第11話 シューティングガードは乙女ゲーキャラに憧れるんだよ!③

 光城学園の近辺にあるコンビニといえば、駿河駅前のサークルJ、そして駅と学校の中間地点に位置するビッグストップの2つである。

 サークルJはコロッケやメンチカツ、それにチキンなどのスナックフードが人気だ。対してビッグストップはデザート系、スイーツの評判がいい。

 私たちコウジョバスケ部は、どちらかのコンビニに寄って小腹を満たして帰るのがほぼ毎日の習慣となっていた。

「で、陽子はぶっちゃけどう思う?」

 特大エクレアにかぶりつきながら、ウメちゃんが尋ねる。

「そのサイズは、絶対食べ応えあるでしょ。ボリュームの割に値段は安いし、ありなんじゃない?」

「違うし。エクレアのことじゃなくてさ」

「ん?」

「カヤさんが聞きたいのは、マユちゃんのことだよね~。ん~幸せ~」

 生クリーム大福を口に入れ、両手で頬を押さえながらハルちゃんは歓喜の声を上げる。

 リアクションが、いちいちかわいいなハルちゃんは。

 狙ってやっていないところがポイント高いよ。

「ああ、マユちゃんのこと。いい子なんじゃない? 私たちが荒井先生を誤解したせいでグダグダになっちゃったけど、すぐ慣れると思うよー。今日だって最後のほう、マユちゃんもけっこう話してたし」

「あー、そういうんじゃなくってさ……」

 いつものウメちゃんと違い、奥歯にものが挟まったような言い方をする。

「バスケ部員としてやっていけるかどうか、毎日の練習についてこられるかどうか、ということが気になるのでしょう?」

 サクサクコロッケにかじりつくのを中断して、持田さんはウメちゃんの気持ちを代弁した。

「まあ、そこまでは言わないけどさ。陽子は中学んとき陸上やってたろ? 運動部の経験者から見てどうなのかなーみたいな?」

「確かにマユちゃん、今日はかなりキツそうだったよね。本格的にスポーツやるの、初めてだって言ってたし。でもさ、誰でも最初は初心者で、初めから上手くできる人なんていないし、体力だってこれからつけていけばいいなだよ。あとは、本人のやる気次第と、プラスα仲間の支えがあれば続けられるんじゃないかなあ」

「陽子ちゃん、さすがキャプテンだね! たまにはいいこと言う」

 ハルちゃん、かわいいけど一言多い。

「そうね。コーチやマネージャーもその辺は配慮してくれると思うわ。真由子さんがつらそうな時は、私たちも積極的に声をかけてあげましょう。練習がつらくても、チームの雰囲気が明るければ、乗り越えられるものだから」

「オッケー! んじゃ、マユがバスケ楽しめるように、明日から盛り上げてこーぜ!」

 ウメちゃんの呼びかけに一同笑顔で頷いた。

 

 基本的に練習には一切顔を出さない荒井先生が、昨日に続いて部活にやってきたことに私たちは驚いていた。だからといって、何か指示を出すわけでもなく、アドバイスするわけでもない。いつもと変わらぬ覇気のまったく感じられない瞳でボーっと練習を眺め、ボサボサの頭をボリボリ掻きながら時々「クアーッ」とあくびをする始末。

 その様子を横目でチラ見しながら、私たちはアップのランニングをこなす。

「いたらいたで、何か気になんだよな」

「意外ね、ウメ吉。ああいう男性が好みだなんて」

「そういう意味じゃねーし。あれでも一応、現役のときはスゲー選手だったんだろ? 黙ってただ見られてるって、超気にならね?」

 ウメちゃんの言うとおり、みんなも同じことを思っているはず。

 私も自分が荒井先生の目にどう映っているのか、正直知りたい。そして、直接指導してくれたら一番嬉しいなのだけれど、荒井先生を見る限りそれは全く期待できないのが現状である。

「飯田さん」

 持田さんに声をかけられて振り向く。

 マユちゃんが少し遅れて、私たちとの距離が開きつつあった。

 私は小さく頷き、ペースを少し落としてランニングを続けた。後ろでマユちゃんの苦しそうな息遣いが聞こえてきた。どうやら追いついたみたい。今のペースを維持したまま、ラスト1周を走る。

「ハア、ハア、ハア……」

 ランニングを終えたマユちゃんは息を切らし、その場にしゃがみこんだ。

「真由子さん、大丈夫ですか? 少し休みますか?」

 米山先輩がそっとタオルを手渡し、背中を優しくさすりながら尋ねる。

「い、いえ。きょ、今日はやります」

 苦しそうに答えながら、マユちゃんは先輩の手を借りてゆっくり立ち上がった。

 昨日のマユちゃんはランニング後すっかりバテテしまい、フットワークメニューのとき見学をしていた。その後も走り込みや筋トレ中心の練習メニューについてくることができず、大半の時間を見学に費やしたのである。

 それでも、なるべく練習に参加しようとする姿勢は十分頑張ったと言えると思う。

「おおっ! マユ、めっちゃやる気じゃん」

「昨日は、休んでばかりだったから……」

「まだ2日目なのだから、無理しなくていいのよ。ウメ吉なんて、1日目でリタイアしたのだから。ププッ」

 口元を手で押さえながら持田さんがわざとらしく笑う。

「ちっげーよ。リタイアしてねーし」

「そうかしら? 私に1on1で負けて『バスケなんか楽しくねーよ!』と泣きながら叫んで飛び出していったじゃない」

「えっ? そんなことがあったの?」

 ぐったりしていたマユちゃんが、息を吹き返したように興味津々といった瞳で2人を交互に見る。

 ウメちゃんの顔が見る見るうちにカーッと真っ赤に染まった。

「その後も大変だったのだから。この子、学校休んで何をしていたと思う?」

「それ以上しゃべったら、ぶっ殺す!」

 つかみ掛かるウメちゃんをひらりとかわし、持田さんが走って逃げる。

「残念だったわね、ウメ吉。ボールを持っていないときは私の方が速いのよ」

「話、盛ってんじゃねーよ。全然アタシの方がはえーし。ブン吉の10倍はえーし」

「あら、そう言うわりには追いつかないのね。0.1倍の間違いじゃないかしら?」

「マジ、ぶっ殺す」

 2人の鬼ごっこを見て、マユちゃんは大きな声で笑い出した。

「持田さんとカヤさんは仲いいよねえ。2人を見ていると心がほっこりするよねえ」

 ハルちゃん、どの角度から見たらそんな風に見えるのですか!?

「こらーっ。そこ、遊ばない。元気が有り余っているようだから、あとでたっぷり走らせてあげるわ。まずはフットワークメニューから」

 渡辺先生に注意されて2人はおとなしく指示に従い、皆でエンドラインに一列に並んだ。

「真由子さんも、昨日見ていたから何となく分かるわよね? 周りを見ながらでいいから、真似してやってみてくれる」

「は、はい」

 緊張した様子で答えると、マユちゃんは私たちと一緒にスキップを始める。

 スキップは、肩のストレッチとウォーミングアップを兼ねた跳躍力効果やリズム感向上を目的にしたメニューだ。

 ハーフラインまで来たら体の向きを変え、後ろ向きでスキップをしてエンドラインまで進む。

「あ、あれ? えっと……」

 マユちゃんが、後ろ向きスキップを上手くできずに戸惑う。

「真由子さん、慌てないでゆっくり。進もうとしないで、真上に高く跳ぶようにするといいわ」

 すかさず持田さんがアドバイスする。

「あ、はい」

 ぎこちない動作ではあるものの、マユちゃんは何とか後ろ向きスキップをこなすことができた。

 エンドラインから今度は両足ジャンプをスタートする。

 両手を頭の後ろで組んで、両足同時に連続ジャンプをしながら進む。ハーフラインまで進んだらエンドラインまでランニングをする。

 スキップと同じく、跳躍力強化を目的としたメニューである。

「手を頭から離さないように。正確に真上に跳ぶこと。しっかり両足同時にジャンプしなさい」

 渡辺先生の声がアリーナに響く。

「う~、足が、太ももが痛いよ」

「だよねえ。私も慣れるまできつかったよ。足、パンパンになるもんね」

 太ももを痛そうにさするマユちゃんを励ます。

「ぴょん、ぴょん。マユちゃん、ファイトだぴょん」

 両手を頭の上で伸ばし、ウサ耳ポーズで飛び跳ねるハルちゃんも声をかける。

 いや、ハルちゃんかわいいんだけどさ。たしかに手は頭から離れてないけどさ……。

「ハルって体力あるよな」

「ちなみに私は知力もあるわ」

「聞いてねーし。しかも体力、アタシよかねーだろ」

 持田さんにつっこむウメちゃんを見て、マユちゃんが笑顔を浮かべる。

「次、もも上げジャンプだよ! マユちゃん頑張ろう」

「はいっ」

 連続もも上げジャンプ、跳躍しながら360度回る回転ジャンプといった跳躍系のメニューをこなし、続いてダッシュ系のメニューをこなす。

 皆に遅れながらもマユちゃんは一生懸命に走り、リタイアせずにフットワークメニューを全てこなした。

 米山先輩が走ってきて、マユちゃんにタオルとスポドリを差し出す。

「ハア、ハア、ハア……あ、ありがとうございます」

 立っているのがやっとといった感じのマユちゃんは、かすれた声でお礼を言った。

「1回休憩入れましょう。いいですよね、コーチ」

「そうね。はい、じゃあ5分休憩。水分補給していいわよ」

 マユちゃんは先輩に支えられて歩き、コートから出ると力尽きたかのようにしゃがみ込んだ。

「いつもフットワークのあと、休憩入れてるのか?」

 横目でマユちゃんを見ながら誰にというわけでもなく荒井先生が尋ねる。

「……」

 荒井先生と視線を合わせないようにして、渡辺先生はバスケットボールの入ったかごを倉庫に取りに行く。

「いつも、あのペースでランニングやってるのか?」

 今度は私たちの方を見て質問する。

「ええっと……何事も臨機応変といいますか、いかなる事態にも柔軟に対処する判断力が必要といいますか……」

 とりあえず、説得力のありそうな言葉を並べてみた。

「真由子に合わせて練習しても意味無いだろ」

 荒井先生の言葉にマユちゃんがピクッと反応した。座ったまま、小さな体をさらに縮めてうなだれる。

「んだよ、その言い方! 超感じワル。むしろ最悪だし」

 ウメちゃんが荒井先生に詰めよって睨みつける。

「言い方なんてどうでもいいだろ。オレは事実を述べたまでだ。少なからずオレは、お前らよりマユのことは理解している。体力面だけを見て言っているわけじゃない」

「まるで人の心まで見えるかのような物言いですね。監督の仕事が入部希望者の適性検査だとは知りませんでした」

 冷たい視線を向けて持田さんが皮肉を述べる。

 荒井先生はため息をつくと、何も言わずに出口に向かって歩き出した。

「こいつらは素人だし、しょっちゅうくだらねーことでバカ騒ぎして喜んでる。でもな、バスケはマジでやってる。そういう奴らの邪魔だけはするな」

 振り返らず静かに話した荒井先生は、そのままアリーナから立ち去った。

「チッ、なんだよアレ。たまに来てケチつけんなっつーの」

「荒井先生、まだ機嫌悪いのかなあ? 私たちが濡れ衣きせたから……」

 ウメちゃんが舌打ちをして出口の方を睨んだ。

 ハルちゃんは少し悲しそうな、すまなそうな表情で私を見つめた。

「多分だけど、荒井先生は身内に厳しいタイプなんじゃない? 褒めて伸ばすんじゃなくて、叱って伸ばす的な。ね」

「……」

「ね、持田さん」

「えっ……あっ、そうね。そうかもしれないわね」

 いつもと違い、短い沈黙のあと持田さんは歯切れの悪い答え方をした。

 何か気になることでもあるのかな?

 めずらしく言葉に詰まった持田さんは、何か思案しているかのような目をしていた。


 マユちゃんはドリブルとパスの基礎練習にも参加し、その後ランニングシュートを米山先輩の指導のもと練習した。

 私たちは体育館でのいつもの練習メニューであるツーメンとスリーメン、ディフェンスの基礎練習をこなし、シューティング練習を開始する。

「あの、米山先輩……」

「ん、何ですか?」

 ランニングシュートの練習を終えたマユちゃんが、モジモジしながら先輩に話しかける。

「3ポイントシュートの練習もしますか?」

「まだ3ポイントは練習していませんが、今後ポジションが決まっていけば練習メニューに追加されると思います。練習メニューは渡辺コーチが考えていますから」

「そうなんですかあ……」

 小さな声で答え、残念そうな様子のマユちゃんに、シューティングを中断したウメちゃんが駆け寄った。

「え、なになに? マユは3ポイント打ちたいわけ?」

「あ、いや、そういうわけじゃ。まだ初心者だし……」

「いいと思うわ。そういうの。具体的な目標は上達につながるもの。真由子さんが希望のポジションはシューティングガードね」

 持田さんも手を止めて会話に加わる。

「すごーい! マユちゃんはもうポジションのことも考えてるんだー。私はまだよく分かってなくて。あ、ルールもまだ分からないんだ」

 ハルちゃん、一応あなたが部員第一号なのだから頑張ろうね。持田さんとウメちゃんはもう覚えたよ。ウメちゃんの覚えのよさは意外だったけどね。

「マユちゃんは何でシューティングガードやりたいの? っていうか、よくポジションとか知ってたね」

 私の質問に、頬を赤らめながらマユちゃんが口を開いた。

「コウタ君がね、3ポイントシューターなの。いつもは無口でちょっとぶっきらぼうで、でも本当はすごく優しくて照れ屋さんなの。練習のときも寡黙にひたすらメニューをこなして、声を出してチームを引っ張るエースのユージ君とは対照的なんだけど、心には熱い思いを秘めていて試合では強気なプレイでみんなをリードしてくれるの。私、そんなコウタ君のことが……キャッ、何言ってるんだろ私」

 そうだった……。

 すっかり忘れてたけどこの子、ミーちゃんと張れるレベルのオタクだった。

 アニメの影響でバスケ始めたんだよね。

 って言うか、ユージ君とか新キャラ登場しちゃったし。

 ハルちゃんがニコニコしながら首をかしげる。

「ええっと、真由子さん。それはどこの学校のバスケ部の――」

「マユはコウタ推しかー。アタシはポイントガードのユウスケ推しだから。初めはさ、キャプテンのヒカルかなーて思ってたんだけど、試合中にケガしたユウスケが監督の反対押し切ってプレイしたろ? あのシーンで、普段はクールなのにこいつ超アツイじゃんみたいな」

 持田さんの質問を遮り、ウメちゃんは違和感なく、さも当たり前のような顔をして会話に参加する。

 えっ!? ウメちゃん、何でマユちゃんの話が分かるの?

「シーン? ウメ吉は知っているの? ドラマや映画のお話かしら?」

「フミカちゃん、乙女ゲーだよ! 『バスケのプリンス』は『オトメイツ』から4年前に発売された人気シリーズなんだ。おととし、アニメ第1期が放送されて、今年第2期が放送予定なんだよ」

 マユちゃんがすごく嬉しそうに答える。

「劇場版も製作決定してるんだよな。超楽しみじゃね?」

 いつの間にかウメちゃんまでハイテンションになっていた。

 持田さんが目を細め、ジトーっとウメちゃんの顔を見つめる。

 ハッと我に返ったウメちゃんが、胸の前で片手をブンブン横に振った。

「ちげーし! ありえないし! お、弟がアニメ見てアタシにも薦めてきたっていうか、そもそも『バスケのプリンス』とか超有名だし。コンビニとのコラボ商品のCMとかフツーにやってるし。アタシらが飲んでるスポドリのCMも見たことあんだろ?」

 あ、そう言えばアニメのCMやってたな。

 けっこうメジャーなんだね。

「私、何も言っていないのだけれど」

「目が言ってんだよ! ブン吉の視線は言動より冷たいからな。この冷血女」

「夏は私のお陰で涼しく練習できそうね。ウメ吉、感謝なさい」

 持田さんが両手を腰に当てて見下すようなポーズをとり、それを見たいたマユちゃんが笑い出す。

「なるほどー。その場を涼しくするのは陽子ちゃんも得意だよね」

 ハルちゃん、私そんなスキルも魔法も持ってないから……。

「飯田さんの言動は、涼しいのを通り過ぎて寒いわ。むしろ凍るわ」

「ブン吉の視線といい勝負じゃね? ブン吉も話しかけてきたクラスメイト、よく凍りつかせてんじゃん」

「し、失礼ね。盗み見なんてデリカシーに欠けるわ。それを言うなら、飯田さんは一言でクラス中をフリーズさせているわよ」

 持田さん、デリカシーはどこいった。

「はいはい、この話は終わりっ。ウメちゃんは隠れオタクでした。持田さんの趣味は覗きでした。ハルちゃんはかわいいです!」

「ちげーよ。陽子、勝手にまとめんなっつーの。しかもハルだけ褒められてるし」

 ハルちゃんがイエイと両手でピースサインをする。

 私は断然ハルちゃん推しです!

「まとめると、飯田さんはスベリ芸の探求者、ウメ吉はギャルを隠れみのにしたオタク、飛鳥さんはかわいい顔した悪魔ということね。ふう。私しかまともな人間がいないじゃない」

 持田さんが目頭を押さえながら首を横に振る。

 マユちゃんが大きな声で笑い出した。

「ほら、いつまでも話してない。オフェンス練習いくわよ!」

 渡辺先生の呼びかけに応じて、私たちは練習を再開した。

 今日の先生は脱線し過ぎた雑談も大目にみてくれている。

 私たちがマユちゃんを気遣っていること、ちゃんと理解してくれているみたい。

 そんなさりげない優しさが嬉しくて、私はニコニコしながら先生を見つめた。

「な、なによ?」

「へへへ。いやいや」

「さっさと1対1始めなさいっ」

 渡辺先生は照れ隠しのためか、大きな声を出してプイッと顔をそむけた。

 先生、ありがとう。

 心の中でお礼を言い、最初の1対1の相手である持田さんと向き合った。


 今日も渡辺先生と米山先輩に参加してもらい、3対3をみっちりやって練習メニューを終了した。

 最後にマユちゃんも一緒に輪になってストレッチを行う。

 マユちゃんはツーメン、スリーメンの練習メニューから見学をしていたけれど、今日は本当によく頑張っていた。

 フットワークメニューもリタイアしないでやり切ったし、ランニングシュート練習もひたすら繰り返し取り組んでいた。

 見かけによらず、けっこう頑張り屋さんなんだね。

「今日はよくリタイアしなかったよな。マユ、意外と根性あんじゃん」

 ウメちゃんが背中をバシッと叩く。

「あうっ。あ、ありがとう。でも、みんなすごいね。体力もあるし、上手だし……」

「まあ、一応スポーツ経験者ってことはあるかもだけど、初めから体力もあってテクニックもある人なんていないからさ。これから練習して体力つけて、みんなで一緒に上手くなろうよ!」

「おっ、キャプテンいいこと言うじゃーん。でも、そのドヤ顔やめい。うざい」

 ハルちゃんと持田さんが失笑する。

 マユちゃんの表情はまだ少し暗いままだ。

「でもさ、才能とかはどうにもならないよね? 私、そういうの無いし……。ハルカちゃんの才能はすごいよね。あんなに跳べるんだもん。びっくりしちゃった!」

「……才能?」

 沈黙のあとにポツリと呟いた声は、いつものフワッとしたハルちゃんと違いトゲのあるものだった。

 一瞬微妙な空気が流れるのを皆感じていた。

「ハハハ、確かにねー、すごいよねー。私も初めて見たときはびっくりしたよー。今でもびっくりするけどねー。ハハハ」

 何だかすごく嫌な予感がして、その場を必死に取り繕う自分がいた。

「いや、でもさー、スポーツ経験無いのによくバスケやろーって思ったよな。実際体験入部来るとか、マジでブレイブハートだわ」

 ウメちゃんも気がついているみたい。

 普段よりもいっそう声を張り、大げさなアクションをとる。

 持田さんは無言のままストレッチに専念している。

「そ、そんなことないよ。私からしたら、よっぽどみんなの方がすごいなーって思うよ。だって、2年生までしかバスケ部続けられないのに、すごく一生懸命だし。体験入部して感動しちゃった。私はやっぱり才能とか無いから、みんなみたいになれないかもだけど、頑張って2年生まで続けられたら、みんなとの思い出になって素敵だなーって思ったんだ」

 マユちゃんが話し終えたとき、私の嫌な予感が現実となった。

「思い出ってなに!? そんなあやふやなモノが欲しくて、私たちはここにいるんじゃない! 才能ってなに!? そんなモノ、私は1つも持ってないよ!」

 ハルちゃんの怒鳴り声がアリーナに響き渡った。

 両手の拳をギュッと握り締め、収まりきらない怒りをグッとこらえるかのように体を震わせている。

 立ち上がったハルちゃんはマユちゃんの前に歩いていき、見下ろす形で彼女をにらみつけた。

「あ、あの私……えっと」

 マユちゃんはすっかり怯えて言葉が出てこない。

「ど、どーしたよハル。そういうキャラじゃねーだろ? マジになんなって」

 ハルちゃんの気迫に押されてウメちゃんもうろたえる。

「ハルちゃん、落ち着こ。もう戻って」

「陽子ちゃん、ゴメン」

 目を合わせずに謝ると、ハルちゃんはそのまま出口に向かって歩き出した。

「飛鳥さん、まだストレッチの途中よ。それに終わりのミーティングも残っているわ」

「持田さんも、ゴメン。今日は先に上がるから。コーチ、先輩、お先に失礼します」

 渡辺先生と米山先輩に頭を下げ、ハルちゃんは走ってアリーナをあとにした。

 そのあとを米山先輩がすぐさま追いかけていった。

 気まずい空気が重たくのしかかる。

「あー、まあ、あれじゃね? ハルはバレー辞めて来てるからさ、本気っつーかさ。マユの言い方がちょっと気に障ったみたいな? まあ、明日にはいつものゆるフワに戻ってるっしょ」

 ウメちゃんが精一杯フォローする。

「あの……私」

「思い出は目的でなく、将来、過去を振り返ったときに心に強く残っているものよ。飛鳥さんは、全国大会を目的に練習しているわ。もちろん私たち全員がそうよ。バスケはまだ始めたばかりだけれど、とても好きの。創部2年以内に全国大会なんてバカみたいな話だし、誰もが無理だと言うけれど、私たちはバスケを3年間続けたくて練習しているのよ」

 持田さんは静かな声で、しかしハッキリした口調で語った。

「……何も分からないのに私、ゴメンなさい」

「バスケ始める理由はさ、人それぞれだし、そういうのは自由だと思うんだ。みんながチームになって、目標に向かって一緒に頑張れたら結果オーライみたいな。だからさ、マユちゃんも一緒に3年生までバスケ部続けられるように、私たちと頑張ろ!」

「う、うん。明日、ハルカちゃんに謝るね。これからよろしくお願いします」

 瞳に溜まった涙を拭い、マユちゃんは頭を下げた。

 ストレッチを終えたマユちゃんは、戻ってきた米山先輩から入部届けを受け取り帰っていった。

 

 駿河市民体育館で練習した日は、駅前のコンビニで小腹を満たしてから家路につく。

 私の帰り道とは逆方向なのだけれど、みんなで一緒に食べると美味しいし、何より楽しくて、毎回駅前のコンビニまで逆走しているわけで、それはハルちゃんも同様である。

 ハルちゃんが入部してから、帰り道はいつも一緒だった。

 でも、今日はハルちゃんがいない……。

「おーい、おーい陽子。戻ってこーい」

「ふわっ!」

 気が付くと顔の前でウメちゃんが手を振っていた。

「飛鳥さんのことを考えていたの?」

「へへへ。気になっちゃって……」

「飯田さんが責任を感じる必要はないと思うわ。ちょっと冷たい言い方になるけれど、これは当人同士の問題だから」

「ブン吉は、2人ともほっとけっつーのかよ? 関係修復しなかったら、超めんどいことになんぞ。せっかくメンツが揃ったっつーのに」

 ウメちゃんの問いかけに対して、持田さんは少し間をおいてから答える。

「……飛鳥さんは、私たちの知っている飛鳥さんなのかしら?」

「はあ!? なんだそりゃ? 意味わかんねーし。ハルはハルじゃねーか。偽者とかいねーし。SFじゃあるまいし」

「えっと、私たちが思ってるハルちゃんは、実際とは違うってこと? 実はキレやすいとか?」

 持田さんが小さく頷く。

「そんなもん、誰でもそうだろ。知り合って間もないんだから、知らないことの方が多いに決まってんじゃん。見た目で判断しすぎなんだよ」

 確かにウメちゃんの言う通りだと思う。

 ハルちゃんはいつも笑っていてかわいくて、時々毒舌だけど、とても優しくて天然で……。

 私の話をいつも楽しそうに聞いてくれる。いつもニコニコしながら私たちの様子を見つめている。

 もしかしたら、ハルちゃんはどこかで嫌な思いをしていたのかも知れない。我慢していたのかも知れない。

 マユちゃんのことも、本当は快く思っていなかったのかもしれない。

「ええっと……そうではないの。的確な言葉が見つからなくて伝えづらいのだけれど、私たちに接してきた飛鳥さんに偽りは無いと思うわ」

「んじゃあ、アタシらの知らないハル、つまり過去のハルに何か今回のことと繋がりがあるってことか?」

 持田さんが静かに頷く。

「あのさ、ハルちゃんが怒る前、マユちゃんが何て言ったか覚えてる?」

「あれだろ。『2年までしか部活できない』とか『思い出にしたい』とかじゃね?」

「ううん。それよりちょっと前。はっきりとじゃ無いんだけど、ハルちゃんが怒った感じの声を出して……」

 あー、思い出せない。

 あと少しで出掛かっているのに。

「才能……かしら?」

 持田さんが自信の無さそうな声でつぶやく。

「そう! それー!」

「あっ、『ハルカちゃんの才能はすごい』てマユ言ってたよな。でも、それって褒めてんじゃん。怒ることなくね?」

 しかし、確かにハルちゃんの声は怒っていた。小さな声でボソリと聞き返した言葉には刺々しさが感じられた。

「明日、ハルちゃんに直接聞いてみようよ。マユちゃんに褒められてなんで怒ったのか」

「はあ……そう言うと思ったわ。でも、飛鳥さんが話したくないようなら、無理に聞くことはやめましょう。最初に言ったけれど、私はあくまで2人の関係は当人同士で何とかすべきことだと思っているから」

 ため息をついた持田さんは、私の目を見てはっきりと言った。

「まあ確かに、マユがちゃんと謝ってハルに許してもらって、仲直りするのがベストだもんな。ハルは陽子と違って根に持つタイプじゃないから心配ないっしょ」

「ムッ、失敬な。私ほど寛容な心を有するキャプテンはいないぞ! 今の発言、卒業するまで忘れないから!」

「言ったそばから、根に持っているわね……」

「だな。ハハハッ」

 私の気がかりを吹き飛ばすかのように、ウメちゃんが豪快な笑い声を上げる。

 ウメちゃんが言ったみたいに、上手く仲直りできればいいのだけれど……。

 ――才能?

 あの時のハルちゃんの言葉の意味を考えれば考えるほど、私は彼女のことを全然理解していなかったのかも知れないという、寂しい気持ちが押し寄せてきた。

 明日どんな顔でハルちゃんに尋ねよう……

「おっ、夕焼け超キレイ」

 茜色に染まる西の空をウメちゃんが指差した。

「そうね。まるで私の心が、空に映し出されているような光景ね」

「ブン吉のは、雪な。むしろ猛吹雪な」

「プフッ、ハハハ。ウメちゃんうまい」

 いつもの2人の他愛ない会話を聞いていたら、少し気が楽になった。

 よし、ハルちゃんに勇気を持って尋ねてみよう。

 持田さんとウメちゃんに手を振って別れ、自転車のペダルを力いっぱい踏み込んだ。


 入部してからハルちゃんが初めて部活を休んだ。と言うよりも、学校を欠席した。

 朝練のときに姿が見えず、持田さんとウメちゃんもすごく心配していた。あとでスマホに『風邪引いちゃった(泣)学校休みます』とメッセージが入り、3人とも胸をなでおろした。

 ウメちゃんの話によると、マユちゃんは変わらぬ様子で登校したものの、ハルちゃんがお休みしたことを伝えると、少し複雑な表情をしていたそうだ。

 昨日あんなことがあった後だから、ハルちゃんが風邪で欠席といってもなかなか受け入れられず、自分が原因だと思い込んだのかもしれない。

 今日もマユちゃんは放課後の部活に参加し、グラウンドや学校の周りで走りこみをこなし、中庭で筋トレに励んだ。

 体験入部3日目、まだまだスポーツ経験者である私たちに追いつくことは難しいけれど、ゆっくりではあるもののリタイアせずに最後までやりきる姿は賞賛に値する。

 持田さんもウメちゃんも多くは語らないけれど、昨日のマユちゃんの発言には正直ちょっと驚いた。と言うよりムッとした。

 ハルちゃんが激怒したことによって圧倒されてしまい、自分の感情が置き去りになって忘れていたけれど、あの時、私も怒りを覚えたのは確かである。

 部活開始前にマユちゃんは、私たちに謝った。

 謝罪の言葉には誠意がこもっていたし、「これから頑張って、私も3年間みんなと一緒にバスケがしたい」と言ってくれたことが何より嬉しくて、私はマユちゃんを受け入れた。

 持田さんとウメちゃんもきっと同じ気持ちだと思う。

 あとはハルちゃんがどんな反応を示すかなのだけれど……。

 練習後のストレッチとミーティングを終えてから、マユちゃんに声をかける。

「帰りにいつもコンビニ寄っていくんだけど、マユちゃんも行かない?」

「えっと、私ちょっと用事が……」

 すまなそうにマユちゃんは断った。

「なになに? もしかして男? 彼氏とデートとか?」

「真由子さんのプライベートに立ち入るのは失礼よ、ウメ吉。下品だわ。特に顔が」

「顔かよ! 悪かったな、この顔は生まれつきだっつーの」

 マユちゃんがクスクス笑い出す。

 たしかに、この2人は見ていて飽きないよね。下手なお笑い番組見るよりはるかに面白い。

「カヤちゃんは美人だと思うよ。クラスの子もみんな言ってるよ。大人っぽい感じ憧れるって」

「う、嘘つけ。そ、そんなん聞いたことねーし。別にフツーだし」

 頬を赤らめ、ぶっきらぼうに言うウメちゃんはちょっと嬉しそうだった。

「えっとね、バスケのことでコーチに教えてもらいたいことがあるんだ。少しでも早くみんなに追いつきたいし」

「そっかあ。じゃ、また今度ね」

「真由子さん、お疲れ様」

「マユ、おつかれ~」

「お疲れ様でした。また明日」

 マユちゃんは私たちに手を振ると、講師室へ向かって歩く渡辺先生のところへ走っていき、何か話しかけていた。


 帰り道、駅と学校の中間地点にあるビッグストップで、私たちは新作スイーツに舌鼓を鳴らしていた。

「この味でこの価格! ここまで来たかって感じだよね」

「そうね。このチョコレートはビタメールの味に似ているわ」

 え? び、ビタ……何それ?

「たしかに似てるかも。ビタメールってブリュッセルにしか無いんだろ?」

「いいえ。日本でのみ出店しているわ。私は日本では食べたことが無いのだけれど。チョコレートだけでなくケーキも評判がいいみたいよ」

 だ、ダメだ……。

 時々この2人の会話についていけないときがある。

「マユちゃん、頑張っていたよね。ところで、ブリュッセルってどこ?」

「そうね。今日もリタイアしなかったし、ペースは遅かったけれど最後までやり切ったわ。ベルギーの首都よ」

「持田さんは、マユちゃんが入部することどう思う? 私はマユちゃんの話聞いて、納得したけど……。あとさ、ビタメールって何?」

「入部自体は本人の意思だから、周りがとやかく言うことではないと思うし、大事なのは言葉よりも心じゃないかしら? 一生懸命な気持ちは相手に伝わるものでしょう。それから、ビタメールはブリュッセルにあるチョコレートの名店よ。ベルギー王室御用達のブランドなの」

 私の質問に持田さんは淡々と答える。

「マユの話かチョコの話かどっちかにしろよ! 聞いててわけ分んねーし。お前らよくフツーに会話できるな」

 ウメちゃんがまくし立てる。

「飯田さんと接しているうちに、いつの間にかこういう会話に慣れてしまったわ。ブン吉もそのうち慣れるわ。フッ……」

 悲しい目をしながら自分を嘲笑するのはやめて、持田さん……。

 私まで悲しくなるよ。

「アタシもさ、マユが頑張ってるの見てるから入部は全然ありかなって思うし。入部の理由とか目的とかは自由でいいんじゃないかなって。もちろん、インターハイ出場目指すってのがベストなんだけどさ。あいつ、スポーツの経験無いし実際運動オンチだけど、部活のとき楽しそうじゃん。一緒にバスケして、練習続けてるうちに目標とか共有できたらいんじゃないかなーなんて」

 私と持田さんは目を丸くしてウメちゃんを凝視した。

 いつも大雑把でいいかげんなウメちゃんが、こんなにマユちゃんのことを考えていてくれたなんて。

 びっくりと感動した気持ちが一緒にこみ上げてきて思わず拍手を送る。

 同意するように、持田さんも胸の前でつつましく拍手をする。

「な、なんだよ! 2人ともきもい」

「照れるな、ウメちゃん」

「照れてねーし。その目やめろ」

「ノリと勢いだけで生きていると思ったら、難しいことも考えていたのね。飛鳥さんにも知らせなくちゃ」

「拡散すな! ハルの毒舌が想像できるし」

 ウメちゃんがスマホを取り出そうとする持田さんを押さえつける。

 仕方ない。代わりに私が送信しておこう。

「あの、すみません」

 ポケットからスマホを取り出したところで声をかけられた。

 振り向くと、声の主はセーラー服姿の女子高生だった。

 背が高く、170センチ以上はある。髪型はショートでハルちゃんに似ていた。スポーツバッグを肩にかけ、手にはビッグストップの袋を提げている。

 私たちと同じ、部活の帰りに腹ごしらえといったところかな?

「はい?」

「えっと……コウジョの方ですよね?」

 セーラー服の女の子は遠慮がちに尋ねた。

「イエス、アイ、キャン!」

「飯田さん、なぜ英語で答えたのかしら? しかも間違っているわ。この場合、どちらをつっこむべきかしら?」

「そりゃ、両方だろ。しかも陽子のボケじゃないからな。ガチだからな。見てみ。この清清しいまでの『決まったぜ』みたいな顔」

 えっ!? 私、間違えた? でも、いい発音だったよね。

「あ、あの~……」

「あ、ごめんね。うん、私たち光城学園の1年です」

「やっぱり! そうですか。私、スルナンの1年、田部美香子といいます」

 安心した様子で顔を明るくした田部さんは、ペコリと頭を下げた。

 駿河南高校、通称スルナンは、駿河駅南口から徒歩10分くらいの位置にある県立高校だ。

 駿河市には私の通う私立光城学園と2つの公立高校、駿河南高校と駿河北高校がある。

 スルナンとスルキタは男女共学のごくフツーの公立校である。対してコウジョはお嬢さま校として知られ、静岡県内屈指の進学校でもる。そういった背景からか、コウジョは同じ市内でありながら、公立2校からは若干敬遠されている。

 よくこんな学校に入れたな、私。自分を褒めてあげたい……。

「あの、飛鳥春香さんと知り合いですか?」

「あすかはるか……」

「悩むなよ! ハルのことだろ」

 ウメちゃんにつっ込まれてやっと気がついた。

 いやいや、ボケたわけじゃないんだよ。ハルちゃんのフルネームを人から聞くと、なぜか顔が思い浮かばないんだよね。

 私とウメちゃんは名前で呼んでいるし、持田さんは苗字で呼んでいるから、フルネームを聞いてもピンと来なかったんだ。

「私たちは、飛鳥さんと同じバスケ部員だけれど、飛鳥さんが何か?」

「私、ハルカと同じ中学出身で、同じバレー部だったんです」

「マジ!?」

 驚くウメちゃんに、田部さんはニコリと笑って「はい」と答えた。

「高校が分かれて、今はお互い会う機会も無くなったんですけど、電話ではよく話しているんです。それで、ハルカがバレーやめたって聞いて心配していて。コウジョには正式なバレー部が無いけど、サークルがあるから趣味で続けていくって聞いていたから……」

「ええっと。それはですね、色々な出来事がありまして……」

 私はハルちゃんとの出会いから、入部のいきさつまでを事細かに話した。

 田部さんは少し緊張した様子で真剣に話を聞いていた。

「……そうだったんですか。ふふふ。ハルカらしいな。ハルカ、あんまり自分のこと話さないから。それに、弱音や愚痴は絶対に言わないんです。普段はポーっとしてるし、話し方もちょっとのろいし、天然でかわいい子なんだけど部活のときはすごくって、エースとしていつもチームを引っ張ってくれました」

「ハルのジャンプ、はんぱねーもんな。陽子曰く『天使の飛翔』なんだよな」

 ウメちゃんが笑いながら私の肩をポンと叩いた。

「飛鳥さんは、中学のころもあの跳躍を武器に活躍していたのね。やはり、1年生のころから目立った存在だったのかしら?」

 持田さんが興味深そうに尋ねる。

「いや、1年生のころは練習についていくのもやっとで、運動神経や技術は同学年の中でも下の方でした」

 驚いた。今のハルちゃんからは全く想像ができない。

 持田さんとウメちゃんもびっくりして顔を見合わせる。

 瞬発力、動体視力では持田さんとウメちゃんには敵わないけれど、持久力、跳躍力では部内で飛び抜けて優れており、総合的に見るとやはりハルちゃんが最も運動能力に長けているのだ。

 だから、田部さんの話はすごく意外であまり実感が無かった。

「じゃあ、ハルちゃんはバレー部に入部したころ、運動オンチだったてことですか?」

「うーん、ハルカには失礼だけど、正直ひどかったです」

 田部さんは当時のことを思い出したのか、笑いながら答えた。

「マジ! そんなに? 今のハルからは信じらんねーな」

「ハルカ、すごく努力しましたから。練習は誰よりも頑張りました。休みもロードワークや筋トレに明け暮れて、夜は地域のママさんバレーの練習に参加して……。そして2年の冬、ハルカの才能が開花したんです。そのときには、運動神経も技術もハルカが1番になっていました」

「飛鳥さんの能力は、努力の賜物というわけね。……そう、そういうことだったのね」

 持田さんは静かに呟き、私と目を合わせた。

 あっ、なるほど。

 あの時ハルちゃんが怒った理由、何となく分かった気がする。

 マユちゃんは練習についていけないことを才能のせいにした。自分に無いものを持っているハルちゃんを羨ましいと言った。

 でもそれはハルちゃんにとって、血のにじむ様な思いをしてやっと手に入れた、全然当たり前ではない、すごく大事なものだったんだ。

 才能という宝を得る為に、ハルちゃんが費やした時間、流した汗の十分の一もマユちゃんは練習していない。

「ええっと、飯田陽子さんと持田文香さん、それから梅沢伽耶さんですよね?」

「えっ!? なんでアタシらの名前知ってんの? あ、そっか。ハルが話してんのか」

「はい。『陽子ちゃんは1番ちっちゃいけどリアクションと目標のスケールが大きい』と言ってました」

 ハルちゃん、リアクションは余分です。

「アタシは?」

「えっと『カヤさんは、ギャルな見た目と正反対な乙女心の持ち主だよ。料理上手でお嫁に欲しい』だそうです」

 田部さんは苦笑いしながら答える。

「嫁ってなんだよ」

「わ、私のことも何か言っていたかしら?」

「はい。『いつも冷静で大人な雰囲気の持田さんは、ピンク色とカワイイものが大好きなんだ。あと、カヤさんも大好きみたい。いつも楽しそうに話してるよ』と言ってました」

 みるみるうちに持田さんの顔が赤くなっていく。

「なんだよブン吉。アタシと友達になりたいならそう言えよ。しょーがねーから仲良くしてやってもいいし」

「け、結構よ。百歩譲って停戦協定を結んでも、ウメ吉と同盟を組むつもりは一切ないわ」

 持田さん、いつから国家間の戦争に発展したの?

「皆さんとお話できて良かったです。ハルカの学校での様子も聞けたし、安心しました。ハルカは皆さんとバスケができて、今すごく充実しているんだと思います。それじゃ」

 私たちに手を振りさよならすると、田部さんは自転車に乗りコンビニをあとにした。

 同じショートカットの髪型のせいか、自転車をこぐ彼女の後姿がハルちゃんと重なった。

 私たちの知らないハルちゃん……。

 それは、あきらめない心と強い信念で、ひたむきに目標へ向かって走る姿だった――。


 私たち1年生は仮入部期間、好きな部活やサークルに体験入部が許されている。体験入部の日数は各部活やサークルによって違うが、仮入部期間は4月末日までと決められており、5月から本入部となる。

 ちなみに我がバスケ部の体験入部は私の独断と偏見で1週間と決定した。

 つまり、マユちゃんは体験入部終了とともに仮入部期間も終了となり、5月からめでたく本入部が決まるというわけだ。

 風邪をひいたハルちゃんは1日学校を休んだだけですっかり回復し、翌日から部活に参加した。

 いつもと変わらぬ笑顔のハルちゃんが元気にあいさつしてくれたおかげで、私もいつも通りに接することができた。

 マユちゃんは私たちに謝ったときと同様に、ハルちゃんにも謝罪した。ハルちゃんは、マユちゃん以上にすまなそうな顔をして何度も頭を下げ、「自分も言い過ぎだった」と謝っていた。ウメちゃんに「いつまでやってんだー。日付変わるし」と突っ込まれ、ハルちゃんとマユちゃんは顔を見合わせて笑っていた。

 取り越し苦労というか、案ずるより生むが易しというか、昔の人はうまいこと言ったもんだね。

 私たちの心配をよそに、2人は一番いい形で仲直りができた。

 ハルちゃんを見る限り、気持ちにわだかまりは無いようだ。練習中も自然に声をかけていたし、以前と変わらぬ態度で楽しそうに会話もしている。

 マユちゃんも相変わらず練習についていくのはやっとだけれど、我慢強く頑張っている。木曜日からは朝練にも参加して、昼休みも一緒に練習した。

 そして金曜日、マユちゃんの体験入部最終日を迎えた。

 グラウンドでのランニング、ダッシュそして学校の外周コースのロードワーク。今日もマユちゃんは最後尾で、苦しそうに必死に私たちのあとを追いかけた。

 坂道ダッシュと学校近くにある神社の階段ダッシュでは、立ち止まってしまう場面もあったけれど、リタイアせずにやり遂げた。

 恒例の中庭での筋トレを終えたときには、芝生の上で仰向けに倒れるマユちゃんにみんなで拍手を送った。

 マユちゃんは「みんな、ありがとう」と目に涙を浮かべて何度もお礼を言った。

 その姿にグッときた私まで涙ぐんでしまい、ウメちゃんにからかわれてしまった。

 自分だってちょっと泣いてたくせに……。

「よーし、今日はマユちゃんの歓迎会、盛大にいくよー!」

「どうせ、いつものコンビニだろ?」

「嫌ならウメ吉は欠席して結構よ」

「行かねえとは言ってねーし。マユの入部祝いだもんな」

 ウメちゃんが嬉しそうに微笑む。

「では、新入社員を代表して荒井真由子さん、一言お願いします」

 ハルちゃんがマイクを握ったポーズでゲンコツをマユちゃんに差し出す。

「新入社員ってなんだよ、ハル。しかも代表とか言って1人しかいねーし」

「気が早いわよ、飛鳥さん。挨拶は歓迎会場のコンビニ前と決まっているのよ」

 ストレッチを終えた持田さんとウメちゃんが立ち上がった。

「あ、あの、ちょっといいかな?」

「どしたのー? あ、もう食べたいもの決まった? えっとね、デザート系は駅前のサークルJがおススメだよ」

 みんなにマジメな顔で呼びかけたマユちゃんに、ハルちゃんが笑って答える。

「ハルカちゃんにお願いがあるの」

「うん、うん。今日はマユちゃんの入部祝いだから、私おごっちゃうよ。さあ、好きなものドンと言って。ドロ舟に乗ったつもりで」

「ハル、それ沈むだろ……」

「飛鳥さん、大船の間違いよ」

 2人に指摘され、ペロッと舌を出したハルちゃんは改めて言いなおした。

「じゃあ、大きなドロ舟に乗ったつもりで!」

 ハルちゃん、それも沈むから……。

「あのね、ハルカちゃん。私と1on1で勝負してください!」

「!?」

 苦笑いしたあとでマユちゃんは真顔になり、大きな声を出してハルちゃんに向かって頭を下げた。

 ハルちゃんをはじめ、私たちはもちろんのこと、渡辺先生と米山先輩も非常に驚いていた。

「ハルちゃんやみんなに失礼なこと言ってしまってから、私なりに色々考えたの。許してもらったり、認めてもらったりするのは難しいけれど、一生懸命なプレイを見てもらうことは今の私でも出来ることだよね。それで私の気持ちがみんなに伝わって、チームメイトとして一緒にプレイしてもいいと思ってくれたなら入部させてください」

「うん。やろう、マユちゃん」

 ハルちゃんは優しい表情で、しかし凛とした声で答えた。

「いいじゃん。そーゆーの。んで、ルールは?」

「真由子さんが1ゴールでも決められたら勝ちというので、いいんじゃないかしら? 逆に真由子さんがゴールを決められずにリタイアしたら飛鳥さんの勝ちということで」

 持田さんの提案に、ハルちゃんとマユちゃんは頷いた。

 マユちゃんはこれまでの練習で、ハルちゃん相手に1度もシュートを決めたことが無い。

 まだまだドリブルに慣れていないマユちゃんは、すぐにカットされてボールを奪われてしまう。あるいは、苦し紛れのシュートを放って外すというのがパターン化していた。

 ルールだけ聞くと、どんなにゴールを決めても勝利の要因にはならないハルちゃんが不利なように思うが、実際はその逆である。ハルちゃんはゴールを決めようが決めまいが関係なく、マユちゃんがあきらめるまで試合を続けてさえいれば良いのだ。

 実力差が歴然とした相手と1on1をすることは、精神的にも肉体的にもかなりキツイ。

 それでもあきらめずにゴールを意識し続けるって、簡単なことじゃない。

 このルール、今の実力のマユちゃんにとっては、ハッキリ言って不利だ。

「もう他のサークルも終わっているころだし、体育館行こうか」

 私の声にみんが頷き、昇降口で靴を履き替えて体育館へ移動した。

 体育館では、バレー部とバトミントン部がネットを取り外したり、用具を倉庫にしまったりと、後片付けを行っていた。

 今日はチアリーディング部も来ていて、彼女たちはまだ練習を続けていた。

 バレーとバトミントンの部員たちが去り、スペースの空いた体育館にチア部のハツラツとした声が響く。

 審判の渡辺先生、そしてハルちゃんとマユちゃんがコートに入る。

「おーいハル。バッシュに履き替えねーの?」

「うん。マユちゃんが体育館シューズだし、私もこのままで」

「スコアボードは、必要ないわね」

「いらないよ」

 ウメちゃんと持田さんに返事をして、ハルちゃんは真剣な表情でマユちゃんと向き合った。

 渡辺先生がマユちゃんにボールを手渡す。マユちゃんからのオフェンス。

 ピーーーッ!

 試合開始のホイッスルが鳴り響いた。

 マユちゃんが右手慎重にドリブルしながら、ゆっくりと進んでいく。

 ハルちゃんがあっという間に距離を詰めて、プレッシャーをかけていく。

 思わずドリブルを止め、マユちゃんは両手でボールを持ってしまった。その一瞬の隙を逃さずハルちゃんがボールに手を伸ばす。カットされたボールは転がり、それを追いかけるマユちゃんよりも早くハルちゃんが拾い上げた。

「マユちゃん、ドンマイッ!」

「マユ、ディフェンスがんばれ!」

 私とウメちゃんの声援に、マユちゃんはコクリと小さく頷いた。

 ハルちゃんのオフェンス。

 右手ドリブルのまま一気に駆け抜け、あっさりとランニングシュートを決める。

「次オフェンス、切り替えていこう!」

「マユ、ファイトー!」

 声を張る私とウメちゃんとは対照的に、持田さんは試合の様子を静かに見守っている。

「おい、ブン吉も応援しろよな」

「真由子さんは『プレイを見て』とは言ったけれど『応援して』とは言っていないわ」

「出たっ。氷の発言。冷たすぎじゃね? ウメ吉まじアイスマンだわ」

「私、女だからアイスウーマンじゃないかしら?」

 持田さん、そこっ!?

「はっきし言って、マユじゃ勝てねーぞ。ただでさえハルはディフェンスうめーんだし。ブン吉だって知っんだろ」

 少し怒ったような口調で言うウメちゃんに、持田さんは「そうね」と静かに一言だけ答えた。

 ドリブルでディフェンスを抜いてシュートを決めるドライブは、ウメちゃんが1番上手い。もちろん持田さんもドリブルは得意だけれど、彼女はミドルシュートが得意である。2人の攻撃力は私たちの中で抜きん出ているけれど、それに引けをとらないのがハルちゃんのディフェンスである。特にブロックショットは絶妙で、ウメちゃんも持田さんもシュートを幾度となく叩き落されている。

「飯田さんじゃあるまいし、根性だけで無謀な戦いを挑むかしら?」

「それって、マユには作戦があるってことか?」

「真由子さんには1ゴールを決める作戦、あるいはとっておきの武器があるはずよ」

「そっか。出たとこ勝負の陽子と違って、マユはこの日のために計画してたってことか」

 私、ひどい言われようだな。

 でも間違ってないから言い返せない……。

 2度目のマユちゃんのオフェンスも、1回目と同様にハルちゃんにボールをカットされて失敗に終わった。

 ハルちゃんのオフェンス、余裕でドライブを決める。

 その後も当然ではあるものの、ハルちゃんがシュートを決める一方的な試合が繰り広げられた。

 どれほどハルちゃんにゴールを決められただろう。

 何回ハルちゃんにブロックされただろう。

 その回数はあまりにも多く、試合を見ているだけの私でさえ、心が折れそうになるくらいつらい気持ちになってしまう。

 1on1がスタートしてから、すでに20分が経過していた。

 ハルちゃんはまだまだ余裕の表情。十分に余力を残している。

 一方のマユちゃんは、体力の限界でることが一目で分かるくらい消耗していた。

 息遣いは荒く、動きにはキレが無い。今にも倒れてしまいそうな、苦痛の表情を浮かべながら、それでも必死にゴールを狙っていた。

「真由子さん、ここからよっ! 勝負!」

 今まで応援しなかった持田さんが、初めて大きな声を上げた。

 私とウメちゃんも声を出す。

 マユちゃんが右手ドリブルから左手に切り替え、クロスオーバーで左に走り出す。

 しっかり反応したハルちゃんがコースを塞ぎ、スティールを決める。

 カットされたボールが手から離れて転がり、マユちゃんが必死に追いかけた。

 それなりに疲労が蓄積していたためか、ハルちゃんはボールを追わずその場に留まり、マユちゃんのドリブルによる突破に備えて構えている。

 足がもつれそうになりながら、3ポイントラインの外側でマユちゃんがボールに追いつく。

 両手でボールを拾い上げた彼女は、ゴールに真っ直ぐな視線を向けて大きく深呼吸した。

 胸の位置でボールを構えたまま、ゆっくり柔らかく膝を曲げる。

 えっ!? もしかして――

 私が思った瞬間、ハルちゃんが走り出していた。

 マユちゃんが十分に力をため、縮めた膝をバネのように伸ばして真上にジャンプする。

 足から生じた力が、腕、指先へと伝わり、両手からボールが放たれる。

 そのタイミングに合わせてハルちゃんも跳躍し、右手を高く伸ばした。

 しかしハルちゃんの指に触れることなく、ボールは弧を描きながらