第12話 同行
「まじか。宮司さん、まじか」
「あの人、時々突拍子のないこと言うからなー」
祓い番の外の見回りに同行させてもらえることになり、祿郷さんについて向かった先は、参拝者に配布するお下がり等を作る
この倉庫には、邪気祓いの時に使用する塩や水の瓶が置かれているのだ。
まずは、自身の身を守るために塩水を5つと、水に溶かしていない塩を持った。
いつもなら3つ程しか持たないらしいが、今日は俺が同行するので多めに持っていくことにしたらしい。
「すいません、山中さん。よろしくお願いします」
「おう!任せとけ!」
俺に目的はあるとはいえ、2人には余計に気を遣わせることになるのだから申し訳ない気持ちはある。
あの少女に会うつもりではあるが、なるべく怪我なく終わるように準備には手を抜いてはいけない。
そう思いながら、小瓶の1つはポケットに、残りの4つは鞄の中にしまった。
先日買ったボディバックをこんなに早く使えるのは個人的に嬉しかった。
「あ、犀葉のボディバックおしゃれだなー」
「ありがとうございます。アウトレットで買ったんですよ」
「へえ。俺も新しく買おっかなぁ」
祿郷さんのは黒のウエストバックだった。
鞄自体は業務用のようで、小さいポケットも多く、そこに小瓶が収納されていた。
デザインはシンプルで、黒い生地と右下にワンポイントとして桜の花びらの絵が描かれていた。
神社の雰囲気によく合っているオシャレな鞄だと思う。桜柄は俺も好きだし。
一方で、山中さんのは俺と同じボディバックだった。
俺のよりも一回り小さくバッグというよりはポーチに近いのかもしれない。
白地に収納ポケットは1つのみなのは、男らしい山中さんのイメージによく合う。
そして、けっこう使い込まれているようで、所々汚れていた。
「じゃあ、出発だな。犀葉、勝手な行動はするなよ」
「はい」
祓い道具の準備も済ませ、俺達3人は出発をした。
ルートは市街地を1周するらしい。
あの少女の件もそうだが、街に不穏な靄はないか調査も兼ねるようだ。
先輩2人の頼もしい背中を見ながらも、俺も後ろを歩きつつ少女の影を探した。
「夜はやっぱ冷えるなー」
「犀葉、大丈夫か?」
ふと祿郷さんが俺の方を振り返る。
普段のプライベートと違い、付き添いとはいえ祓い人として来ると緊張感が違う。
周囲に何かいるのではないか、自分は見られているのではないかと俺は落ち着かなかった。
俺はそこらで売っている作業用の作務衣だ。
この服装で神主だとわかることはないのだが、いつかは2人のような邪気祓い用の衣装を着る。
その衣装を着て歩く時の緊張感は、今よりももっと違うのだろう。
「大丈夫です」
「あんまり肩に力を入れると疲れるぞ」
「はい」
緊張しているのがバレているのだろう。
祿郷さんがぽんぽんと軽く肩を叩いてくれた。
歩きながらも、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
知らずと入っていた肩の力も少しだけ抜けたような気がする。
「――くぅん」
ふと、俺の左肩に乗っていた宮司さんの式神であるイヌが小さく鳴いた。
式神は紙から作られるので、肌触りも固いのかと思っていたが、予想とは外れ、毛並みもふさふさで気持ちいい。
「
「……いや、そもそも式神に性別があるのか?」
そんなことを呟きながら、明朱の額を軽く撫でる。
明朱は最初は甘んじて受けていたが、ふと何かに気づいたように右側を見て小さく鳴いた。
俺もそれにつられて右を見ると、十字路の先に黒い靄が見えた気がした。
(……まさか)
ちらっと前の2人に視線を送ると、2人で議論しているようだった。
「狙われているのが、20代の男性が多いことに関しては、どう思う?」
「面食いか?」
「………なんでそうなるんだよ。あのなぁ――」
議論の内容は、今回の外まわりの目的である――少女の『此の世ならざるモノ』だ。
