第13話 練習試合をしよう!②
ゴールデンウィーク1日目、午前9時から学校の体育館で練習を開始する。
普段、体育館を利用しているサークルは全て休みなので、オールコートを思いっきり使用できる貴重な練習日だ。
ストレッチで体をほぐし、ランニングで十分に温めてからフットワークメニューをこなす。
今もマユちゃんは練習についてくるのがキツそうだけれど、手を抜かずに必死に取り組んでいて、私たちもそんな彼女に刺激をもらいながらバスケに向き合っている。
今日は初めてポジション練習を行った。渡辺先生の判断により、私と持田さんがガード、ウメちゃんとマユちゃんがフォワード、ハルちゃんがセンターという風にポジションが決められた。
ハーフコートを使い、5人で配置につく。ガードである私と持田さんがパスを出し、フォワードとセンターの3人がゴールを狙う。最初にディフェンスのいない状態で動きの確認を行い、慣れてきたところでディフェンスをつけた。人数がいないので、フォワードとセンターの3人は順番にパスを受けて、ディフェンスの渡辺先生と1対1で勝負をする。
ウメちゃんはドライブ、ハルちゃんはゴール下でのポストプレイ、そしてマユちゃんはジャンプシュートでゴールを狙う。
今日もウメちゃんのドライブは切れ味抜群だ。左手のドリブルもずいぶん慣れてきて、左側から攻めるパターンも増えてきた。足首や膝が柔らかく、ドリブルの切り返しが鋭い。そのまま一気に加速してディフェンスを置き去りにするドライブは、見ていて爽快だ。
「梅沢さん、次カットインしてパスをもらってくれる」
渡辺先生が額の汗をぬぐいながら声をかける。
「えっ? カットインとドライブって違うの? えっと、あとペネ……なんとか。どれもディフェンスぶち抜いてシュート決めるって意味じゃね?」
「よく混同して使われる用語ですが、3つともそれぞれ意味が違います。まずドライブですが、ドリブルで切り込んでシュートを決めることです。梅沢さんが得意なプレイですね。次、ペネトレイトはドリブルでディフェンスを抜いて、切り込む動きのことを言います。そこからパスをつなぐなど、チームの戦術的な意味がありますね。そして、カットイン。ボールを持たないオフェンスがディフェンスをかわして内側に入ることを言います」
米山先輩の解説にウメちゃんは耳を傾け、「なるほどー」と頷いた。
「私はドリブルが苦手だから、カットインからパスをもらえば得点につながる確率も上がるかなあ?」
「そうね。真由子さんは、梅沢さんと違って1対1からドライブを狙うタイプじゃないわね。ミドルレンジからジャンプシュートを決めるためにも、カットインでディフェンスを抜いてフリーでシュートを打てるようにしたいわね」
「はい!」
元気な声で返事するマユちゃんに、渡辺先生は微笑んだ。
「あうー。私、ドライブも出来ないし、ミドルシュートも苦手です……」
「飛鳥さんは、まずセンターのポストプレイをしっかり覚えましょう。あなたのジャンプ力なら、他校の選手とも十分に渡り合えるはずよ。それに身体能力は部内で1番なのだから、センターのプレイだけでなくフォワードのプレイも身につけられるはずよ。焦らず根気強くね」
「はい!」
ハルちゃんは憧れの渡辺先生に激励されて嬉しそうだ。
今回のポジション練習で最も苦しんでいたのはハルちゃんだ。
センターの動きは特殊で、ディフェンスと正面で対峙するガードやフォワードと違い、基本1対1ではディフェンスに背を向けた状態から展開していく。ゴール近くで体を張って面をとり、パスをもらいターンしてシュートを決めるのがセンターのプレイだ。
これまでの1対1の練習では、ドライブやペネトレイトからのジャンプシュートというのが定番だった。
慣れないセンターのポストプレイに悪戦苦闘するハルちゃんの表情には、多少の焦りといつになく疲労の様子が見えた。
それでも、渡辺先生の指導に従いひたむきに練習を続けていくうち、徐々にポストプレイも様になり、1対1でゴール下シュートも決まるようになってきた。
ハルちゃんてホントに飲み込み早いんだよな。
「じゃあ、ガードの2人、フォワードにパス出してからカットインね。飛鳥さんもディフェンスついてくれる。フォワードは切り込んだガードにパス出して」
「はい!」
私と持田さん、ガードの攻撃パターンを確認する。
さらに、ペネトレイトからディフェンスを引き付けた状態でパスを出す練習、そのままランニングシュートを狙うドライブ練習、ウメちゃんとハルちゃんにディフェンスを引きつけた状態でミドルレンジからのジャンプシュートの練習など、色々なパターンを想定して練習した。
正直言うと、私はミドルシュート苦手……。
ディフェンスを振り切った状態、フリーで打っても良くて4割ってとこ。
それに比べて持田さんのシュートは安定感抜群!
フリーなら高確率で、ディフェンスを前にしても5割は決める。しかも射程は、3ポイントラインの内側ならどこからでも打てちゃうんだからホントにすごい。
ドライブだってウメちゃんに次ぐ切れ味だし、長いストレートヘアは艶々サラサラでキレイだし、いい香りするし……。
おっと、最後のバスケに関係なかった。
羨ましがっている暇は無い。練習試合はあさってなんだ。
私もみんなの動きをしっかり頭に入れて、ちゃんと指示出せるようにしなくちゃ!
ゴールデンウィーク初日の練習を12時に終えた私たちは、駿河駅南口前にあるハンバーガーショップでお昼を食べた。
みんなで部活帰りにランチするのは初めてのことで、しかも今日は米山先輩も一緒だったから大いに盛り上がった。
「米山先輩は沼津ですよね?」
「そうですよ。でも、駅は長泉町の下土狩駅のほうが近いのでそちらを利用しています。東駿河駅で降りて学校まで歩きですね」
「そーなんですか。駿河駅で降りたほうが学校近くないですか? 方向的には戻る形になりますけど」
私が尋ねると、先輩は少し恥ずかしそうに笑って頷いた。
「たしかにそうなのですが、東駿河駅で降りると定期代が安くなるんです。3年間通うことを考えると、定期代もバカになりませんから」
かなり庶民的で意外な答えが返ってきた。
米山先輩は上品で清楚で、ザ・お嬢様という感じの人だから、きっといい家柄もしくは裕福な家庭であることが考えられる。
先輩の両親は案外、つつましいというか庶民派なのかもしれない。
「飯田さんと飛鳥さんは駿河市ですよね?」
「はい」
「私が駿河第一中学で、陽子ちゃんが第二中学出身です。カヤさんも駿河市ですよ」
「アタシんちは、南口から10分くらい。実家は愛知ですけどね」
私たちと会話を交わす先輩は楽しそうに見える。
先輩と話をする機会は限られているから、私たちも嬉しかった。
部活の時間は基本的にバスケの話しかしないけれど、こうやってテーブルを囲んでランチしながら、先輩と色んなことを話すのもいいものだ。
「……あさっても荒井先生は来ないのでしょうか?」
マユちゃんがポツリとつぶやく。
「米山先輩、コーチから何か聞いていませんか?」
持田さんの質問に、先輩は首を横に振った。
「なんか、マユが入ってからホント顔出さなくなったよな」
「ウメちゃんっ」
「あっ、ワリィ。そういう意味じゃなくってさ。なんつーか、ますますバスケ部拒否ってる感じみたいな」
私が肘で軽く小突くと、ウメちゃんは慌てて謝ってから言い直した。
たしかにウメちゃんの言う通り、最近の荒井先生は私たちバスケ部に関わらないことを徹底している。
以前なら、私の質問にもあからさまに迷惑そうな顔をしながらも、それなりに答えてくれていた。でも、最近は「渡辺に聞け」「じーさんに教えてもらえ」の一点張りだ。取りつく島もない。
さらに、火曜と木曜の市民体育館での練習日には渡辺先生を車で送ってきていたのに、最近では塩屋先生に代わっている。
明らかにおかしい。
「たしかに監督の様子は以前と違っていますね。なぜ荒井先生が監督を嫌がるのか、渡辺先生に聞いたことがありますが、教えてもらえませんでした」
「あ、私も。先輩が部員募集ポスター見てきてくれたころ、先生に聞いたことあるけど『気になるなら塩屋先生に聞きなさい』って言われました」
「んじゃ、あさって塩谷先生に聞けばよくね?」
あさっての練習試合には顧問である塩屋先生も学校に来る。
「では、練習試合が終わったあと、塩屋先生に尋ねてみましょう。よろしいですか?」
米山先輩は私たち一人ひとりの顔を見て確認する。
「あー、ドキドキするー」
マユちゃんが心臓の当たりを両手で押さえながら不安そうな声を出した。
「大丈夫よ。みんなも初めての試合なのだから。緊張するのは真由子さんだけではないし、コートに立つのはみんなと一緒なのだから」
持田さんに優しい言葉をかけられ、マユちゃんはニッコリと笑った。
そう、あさってはコウジョバスケ部、記念すべき初試合である。
みんな緊張している。
でも、いつも一緒に練習している仲間と共にコートに立つ。
そう思うと、不思議に勇気が湧いてくる。
「練習試合に備え、明日もポジション練習がんばりましょう!」
「はいっ!」
米山先輩の気持ちのこもった呼びかけに、私たちも力いっぱい返事した。
ついつい声を張りすぎてしまい、店内のお客さんや店員さんたちから注目されてしまったのは、ちょっぴり痛かった。
ゴールデンウィーク2日目。
初日に引き続きポジション練習中心のメニューをこなした。
みんな各ポジションの動きにも少しずつ慣れてきて、うまく連携できるようになってきた。マユちゃんの3ポイントシュートは安定して入るし、ウメちゃんのドライブやカットインは相変わらず切れがある。ハルちゃんの動きもセンターらしくなってきた。
荒井先生はやはり現れなかったけれど、渡辺先生の指導はいつにも増して熱がこもっていたし、みんなもすごく集中していた。
こういうときは、時間が過ぎるのが本当に早く感じる。
練習終了後、明日の試合の作戦会議も兼ねて、渡辺先生をランチに誘ってみた。先生は「忙しいけど、みんながどうしてもって言うなら仕方ないわね」と言いながら嬉しそうにくっついてきた。
昨日と同じハンバーガーショップで同じテーブルを囲む。
驚いたのは、渡辺先生が育ち盛りの私たちより多く注文していたこと。
「レイちゃん、そんな食ったらぜってー太る」
「私は食べても太らない体質なのよ。あなた達は気をつけなさい」
得意げに胸を張りながら、渡辺先生はハンバーガーの包みを広げた。
「う、うらやましい。私は太りやすいから、すごい気を使います 」
マユちゃんが自分のお腹を触りながらうつむいた。
「さて、明日の練習試合だけれど、2日間のポジション練習を踏まえ、1対1のシーンを作って攻めていくこと。周りを良く見て密集しないこと。しっかりスペースを作らないと、1対1で勝負できないからね」
「レイちゃん、相手のサンナンって強いの?」
「うーん。私も見たことないから分からないけど、あなた達よりは強いんじゃない?」
アバウト過ぎる回答をもらったウメちゃんは、座ったままズッコケル仕草を見せる。
「県立三島南高校。インターハイ静岡県東部地区予選2回戦ではシード校の大和大学付属沼津高校を接戦の末、破っています。3回戦で御殿場商業高校に惜しくも敗れましたが点差は8点、4ゴールの差でした。東部地区では中堅のチームです。今のコウジョバスケ部にとっては強敵と言えると思います」
米山先輩の非の打ち所の無い解説に、私たちは思わず拍手を送り感心してしまった。
先輩がハニカミながら微笑む。
「仕方ないでしょっ。私、バスケ部のコーチになって間もないんだからっ。出身愛知だから、この辺の高校なんて知らないし」
渡辺先生が慌てて弁解する。
私たち、何も言ってないじゃん。
「ってことは、サンナンは強い学校なんだね。うー、ドキドキするなあ」
「バレーで試合経験のある飛鳥さんでも、緊張するものなの?」
「いつも試合前は緊張するよ。始まっちゃうと平気なんだけどねー」
バスケ部の中で部活経験があるのは、私とハルちゃんと持田さん。その中でチームスポーツの球技で試合経験があるのはハルちゃん1人だけだ。
「試合の前に合同練習もするんだよね。他の学校の練習ってどんなことやるんだろう?」
「人数がいる練習って楽しみじゃね? ほら、アタシらって先輩に入ってもらっても6人だし、練習も限られてんじゃん」
マユちゃんは好奇心に満ちた瞳を輝かせ、ウメちゃんはワクワクした様子で声を弾ませる。
「コホン。合同練習もそうだし、練習試合もすごくいい経験になるはずよ。あなた達は初心者なんだから、失敗を恐れず何事もチャレンジする気持ちで取り組むこと」
先生は咳払いをすると、マジメな顔を私たちに向けた。
「レイちゃんもコーチ初心者なんだから、米山先輩見習ってちゃんと情報収集しとけな」
「うぐっ。い、言われなくても分かってるわよっ」
ウメちゃんに痛いところをつかれた先生は口を尖らせる。
私はみんなの笑い声を聞きながら、「この場に荒井先生もいたらな」ふとそんなことを思っていた――。
ゴールデンウィーク最終日、合同練習及び練習試合当日。
少し早く集合して、フロアを念入りにモップかけする。
私も含め、若干の緊張があるのかも知れないけれど、みんな表情が引き締まっている。心の準備は整っているといった感じ。ときどきウメちゃんが気の抜けたあくびをして、持田さんにチクリとイヤミを言われている。その様子を見て、ハルちゃんとマユちゃんが笑い出す。
コウジョバスケ部のいつもの光景が微笑ましく、心を落ち着かせてくれた。
「おはようございますっ。今日はよろしくお願いします」
三島南高校が元気な声で挨拶して体育館に入ってきた。
私たちも整列して挨拶する。
「塩屋先生、ご無沙汰しております。今日はどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お願いします。渡辺先生、こちら三島南の監督の大桑満先生じゃ」
「初めまして。コーチの渡辺玲です。今日はありがとうございます。よろしくお願いいたします」
塩屋先生の教え子であるサンナンの監督に渡辺先生は丁寧に挨拶した。
先生たちが会話をしている間に、米山先輩がサンナンバスケ部を更衣室に案内した。
練習着に着替えたサンナンメンバーが体育館に戻ってきて、塩屋先生と大桑先生の簡単な挨拶のあと合同練習がスタートした。
引退した3年生を含め、22人のサンナンバスケ部に交ざって練習をする。
正直ちょっと圧倒されてしまい、体がこわばって思い通りに動かない。そのせいでミスして流れを止めてしまい、恥ずかしいのと迷惑かけてしまったのとで大いに凹んだ。
サンナンの1年生も先輩方も優しくて、ミスしても「ドンマイ!」と声をかけてくれる。そのおかげで少しずつリラックスできた。
こういうとき、肝が据わっているというか、平常心の子がうらやましい。
持田さんは相変わらず冷静な表情で、1本に束ねた長い黒髪を揺らしながらプレイしている。サンナンの先輩たちの中でも持田さんのボールハンドリングは見劣りしない。
ウメちゃんは、いつも以上にイキイキした顔で、見ていてその楽しさが伝わってくる。今日のドライブは普段の2割り増しくらいキレキレで、調子が良いのがよく分かる。ウメちゃんのスピードに反応できる人が1人もいなくて、サンナンの3年生もびっくりしていた。
意外だったのはマユちゃんが落ち着いていたこと。いつもの練習のときは、オドオドしている様子をよく見かけるのに、今日はなんだかすごく頼もしく感じる。シュートも安定している。そのキレイなシュートフォームに、サンナンの人たちも見とれるくらいだ。
そして最も注目を集めたのは、やはりハルちゃん。誰よりも高い跳躍に驚きの声が上がった。
なのに、私ときたら……。
ミス連発して「ドンマイ」言われて心癒されてしまった。
キャプテンなのに……。
「いやあ、陽子がしょっぱなからミスってくれたお陰で、なんか肩の荷が下りたっつーか、気が楽になったわ。グッジョブ、キャプテン!」
「ぐっ……嬉しくないやい!」
「敵ディフェンスにパスを送るなんて、ずいぶん体を張ったわね。でもサンナンの人たちにかなりウケていたわよ」
「あうっ……笑いなんか取るつもりじゃないやい!」
ウメちゃんと持田さんにいじられている私を見て、ハルちゃんとマユちゃんが失笑する。
「さあ、休憩のあとはいよいよ練習試合ですよ!」
米山先輩に声をかけられ、私たちは汗をふき、水分補給をして試合に備えた。
「そのままでいいから、聞いてくれる。ナンバリングを用意したから、試合のときに着用すること。番号は、キャプテンの飯田さんが4番。あとは入部した順に、飛鳥さん5番、持田さん6番、梅沢さん7番、真由子さん8番」
渡辺先生がナンバリングを配る。
「コーチ、質問よろしいですか?」
「何かしら、持田さん」
「サンナンのスタメンは出場しますか? 相手が同じ1年生の場合、私たちにとってはほとんど意味がありませんから」
持田さんが大口を叩いているように聞こえるかもしれないけれど、事実その通りなのだ。
私たちがウィンターカップの予選で戦う相手は、2年生を主体とした新チームなのだから。
「今日はまず、サンナンの1年生と1ピリオド10分で前半後半に分けたゲームをします。その間、奥のコートでサンナンの2、3年生が紅白戦をします。その後、あなた達がサンナンの2年生とゲームをします。分かった?」
「はい!」
全員、気合の入った声で返事した。
塩屋先生はニコニコしながら私たちを見守っていた。
「そろそろ、よろしいですか? 向こうのコートお借りしますね。3年生を1人、審判に入れますのでよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます」
サンナンの監督、大桑先生におじぎをして、渡辺先生は私たちを集合させた。
「みんな意外にナンバリング、似合ってるじゃない」
先生は作戦とはまったく関係ない一言を切り出した。
「意外とは失敬な。私は何を着ても似合っちゃうんだな。生まれついてのモデルの天性ってやつ?」
「ふふふ。飯田さんの身長でモデルの天性を備えているのなら、世のほとんんどの女性がモデルになれるわね」
「だな。陽子のはお笑いの天性の間違いじゃね?」
2人が面白そうに私をからかう。
「ムッ。持田さんとウメちゃんだって背低いじゃん。私とそんな変わんないし。しかも私のほうが面白いし」
「陽子ちゃん、お笑いの天性認めちゃってる……」
「あ、あの。試合前ってこんな感じでいいのでしょうか? もっとこう戦略とか、コーチが熱い言葉を選手に送る的なものは無くてよいのでしょうか?」
マユちゃんが不安そうに言葉を発した。
「ハハハ。レイちゃんが熱い言葉とか似合わねー」
「合コンは第一印象が勝負よ!」
私が先生の声色を真似ると、みんな一斉に吹き出した。
米山先輩までお腹を抱えて苦しそうに笑いだす。
「フフフ。飯田さんはモノマネの天性も備えていたわね。フフフ」
「十分に緊張もとけたようだし、思い切ってプレイしてきなさい。練習試合なんだから、失敗や負けることを恐れてはダメよ。さあ、いきなさい。ちなみに飯田さんは、負けた場合ダッシュ10本よ!」
負けるのコワッ!
しかも先生、めっちゃ笑顔だし。余計に怖いから……。
コートのセンターラインを挟み、サンナンの1年生と向かい合って整列する。
相手は同学年だけれど経験も実力も上。平均身長だって私たちより10センチ近く高い。
コウジョのバスケがどこまで通用するだろうか?
礼をして、相手側のジャンパーとハルちゃんがセンターサークルに入る。自分より10センチ以上も背の高い相手を目の前にしても、ハルちゃんは全く物怖じしていなかった。集中しているときのハルちゃんの眼差しだ。
さっきまでの不安はいつの間にか消え、自信や余裕とは少しだけ違う、落ち着きを取り戻した心に小さな炎が灯ったように感じた。
試合開始のジャンプボール。審判を務めるサンナンの3年生がボールを真上高くに投げた。
相手のジャンパーが先に跳び、遅れてハルちゃんが跳ぶ。相手より頭1つ分高い位置でハルちゃんが先にボールを叩いた。
相手ベンチから歓声ともどよめきとも捉えられない声が上がる。
「ウメ吉っ」
ボールを受け取った持田さんがゴールに向かって強いパスを送る。
あっという間にゴール前へ走っていたウメちゃんがボールを受け取り、ランニングシュートを決めた。
よし! 先取点。
「ウメちゃん、ナイスラン!」
「ウェーい」
ウメちゃんが笑顔でハイタッチする。
「ブン吉、ナイスパースッ」
「なっ、ナイッシュ……」
「なに照れてんだよっ。逆にこっちが恥ずかしいっつーの」
持田さんは視線を逸らし、ちょっぴり頬を赤らめながら胸の高さに両手を挙げた。
これだとハイタッチじゃなくてロータッチだね。
ウメちゃんの先取点で私たちは勢いに乗った。
サンナンの1年生の攻撃を止めることは難しく失点を重ねたものの、私たちも1対1の形を作って攻めることで得点を重ねていった。
特に目立っていたのはウメちゃんのドライブ。私たちがカットインを用いてディフェンスを引き付け、しっかりスペースを作ったところでウメちゃんが1対1で勝負する。
この形になると、誰もウメちゃんを止めるころができず、気持ちいくらいにランニングシュートが決まった。
得点は16対14、コウジョのリードで前半の第1ピリオドを終えた。
「皆さん、いい流れですよ。練習したことも十分に発揮できています」
米山先輩が笑顔でスポドリを差し出してくれた。
「どうかな? サンナンの1年生は」
塩谷先生はいつもの穏やかな表情で私たちに尋ねた。
「すごくウマイ!」
「飯田さんが言うと、なぜか食べ物の感想のようね」
「プッ。言えてるし」
「カヤさん、笑っちゃダメだよ。私もちょっと思ったけど」
みんな、ひどいよ。
「ディフェンス厳しくて、なかなか振り切れません。フリーでシュート打ちたいのに……」
マユちゃんがしょんぼりした声を出す。
たしかにサンナンの1年生はディフェンスが上手い。経験の差を感じる。
「前半は梅沢さんと飛鳥さんを中心に点を取ったわ。相手はインサイドのディフェンスを強化してくるはず。外が手薄になるだろうから、チャンスがあればアウトサイドから積極的に攻めていくこと」
「はいっ!」
「後半も集中していきましょう! ファイトです」
米山先輩に励まされ、私たちは再びコートに入った。
2回目のジャンプボール。
相手ジャンパーを寄せ付けない高さで、ハルちゃんがボールを叩く。
キャッチしたウメちゃんがゴールに向かって疾走する。
サンナンも素早く自陣に走り、インサイドのディフェンスを固める。
「マユっ!」
ウメちゃんが後ろを振り向かずにノールックパスを出す。
3ポイントライン前、フリーの状態でボールを受け取ったマユちゃんが真上に跳躍する。
美しいフォームから放たれたシュートが見事に決まった。
一瞬時間が止まったかのような感覚に陥るマユちゃんの3ポイントシュートは、サンナンの選手も魅了してしまったようだ。
コートに立つ全員が小さなため息をつく。
「ナイッシュ、マユ!」
「やった、やったー!」
マユちゃんがウメちゃんに抱きついて喜んだ。
試合で初となる、3ポイントシュートによる得点である。
後半戦はマユちゃんの3ポイントシュートから始まり、持田さんもミドルレンジからのシュートを積極的に打っていった。
渡辺先生の読み通り、比較的アウトサイドのディフェンスが甘くなったお陰で、持田さんとマユちゃんがフリーの状態でシュートを打てる機会も増えた。
インサイドからウメちゃんとハルちゃん、アウトサイドから持田さんとマユちゃんが攻める形で、後半はみんながバランスよく得点を重ねた。
後半残り時間、29秒。
得点は31対31の同点。
私たちコウジョのオフェンス。
相手コートまで私がボールを運ぶ。
持田さんがカットインでディフェンスを振り切り、内側へ切り込んだ。
すかさずパスを送る。
持田さんがそのままドリブルで切り込む。
インサイドのディフェンスが持田さんへ集中する。
十分にディフェンスを引き付けたところから、持田さんがバウンドパスを出した。
カットインした私はフリースローラインでそれをしっかりキャッチした。
「陽子ちゃん、シュートっ!」
スクリーンアウトでリバウンドの体勢に入ったハルちゃんが叫ぶ。
膝を柔らかく曲げ、真上に跳躍する。
足のバネの力を腕に伝え、手首のスナップをきかせてシュートを放つ。ボールは回転しながら放物線を描き、ボードの中央に命中してゴールに入った。
シュートが決まると同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。
「飯田さん、すごいわ!」
「陽子、ナイッシュー!」
「陽子ちゃん、やったー」
「か、勝ったんだよね? 私たち」
みんなが駆け寄ってくる。
私は勝利の実感が無いまま、ただ何度も頷いていた。
笑いながら抱き合うみんなが飛び跳ねている中心に、自分が立っていることを認識し、ようやくフツフツと喜びが湧き上がってきた。
「ハハハ。勝ったね。やったー! ハハハ」
三島南高校1年生との練習試合1ゲーム目。
33対31で光城学園の勝利!
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