第13話 記憶





「おねえちゃーん!」



小走りで駆け寄り、その腰に抱き付くように飛びついた。

お姉ちゃんはその衝撃に一瞬驚いた声を上げたが、私だと気付くとゆっくりと振り向き、優しく頭を撫でてくれた。

それに甘えるように、抱きしめる手に力を込める。



「もう、どうしたの。――璃音りの


「ううん。ね、おねえちゃん、髪を結んで!」


「いいよ」


「" 天音あまね! "洗濯もしておいてね」


「はーい、お母さん」



私のお姉ちゃんは人気者だった。

山のすぐ麓にあった私達の家、私が生まれた時から女3人で暮らしていた。

お姉ちゃんはしっかり者で、近所の男の子達よりも頼りになった。

お母さんにはいつも仕事を頼まれ、それを卒なくこなす姿は私にとっても憧れだった。



璃音りの、一緒に行く?」


「行く!洗濯する!」


「じゃあ、先に結んであげるね」



そんなお姉ちゃんに、髪を結んでもらうのが一番好きだった。

お姉ちゃんは色素が薄い茶色の髪を1つに纏めていて、歩くたびに太陽の光に照らされてキラキラと光る。

私の髪も同じ色だけど、お姉ちゃんほど長くなかった。

だから、別に結ぶ必要ななかったのだが、お姉ちゃんのように長い髪をキラキラさせて歩いている気分になりたかったのだ。

お姉ちゃんのお手伝いをしていたら、お姉ちゃんみたいになれると思っていた。






―――その幸せな日々も、長くは続かなかった。







「――火事だ!逃げろ!」



突如、夜中に聞こえた叫び声に、私は目が覚めた。

お姉ちゃんも一緒に起きたらしく、格子戸を覗き込んでいる。

火事と叫んでいたが、辺りはまだ真っ暗だった。



璃音りの、お母さん。ここにいて、様子を見てくる」


「えー、怖いよ」


「大丈夫、すぐに戻ってくるから」



にっこりと微笑み、私の頭を優しく撫でた後、お姉ちゃんは家を出て行ってしまった。

灯りもない、真っ暗な夜。虫の声が聞こえるが、それさえも怖くてたまらなかった。

私はお母さんにくっついて、お姉ちゃんの帰りを待っていた。



がさっ



ふと、足音が聞こえた。

お姉ちゃんだ!そう思った私は、踏み台を格子戸の前に置き、覗き込む。



――赤い光。



覗いた瞬間に、脳が判断した答えだった。

煌々と光る松明を持った人が、家の前を歩いていたのだ。

暗闇でもわかる、明らかにお姉ちゃんではない風貌、体格。

それに驚いたと同時に漏れた声に気づいたのか、その視線が私としっかりと合ってしまった。



「ひっ」


璃音りの!」



後ろからお母さんに抱えられ、格子戸から離される。

そして、家の隅に座らされ、かけてあった蓑を私の上に置いた。

どうして、こんなところに入れられるの?