その議論の内容は俺も気になるが、ゆっくりと足音を立てずに十字路を右に曲がって、小走りで向かった。
襲われそうになったら2人に助けを求めたいのだが、それよりも先に確認が先だ。
兎さんを呼んで本当に妹か確認をしてほしい。妹さんだったら、俺達が祓う必要がないのだ。
そう考えつつ30mくらい走り、住宅地の十字路に出た。
「――くぅん」
どこだろうとキョロキョロすると、明朱が俺の耳元で小さく鳴いた。
その声の方を見ると、10mほど先に黒い靄が確かに見えた。
(……あ)
その靄をじっと見ると、黒い靄の塊がゆっくりと人の形を作っていく。
ふと黒い靄と目が合ったような気がした。
それを証明するように、人の形を作っていた靄が薄まり、更にはっきりとヒトを形成した。
「 こんばんは 」
「……こ、こんばんは」
ああ、やはりだ。
その靄の正体は、俺の想像した通りの少女だった。
しかし、2度も襲われた経験もあるせいか、悪寒を感じるし、手汗も酷かった。
それでも、逃げるわけにいかないと平然を装う。
「 お兄ちゃん、会いに来てくれたの? 」
黒を纏った少女がにこりと微笑む。
ゆっくりと少女が俺に歩み寄ってきた。
「 ―――ふふ、それとも、カラダをくれるの? 」
柔らかく問いかけるような甘い声に、ぞくりと背筋が震えた。
逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて、なるべく刺激をしないように優しく話しかけた。
「ねえ、キミはお姉さんを探しているんでしょ?」
「 うん。そうなの。どうしてお兄ちゃん、知っているの? 」
一歩、一歩とゆっくりと近づいてくる。
いや、お姉さんのことはこの少女の口からはっきり聞いた。
まあ、本人は無意識だったのかもしれないが。
今はその問いかけには答えてあげることはできない。
時間をかけると俺の身が危ないからだ。
「キミのお姉さん……かもしれない人を見つけたんだ」
「 っ、本当!? 」
ぱあっと明るくなった少女の声質に安心して、俺は言葉を続けた。
「キミのお姉さんも、キミのことを探していたんだよ。この街で、キミの声を聞いていた」
「 会いたい。お姉ちゃんに会わせて 」
「……あ、ちょっと待ってね」
そこで、はっと兎さんを呼んでいなかったことを思い出した。
どうやって呼ぶんだっけと記憶脳をフル回転する。
「もし、妹を見つけたら私の名前を呼びなさい」
そう言ってたっけ。
名前を呼べばいいんだよな。
つか、名前って「兎さん」でいいのだろうか。
「まあいいや……、兎さん!来てください!」
俺はこの名前しか知らない。
どこからどのように聞いているかわからないので、半分叫ぶそうに呼んだ。
数秒の沈黙後、後ろから白い光が差し込んだのを感じた。
車だろうか、と思いつつ道の端に寄ろうとしたら、その光は予想外にも小さくなる。
「へ?」
「呼んだかしら?」
あれ、車じゃないのか。
その疑問を持ちつつ、振り返るとそこにいたのは兎さんだった。
俺の想像通り、先日会った姿のままの兎さんがいた。
夜のせいで服装の色まではっきり見えないが、膝丈のスカートだったので服装も変わらないのだろう。
もしや、服はこの一着しか持っていないのだろうか。
「兎さん、お話があります」
「話…?」
「俺は、この子が貴女の妹さんではないかと思っています」
右足を軸にして、左足と一緒に半身を一歩分後ろに下げる。
そして、左手で俺の後ろにいた少女を示した。
兎さんは気付かなかったようで、驚いたように目を見開き、後ろの少女と視線を合わせる。
「………」
「 ……おねえちゃん? 」
少女の表情までははっきり見えなかったが、声は今まで聞いた中で一番か細い声に聞こえた。
この場をセッティングしたくせに俺まで不安になってきた。
汗が滲む手を、ぎゅっと握りしめて、2人の会話を待った。
「―――違うわ」
え?
