第12話 練習試合をしよう!①

 5月に入ってからグッと気温が上がり、ここ数日は初夏の陽気が続いていた。

 昼練習を早めに切り上げた私たちは、講師室で渡辺先生の机を囲んでいた。

「だ・か・ら、説明したでしょ。今年度のインターハイ地区予選には出場できないって」

 渡辺先生が相変わらず、無駄にセクシーに足を組み替えながら言う。

「レイちゃん、ひどいよ! 私たち、全国大会行けないと廃部だよ! 部活帰りにみんなでコンビニ寄れなくなっちゃうんだよ!」

「陽子、コンビニはひとまずおいとけな。レイちゃん、マジでなんとかなんないの? この通り、超お願い!」

 ウメちゃんが渡辺先生に懇願する。

「私に頼まれても困るのよ。静岡県東部地区予選は先週の土曜日に終わっているの。ましてやチーム登録だってまだなんだから」

「あ、あのお……ウィンターカップの地区予選は出場できますよね?」

「ええ、もちろん。まずはウィンターカップ出場が目標ね」

 小さな声で質問したマユちゃんに、渡辺先生が頷いた。

「う、うい……ウインナーカップ?」

「プフッ。どんな大会だよ」

「おそらく、優勝校には『御殿場高原あらびきウインナー』1年分が贈られるのではないかしら?」

 吹き出すウメちゃんに持田さんがマジメな顔で答える。

 ウインナーそんなにいらないし。腐るし。

「私は、甘いものがいいなあ。ねえ、ねえ。シュークリーム1年分とかどう?」

 ハルちゃん、それもすぐ腐るから。

「はい、はい静かに。あんた達しゃべり出すとすぐ脱線するから。まず、これを見て」

 先生は言いながら、私たちに1枚のプリントを手渡した。

 ん? なになに……。

 ①全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(通称インターハイ)

 夏の全国大会

 出場校は、東京3校、北海道、大阪、神奈川、埼玉、千葉、静岡、愛知、兵庫、福岡各2校、それ以外の府県は各1校、開催地都道府県はもう1校増加され、合計男女59校が参加する

 トーナメント方式

 ②全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(通称ウィンターカップ)

 冬の全国大会

 出場校は東京2校、各道府県1校、インターハイ優勝校と準優勝校の合計男女50校が参加する

 ふむふむ。この2大会が高校バスケの全国大会というわけね。

「ここに書いてある2つの大会に出場することが目標よ。で、今年度のインターハイ出場は無理なので、②番のウィンターカップを目指します。分かった?」

 なるほど。ウインナーじゃなくてウィンター、冬の大会ってことね。

 みんな真剣な顔でプリントを見つめて、それぞれ頷いていた。

「先生、ウィンターカップの地区予選はいつ始まるんですか?」

「10月末くらいからよ。他に質問のある人は?」

 先生がハルちゃんに返答してからみんなを見渡す。

「じゃあさ、レイちゃん。ウィンターカップまで試合なしってこと? つまんなくね?」

「梅沢さん、あなた達は初心者なのよ。試合の前に、まずは体力つくりと基礎練習をみっちりこなしなさい。あと、レイちゃんは止めなさい。梅沢さんのせいでみんなが名前で呼ぶじゃない。まったく」

 腕を組んで注意する渡辺先生の声はそれほど怒ってはおらず、半ば呆れた感じに聞こえた。

「そうだ! 練習試合をしよう!」

 私の大きな声に、みんなビクッと体を震わせて驚いた。

 講師室にいた先生たちもびっくりした顔でこちらに視線を送っていた。

「ちょっと飯田さん、びっくりさせないでよね。練習試合だって、そんな簡単に組めるものじゃないのよ。まだ他校と交流があるわけでもなし、ましてやうちみたいな創部間もない超弱小チームと試合してくれる学校なんて無いんだから」

「わっ、レイちゃんひどーい。私たちのことクズ扱いしてっ」

「先生は、ク・ズなんて言ってません!」

 渡辺先生はクズの部分を強調して反論した。

「っていうかさー、発想がネガティブ過ぎ。そんなんだからレイちゃん彼氏できないんだよ」

「関係ないじゃない! ほっといてよね」

 先生は声を荒げてウメちゃんを睨んだ。

「ん? じゃあさ、私たちの練習試合を組むことに成功すれば、先生に彼氏ができるってこと?」

「飛鳥さん、あなたの跳躍力並みに話が飛躍したわ。でも、ウメ吉の恋愛理論の観点から言うと近いものがあるわね」

 首をかしげるハルちゃんに、持田さんがもっともらしい回答をする。

「あ、あの先生。まずは、ゲームでシュミレーションしてみてはどうですか? わ、私、ここ4年間に発売された乙女ゲーはコンプリートしていますので、力になれると思います!」

「真由子さん、丁重にお断りします」

 ガクッと肩の力を落としたマユちゃんが、よれよれと私にもたれかかる。

「とにかくっ! コウジョバスケ部とレイちゃんに未来のために、練習試合をしよう!」

「オーーー!」

 私の呼びかけに応じて部員一同、握った拳を高く振り上げた。

「まったく、あんた達は――」

「まあ、まあ。レイちゃん、怒りなさんな。ワシが何とかしよう」

 渡辺先生をなだめ、私たちのそばに来た塩屋先生がニッコリ笑った。

「塩屋先生、この子たちに試合なんてまだ早いです。今はしっかり基礎とトレーニングを――」

「まあ、そう言わずに。せっかくやる気になっておるんじゃから、これも経験の内じゃよ」

 さすがご老公、いいこと言う。

「三島の公立校でな、ワシの教え子が監督やっとるんじゃよ。そこに練習試合が組めないか聞いてみるとしよう」

「やったー!」

 私たちは塩屋先生に拍手を送り、お礼を言った。

「良かったな、レイちゃん。他力とはいえ練習試合も組めそうだし、これで彼氏持ちに1歩近づけたな」

「この際はっきり言っとくけどね、私、超モテルんだから! 産声を上げた日から今日まで、ずっとモテ期なんだから! 彼氏できないんじゃなくて、作らないだけなんだからっ!」

 渡辺先生は講師室中に響き渡る声で言うと、やはり無駄にセクシーに、肩にかかる髪を振り払った。

 講師室にいる先生たちからクスクスと笑い声が漏れる。

 渡辺先生がハッと吾に返ったときはすでに遅かった。

 たまたま講師室にやってきた教頭先生が一部始終を見届け、渡辺先生の後ろに鬼の形相で立ち尽くしていた。

「渡辺先生、放課後、教頭室まで来てください」

「へっ!?」

 間抜けな声を出して渡辺先生が振り向く。

 教頭先生は事務的かつ簡潔に伝えると、ハイヒールのコツコツという高い音を鳴らし、講師室から出て行った。

「レイちゃん、ご愁傷様です。南無」

 私たちは合掌して深く頭を下げた。

 塩屋先生は口ひげをさすりながら、苦笑いしていた。

「なんで、こうなんのよー。うー」

 頭が良くてスタイル抜群で、とてもキレイな渡辺先生は今日もやはり残念だった。


 放課後、部活に渡辺先生がやってきたのは、アップとフットワークメニューが終わった後だった。

 教頭先生に相当絞られた風に見える。シュンとした様子で下を向き、いつもの元気が無い。

「コーチが後からいらっしゃるなんて、めずらしいですね。今日は職員会議でしたっけ?」

「ええっと、ちょっとね」

 米山先輩の質問を先生は笑ってごまかす。

「違うよ、先輩。レイちゃん、教頭から呼び出しくらってたんだぜ。ハハハ」

「えっ、そうなんですか?」

「梅沢さん、余計なこと言わない。そもそも、あんた達のせいでしょ。まったく」

 いえ、先生の自業自得です。

「先生、練習試合の件はどうなりましたか?」

「塩屋先生の話だと、大丈夫みたいよ。今日、練習が終わってから詳細を教えてくださると思うわ」

 渡辺先生の答えを聞き、持田さんの顔が明るくなった。

 私たちは互いの顔を見合わせて笑顔で喜んだ。

「ゴールデンウィークの3日間は体育館で練習だからね。今日はたっぷり走って走って走りまくるわよ!」

 いや、走るのは私たちだし。

 先生、教頭に叱られたウップンをここで発散しないでね……。


 練習後、ストレッチをする私たちのもとに、塩屋先生が笑いながらやってきた。

「練習試合、決まったからのお。ゴールデンウィークの最終日じゃ」

「ホント!? やったー! 先生、ありがとー」

 すごく嬉しくて、塩屋先生の両手をギュッと握りしめた。

 ストレッチの後、ミーティングで塩谷先生から改めて練習試合の詳細が伝えられた。

 相手校は塩屋先生の教え子が監督を務める、県立三島南高校。通称サンナンである。

 インターハイ静岡県東部地区予選は3回戦敗退。東部地区37校中10位という成績をおさめている。

 3年生は全員引退したが、当日は合同練習も兼ねているため、後輩の指導のため参加するとのこと。

 午前9時から11時まで合同練習。11時から練習試合という流れだ。

「誰か、質問はあるかな?」

「ハイッ」

「では、飯田さん」

「ユニフォームはどうするんですか?」

「それは――」

「アタシ、青がいい」

 渡辺先生も言葉を遮り、ウメちゃんが手を上げて主張する。

「バスケットボール規則におけるユニフォーム規定では、淡色と濃色の2種類を用意するよう定められているわ。淡色は白色が望ましいそうよ」

「私、ピンクやだよ」

「な、何も言っていないじゃない。飯田さんこそ、バッシュのときみたいにダダこねないでもらいたいわ」

 いや、持田さん。明らかに顔が言っていました。

「だから、今回ユニフォームは――」

「はーいっ。ユニフォームの背番号は?」

 今度はハルちゃんが挙手しながら、先生の話の骨を折る。

「おっ、そう言えばそうだよな。背番号って好きなの選べんの? アタシ7番がいいんだけど」

「カヤちゃん、ユウスケと同じ番号だね」

「おっ、さすがマユ。分かってんじゃん。マユはコウタ推しだから当然6番っしょ?」

 ウメちゃんとマユちゃんがオタクトークに花を咲かせる。

 2人が異様な盛り上がりで熱を帯びていく中、再びハルちゃんが手を挙げた。

「えっとね、中学のころから気になっていたの。ユニフォームの番号は前にもついているのに、なぜ背番号って言うのかなあ?」

 ハルちゃん、そこっ!?

 でも、許す。

 不思議そうに首をかしげるハルちゃんカワイイから、超許す。

「もともとは、背中だけにつけていたのではないかしら? 一番初めに背番号を扱ったスポーツが、きっとそうしていたからだと思うわ」

 さすが持田さん、説得力ありますな。

「じゃあ最初、前に番号をつけていたら、名前が違っていたかも知れないってこと?」

「ってことは、胸番号とか? ハハハ。腹番号とか、超うけるし。ハハハッ」

 ウメちゃんにつられてマユちゃんも笑い出す。

 意外にこの2人、気が合うね。

 クラスも同じだし、オタクだし。

「みんな、話がずれてるよ。今はユニフォームの色を決めなくちゃ――」

「うるさーーーいっ!」

 私がみんなをまとめようとしたところで、渡辺先生が吼えた。

 一同シーンと静まり返る。

「ユニフォームは用意しません。今回はナンバリングで代用します!」

「えーーーッ!」

「つまんねー」

「ユニフォーム着たかったなあ……」

 一斉にブーイングが飛び交う。

「そんなことより、もっと重要なことがあるでしょ」

「あ、渡辺先生の生まれたときからモテ期発言の真偽についてとか?」

「いや、それぜってー嘘だし。むしろ氷河期じゃね?」

 ウメちゃんが笑いながら先生をからかう。

「失礼ね。子供のころの私のかわいさといったらそりゃあもう……って、ちがーう! そんな話じゃなくて、ポジション決めなくちゃいけないでしょ?」

「ポジション……」

「飯田さん、ボケとかツッコミとか、そういう立ち位置の話じゃないわよ」

 考える私に持田さんがマジメな顔で言う。

「わ、私はシューティングガードを希望します」

「んじゃアタシ、スモールフォワード」

 マユちゃんとウメちゃんが早い者勝ちと言わんばかりに手を挙げた。

「バスケのポジションて、どんなのかまだ分からないなあ」

「大丈夫だよ、ハルちゃん。キャプテンの私もちゃんとは理解していないから!」

「飯田さん、自信に満ち溢れた表情で語ることじゃないわよ」

 持田さんが呆れた顔を私に向け、ため息をついた。

「はいはい、静かに。まずはこれを読んでくれる」

 渡辺先生が1枚のプリントを配る。

 そこには、バスケのポジションについて解説が書かれていた。

 えっと、なになに……。

 1番、ポイントガード。ボール運び、パスをさばく役割。チームの司令塔。ドリブルとパスの能力、広い視野が必要。

 2番、シューティングガード。ポイントガードの補佐と長距離シュートを中心に得点を稼ぐ役割。ドリブルやパスの能力に加え、アウトサイドからのシュート力が必要。

 3番、スモールフォワード。得点をとることが役割。アウトサイドとインサイドの両方で得点できる力が必要。

 4番、パワーフォワード。主にインサイドで得点を稼ぐ役割。ゴール下でプレイする力、リバウンド能力が必要。

 5番、センター。ゴール下で得点を稼ぎ、リバウンドボールを奪う役割。パワーと高さが必要。

「……とまあ、バスケには5つのポジションがあるのだけど、実際は厳密に決まっているわけではないの。ポジション1番から5番の選手を全て出さなくてはならないというルールも無いわ。チームのバランスを考えると、選手5人がそれぞれのポジションの能力を備えているのが理想的ね」

「私たちのポジションも、適性を判断して決めるということですか?」

 ハルちゃんが質問する。

「それはまだ先の話ね。今は練習試合に向けて、ポジションを3つに分けます。ガードとフォワードとセンターね。みんな、それぞれ希望はあるかもしれないけれど、今回は先生の判断で決めました。まずはガード、飯田さんと持田さん」

「はい!」

 私と持田さんは息ぴったりに元気良く返事した。

「チームでドリブルが上手い2人にお願いします。次、フォワード。梅沢さんと真由子さん。梅沢さんは中、真由子さんは外からの得点を期待しています」

「は、はいっ」

「うーい」

 マユちゃんは緊張気味に、ウメちゃんは少し照れくさそうにそれぞれ返事をした。

「センターは、飛鳥さんにお願いします。身長もジャンプ力もチームトップなので。オフェンスもディフェンスもゴール下を頼みます」

「はい!」

 ハルちゃんが笑顔で声を弾ませた。

「明日からポジション練習も取り入れていくからね。ビシビシいくわよ。練習試合までにしっかり叩き込むのよ」

 先生が不適な笑みを浮かべた。

 こ、怖い……。

 ミーティング終了後、更衣室で着替えをしながら私たちはビッグストップの新作ドーナツの話で盛り上がっていた。

「なんか種類がいっぱい増えるらしいよ。楽しみだねえ」

「ハルは甘いのホント好きな。じゃあ、今週はビッグストップのドーナツ全種類コンプリートしようぜ」

「賛成!」

 ウメちゃんの意見にマユちゃんとハルちゃんが快く同意した。

「まったく、あなた達はお子様ね。土曜もデザートを食べたじゃない。スイーツの次はお惣菜と相場は決まっているのよ。ねえ、飯田さん」

「……」

「おーい、陽子」

「陽子ちゃん?」

「おわっ!」

 マユちゃんに肩をポンポンと叩かれて初めて気がついた。

 ちょっと考え事に夢中になっていたから……。

「おわっ! じゃねーよ。こっちが驚くし。どした? 疲れてんの?」

「ううん。ちょっと考え事。テヘへ。私、講師室に寄っていくから、先に行ってて」

 私はカバンを肩にかけ、ネクタイを締めずにブレザーは手に持ったまま更衣室を飛び出した。

「陽子ちゃん、ビッグストップで待ってるからねー」

 後ろからハルちゃんの大きな声が聞こえた。

「ラジャー!」

 振り返らずに大声で返事をして、私は走って講師室に向かった。

「失礼しまーす」

 放課後、講師室に残っている先生は少なかった。

 講師室の一番奥、窓際の席に向かう。

「なんで部活来ないんですか? 監督」

「監督言うな。あと、ちゃんとネクタイつけろ」

 荒井先生は授業の進行予定を立てているのだろうか、私には目もくれずにパソコンと資料を交互に見ながら答えた。

 スカートのポケットに突っ込んだネクタイを取り出して急いで締める。

「部員、ちゃんと5人揃ったよ。そしたら監督やるって言ったじゃん」

「オレはメンツが揃ったら前向きに検討すると言ったんだ。前向きに検討した結果、丁重にお断りする」

「嘘つきっ!」

「バカ。声がでけーんだよ。とにかくオレは嘘をついてない。監督もしない。そもそも何でそんなにオレにこだわる? 渡辺がいれば十分だろ?」

 実に迷惑そうな顔で荒井先生が尋ねた。

「もう、いいよ! 先生のバカ。アホ。国語教師!」

「おい飯田。最後の悪口じゃないぞ」

 荒井先生にベーっと舌を出してから、走って講師室をあとにする。

 もう、いいよ! なんて啖呵を切ったけれど、全然よくないよ。

 そりゃあ、こだわるよ。

 私がバスケを始めたきっかけは、インカレ決勝戦で見た駿河大8番、荒井心選手のプレイに魅了されたからなんだ。

 それなのに……。

 私には、先生がバスケを拒絶する理由が分からないよ。


 学校と駿河駅の中間に位置するコンビニ、ビッグストップの駐輪スペースに自転車を停めてお店に入る。

「あ、陽子ちゃん来た」

「お待たせー」

 レジの前に並ぶハルちゃんが一番に気がついて手を振った。

「私たち、先にもう選んだわ。飯田さんもどれにするか決めて」

「ブン吉の奴、惣菜どうこう言ってたくせに、結局ドーナツにしたんだぜ」

「ウメ吉が『みんなでドーナツにしよう』と言ったから仕方なくよ。まったく」

「まあまあ。カヤちゃんが『みんなで別の種類を選べば味見が出来る』って言ったの。いいアイデアだよね」

 マユちゃんが2人の間に入り、楽しそうに説明した。

 なるほどね。

 そういうことなら、みんなとかぶらないように選ばなくちゃ。

 私はみんながどれを選んだのか聞いてから、それ以外のドーナツを注文した。

 ビッグストップの店内にはテーブルと椅子が設置されている。

 私たちは、カウンター席に5人一列で腰掛けた。

「それで、荒井先生は何と言っていたかしら?」

「えっ!?」

 持田さん、エスパーなの? 千里眼なの?

「陽子ちゃんが更衣室出て行ってから、みんなと話してたの」

「分かんないとでも思ったのか? マユが心配してたぞ。自分のせいじゃないかって」

 ハルちゃんとウメちゃんが、ちぎったドーナツを私に差し出しながら言う。

「あ、ありがと」

 私はドーナツを2人に分けてから、マユちゃんを見つめた。

「えっと、荒井先生は従兄妹だし、私が入部するのは反対していたから、陽子ちゃんに気を使わせちゃったかなって……」

 心配そうな顔をするマユちゃんに私は微笑んだ。

「ううん。違うよ。たしかに、そのこともちょっと気になってはいたけど。私がバスケ部創るって決めたとき、塩屋先生が『荒井先生を監督に』って言ってくれたんだ。みんなにも話したけど、私がバスケを始めた理由は、小学生のとき荒井先生のプレイを見たからなんだ。だから、どうしても先生に監督やってもらいたくて……」

「飯田さんらしくないわね。暗いわよ。ウメ吉みたいになってしまうわよ」

「そうそう。あんまり暗いと肌まで黒く……なるかっ! 生まれつきだっつーの!」

 思わず吹き出してしまった。

 マユちゃんとハルちゃんも声を上げて笑っている。

「今日はノリつっこみの切れ味抜群よ、ウメ吉」

「んなもん、褒められても嬉しくねーっつうの。なあ、陽子。今度さ、アタシらも一緒に行くわ。そんでシンちゃんに監督お願いしようぜ。アタシらチームだろ? 協力しようぜ」

 ウメちゃんの笑顔に私はホッとした。

 そして、とても嬉しかった。

「キャプテンだからといって、1人で背負い込む必要はないわ。何でも分け合えばいいと思うの。喜びも悲しみも、楽しみも悩みも。もちろん、おいしいものもね」

 持田さんがちぎったドーナツを私に手渡した。

「うん! そうだね」

 私が頷くと、みんなの表情が明るくなった。

 笑顔でドーナツを口に運ぶ。

 みんなで分け合うドーナツは、格別のおいしさだった。

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