第14話 練習試合をしよう!③

 サンナン1年生との練習試合1ゲーム目終了後、10分間の休憩が設けられた。

 公式戦では、第1ピリオド10分のゲームを4回行う。第2ピリオドと第3ピリオドの間に10分間のハーフタイムがあるので、今日の練習試合も実質的には前半がサンナン1年生と、後半が2年生とのゲームということになる。

「はいはい、みんな注目」

 渡辺先生がバッグから作戦ボードを取り出した。

「おっ! レイちゃん、何それ。カッケーじゃん」

「バスケの作戦盤よ。これで動きの確認をしましょう。緑色が私たちのチームで青色がサンナン――」

「アタシ青がいいんだけど」

 渡辺先生が作戦ボードにプレイヤーに見立てたマグネットを配置する。

 途中でウメちゃんが横やりを入れた。

「梅沢さん、意外にめんどくさい子ね。はい、はい。じゃあコウジョが青ね」

 渋々マグネットの位置を入れ替えると、渡辺先生は黒色のマーカーでボードに矢印を書き加えた。

「さっきのゲーム、後半で飯田さんがやったカットインを積極的に取り入れて欲しいの。次のゲームは2年生のスタメンが出てくるわ。170センチが2人、ポイントガード以外の2人も160センチ以上と、高さでは不利な状況よ。インサイドつまり、ゴール付近で勝負するのはかなり厳しくなるわ」

 サンナンのベンチを見ると、ユニフォームに着替えた2年生たちが準備万端といった感じで並んでいた。

 で、デカイ!

 練習しているときから分かっていたことだけど、こうしてユニフォームを着てスターティングメンバーが立っているのを見ると、余計に大きく見えて威圧感を感じる。

「アウトサイドの私たちがカットインして、チャンスを作るということですね」

「ええ、そういうこと。持田さんはドライブもできるし、ミドルレンジからシュートも打てるでしょ。あなたがディフェンスを引き付けて、飛鳥さんや梅沢さんにパスを捌くこともできるわ。」

「あ、あのお……」

 マユちゃんが小さな声で先生に呼びかける。

「どうしたの?」

「私、ドリブル苦手なので、どうすればいいのでしょう。カットインもなかなか上手くできないし……」

「無理に切り込む必要は無いのよ。真由子さんには遠距離シュートという武器があるでしょ。3ポイントはもちろん、外側からのシュートで援護してあげてくれる」

「はい!」

 マユちゃんが明るさを取り戻し、元気に返事した。

 渡辺先生が作戦ボードをたたんだところに、サンナン監督の大桑先生と背番号4番の選手がやってきた。

「では、よろしくお願いします。こっちは、キャプテンの泉田です」

「2年の泉田加奈子です。ポジションはセンターです。よろしくお願いします」

 泉田先輩が丁寧におじぎをする。

「よろしくお願いします。ほら、飯田さん」

「ふぇ? 私?」

 渡辺先生に突然呼ばれて、思わず間抜けな声を出してしまった。

 みんながクスクス笑っている。

「ほら、陽子ちゃんキャプテンだから」

 ハルちゃんに言われて思い出した。

 慌てて渡辺先生の横に並び、あいさつする。

「ひゃ、ひゃくてんの飯田陽子、1年です。よろしくお願いします」

 両チームからドカンと笑いが起こった。

 しまった。緊張のあまり、噛んでしまった……。

「フハハハ。超うけるー。今のあいさつは、100点じゃなくて0点だし」

「フフフ。ウメ吉、笑ったら失礼よ。笑いのつかみとしては、間違いなく100点ね」

 この2人はフォローという言葉を知らないらしい。

 ウメちゃんと持田さんの笑いは止まらない。

「陽子ちゃん、ナイスファイト!」

 いや私、果敢に挑んで笑いを取りに行ったわけじゃないんだよ、マユちゃん。

「大丈夫だよ、陽子ちゃん。いつもと違って面白かったよ」

 ハルちゃん、それはそれで傷つきます。

 泉田先輩がニコニコしながら右手を差し出したので、私は素直に握手をした。

 温かくて大きな手だった。

 この手で、今までどれだけシュートを打ったのだろう。どれだけリバウンドを取ったのだろう。

 そんな思いをはせながら、もう一度頭を下げてみんなのところへ戻った。

「きっと、泉田先輩がセンターだよね。一番背が高いし。わー、ドキドキしてきたあ」

 緊張している発言をしながらも、ハルちゃんはいつものスマイルである。

 心配なさそう。

「キャプテン、試合中のパス捌きも100点で頼むぜ! ハハハ」

 ウメちゃんは心配するだけ損だな。

 そっちこそ、得意なドライブで100点くらい決めてよね。

「マッチアップだけれど、飯田さんが5番のポイントガードについてくれる? 私が6番、真由子さんが7番、ウメ吉が8番について、状況次第で変更するわ」

「ラジャ! 持田さんは落ち着いてるね」

「えっ? そうなのかしら?」

 少しびっくりした様子で持田さんが私を見つめる。

「えっと、冷静という意味ではなく、冷めすぎず熱すぎずに『いい湯加減ですなあ』的な」

「あなたは、よく見ているのね。私だけではなく、みんなのことも」

 持田さんが優しい表情を見せる。

「マッチアップの変更は任せるよ。プレイしながら3人で相談して決めてね」

「ええ。ありがとう」

 さて、最後はマユちゃんだけれど……。

「ど、ど、ど、どうしよう。マッチアップの相手、私より10センチ以上も大きいよー」

 こりゃ重傷ですな。

「マユちゃん、落ち着いて。はい、大きく息吸ってー。私に合わせて呼吸して。はい、ヒッ、ヒッ、フー。ヒッ、ヒッ、フー」

 マユちゃんが私を真似て呼吸する。

「飯田さん、それはお産のときの呼吸法なのだけど……」

「マユちゃん良かったね。これで将来は安心だね」

 ハルちゃんの発言にウメちゃんが爆笑した。

「ひどいよ! みんなでからかって。私、ホントに緊張してるんだからね」

 マユちゃんが泣きそうな声を出す。

「今はどう?」

「あ、あれ? 治まったかも。陽子ちゃん、すごい! ありがとー」

 喜ぶマユちゃんが私の両手をギュッと握った。

「ふっふっふっ。キャプテン陽子と呼びなさい」

「どこの海賊船の船長だよ?」

「はい、はーい。じゃあ私、副船長やるー」

 ビシッとツッコミを入れたウメちゃんに、ハルちゃんが手を挙げてアピールする。

「ちょと、あんた達いつまでやってんの! 早く整列しなさい!」

 渡辺先生に怒鳴られた。

 サンナンのスターティングメンバーはすでに整列していた。

「気持ちで負けてはいかんよ。最後まであきらめず、思い切ってプレイするんじゃよ」

 コートへ入る私たちに、塩屋先生が声をかけてくれた。

 いつもの優しくて穏やかな口調の中に、言葉の重みを感じてジーンときた。

 塩屋先生、ありがとうございます。

 私たち、戦ってきます!


 試合開始のジャンプボール。

 センターサークルに入り、泉田先輩と対峙したハルちゃんの表情が厳しいものへと変わった。すごく集中しているのが伝わってくる。

 審判の3年生が真上にボールを高く放った。

 先に反応したハルちゃんが高い跳躍を見せる。

 泉田先輩よりも高い位置に手を伸ばしたハルちゃんが競り勝ち、ボールをはじいた。

「持田さんっ」

 私がボールを受け取り、走り出した持田さんへパスを出す。

 持田さんの前方をウメちゃんも走っている。

 少し遅れてスタートしたのに、背番号8番があっという間に2人を追い抜いて自陣のゴール前に戻った。

 持田さんはゴール前台形のペイントエリアへ切り込まずに、斜め45度の中距離からシュートを放った。

 ボードの的確な位置に当たって跳ね返ったボールは、見事にリングを通り抜けた。

「持田さん、ナイッシュ!」

 軽く背中を叩くと、持田さんは嬉しそうに微笑んだ。

 サンナンの2年生相手に先取点が決まった。

 いい雰囲気だ。この感じを維持したい。

「ディフェンス、1本止めるよ!」

「おー!」

 私の気合に、みんなも大きな声で返してくれた。

 私のマッチアップは5番のポイントガード。

 メンバーの中で唯一150センチ台と1番小さいけれど、もちろん私よりも背が高い。

 抜かれることを警戒して、少し離れ気味にディフェンスする。

 5番が私の頭上を越える高めのパスを投げた。

 カットインはしてこない。

 5番のマークを離れず、自陣のゴールに注意を向ける。

 フリースローラインでパスを受けた泉田先輩が、ターンしてハルちゃんをかわし、ミドルシュートを決めた。

「ごめん」

「気にすんな、ハル。切り替えてこーぜ!」

 ウメちゃんの声にハルちゃんが頷く。

 たった1ゴールを返されただけなのに、異様なプレッシャーを感じた。

 それほどまでに、泉田先輩のプレイは洗練されており、チームを勢いづけるほどの力強さがあった。

 さっきの先取点から数十秒で振り出しに戻されてしまった。

 何とかして波に乗りたい。

 ドリブルしてボールをキープしたままウメちゃんに視線を送ると、彼女は私の目を見て小さく頷いた。

 もちろん、ここは勝負だよね。

 頼んだよ、ウメちゃん!

 ウメちゃんへ鋭いパスを送る。

 ゴール付近で面取りをしていたハルちゃんが、スペースを空けるために逆方向へカットインする。

 持田さんもウメちゃんの進行方向にかぶらないよう、相手マークマンを誘導した。

 1対1の準備は整った。

 絶妙のタイミングでウメちゃんが切り込んでいく。

 一瞬でディフェンスを置き去りにしてゴールへ直進する。

 行けっ! ウメちゃん。

 ハルちゃんをマークしていた泉田先輩が、切り込んでくるウメちゃんのコースに立ち塞がった。

 ハルちゃんのランニングシュートが泉田先輩に叩き落される。

「速攻!」

 泉田先輩の声と同時に瞬く間にパスがつながり、私たちが自陣に戻る前にランニングシュートが決められた。

「ワリィ」

「ドンマイ、ウメちゃん。強気で攻めるよ!」

「おう!」

 ドライブしたウメちゃんが、まともにブロックされたのは初めてだ。

 サンナン1年生との1ゲーム目は、ウメちゃんの1対1を中心に得点を重ねて流れを作った。ウメちゃんがドライブを決めるとチームが波に乗る。ウメちゃんを警戒したディフェンスは中に意識が集中して狭くなり、外側からのシュートチャンスも増えてくるのだ。

 でも、今回の相手は2年生でしかもスタメン。インサイドのディフェンス力は1年生の比ではない。

 ウメちゃんが苦戦するのは初めから分かっていたこと。それでも何とかして、インサイドに切り込んで得点が欲しい。アウトサイドからのシュートに頼る1パターンの攻めにはしたくない。

 もう一度ウメちゃんへパス。

 ウメちゃんがディフェンスを抜き去り、ゴールへ疾走する。

 速い!

 泉田先輩がヘルプに入り、ゴール下で待ち構える。

 低い体勢で泉田先輩の足元をすり抜け、ゴールの真下を通過したウメちゃんが後ろ向きのまま跳躍し、バックシュートを放った。

 バシッ!

 泉田先輩の豪快なブロックショットが炸裂した。

 そして、さっきと同じパターンで速攻を決められてしまう。

「……ワリィ」

 ウメちゃんの声が明らかにいつもと違う。

 得意なドライブを2回も止められたのだから、無理もない。

「ウメちゃん、実力で負けても、気持ちで負けるなっ!」

「なっ、何だよ陽子。別に実力もまだ負けたわけじゃねーし。気持ちも負けねーし」

 ウメちゃんが青色のリストバンドで汗を拭いながら口を尖らせる。

「ウメ吉は目立ち具合でも負けてないわね」

「うっせー。シュート決めたあとのハイタッチ恥ずかしがる奴が言うな!」

「べ、別に照れてなんてないわ。慣れるのに少し時間を要していただけよ」

 ハイタッチに慣れている人もそんなにいないと思うよ、持田さん。

「ぜってーアタシが決めるから、陽子もブン吉もボールまわせよな」

 キッパリ言い切ると、ウメちゃんは走っていった。

 まだ気持ちは切れてないみたい。

「良かったわね」

「へっ?」

「何でもないわ」

 持田さんは笑いながら首を横に振った。

 

 前半戦はサンナンの一方的な試合が繰り広げられた。

 私や持田さんのカットインからチャンスを作り出すも、インサイドの強力なディフェンスに阻まれ、ハルちゃんとウメちゃんはいつものプレイが思い通りに出来ない。

 持田さんも厳しいマークにより、中距離からのシュートが思うように決められなかった。

 かろうじて私が、ミドルレンジから1本だけシュートを決めた。

 そして、比較的マークの甘かったマユちゃんが3ポイントシュートを1本決めた。

 得点は20対7。

 トリプルスコアに届く勢いのサンナンが大幅リードした状態でハーフタイムを迎えた。

「はい。エネルギーインゼリーだよ。みんな頑張って」

 塾の帰りに応援に来てくれたミーちゃんが、差し入れのゼリー飲料をみんなに手渡す。

「ありがとう、船橋さん。いただくわ」

「サンキュー、美智子」

「美智子ちゃん、どうもありがとう」

「んー、マスカット味超おいひー」

 ハルちゃんが幸せいっぱいの表情で絶賛する。

「ところで、何でミーちゃん制服? 休日にコスプレする趣味とかあったっけ?」

「校則で決まってるでしょ。学校来るときは、お休みでも制服着用のことって!」

 そう言えば、そうだった。

 コウジョのあって無いような校則でも、ちゃんと守ろうとするマジメなところはミーちゃんらしい。

「みんな、そのままでいいから聞いて。サンナンのディフェンスは中をガッチリ固めているわ。飛鳥さんと梅沢さんは、強引な勝負は避けること。持田さんと真由子さんは、チャンスがあればミドルレンジから積極的にシュート打っていって。それから、ディフェンスもっと粘り強く。高さで負けるのは仕方ないけど、簡単に抜かれちゃダメよ。しっかり腰下げて、足でついていって」

 渡辺先生が少し熱っぽく指示を出す。

「なんかレイちゃん、コーチっぽいね」

「飯田さん。一応私、コーチなんだけど……」

 切なげに言う渡辺先生を見て、みんなが失笑した。

「レイちゃんがコーチじゃなきゃ、なんなんだよ」

「うーん。お色気&残念な子担当かなあ?」

「渡辺先生に適任ではあるけれど、バスケ部に需要があるかどうかは疑問が残るわね」

 私が答えると、持田さんがマジメな顔をして言った。

「ほら、ハーフタイム終わるわよ。さっさと出る」

 渡辺先生に急かされて、私達は慌てて残りのゼリー飲料を飲み干した。

「後半戦、頑張ってくださいね。しっかり撮影しておきますからね」

 ビデオカメラを構える米山先輩が激励する。

「最後まであきらめずにのお。さすれば、必ず流れが来るからのお」

 塩屋先生の言葉に、私達は頷いた。


 後半戦スタート。

 ジャンプボールは再びハルちゃんが征した。

 ボールを受け取り相手コートに向かってダッシュする。

 サンナンのディフェンスはまだ整っていない。

 中に切り込むチャンスだ!

「陽子ちゃんっ!」

 名前を呼ばれて反射的にパスを出した。

 ボールをキャッチしたマユちゃんが、フリーで3ポイントシュートを放った。

 スパッ!

 ボールがリングの中に吸い込まれ、ネットの摩擦音が聞こえた。

「マユちゃん、ナイッシュー!」

 みんなが集まり、マユちゃんを讃える。

 恥ずかしそうに笑いながら、マユちゃんがハイタッチをする。

「陽子ちゃん、ボールまわしてくれる。私、今すごい感触が良かったの。調子いいかも知れない」

 嬉しそうな顔のマユちゃんは、いつもより強気で頼もしく感じた。

「うん、分かった」

「陽子ちゃん。私、ディフェンスとリバウンドに専念する。今の私じゃインサイドは攻めきれないから」

「オッケー」

 ハルちゃんの信念に満ちた表情には、固い決意が感じられた。

 コウジョのディフェンス。

 サンナンの170センチ2人が中に入り込んでくる。

 そのパワーは圧倒的で、1年生とは重みが違う。

 純粋に力負けして、ゴールにねじ込まれてしまう。

「さあ、1本決めよう!」

 得点は22対10。

 これ以上、離されると逆転は無理だ。

 確実に1ゴールずつ決めていかないと。

「陽子ちゃん!」

 再びマユちゃんが大きな声で呼んだ。

 素早くパスを送る。

 マユちゃんについているディフェンスは間合いをあけている。

 リズムよく3ポイントシュートが放たれた。

 スパッ!

 2連続3ポイントシュート成功!

 仲間からの歓声をもらいマユちゃんは嬉しそうに笑いながらも、すぐに真剣な表情へと切り替わり、自陣のディフェンスへ素早く戻った。

「すっげーな、マユ!」

「へへへ。少しでも相手ディフェンスが外に広がってくれるといいんだけど……」

 マユちゃんは遠距離シュートを決めることによって注意を引き付け、ウメちゃんがインサイドで勝負できるように頑張っているのだ。

 22対13。

 点差は一桁。

「ディフェンス1本! 絶対守るよっ」

「おーっ!」

 苦しいときこそ声を出して、踏ん張るんだ。

 ゴールのすぐ近くで面を張る泉田先輩にパスが通った。

 泉田先輩が素早くターンしてハルちゃんをかわし、ゴールに向かって跳躍する。

 放たれたシュートをハルちゃんが横からブロックした。

 ボールをキャッチした持田さんが走り出す。

 サンナン5番と7番が持田さんのドリブルコースを塞ぐ。

 後から走ってきたマユちゃんが、持田さんからパスを受け取りドリブルで駆け抜ける。

 3ポイントライン手前で止まったマユちゃんの前に、6番のディフェンスが構える。

「その子、打ってくるよ!」

 泉田先輩が叫んだ。

 6番がとっさに間合いを詰めて、マユちゃんにプレッシャーをかける。

 マユちゃんが必死にボールをキープする。

「マユちゃんっ」

 私はマユちゃんからボールをもらい、持田さんへパスを送る。

 ミドルレンジの位置で、厳しいマークをかわした持田さんはハルちゃんへパスをつなぐ。

 ハルちゃんの後ろにはゴールの守護神、泉田先輩が構えている。

 この試合、ハルちゃんは泉田先輩との1対1でシュートを1本も決めていない。

 勝負を回避したハルちゃんが、ハイポストへカットインしたウメちゃんにパスをまわす。

 すかさず泉田先輩がウメちゃんの前に立ちはだかる。

 ボールを受け取ったウメちゃんは、フリースローラインからジャンプシュートを放った。

 ガンッ!

 リングに当たってボールが跳ね返る。

「カナ、リバンッ!」

 5番のポイントガードが泉田先輩の名前を叫んだ。

 スクリーンアウトでハルちゃんを押し出し、良いポジションを奪った泉田先輩がボールに向かって跳躍する。同時にハルちゃんも跳んだ。泉田先輩の手が触れる前に、高さで勝ったハルちゃんが指先でボールを上に弾いた。着地したハルちゃんが再び跳躍する。今度はガッシリとボールを掴み取り、ゴール下からシュートを狙う。

 ハルちゃんのフェイクに引っ掛かった泉田先輩が、ブロックショットに跳ぶ。

 ハルちゃんは落ち着いてゴール下シュートを決めた。

 22対15。

「ハルちゃん、ナイスリバウンド!」

「そしてナイスシュートね。泉田先輩から1ゴール決めたわね」

「ありがとう。マユちゃんのおかげで、ディフェンスが外に広がったからね。うまくいったよー」

 ハルちゃんが喜びながらマユちゃんの肩をポンと叩いた。

「……ハア、ハア」

 マユちゃんは無言で頷くと、苦しそうに呼吸していた。

「マユ、大丈夫かよ?」

 マユちゃんの背中を優しくさすりながら、ウメちゃんが尋ねた。

「……う、うん。わ、私、体力ないし、ドリブルも下手だから、みんなに迷惑かけてばっかりで。今、私にできることは、3ポイントシュートだけだから。絶対に決めるから。ディフェンス広げてチャンス作るから。そしたらカヤちゃん、いつもみたいにすごいドライブ決めてくれるよね」

「おう! ぜってー決めるし。って言うか、アタシが中でバンバン決めて、マユが楽にシュート打てるようにしてやんよ!」

 ウメちゃんはマユちゃんの目をジッと見つめ、力強く断言した。

 コウジョのディフェンス。

 インサイドを意識し過ぎてアウトサイドが甘くなり、7番に3ポイントを決められた。

 25対15。

 10点差に戻された。残り4分でこの差は厳しい。

 ハルちゃんは、泉田先輩相手に攻めきれないし、インサイドのディフェンスが固いからウメちゃんも難しい。

 確実に得点するためにも、ここはマユちゃんと持田さんで攻めるべきか……。

「8番眼鏡の子、スリー打ってくるよ。マークぴったりついといて。6番の黒髪ロングの子、ミドルレンジのシュート要注意だよ。5番ショートカットの子、オフェンスリバウンド狙ってくるよ。スクリーンアウトきっちりね。7番金髪の子、切り込んでくるからヘルプね。ミドルシュートは打たせても平気。4番、カットイン注意ね」

「ハイっ!」

 泉田先輩の的確な指示に、メンバーが声をそろえて答える。

 付け入る隙は無さそうだけど、それでもチャンスを作らなくちゃ。

 厳しいマークにつかれ、マユちゃんは必死にカットインを試みるが振り切れない。

 パスを出しても、あれじゃシュートどころじゃない。

 それなら、持田さんに……。

 持田さんへパスを送ろうと思ったとき、ふと強い視線を感じた。

 ウメちゃんだ。

 1対1で勝負したがっている。

 ディフェンスを抜いた先には、サンナン守護神の泉田先輩が待ち構えている。

 実際には1対2だ。

 私はウメちゃんにボールを託した。

 ウメちゃんがボールを受け取り走り出す。ぴったりついてきたディフェンスをクロスオーバーで切り返して置き去りにする。

 よし! 1人抜いた。

 ウメちゃんの前に泉田先輩が立ちはだかる。

 手前で止まったウメちゃんがゴールを狙う。

 ウメちゃんのフェイクに泉田先輩はかからなかった。

 ウメちゃんのジャンプシュートにしっかりタイミングをあわせ、ブロックショットが炸裂する。

 そのまま、速攻で2点を返されてしまった。

 ウメちゃんは歯を食いしばり両手の拳をギュッと握り締めながら、泉田先輩を睨むような目で見つめていた。


 その後も私はウメちゃんへパスを出した。ウメちゃんはドライブで勝負を仕掛けたが、全て失敗に終わった。

 ハルちゃんがオフェンスリバウンドで奮闘してくれたおかげで、持田さんがミドルシュート1本、マユちゃんが執念の3ポイントシュート1本を決めた。

 サンナン2年生のオフェンスを前にして、私達のディフェンスはあまりにも無力に近かった。特にインサイド、ゴール付近では純粋なパワーと高さに圧倒された。いとも簡単にゴール下でシュートを決められてしまうというのは、精神的にもショックは大きい。

 オフェンスでは、私達の得意なプレイや連携が封じられ、練習通りの動きが出来なかった。

 私達の弱点や思考を的確に見抜いていた泉田先輩には驚愕せざるを得ない。

 攻守両面で多くの課題があるものの、良かった点もある。

 ハルちゃんが、高さで勝負できたこと。特にリバウンドは、自分より10センチ以上背の高い選手相手に負けていなかった。

 マユちゃんの3ポイントが決まったこと。しかも3本打って全て決めたのだ。実戦でしかも、サンナンの2年生相手に通用したというのは素晴らしい収穫である。

 試合終了のブザーが鳴り、私達は整列して礼をした。

 得点は、31対20。

 光城学園の黒星で、初めての練習試合は幕を閉じた――。

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