先に言葉を発したのは兎さんだった。
予想外の言葉に、驚きながら兎さんを振り返ると、強い瞳が俺を睨んでいた。
「犀葉君、あの靄は何か知っているの?」
「靄、ですか?」
「この靄はね、" 憎悪 "よ。悪霊である象徴。悲しみ、恨み、憎み、厭忌、あらゆる負の感情の権化よ」
そうなのか。
負の感情が黒い靄として生まれ、肥大して具現化していく。
だから、それに憑りつかれたモノは、負のオーラを纏ってしまい、精神的にも肉体的にも悪影響を及ぼすというわけか。
「これは生前の行いに反映されることがほとんどよ。私の妹は、そんなの纏うような子ではなかったわ。そう言った筈よね?」
「ちょ、ちょっと待ってください!話くらい聞いても良くないですか!?この子は、貴女と一緒でお姉さんを…」
「靄は負の感情だって言ったでしょ。話を聞くだけで呑まれる。聞くだけ無駄よ」
そう言って俺に背を向けた兎さん。
俺は追いかけるように駆け寄り、その腕を掴む。
しかし、その手はすぐに強く振り払われた。
「あんなもの……あの陰の塊が、あの子なわけないでしょ!」
「兎さん!」
何とか話を聞いてもらおうと、今度は正面にまわり、その表情を見て動きを止めてしまった。
先程の強い瞳が消え、今にも泣きそうな瞳と噛みしめる唇は、何を意味しているのかわからなかったからだ。
今までの彼女からは考えられない様子に、そこからの言葉が見つからなかったのだ。
「貴方は用済みよ。初めから人間なんかに頼んだのがいけなかったのね。さよなら」
背を向けて去って行く兎さん。
数歩歩いた後に、一瞬光を纏い、文字通り消えた。
「……兎さん。――うわっ!?」
兎さんの眺めていた方をぼんやりと眺めていた俺は、背後からの強い衝撃がくるまでその存在を忘れてしまっていた。
勢いのまま地面へと倒れこむ。反射的に手から地面に落ちたが、強く体をうちつけたのには変わりなかった。
頭を打たなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「 ――嘘つき 」
「……っ」
「 嘘つき、嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき!お姉ちゃんに会わせてくれるって言ったのに! 」
背中に重量を感じるので、顔だけで何とか自身に乗っているモノをみる。
以前は体を薄く纏っていた靄が肥大し、今は少女の面影もない黒い漆黒の塊のように思えた。
しかし、声だけは少女のモノだ。しかし、透き通るような声でなく、電波の悪い音声のような何重にも混ざったような声だった。
「お願い!待って!」
「 殺してやる!嘘つきは殺してやる! 」
やべぇ、こっちを怒らせた。
自身の中でも予想外だった為、完全に混乱していた。
この2人が姉妹ということに絶対の自信があったからだ。
何とか小瓶を取ろうと、顔の横についていた手を後ろにまわした。
しかし、馬乗りになっている状態で、塩水を素直にかけさせてくれないだろう。
「お願い、話を聞いて!」
「 そうだよ。うん、うん。あれは、お姉ちゃんじゃないよね 」
少女は俯き、ぶつぶつと何かと会話をしているように見えた。
(……どうすればいい!?)
混乱した頭で必死に考える。
どうすれば、この少女は話を聞いてくれるのだろうか。
というか、本当に姉妹じゃなかったのか?
この少女とお姉さんの繋がりさえ見つかれば、話を聞いてもらえるのではないだろうか。
「……ぐ、うぅ」
突然強い力で肩を掴まれ、仰向けにされる。
黒い靄が視界いっぱいに広がったかと思ったら、首に冷たい何かが触れたのがわかった。
途端に襲う圧迫感。やばい、首を絞められてる!
