第5話 最後の散歩

「つとむ……つとむ………」

「誰だろう…誰かが僕を呼んでいるような気がする…」

 僕は誰かに呼ばれた気がして、ふと目を覚ました。目を覚ました場所は僕の部屋だ。

 僕はベッドから体を起こし、辺りを見る。特に変わった様子もない。部屋はおもちゃや漫画などが散らばっているし、壁にはサッカー選手のポスターが貼ってあり、勉強机には教科書とかカバンが置いてある。

 ありきたりな小学生の部屋と言えるだろう。務は気のせいだと思い、またベッドにもぐる。

「誰かに名前を呼ばれたきがしたのにな?…」

 務は、寝ぼけていたため、頭がまわっていなかった。だが、時間が経つたびに、少しずつ自分本来の目的を思い出す。

 あの人に会いに行かなければいけないことを…

 あの人の演奏を聴かなければいけないことを…

「はっ!? 今何時だ!?」

 僕は慌ててベッドの棚においてある、赤い目覚まし時計を見た。

3時33分

 時間帯はまだ夜中であり、時計を見る限り秒針は動いていない。

「僕はまた、時の狭間に来ることが出来たんだろうか?」

 そんなことを考えていると。どこからかともなく声が聞こえてきた。

「つとむ…おはよう。もし良かったら昨日お別れした公園に来てくれないかい?」

 僕はその声が誰の声か一瞬でわかった。

 そう、あの人である!!調律者ハーメルであり、黒い服を着てフルートを吹いていた青年の声だ。昨日約束をした、あの青年だ。

「また、僕はこの場所にこれたんだ!」

 その声のおかげで完全に目を覚ました務は元気よくベッドから飛び降り、タンスにしまっている服を取り出して、急いで外に出る格好に着替えた。

 着替え終えた務は、時が止まっていることをいいことに、思いっきり足に力を込め力強く足を蹴り、走って家を飛び出していった。

 公園には五分たらずでついた。公園には遊具が少なく、ブランコと滑り台と鉄棒ぐらいしかない。現在ともなれば、だいたいどこも似たようなものだが、あまりぱっとしない公園だ。

 青年に来てくれないかと頼まれて来てみたものの、公園には青年の姿が見えなかった。もちろん、ここは昨日お別れした場所だ。青年の姿が見えなかったため、務はベンチに腰を下ろした。

「僕の読み通り、来れたみたいだね…」

 またどこからともなく声が聞こえてきた。その声と同時に強い風が、務の目の前で舞い始める。風が強く目を開けられなかった務は腕で目を覆った。そして風が止んだので、腕を解くと、いつのまにか目の前には青年が現れていた。

「やっぱり…君は…僕の…***なんだね」

 突然現れた青年は、言葉を発したが最後の部分が聞こえなかった。そして、ほんの一瞬悲しい顔を見せたが、すぐに、僕が知っている明るい顔に戻った。

「つとむ今日も来てくれてありがとう。僕はもう一度、君に会えることが出来て嬉しいよ。今日は僕の最高の演奏を聞いてくれるかい?」

 青年の言葉から感じられる雰囲気はとても優しかった。

「はいっ!」

 務は青年の雰囲気につられ、勢いよく返事をする。

「じゃあ、一緒に夜の散歩に出かけよう!」

 その言葉と同時に青年は僕に手を差し出した。青年は笑顔だ。その顔には裏の顔とかではなく、まるで心の底から夜の散歩を楽しもうと誘っている素敵な笑顔である。

僕はその手を力を込めて掴んだ。

「うん」

 僕らは公園を出て道路の真ん中にたった。周りはいつもと同じ風景。この家もあの家も知っている。見覚えのある家。だけど、誰も僕らがここにいるのかはわからない。なぜなら時が止まっているのだから、誰も知ることはない。

だから、知っている場所とも言えるが、知らない場所といってもいい。ここは、とても暗く静かな場所だから、僕が毎日見て来たものとは違う場所なのだから。その暗い夜には、お月様と星から照らされる光しか街を照らしていない。だけど、その明るさが妙に気持ちいいのだ。


