!」



俺が元気よく返事をしたのに、安心するように笑う兎さん。

その笑顔が、今まで見た中で一番華やかで綺麗な笑みだったので、少しだけ見惚れてしまった自分がいた。

すぐに首を振る。ダメダメ、相手は神様だ。



「 では、さようなら 」



そして、来た時と同様に光に包まれて、兎さんは消えてしまった。



「これからは、璃音と一緒に暮らせるんだね」



どこに帰ってしまったのかはわからないが、お互いを探し合うこともなく、平和に仲良く過ごせるといいな。

もう消えてしまった光があった場所を見つめながら、そう呟く。



「 ほんとに?嬉しい! 」



すると、突如予想外の声が聞こえた。

腰に衝撃がはしったので振り返ると、そこには姉に似た華やかな笑みを向ける――少女がいた。



「ええ!?璃音!どうして…」


「どうしてって、ずっといたよ。宮司さんの横に」


「一緒に帰らなかったの?」


「 うん 」



気付かなかったのはお前だけだよ、という平沢さんに開いた口が塞がらない俺。

そして、さも当然のように首を立てに振る少女。

それに唖然としていると、そんな俺を見てくすくすと笑っていた宮司さんが説明してくれた。



「神の世界は、靄を纏ってしまったモノは入れないの」


「じゃあ!兎さんと璃音は一緒に住めないんですか!?」


「いいえ、約100年ほど清らかな状態で、靄を纏わなかったら大丈夫なのよ」


「ひゃくねん!?」


「 また、おねえちゃんが迎えに来てくれるの。それまで、瑛と一緒にいるってわたしから言ったのよ 」


「犀葉くんの使い魔として残りたいってお姉さんに話したのよ」



ねー?と顔を合わせてにっこり微笑み合う宮司さんと璃音。

女性同士は仲良くなるのが早い。すっかり意気投合しているようだ。

つまり、兎さんの「これからよろしくね」という言葉は、俺と兎さんとの関係性ではなく「璃音がこれから住むから、くれぐれもをよろしくね」ってことなのか!わかりにくいよ!

それに唖然としたままでいる俺に、ずっとお腹を抱えて笑ったままだった平沢さんが話しかけてきた。



「なーんだ、さっきの言葉は知らなくて言ったのか」


「え?」


「これからは、璃音と一緒に暮らせるんだね、って」



不敵な笑みを俺に向ける平沢さんに、俺は顔が赤くなる。

知っていたら、そんなこと言えるわけがない!



「ち、違いますよ!アレは兎さんと璃音が一緒に暮らせるようになったんだな、良かった。って意味ですよ!俺、ただのロリコンじゃないですか!」


「あれ、違う?俺はそう思ってたけど」


「違いますよ!」


「 瑛。ロリコンってなあに? 」


「ダメ!悪い言葉を覚えちゃダメ!」


「ロリコンっていうのはねー」


「こら!やめてください!平沢さん!」





―――本日、俺に可愛い" 使い魔 "ができました。







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