「おかあさん!」


「しっ、静かに。よく聞いて。天音あまねが絶対に来てくれるから、それまで出たら駄目よ?」


「お、おかあさんは…」


「今から喋っちゃダメ。大好きよ、璃音りの



そう言って、お母さんは私の頭を撫で、蓑で私の顔までも隠してしまった。

どういうことかわからない私はもう一度呼ぼうとした考えは、1つの足音が聞こえた瞬間に消えた。

ドンドンと大柄な足音は明らかにお母さんのモノではない。

その恐怖に、私は震えが止まらなかった。



「見たな?」


「……ひっ、おたすけ。――ぁ、が」



低い男の声。

お母さんの怯えた声が聞こえたかと思ったら、大きな打撃音とぶしゅっという液体の吹き出したような音が聞こえた。

お母さんが殺されたかもしれない。そう思った途端に、一層震えが止まらなくなり、膝に自身の顔を埋めた。

その後は、幾度か部屋を巡回する足音が聞こえ、男の足音は遠くなり、家から出て行ったようだった。



「ぅ、うう、……ふっ」



涙が止まらなかった。

無理矢理自分の口を塞いでも、次から次へと溢れて、どうしても嗚咽が漏れてしまう。

しばらく待っていると、家の巡回をしていたらしい男の足音も聞こえなくなった。

ゆっくりと蓑から顔を出すと、人が倒れていた。



「お、おかあさん…っ」



周囲は赤い光で包まれていた。

夜中でもはっきりと見えた母の姿に、絶望した。

うつ伏せの状態で頭から赤を流し、ぴくりとも動かなかったのだ。

パチパチと木が燃える音が次第に大きくなってきたのがわかったが、どうしたらいいかわからず膝に顔を埋めた。



「おねえちゃんっ、天音あまねおねえちゃん……っ、怖いよ……おかあさんっ」



泣くことしかできなかった。

私が格子戸を覗かなかったら、おかあさんは死ななかったかもしれない。

お姉ちゃんも帰ってこない。独りぼっちだ。



「おねえちゃ…っ、ゴホッ」



煙がゆっくり視界を覆い始める。

ふと視線を向けた格子戸から見える世界も、この家と変わらず――赤だった。

まるで赤い世界に支配されたようだった。

息も苦しくなってきて、視界もゆらゆら揺れていた。

ああ、これでお母さんと同じところにいけるんだ。そう思った。



「――璃音りの!」



遠くでお姉ちゃんの声が聞こえる。

そう思ったとほぼ同時に、強く肩を引かれた。



璃音りの璃音りの!」


「……おねえ、ちゃん…?」


「ごめんね、怖かったね」



強く抱きしめられ、頭を撫でられる。

その感覚は、ぼんやりしていた私の意識をはっきりさせた。

思わず私も縋りつくように、お姉ちゃんに抱き付いた。



「うわぁあん、おねえちゃ…っ、おかあさんが、ひっく、おかあさんが…っ」


「うん、うん」



お姉ちゃんは気付いているようだった。

私の目を見て頷いて、頭を撫でるのをやめなかった。

お姉ちゃんも泣いていた。あの強くて綺麗なお姉ちゃんも泣いていたのだ。


……私がお母さんを死なせてしまったから。



「ごめんなさっ……ごめんなさい……うぅ、ひっく」


「何で謝るの。璃音りのは悪くない」


「……だって、ゴホッ、ゴホッ」



煙で視界が曇ってくる。

お姉ちゃんの顔もぼんやりしか見えない。

視界が悪くなってきたのが不安で、私はお姉ちゃんの手を強く握った。



璃音りの、大丈夫。ずっと一緒にいてあげるからね」


「……うん」



そう言って、お姉ちゃんは強く私を抱き寄せて、ずっと頭を撫でてくれた。

それだけで、息苦しいのも忘れてしまう、魔法のようだと思った。

心地よくて、眠くなってきた。



「……おねえちゃん―――」











「……――ずっと、一緒にいてね」









ゆっくりと瞼を開く。

一瞬ここはどこだと焦ったが、見えた木目調の天井には見覚えがあった。

ああ、神社の中の一室だろうか。


今のは夢だろうか。

なんだろうか、初めて見た気がしないデジャヴのような不思議な感じだ。

「おねえちゃん」と呼ぶ声の主は、どう考えても――あの少女しか思いつかない。

つまり先程の夢は、あの少女の記憶なのだろうか。

そして、記憶の中でのお姉さんの髪型、風貌は幼いが俺の中でやはり「兎さん」と重なった。


そんなことを考えつつ、腹筋を使って上半身を勢いよく起こしたとほぼ同時に、隣から声をかけられた。



「犀葉」


「……祿郷さん」



俺の横にいたのは祿郷さんだった。

外まわり用の白い作務衣から、グレーの作務衣に変わっていた。

髪も濡れているので、お風呂上りなのだろうか。

そして、にっこりと笑っているのだが、あからさまに作っている笑顔だった。

怖い。めっちゃ怖い。



「すいませんでした!……いでっ」



慌てて正座になり、深々と頭を下げた瞬間、上から頭を押さえ込まれた。

ゴンと額をぶつけたが、押さえ込む手は緩まない。



「なぜ俺達と離れた?」


「………すいませんでした」


「お前は、前の山中の説教で何を学んだ?」


「……っ」



山中さんの説教で思い出したのは、先日の立花の件だ。

偶然出会った帰りに、立花が靄を勝手に祓った。

それを聞いて、山中さんと祿郷さんが俺達を厳しく𠮟ったのだ。

未熟者が祓うと、周囲の十分な安全確保ができず、二次災害も起きやすいと言われた。



「未熟者が祓うと危険が生じると言ったのをもう忘れたのか」


「いえ、祓おうと思ったわけではないんです。その、説得を…」


「説得?はっ、立花以下だな。それができたら、俺達神主の邪気祓いなんていらねぇよ」



そう言って、俺の頭を押さえ込む手に更に力をこめる祿郷さん。

その威圧感に俺は動くことができなかった。



「力が無い奴は、誰も救えない。その結果がコレだろ」


「はい……ッ」



その言葉は、深く俺の胸に突き刺さった。

そうだ、力が無かったから、2人を呼び止めて説得し、和解させることができなかった。

2人を会わせてみたら、お互いだと気付くのができるのではないかと思っていたのだ。

それが安易だったのだ。



「……すいません、でした」



無意識のうちに、涙があふれていた。

悔しいのと、悲しいのと、自分自身への怒りが混ざり合って爆発したようだった。

あんなに悲しい過去があり、お互いを想い合っていたのに、結果的に2人の溝を深めてしまったのは俺だ。

もっと、俺にもっと知恵があり、力があれば、無理矢理にでも話し合わせることができた筈だ。

口止めはされていたとはいえ、きちんと相談をしておくべきだった。



「わかれば良し。はい、説教終了」



俺の頭を押さえつけていた力を緩め、今度は髪を混ぜるように撫でられた。

ゆっくり顔を顔を上げると、表情は先程と変わらず笑顔だが、先程のような作ったような表情ではなくて安心した。

安心したら、また少しだけ泣けた。



「――おい、祿郷。宿直だが……あ、犀葉!」


「……山中さん!」



突如勢いよく戸が開いたかと思ったら、濡れた頭を乱雑に拭きながら部屋に入ってきた――山中さんだった。

俺と視線がばっちり合った瞬間、大股で俺のところまで歩み寄ってきた。



「すいませんでした!!」


「テメェ、前の俺の説教を忘れたのか!」


「それ、俺が言った」


「ッ、勝手にはぐれやがって……、出仕しゅっしの身で、そう簡単に祓えるわけないだろ!」


「それも俺が言っといた」



山中さんは俺へ説教をしようとしていたが、祿郷さんに口を挟まれて黙ってしまった。

やり場のない怒りを我慢しているように見え、俺はもう一度姿勢を正し、2人に頭を下げた。



「本当にすいませんでした!」


「……チッ、無事でよかったよ。ほんと」


「ああ、ほんとにな」



盛大に舌打ちをしながらも、床に腰を落とした山中さん。

ほっと心の中で一息つき、顔を上げると祿郷さんの腕の大きな絆創膏が目に入った。

ふと祿郷さんもそんな俺の視線に気づき、すっと腕を体の後ろに隠してしまった。



「すいません。どこかで打ったんですか?」


「え、いや、まあ、おかげでいろいろあったよ」


「ぶふっ、そうだな。いろいろあったな」



視線まで逸らして、その絆創膏のことは話したくなさそうな祿郷さんと、そんな彼を見て笑う山中さん。

俺は最終的にあの少女に襲われ、靄に呑みこまれて意識を失った。

助けてくれたのが、この2人なのだろう。



「途中から意識がなくなって……俺は、どうやって助かったんですか?」


「ああ、宮司さんだよ」



そう言って、祿郷さんが指差した方を見れば、小さな動物が俺の後ろに座っていた。

俺と視線が合うと「くぅん」と鳴きながら、近づいてくる。



明朱めいしゅ!」


「俺達をお前のところまで案内してくれたんだよ」



そういえば、兎さんと対峙した時は俺の肩にいたが、その後に少女に襲われた時にはいなかったように思う。

俺も必死だったのではっきり覚えていないが、その時に2人に知らせに行ってくれたのだろうか。

ゆっくりと明朱めいしゅを抱き上げる。



「ありがとうございます」


「お前を見つけたのがいいが、靄に殆ど吞み込まれている状態だったからな。引っ張りだすのが大変だったぜ」


「ほんとだよ。おかげで俺達にも靄がついて仲良く邪気祓いだよ」



話を聞くと、俺があの少女に襲われて意識を無くしたとほぼ同時に2人が駆けつけてくれて、俺を助けてくれたらしい。

少女を追い払うことには成功したが、その靄に呑まれた俺が暴れて、祿郷さんを噛んでしまったらしい。

つまり、何週間か前の宿直の時に出会った青年のように半狂乱状態だったということだろう。

祿郷さんと山中さんも靄に触れてしまった為、俺と一緒に邪気祓いを受けることになったようだ。

恥ずかしさと申し訳なさで、俺は頭を抱えることしかできなかった。



「うわー!本当にすいませんでした!」


「もういいって。但し!」



そう言って、ビシッと俺を指差す祿郷さん。

真摯な表情にびくりと肩を揺らしたが、すぐその口元はゆっくりと弧を描いた。



「もう全部話してもらうからな。抱えているモノ、悩んでいるモノ、全部話すこと!」


「全部聞いて、そして手伝ってやる。三人寄ればば文殊の知恵だぜ!俺達は同じ神社の仲間だろーが」


「……ありがとうございます」



ああ、温かい。

俺はもっとこの人達を信頼して、相談すれば良かったのだ。



「とりあえず、今日はもう寝ようぜ?見回りも終わったしな」


「疲れた。ほんと疲れた」


「え、ちょっと待ってください。今日の宿直は瀬田さんと設楽さんじゃ……」



その言葉に目を丸くする。

そうだ。今日は俺が無理矢理連れて行ってもらっただけで、宿直はいつも神社待機の人間だ。

すると、祿郷さんが一瞬視線を逸らしたかと思うと、人差し指を頬を掻きながら言った。



「替わってもらったよ。俺達の帰り道が危ないからな」


「とか言いつつ、お前のことが心配だったんだよ」


「うるせぇ!お前も同意しただろーが!」



半端怒鳴るように叫んで祿郷さんは部屋を出て行った。

背中越しに見えたのだっが、少し耳が赤かったように思う。

山中さんは、そんな祿郷さんを見て腹を抱えながら笑いながら部屋を出て行った。










朝。

5時に起床し、洗面所で身だしなみを整え、俺は神社の見回りに向かった。

最近は、昼は仕事、夜は兎さんの妹探しをしていた為、心休まる時間がなかったように思う。

解決には至ってないのだが、今日はいつもよりも心と体が軽い。

昨日、意識がないうちに邪気祓いをしてもらい、清めてもらったおかげだろうか。



「おはよー…犀葉」


「おはようございます、山中さん。相変わらず朝に弱いですね」


「おせーよ、山中!早く支度しろ!」


「……おー」



いつもの豪快さが嘘のように、背中を丸めたままふらふらとした足取りで洗面所へと向かう山中さん。

そのギャップが面白くていつも2回目であってもつい笑ってしまう。

見回りを終えた俺が本殿の方に顔を出すと、神様の食事である神饌しんせんのお供えを終えた祿郷さんと会った。



「おはようございます、祿郷さん」


「おはよう、犀葉。今日、掃除終わったら全員に話してもらうからな。今日は設楽さんだけが休みだ」


「はい」



その後、設楽さん以外の人が出社し、沐浴をして朝の掃除に入った。

今日の掃除は、ご祈祷を受けるところである拝殿はいでんの拭き掃除だ。

参拝者がご祈祷を受ける時に使うこの場所は、壁がない為土埃や木の葉等が風に運ばれて汚れやすい。

水をつけたモップで拭いていたら、ふと戸の方から祿郷さんの俺を呼ぶ声が聞こえた。



「犀葉!宮司さんが呼んでる」


「はい、行きます」



朝、沐浴ギリギリまで祿郷さんと話していたせいで、まだ宮司さんとは会っていなかった。

掃除が終わったら真っ先に挨拶をしようと思っていたのだが、先に呼ばれてしまった。

宮司さんの部屋に行き、ノックを3回すると「どうぞ」と綺麗な声が聞こえた。



「失礼します。おはようございます、宮司さん。昨日は本当にすいませんでした!」



まずは謝らなきゃ!という思いが強すぎて、部屋に入り宮司さんが見えた瞬間、俺は勢いよく頭を下げた。

しばらく沈黙が続いたので、ゆっくりと表情を伺うように顔を上げると、優しい笑みの宮司さんと目が合う。



「ふふ、昨日は大変でしたね。あとで犀葉くんから皆さんに報告があると聞きました」


「……はい」



てっきり祿郷さんのように怒られると思っていたので、その笑顔が意外すぎて肩の力が抜けた。

宮司さんの赤茶色のウッドデスクの上には、式神である明朱めいしゅが腰を下ろしている。

尾をゆらゆらと揺らす仕草は、相変わらず癒される。



「昨日の外まわりはどうでしたか?」


「……はい。その、」



そこまで繋げて、言葉に詰まった。

自分の中で、2人と一緒に行けばあの少女も見つかりやすくなるし、もしもの時も守ってもらえると思った。

しかし、現実はそう甘くはなくて、出会えたのは良いが2人を引き留めることもできずに最終的には先輩に迷惑しかかけられなくて、そんな自分が不甲斐なくて。



「完全に油断してました。俺……僕、1人じゃなにもできなくて、どうにもならなくて。……力がないと痛感させられました」



あの少女にはこのタイミングで会えて良かった。

1人で探して出会っていたら、きっとそのまま靄に取り込まれていた。

そう考えると、感謝で自然と頭が下がった。



「助けていただき、本当にありがとうございました」


「無事で良かったわ。明朱めいしゅには、犀葉くんについて、やりたいようにさせてあげなさい。もし、本当に危ないと思ったら2人を呼びに行きなさい。そう言っておいたの」


「え?それって……」


「いろいろ報告に聞いていたし、貴方のココも気になっていたからね」



俺が2人から離れるかもしれないとわかっていたということにも驚いたが、「ココ」と言って示したのは宮司さんの額だった。

額は先日兎さんから受けた「加護」の場所だ。

それも気づいていたということだろう。



「――犀葉君、" 一期一会 "ですよ。それも貴方の運命です」



一期一会。

入社した時に、宮司さんから聞いた言葉。

出逢いを大切にしなさいと、教えてもらった。



「すべての出逢いには意味があります。今は大変で苦しくても、それがいつか貴方の経験という財産に繋がりますよ。困ったらいつでも相談してくださいね」


「っ、ありがとうございます」



" 一期一会 "


すべての出逢いに意味があるのなら、きっと俺が2人と出逢えたことにも意味がある。

そして、2人が俺と出逢ったことにも意味があるはずなのだ。

それに俺は応えたい。応えないといけない、そんな気がした。


―――今の俺にできることはなんだろうか。


宮司さんの部屋を出た後、今度は廊下で瀬田さんと会った。

昨日の俺の邪気祓いは瀬田さんがしてくれたようだ。

改めて謝罪をすると、いつも通りの笑みを俺に向けて「無事で良かった」と優しい言葉をくれた瀬田さんに心が温まった。

その後、全員で社務所に集合した。

参拝者が来るまでは立花と成川が受付や応対をすることになった。



そこで俺はすべて話した。



少女の霊との出逢い、その後に兎さんが神社に訪ねてきたこと。

2回目、少女の霊と出逢った後、今度は兎さんが俺の家に訪ねてきた。

そこで頼まれて(脅迫されて)、一緒に妹を探すことになった。


その妹の正体が、実は最近被害が多かった少女の『此の世ならざるモノ』だった。


よく考えてみれば、兎さんは少女の『此の世ならざるモノ』と出会った次の日に俺に訪ねてきていた。

つまりは、その妹の存在を辿って俺のところに行きついたのだろう。

2人が出会えれば解決すると思っていたが、それが安易だったようで、結局和解できず少女に俺は襲われた。



「犀葉くん、……貴方はどうしたいの?」



俺の話を何度も頷きながら聞いてくれていた宮司さんが、ゆっくりと俺に問いかけた。

その言葉を自身で復唱しながら考える。

先程の宮司さんの話から、ずっと考えていた―――俺にできること。


すべて巻き込まれて出会ってしまったことだ。

2人に出会い、会話し、その記憶に触れた。

そんな2人に情が湧いてしまったのか確かだ。


俺は―――あの2人がこんなにお互いを想っているのに、すれ違ったままなのは嫌だ。



「俺は……あの2人を助けたいです。皆さん、俺に力を貸してください!」



俺では力が足りない。俺だけでは2人を助けられない。

でも、助けたい。その為の力を貸してほしい。


そう言って、深々と頭を下げる。

数秒の沈黙がすごく長く感じた。

そんな沈黙を消したのは、俺の頭を乱暴に撫でた――山中さんだった。



「当たり前だろ!言っただろ、俺らは仲間だ」


「まっさかここまでとはなぁ、よく抱え込んだな」


「じゃ、今日は作戦会議だな」



山中さんに続いて言葉を発したのが、祿郷さんと平沢さんだ。

次に肩を叩かれたので、ゆっくりと顔を上げると、瀬田さんが俺を見て微笑んでくれた。



「勿論。だけど、昨日みたいなことはしたらダメだよ」


「あの『此の世ならざるモノ』は危険だからな」


「美人のお姉さんに、僕も会いたいなぁ」



瀬田さんの後に言葉を発したのは柴崎さんと片岡さんだ。

片岡さんの言葉に苦笑していると、宮司さんがすっと椅子から立ち上がった。

無駄のない動作は凛としていて、いつ見てもとても綺麗だと思う。



「では、決まりですね。柴崎さん、祿郷くん、山中くんで作戦会議をお願いいします。それに応じて、瀬田さんはシフトの調整を。本日決行しましょう」


「はい」


「よろしくお願いします!」



やっぱりみんな良い人達ばかりだ。

俺が悪化させたと言っても過言ではないのに、安心させるように笑って頷いたくれた先輩達。

それが嬉しくて、目頭が熱くなるのを隠すように、俺はもう一度深々と頭を下げた。





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