エピローグ

 あれから、数年がたった。僕は今日から高校生になる。もちろん僕は今も、夜の散歩を続けている。それが僕の仕事であり、約束だからだ。


「やばいなぁ。そろそろ、急がないと入学式遅れちゃう。」

 学校には向かって歩いていた務は、時計を見て時間が無いことに気がついた。入学式早々遅刻するわけにはいかなかったので、学校に向かって走りはじめる。走り出してから1個目の角を曲がった直後、人にぶつかってしまい、務はぶつかった反動で道端に倒れてしまった。

「いてて」

「おいおい、大丈夫かい」

 ぶつかった相手に手を差し伸べられた務はすいませんと言い、その手を取り立ち上がる。その手を取った時、務は懐かしさを感じた。

「あれ?……この手知ってる。誰だっけ…」

妙な懐かしさを感じた務は助けてくれた人の顔を見る。

「え?」

 務は目を見開いた。務の目の先には、少し歳をとっていたがトキだった。服装は以前の黒い服ではなく、ジーパンに黒のポロシャツという、ちゃんとした服を着ている。

 務は驚きのあまり、その場を動くことはできなかった。そして、時間が止まってしまったようにトキを見つめている。

「どうしたんだい?人の顔をそんなに見てら。何か僕の顔についているかな?」

 務はトキの言葉を聞き我にかえった。どうやら、トキは僕が務だということに気づいてないみたいだった。トキはあの時の記憶をなくしているのだから、当然といえば当然であり仕方のないことだった。だが、記憶をなくしているのはわかっていても務にとっては悲しい現実であり認めたくないことだった。

「い、いえ、大丈夫です。」

務はトキに対してどういう態度を取ればいいかわからなく曖昧な返事をする。

「へぇー、君は○○高校の生徒か」

困っているのにもかかわらず、トキは僕に話をかけてきた。

「は、はい、今日から一応、高校生です」

「そうか、もう入学式の季節なんだね。」

「最近寝るのが早いから、季節なんて知らなかったよ。もう春なんだね。」

 見た目は少し歳をとったようだったが、トキの言葉遣いは全く変わっていなく、とても懐かしく感じた。務は、トキが全く変わっていないことが嬉しく、トキと出会った頃を思い出してしまい泣きだしそうになった。

「ど、どうしたんだい!?涙目になっているじゃないか。」

 トキは、急に青年が泣き出しそうになってしまい焦り出した。高校生になっても、務の泣き虫は変わっていなかったのだ。

「い、いえ、本当に大丈夫ですから」

務は腕で涙を隠すように顔をこする。

「あなたにあえて、嬉しかったもので」

ついトキに会えたのが嬉しかった務は、思っていた言葉が口に出てしまっていた。

「ん!?失礼だけど、僕は君と会ったことあるかな。全く君のことを覚えていないんだ。」

「い、いえすいません。僕の勘違いです。間違えました。」

やはり、覚えていない。ほんの少しでも覚えていたら嬉しかったが、その見込みは何一つなかった。

「すいません、入学式があるので失礼します。」

 出会えたことに対しての嬉しい反面、あの頃の思い出を覚えていないトキの姿を務はあまりみたくなかった。その場にいるのが、辛かったため、いかにもわざとらしい言い訳をして、その場を去ろうとする。

「そうか、忙しいのに声をかけてごめんね。」

「いえ」

 僕はトキに向かって軽く頭を下げ、走り出した。だが走ってすぐ立ち止まった。務はもしトキに出会えたら伝えたいことはたくさんあった。なのに言いたいことは言えず、逃げ出してしまったことに自分に苛立ちを感じてしまった。手に力を込め拳を握りしめる。そして自分の心に問いかける。こんな出会いは嫌だと、こんなお別れはしたくないと、せめて今の思いだけでも伝えたいと。そして務は覚悟を決め、務は後ろを振りかえった。

 振り向いた先には、トキが背中を見せながら歩いている。このままトキの後ろ姿を眺めているだけなら、何も起こらない。だが務は、この機会を逃したら二度とトキに思いを伝えることはできないと理解していた。だから後悔したくなかった務は軽く息を吸い、腹から声を出すように大声で叫んだ。


「トキ!」

「ん?」

 トキは名前を呼ばれたことに気がつき振り返る。そこには、先ほどの青年がこちらを向きながら立っていた。

「ありがとう!僕はトキとあえて良かった。トキは覚えていないかもしれないけど、僕はトキの演奏を絶対忘れないから。夜の散歩は僕が続けていくから、どうか安心してゆっくり休んで下さい。本当にありがとうございました。」

 務はトキへ感謝を伝えた。今の素直な気持ちと一緒に。今のトキにはわからないかもしれない。だが今の僕があるのはトキのおかげだから。トキに、どうしても伝えたかったのだ。そしてトキに向けて深くお辞儀して、務は学校に向かって走っていった。

 その時の務は、とても満足そうで誇らしげな顔をしていた。そして、トキは少年を不思議そうな顔で見つめていた。

 少年が走っていった後も、少年を目でみつめていた。なぜだか、顔をそらすことはできなかった。トキにはなぜ顔をそらすことができなかったのかはわからなかった。

「演奏…?夜の散歩…?」

「あの青年は、何のことをいっているんだ?」

そしてトキは、不思議な青年だと思いながら、家に帰って行った。

「おとうさーん」

家に帰ってくると、突然娘が駆け寄ってきた。そして、そのままトキに抱きつく。

「おかえり!」

 娘はお父さんが帰って来たことがとても嬉しく、お父さんに向けてとても素敵な笑顔で、出迎えた。その娘の顔をみて青年は笑顔で、ただいまと言い、娘を抱っこする。だけど、次の娘からの一言が、自分にはとてもありえない言葉だった。

「おとうさん、なんで、ないているの?」

「え?」

 青年は娘に言われて手で顔を触ってみると、手に雫がついた。青年の顔には涙が流れていたのだ。

「な、なんで、泣いているんだろう」

トキは知らないし気づくこともない。なぜ泣いているのか、そして、その涙が嬉し涙であることを……。


 時は夜、青年は夜の散歩に行こうとしていた。まるで誰かさんの真似をしたような服を着て。憧れた青年を連想して。そして、首には大切な大切なフルートをかけている。


「さぁ、今日も散歩に出かけよう」

そして青年は、元気よく扉を開け夜の散歩へと出かけて行った。

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夜の散歩 プギ @coffelike

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