「 いらない。嘘つきなお兄ちゃんはいらない 」
―――この少女とお姉さんが姉妹であると証明するものは、本当にないのだろうか?
苦しさで思考が止まりそうな脳を何とか回転させて考える。
この少女とは関わりが少ないが、兎さんから得た情報はなかったんだろうか。
去り際の憂いの表情が頭から離れない。
思い出せ
思い出せ
そう考えた時、過ったのが先日の兎さんと過ごした1日だった。
「……っぐ、キミの、探しているお姉さんとは……っ、3歳、離れてる…」
「 ……… 」
「……死んだ原因は……山火事、だよね?」
喉から何とか声を絞り出し、問いかけるように言う。
「山火事」という言葉に、ふと首を絞める手が緩んだ。
人の面影を無くすほど包んでいた靄が煙のように消え、驚いた顔の少女と目が合った。
「 ……なんで、知って… 」
「……ゴホッ、ゴホッ、はっ……はぁ…」
力が弱まった瞬間、気道を確保することができ、盛大に咳き込む。
未だ馬乗り状態だが、上半身の強い圧迫感はなくなった。
咳を繰り返しながら、俺は腹筋を使いながらゆっくりと上半身を起こした。
「キミの、お姉さんが言ってたよ」
ああ、よかった。間違っていなかった。
充分な酸素を脳に送り、落ち着いてきた心でまず最初に思ったのがそれだった。
やっと、この2人の繋がりが見つかった。
「 お姉ちゃん? 」
「うん、さっきの人がやっぱりお姉さんだよ。可愛い妹と山火事で別れてしまい、今もずっと探してるって」
「 ……さっきのがお姉ちゃん?本当? 」
「本当だよ」
さっきの力が嘘のように、弱々しい細い手が縋るように俺の襟を掴む。
その手に、俺はゆっくりと自分の手を重ねた。
安心させるように微笑みながら頷くと、少女の表情が歪む。
「 おねえちゃん……っ 」
暗闇でもわかるほど、肩を震わせて泣く姿は、生者であろうが、死者であろうが変わらなかった。
無意識のうちに少女の頭を優しく撫でていた。
兎さんと別れた後も、長い間1人でずっと探していたのだ。
あまりに可哀想だと思う。
「……ひっく、でも、…… どうして? 」
年相応のように泣く少女を温かい気持ちで撫でていたら、消えていた筈の靄が視界に入る。
どうやら、少女に寄ってきているようだ。
「 ……どうして、違うって言ったの? 」
「……え?」
ゆっくりと黒い靄が少女を包み、見えていた表情さえも隠してしまった。
これが負の感情。
先程は生者と変わらないと言っていたが、この靄に包まれている姿には、どうしても恐怖心が芽生えてしまう。
「 ねえ、ど う し て 否 定 し た の 」
「……待って、違うんだよ」
「 おかしい オカシイよなァ 黒い塊なんて ヒドイこと 言ったの 」
黒い靄の中でも、一際漆黒の靄が包んだ瞬間、少女の口調が変化した。
いろいろな声が混ざったような音声も聞こえ、俺の本能も危険信号を発していた。
まるで、山道で出会ったあの靄のようだ。
悪寒による鳥肌が止まらない。
「待って!お姉さんは誤解してるだけだから!落ち着こう!」
「 うるさい! 」
手を少女に伸ばした瞬間、強い力で払われてしまった。
手がじんと痛んだが、それより驚いたのがその冷たさだ。
先程涙を流していた姿の時は、頭に触れた時、温もりがあったような気がした。
しかし、それが今では感じられない。
「待って!」
「 あら? 」
先程の少女なのだが、少女ではないと本能が感じ取っていた。
少女を包む靄が意志を持つようにゆらゆらと揺れている。
そして少女の顔の横にあった黒い靄と、" 目が合った "ような気がした。
「 ――おにいちゃん。おいしソウ、ダネ? 」
その瞬間、視界いっぱいに黒い靄が広がり、―――俺は意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます