第7話 宿直―弐






「あれが、邪気祓いの希望者……なのか?」



邪気祓いに来た(正しくは連れて来られた)青年を連れて、山中さんと大男は本殿の方へと行ってしまった。

あまりに突飛で、まるで嵐のような一時だったので、シンという音が聞こえそうなほど静かになってしまった空間。

いやいや、忘れないうちにメモをしよう。そう思い、ノートを開く。



「犀葉くん、お疲れ様です」



邪気祓いは電話がかかってくる、暴れる者を捕まえる赤いロープの使用法等をつらつらとノートにメモをとる。

すると、鳥居の方から2つの人影が歩いてくるのが見えた。

やってきたのは、強面の禰宜ねぎの柴崎さんと、権禰宜ごんねぎ設楽したらさんだ。

設楽 崇臣したら たかおみさんは、一言でいうと固い。髪型も3cmほどの短髪で、サラリーマンのような細い黒縁の眼鏡など外見も固い。

祿郷さんや平沢さんみたいに親しみを込めて喋ることも少なく、俺に対しても丁寧な敬語を使う。そういう内面的も固いのだ。

まあ、神主としては、礼儀を重んじているので良いのかもしれないが、ちょっと取っつきにくいのは確かだ。



「お疲れ様です、柴崎さん。設楽さん」


「お疲れ様です」



2人の服装は、邪気祓いの作務衣だった。

白い作務衣に、7分袖の中から見えるのは黒いインナーだ。

俺達は研修中は新品の状態で渡されていたので綺麗だが、2人のは所々土埃で汚れていた。

お茶を淹れながらそんなことを考えていたら、ふと横の社務所の戸が開いた。

入ってきたのは、山中さんと先程の大男だ。



「あ、お疲れ様です!」


「お疲れ様です、山中くん。同じ職場の人の電話に出た時は、まずは『お疲れ様です』って言わなきゃダメですよ」


「え?……ああ、すいません」



設楽さんの開口一番の指摘に、山中さんの表情が引き攣る。

山中さんの顔に「めんどくせえ」という文字が俺には、はっきり見えた。

わかりやすいです、山中さん。



「お疲れ様。すまない、途中から任せて」


「いえ。さっきの男は、今片岡さんが清めています。しかし……」


「中に何もいないのだろう?」



中に何もいない…?

どういうことだろう?



「僕達があの青年と出会った時には、もう半狂乱状態でした」


「埒が明かないと判断し、式神を使って運ばせた」



式神?と思って大男を見る。

確かに柴崎さんに似てちょっと不愛想だなぁと考えながら観察する。

そして、柴崎さんが指を擦り鳴らすと、大男が煙のようにふわりと消えた。

おお、と勝手に1人で感動しながら湯呑をお盆の上に1つずつ置いていく。



「最近、多いですね。きっと同じ『此の世ならざるモノ』なのでしょうね」


「特に最近は若い男ばかり襲われているようだ」


「本体は発見されていますか?」


「いや」



話を聞きつつ、お茶を淹れた湯呑を、柴崎さん、設楽さん、山中さんの前に置いた。

山中さんも2人の正面の椅子に座る。そして、自分の分の湯呑を持ち、俺も山中さんの横に座ることにした。

そして、3人の話に全くついていけない、アウェーな俺。

頭に疑問符を浮かべながらも、1人でうんうんと頷いていると、正面にいた柴崎さんが気づいてくれた。



「……先程の青年には、何も憑りついていなかった」


「へ?でも、山中さんがひのえの霊障だって…」



ひのえ →霊体化でき、殆どがモノに憑りつき操る。異常行動や人に害を成すことが多い

霊障れいしょう→憑りつかれ、体調や行動に異常が生じる。低級であれば、塩水などでも清められる


柴崎さんに習ったこの内容でもしっくりと来た。

確かに憑りつかれたように人相が変わり、異常行動を行っていた。

それなのに、実は憑りつかれてなかった?どういうことだろう。



「言い方が悪かったな。もう何も憑りついていない。一瞬だけ憑りつき、離れることを繰り返している『此の世ならざるモノ』がいるらしい」


「あの青年が暴れていたのは、謂わば" 後遺症 "に近いんだよ」



後遺症?そんなものが憑りつかれたことであり得るのだろうか。

いや、でも実際にそうだと言うのならそうなのだろう。

ますますわからなくなってきたぞ。



「当然、後遺症が残るほど影響を与えられるモノは、そう多くない。よほど念が強いのだろう」


「手がかりはないんですか?」


「今のところわかっているのが、おそらくだが祿郷達が追っているモノと同じだということ。その噂が『夜道を1人で歩くと、―――女の子に襲われる』というモノだ」



びくっと思わず肩が跳ねた。

2週間くらい前、宮司さんからもらったお守りを忘れて出かけた日に、俺が襲われた女の子じゃないか。

あの子は本当に怖かった。思い出すだけで、鳥肌が止まらない。

もしかして、青年の1人として俺も襲われたのだろうか。



「まあ、とりあえず今日の任務はここまでだ。設楽、上がってくれ」


「はい、ではお言葉に甘えて。お疲れ様です」


「犀葉、見回りに行くぞ」


「は、はい…!」



この話はここまでだ、と柴崎さんが言い、話し合いが終わった。

湯呑を片付けようとした俺に、山中さんが「見回りが先だ」と俺の背中を押す。

社務所の棚の中に入っていた懐中電灯を持って、俺は山中さんと社務所を出た。



「外任務の人が帰ってきたら、その人達が社務所にいる間に一度見回りを行う。夜9時に邪気祓いが終わるから、それから祓い番の人と交代で境内の見回りと戸締りだ」


「はい!」



今日は山中さんとペアだが、一人立ちしたらこれを1人でしないといけないのか。

いろいろとビビリなのに、できるのだろうか。



「あ、忘れ物をした。待ってろ」


「へ…?」



参拝客に渡す御下がり等を作る場所である神饌所しんせんじょの前に来たところで、山中さんは踵をかえし走っていってしまった。

茫然とその様子を眺めていたのだが、はっと自分が1人だけなのに気づく。

辺りは真っ暗だ。少しずつ夜目にも慣れてきた。

だが、此処は山の中。結界はあるとは知っているが、先程の話もあり、怖いものは怖いのだ。



ガサガサ



突然背後から聞こえた声に、びくっと肩が跳ねる。

恐る恐る後ろを見れば、にゃおと愛らしい声が聞こえてきた。



「なんだ、猫か」



そう思い、茂みの中に視線を向けると白い猫がいた。

ああ、猫可愛いなぁ。そう思いつつ、ゆっくりと腰を落として猫に近づく。



「おいで」



にゃあ、と返事をしてくれたようだった。

ふと、違和感を覚えて、猫を愛でていた手を止める。



「……ん?」



ゆらゆらと揺れる尻尾が2つ。


―――2つ!?


愛らしい猫が好意を持ってゆっくりと歩み寄ってくれるのは嬉しいのだが、尻尾が2つあるのはおかしいだろ!そう思い、袖から昼間にもらった小瓶を取り出した。



「――祓いたま…」


「待て!!」



突如強い制止の声が聞こえ、俺は動きを止めた。

鬼の形相をして走ってきたのは、山中さんだ。

俺の腕を掴み、後ろに捻る。



「いだだだ!痛い……痛い!」


「よし、セーフだな」



猫に異常がないのを確認し、俺の手をぱっと離す。

そして、忘れ物と言って持ってきた袋の中から、煮干し2を、3匹取り出した。

煮干しを床に撒くと、先程の尻尾が2匹ある猫が歩み寄り、煮干しに齧りつく。



「山中さん、この猫は?」


「これは悪いものじゃねぇよ。だけど『此の世ならざるモノ』だ。祓ったら消える」


「―――『此の世ならざるモノ』なのに、祓わないんですか?」



そう首を傾げて聞くと、山中さんは一瞬瞠目し、少しの沈黙後大きな溜息を吐き出した。



「こういう教え方は、本当は良くねぇんだけど。神社には結界があると言ったな。あれは『悪しきモノが入ってこれないようにするため』のモノだ。じゃあ、この猫は?」


「悪しきモノじゃない。――あ、『此の世ならざるモノ』がすべて入って来れないワケではないんですね」


「あの結界は、『ケガレ』を纏うモノを撥ねる。あの結界に弾かれないモノは、昼間の人間と変わらない、夜の参拝者だと俺は思う。まあ、あくまで俺の個人的な見解だがな」



夜の参拝者。

この神社に来るのは昼間のヒトだけではなく、夜の『此の世ならざるモノ』も結界に弾かれずに来られたら参拝者ということか。

山中さんの足にすり寄る猫のように、悪しき心のないモノは、神社に来られるのか。

危うく、この可愛い猫を消してしまうところだった。危ない危ない。



「ごめんな」



しゃがんで腰を下ろし、山中さんの足にすり寄る猫の頭を撫でる。

すると、尾が2つある猫は気持ちよさそうに喉を鳴らし、にゃあと愛らしく鳴いた。



「まあ、中には『此の世ならざるモノ』に恨みを持つ奴もいるから、見つけたら祓おうとする奴もいる。お前がどんな神主になりたいかは、お前が決めろ。人の意見は参考にするだけで、判断は自分でしていけよ」


「はい」



山中さん、かっこいい!

素直に思ったことが言葉に出ていたようだ。

一瞬びっくりしたように固まった後、視線を逸らして後頭部を掻く山中さん。

恥ずかしいのかな?と俺が首を傾げると、山中さんは顎を上げて腕を組み、鼻高々に言った。



「はっ、今頃気づいたのか」


「はい、今気づきました」


「そこは、最初から気づいてましたって言うところだろーが!」



にっこりと笑って返すと、山中さんの怒鳴り声が返ってきた。

怒鳴り声と言っても、表情は満足そうだが。いや、まだ照れ隠しに近いようだ。

それにも呼応するように、2本の尻尾を持つ白猫は、山中さんにすり寄り小さくにゃあと鳴いた。


無事に見回りも終え、俺達は社務所に戻った。

その頃には、青年の邪気祓いも終わっていて、柴崎さん達が家まで送るそうだ。

案の定、その青年には憑りつかれていた時の記憶はなかったらしい。

その後、片岡さんももう一度見回りをして、防犯警備システムを作動し、本日の業務は終了。

そこからは自由時間だ。



「……ねむっ」



今日はいろんなことがあって疲れた。

最後にシャワーを浴び、部屋に戻れば一気に緊張が解けたらしく眠気に襲われた。

部屋は一人部屋だ。宿直室という部屋に、布団を敷いて寝るのだ。

そのまま、倒れこむように布団に入り、俺は眠りについた。







「おはようございます」


「……おはよーございます」


「おはようございます。山中さん、朝弱いんですか?」



朝5時。

起きた時は薄暗く何も見えなかったので、俺は電気を点けた。

そのまま顔を洗いに行こうと洗面所に行ったら、片岡さんがいた。

片岡さんの後に顔を洗っていると、今度はふらふらとした足取りで山中さんが起きてきた。

俺はいつも起きる時間なので、そこまで苦ではない。

むしろ、外を走りたいくらいだ。



「犀葉くんに朝業務を教えておくね」


「……お願いしま~す」


「あ、お願いします!」



山中さん、まだ寝ぼけてる。

本人に気づかれないように、小さく笑っていると、片岡さんが「着替えてきて」と俺に言った。

急いで部屋に戻り、紺色の通常の作務衣を取り出す。袖に腕を通し、テキパキと着替えていく。

この着替えも2週間も続ければ慣れてきた。



「宿直の担当者は、防犯警備システムを解除した後、本殿に神饌しんせんを御供えする。昨日の神饌しんせんは、昨日の夕方に片付けているから、今日の分を用意するだけだ」



そう言いながら、向かった先は社務所の中にある台所だった。



「御供えするのは、お米、お酒、塩、水の4つだ。これを三方さんぽうの上に置く」



お酒と水は瓶子へいしという口縁が細い白い壺に入れ、お米と塩は、かわらけという白い小皿の上に盛る。

それを三方さんぽうといわれる木の台に載せ、本殿にお供えするのだ。

最後にしっかり神様の前で二拝二礼一拝をして、本殿を出た。



「本当は2人宿直者がいるから、1人が神饌、1人は見回りをするよ。今日は犀葉くんが初めてだから、そのまま見回りもしよう」


「ありがとうございます」


「見回り後は、朝ご飯を食べて、営業準備。それからは朝番の人が出社して、いつもと一緒だよ」


「はい」



時刻は5時半すぎ。

なんか薄暗いなぁと思っていたら、空は白い雲に覆われていた。

雨が降りそうだな、と考えながら靴に履き替え、片岡さんについて外に出た。



「犀葉くんは今日は午後休だったよね。いいなぁ」


「片岡さんは違うんですか?」


「僕はそのまま朝番だよ。昨日の出社が遅かったからね。明日は休みだし、帰ったら溜まっているアニメを見なければ!」


「今おススメのアニメはありますか?」



その言葉がいけなかった。

オタクスイッチを入れてしまったみたいで、今やっている今期のアニメの話が始まった。

このアニメが2期だとか、この監督がつくるアニメはギャグがたくさんあるとか、俺にはわからないアニメの話が多い。

成川曰く、片岡さんは美少女系のアニメが好きらしいのだ。どうやらその通りのようで、この途中から「このヒロインは~」と女の子の話に変わっていった。

それを適当に聞きながら相槌をうち、ふと考える。



(……そういえば、午後休か。なにをしようかな)











「お疲れ様でした。お先に失礼いたします」


「お疲れ様です、犀葉くん」



みんなが出社してからは、いつも通り掃除から始まり、神饌所しんせんじょで参拝者に渡す「おさがり」を作成して午前中が終わった。

「上がっていいぞ」と山中さんに言われ、スーツに着替え、社務所と宮司さんに挨拶に行き、神社を出た。

空は相変わらずどんよりした雲が覆っているが、俺の足取りは軽い。

アパートに戻り、スーツを脱いでハンガーにかけ、私服に着替える。

春らしくカーキ色のストレートのパンツに、白いシャツ、中は薄いグレーのインナーだ。

社会人になり、私服を殆ど着ていないので、少し新鮮な気持ちになった。息抜きって大事だよな。


洗面所に行き、自分の身だしなみも確認。

真っ黒というよりも、やや焦げ茶色に近い短髪。少しウルフカットを入れてもらっている。

それをワックスで緩く立ててみる。二重瞼の童顔のなので、余計幼く見える。解せぬ。

大学生時代は緩いマッシュボブだったのだが、神主としてどうなのかと思い、就職前に髪を切ったのだ。

まあ、いっか。デートでもないんだし、そもそも彼女いないし。



「よし、お守りもある」



首にかかっているお守りをインナーの中に入れ、財布、携帯電話を肩掛けの鞄に入れて持ち、アパートを出た。

向かう先は、一番近い駅だ。

近いと言っても、歩きでアパートから15分程かかる。

給料が入ったら、自転車を買おうと考えながら、早足で駅まで向かった。



「おお、ここか」



やってきたのは、アウトレットモールだ。

俺が今住んでいるところは田舎なのだが、電車で約30分のところはそこそこ栄えている。

遊園地、温泉、アウトレットモールと、この県が誇る観光スポットになっているのだ。



「さーて、俺の目当ては……うわぁ、めっちゃ店がある。わかんねー」



アウトレットの入口にあった地図を取り、店を探してみる。

ここはとにかく広い。増築をしてエリアを増やしているため、ゆっくり見てまわるのに半日では厳しそうだ。

とりあえず、適当にまわって気になったところに入ってみようか。

そう思い、適当に歩くことにした。


俺の目当ては―――鞄だった。

邪気祓いをしていた祿郷さんの腰にあったウエストバックのようなかっこいい物が欲しかった。

勿論、今後祓い番になった時にも必要なものだろう。

俺は形から入るタイプなんだ。だって、そういう物にこだわった方がやる気出るじゃんか。



「……ボディバックもありだな」



店をいろいろ回ってみるが、しっくりくるものがなかった。

ベルトにつけるタイプのボディバックが多かった。作務衣はベルトがないし、あまり派手にはできない。

そんなこと思いながら見ていたら、ふとボディバックが目に入った。

これなら両手が自由になるし、邪魔にならない。有りだ。

しかし、あまり色は派手にはできないよなー。



「これいいじゃん!」



見つけたのは紺色のボディバックだった。

雨や汚れに強いターポリン素材で、シンプルな作りで大小様々なポケットもたくさんある。

これならいろいろな種類の物を収納できそうだ。

よし、これにしようと購入する。5千円を出して、いくらかお釣りがくる値段だった。

素材を考えると安い方なのかもしれない。

目当ての物を買えたので帰ろうと店を出たところで、俺ははたと足を止めた。



「―――げっ」



心からの声だった。

目の前にいろ男も俺を見てまったく同じ表情をしていた。



「立花、なにしてんの」


「……はぁ」



人の顔を見て溜息つきやがったよ、コイツ。

本当にムカつくやつだ。

よく見ると、立花は紙袋を持っているようだった。

ちらっと中を覗く。



「あ、もしかして鞄か?どんなタイプにしたの?」


「っ、おい…!」



ムカつくと思うことをやり返してやろうと、紙袋の中に手を突っ込む。

取り出してみると、俺の予想通り――鞄だった。 

真っ黒のウエストバックのようだ。俺のよりも少し小さめだ。

見た目はシンプルで、チャックは3つ。大きいメインのところに、外側に2つ小さいポケットがついている。

なんか、祿郷さんのと似ているなぁ。



「……はぁ」


「なんだよ」


「いや、俺もお前と一緒で鞄を買いに来たんだよ。じゃあ、また明日」



しかも、祿郷さんのウエストバックに憧れて、なんて言えない。

俺はコイツは嫌いなんだ。似てるなんて、認めたくない。

そう心の中で自己暗示を繰り返しながら、踵を返した。



「……なんだよ、ついてくんなよ」


「俺も帰るんだよ」



目当ての物を買ったら帰る習性も一緒か。

せめて、時間をずらすとかをやってくれてもいいのに。俺がするのは嫌だけど。

同じ電車なので、どうしても帰るタイミングは被ってしまう。

しかし、50mくらいは距離をあけてくれているみたいだ。



「ん?」



ふと、前方の電信柱が目に入った。

よく見ると、50Cmほどの黒い靄がその場に佇むようにいた。

経験上のせいか、胸にあるお守りを握りしめてしまう。

避けて通れば大丈夫か。そう思いながら横を通ろうとした瞬間、黒い靄が俺に気づいたように動いた。



「――祓ひたまへ!清めたまへ!」



その瞬間、黒い靄が消えた。

振り返れば、立花が塩水が入っていた筈の空き小瓶を持ち、印を組んでいる。

びっくりしすぎて開いた口が塞がらない。



「おまっ……え?」


「塩水も持っておけと言われただろ。ほんと物覚え悪いな」


「はぁ?いや、今は塩水は持ってないけど、この靄は悪い奴なのか?」



神社にいた愛らしい猫のような存在もいるのに、善悪の区別なく祓うのはどうなのか。

そう聞くと、立花は心底不愉快そうな表情をしながら、首を傾げた。



「何かに憑りついてからじゃ遅いだろ。『此の世ならざるモノ』に善なんていない。お前はほんとに学習しねぇな。そういう奴は嫌いだ。真っ先に死ぬぞ」


「うるせぇ!」



学習はしてるし、お守りは持ってるよ!

噛みつくように言い返すと、馬鹿にするように鼻で笑いながら、立花は俺に言い放った。



「お前、バカだろ」


「―――ッ!俺もテメェが大っ嫌いだよ!」



やっぱり、未来永劫この男とは気が合わない。

そう確信して、俺は一直線に走り去った。

もうこれ以上喋りたくないと思ったからだ。



「……あいつらには善なんてねぇよ」



呟いた言葉は俺の耳には届かなかった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る