 青年は首にかがげているフルートを持ちはじめた。

「始まるんだ。この人の演奏が。」

 務は手が震えていた。

 この震えは怖いからじゃなく、これから始まることにドキドキワクワクしている自分がいたからだ。

「僕はね、今まで人のために、この音色を吹いたことがないんだ。だからどう思おうと構わない。だけど、これから吹く音色を最後まで聞いていてほしい。そして覚えていてほしいんだ、永遠に…」

 その言葉を務の方に顔を向けながら話した後、青年はフルートを口につけ息をスゥーと吐きながら吹き始めた。


そしてついに、二人の初めてであり、でもある、夜の散歩が始まった……。


 最初の曲は、静かでゆっくりな音から始まった。まるで始まりを歓迎しているような、なめらかなセレモニーの音。フルートを吹き始めてから、夜の寒さには丁度いい風がふきだしてきた。その風は少しあったかく、僕達をベストな体温にしてくれている。

 僕は青年の後ろ姿を下から眺めるように見ながら、親子の関係のように真後ろを歩いてく。

静かな夜に一つの音が街を包みこみ始めだした。そして、感情のないものたちは目を覚ますように動きだしできた。まるで、この音色を待っていたかのように。

「やっぱり、不思議だな…この音色を聴いていると、心の奥底から、あったかくなって身体がどうしても動きしたくなってしまうや」

 僕は、後ろ姿を見ながら歩くだけでは満足できなくなり、いてもたっていられなくなりった務は、青年の前に飛び出て踊りだした。

 青年は僕が前に出て来たのはびっくりしたようだが、僕の行動に嬉しがっていた。そして、青年もリズムに乗るように動き始めた。

 僕は踊っている。この夜の中、星がたくさん見える空の下で、僕たちだけの居場所で。そして本来なら音など存在しないと言ってもいいという世界に、一つの音が響いている。いったいどれほど響いているのか、周りに影響を及ぼしているのだろうか。

 この音色を聞いているものたちは、どんな気持ちで、この音色を待ち続けてをいたんだろうか。楽しみにしていたんだろうか。

 僕もこの人のファンに違いないな。だって、初めて聴いた時にこの音を忘れずになってしまったのだから。

 楽しい時間はあっという間だし、素敵な時間もそうだ。この夜の散歩は少しずつ終わりに近づいていた。

 僕はいつ終わるかもわからない、夜の散歩をずっと踊り続けていた。

「ダンスとか習ったことないのにな笑笑」

 でも、身体が動いたのだから仕方ない。身をまかせるまま動いたんだから。振りなど一個も知らないらだけど僕は楽しかった。この音色とこの空間達と一つになれて。そう感じていた。だから、終わってしまうのがとてもおしかった。曲進むにつれ、この素敵な散歩を終わりたくないと心から願っていた。ずっと、散歩をしていたいと。

 だがフルートの音は、少しずつ終わりに向かって音が小さくなっていく。こうして、僕たち2人で行った初めての夜の散歩は幕を閉じた。

 僕は夜の散歩が終わった後、目をつぶりながら、余韻を肌の全身で感じ取っていた。物語のような一瞬の出来事をもう一度目の奥に思いうかべて。そして青年の方に振り向いた。

 青年は、全てを出し切ったみたいだった。少し息を切らしており、疲れた顔をしていたが、僕が見つめていたことに気づき満足のある顔をこちらに向けた。青年は僕の顔を見たとき、あることに気づいて、さらに嬉しそうな顔をした。そして、青年は手で涙が出ていることを教えてくれた。

 そう、僕は笑顔だったが、泣いていたのだ。いつから、泣いていたのかはわからない。もしかしたら、ダンスをしながらずっと泣いていたのかもしれない。

「なんで泣いてるんだろう。」

 涙が出ていたのを気にし始めたら、どんどん涙が溢れて来た。

「あ、あれ、、、おか、しいな」

 戸惑いつつあった。青年にむけて、どうしても言いたいことがあったため、涙を必死に止めようとしたができなかった。なかなか泣き止まなかったので、諦めて涙を流しながら顔をくずしながら青年に伝えた。

「素敵な演奏をありがとうございました。

ほんとうに、すごかったです。」

 務はやっと小学生らしさのある言葉で感想を伝えて来た。言葉が出なかったのだ。本当はもっと伝えたいことはたくさんあったが、いざ言おうとすると口がまとまらず、唯一伝えることができた言葉であった。

 青年は、少年のまっすぐな言葉にドクンと心が動いた。身体が火照るほど熱くなり、青年まで泣き出しそうになってしまった。それほど、嬉しかったのだ。この少年に言われた言葉が。

 ただの、小学生の言葉だ。だけど、青年にとっては初めて聞く感想だ。感情のないもの達は動きで喜んでくれることを伝えてくるが言葉は喋れない。だから、こうもまっすぐに、言葉で褒められたのは初めてだった。とてつもなく嬉しかった。だが、青年は泣くわけにはいかない。

 なぜなら、少年に言わなければならないことがあるから。務はまだ、顔は崩れはいたが涙はやっと止まったようだった。

「つとむ、ありがとう。僕の演奏を聴いてくれて。これでもう思い残すことはないよ。」

 泣き出したくなるような熱い想いを心の奥底に置いた。

「いえ、、、本当なら僕がお礼を言わないといけないのに。」

「また、演奏を聴きに散歩しに来てもいいですか?」

 少年はやっぱりこの演奏を聴き続けていたかった。演奏を聴いてまた、もう一度一緒に散歩したいと思わずにはいられなかった。

それほど、幸せな時間だったから。

だけど、少年の答えはあまりにも予想と反する答えだった。

青年は顔を横に振った。

「もう、僕は務と一緒に散歩はできないよ…」

「え?……」

「なんでですか!?」

「僕がもうここに来れないというんですか!?」

青年はもう一度顔を横に振る。

ほんの少しの沈黙が流れる……

 青年はついにこれまで隠していた、いや濁していた話をしだした。

「僕はもうここに来ることはできないんだ。だから、今日の演奏で僕は夜の散歩を卒業するんだよ。」

「え⁉︎……でも、昨日はそんなこと言ってなかったじゃないですか!?」

「確信が持てなかったからね。」

「街一つにつき一人、調律師ハーメルとして僕たちは夜の散歩をできる。でもね、君が現れてしまったんだよ。」

「つとむ……」

「ぼくが…⁉︎」

「君が僕の後継者だ…」

「こ、、後継者…⁉︎」

「そう、つとむ君は選ばれてしまったんだ。

夜の散歩をするために。調律師として」

 僕は信じられなかった。

「僕が選ばれた!?調律師ハーメルに⁉︎」

「こんなこと言われても驚くのはわかっている、でも決まったことはどうにもできない。」

「だから僕は、君と僕自身最期の、夜の散歩を楽しんだ。君に僕の全てを捧げるつもりで吹いた。そして君は僕を受け止めてくれた。僕の音楽を…」

「だから、ぼくはつとむになら任せてもいる。やってもらえるかい」

「短い出会いで本当に少ししかお話したこはとないけれど、僕はつとむだからお願いしたい。」

「僕の後継者として、引き継いでもらえるかい……?」

 少年は青年をみつめている。僕にできるのだろうか、貴方みたいな人の代わりが務まるだろうか。

青年は右手で優しく頭をなでてきた。

「僕が認めたんだ。大丈夫。できるよ」

 青年の手はとても暖かい手だった。少年は思った。応えたいと……、この人の思いに応えたい。そして、夜の散歩をこれからも続けたいと。

「……僕は…まだ、あなたみたいに…夜の散歩ができるかはわかんないですけど………」

「僕はこれからも夜の散歩をしたいです!」

 少年はまた涙目になりながら答えた。青年は、まだ少年の頭に手を乗せたままである。

「ありがとう。」

 青年はそういって、自分の首にかがげているフルートを務の首にかけた。

「これは、お守り。そして、僕が務と出会った証としてこれを渡すよ。」

「いいんですか!?」

 務にはわかる。これは青年にとって、とても大切なものなんだと。だから簡単にもらうわけにいかなかった。

「大切なものですよね?」

「うん、これは僕にとってとても大切なもの。宝物さ」

「なら、もらうわけには」

「だからこそつとむ、君に待っていてほしい。」

「そして、このフルートで夜の散歩をしてほしい。」

「このフルートが、また夜の散歩で吹けられ続けることができるのなら僕は満足だ。」

「だから、お願いしたい。」

「……わかりました」

 断るわけにはいかない。この青年の信念、想いを滲ませたくはないから。

 だが、務は一つ思い出したくもないことを思い出した。少年は楽器を吹くのは苦手であった。そして、そのことを思い出し少し気分を下げてしまった。その事を務は青年に伝えたら笑われた。

青年はくすくすと笑う

「わ、笑わないでくださいよ」

「大丈夫さ、つとむ、ここは常識にとらわれなくていい。下手だろうが、うまかろうが関係ない。自分の気持ちをフルートに乗っけるんだ。そうしたら、フルートは答えてくれる。吹いてごらん?」

 僕はドキドキしながらフルートを軽く吹いてみた。そうしたら、ほんの少しだけだが綺麗な音が出た。

「ほら、やっぱり大丈夫だ」

「つとむなら、やっていけるさ」

 そんなことを言いだしていると、青年の身体が突然に光りだした。

「どうやら、ぼくはもうこの空間には追い出されてしまうみたいだね。」

「え?」

「ちゃんと、つとむを後継者として、認めたみたいだ。」

 青年の身体はさらに光を強くし、足から少しずつ消えていきだした。

「僕があなたを誘いに行きます!。夜の散歩に連れ出します。」

 務は青年に消えて欲しくないと思った。まだ、たくさん話したいことはあるし、夜の散歩を一緒にしたかった。だが青年は残念そうに首を振る。

「それはできないんだ。本来ここは、選ばれた人しか、この空間には入れない。だから、僕がここにくることはもうないよ。」

「で、でも」

「それに、僕は現世に戻ったらこの夜の散歩のこと全てを忘れてしまうんだ。」

「これも、決まりでね。どうすることもできない。」

「そ、そんな」

「僕は忘れたくないんだけどね。」

 少年はそんなことは嫌だと、せめて覚えていてほしいと苦渋の顔をしている。

 務はなんとかしたい、してあげたいと思ったが何も策などは出てこなかった。

 青年は決心がついていた。務と出会った時に。そしてわかっていたから。もうどうすることもできないのだと。

「僕があきらめたぶん、君が考えてくれた。それだけで満足さ。」

 務のなんとかしたいと考える姿が青年はとても嬉しく、覚悟を決めさせてくれたのだ。

青年はこれまでのことを振り返った。初めて夜の散歩をした日の演奏のことや数々の素敵な思い出を。様々な思い出が脳裏に浮かんでくる。

 すると突然、一粒だけ青年の顔から雫が落ちた。青年から落ちたものである。青年はこれまで泣いたことはなかった。だが青年にとって、これまでの思い出をなくすのはとても嫌だった。心の奥底に溜まっている殻の中に涙が入らなくなったのか、一粒だけこぼれ落ちた雫が青年の目から落ちてしまった。

 青年は自分で涙を流したことを理解し、最後に一回だけのワガママをはいた。

「僕は君みたいな子が後継者で本当に嬉しい。だけど、僕は夜の散歩をずっとしていたかった。とても楽しかった。だから、それがもう二度とできなくなるのは寂しいな…嫌だな……」

 それは青年が、少年に初めて見せた弱音だ。

「あ、あな、あなたの名前をっ、最後に教えてください…」

務は泣いている。青年は身体は、足は消えており、もう肩まで消えかかろうとしていた。

少年は最後に、どうしても昨日から聞きたかった事を聞いた。

 本当なら出会った時すぐ聞けばよかったが、なかなかタイミングがなく聞けなかった。少年は青年と別れたくなかった。今更、名前を聞きたくはなかった。

 だが現実は、なんと思おうが残酷であり、待ってはくれない。青年が僕のことを忘れてしまう前に。僕が青年のことを忘れないために。

「そういえば、名前はまだ言ってなかったね.

ぼ、僕の名前は……」

「ト、、、キ、、さ」

 最後に青年は、少年を見て微笑みながら、名前を呟いた。その後、青年は声は出なかったもの、口だけが動いていた。務には何と言ったかすぐわかった。

そのあと、青年は光の粒子となって砕け散って消えていった……

消えていった同時に、「ありがとう」と呟いた。務には何と言ったかすぐわかった。だが、もう目の前には誰もいない。

 少年は誰もいない孤空の場所で大声でわめき散らしだした。

誰もこの少年の涙を止めることはできない。なぜなら、時が止まっているのだから…

少年が泣いていた事も知らない。気づくこともできない。

だから少年は、涙が枯れるまで泣くことしかできなかった………。

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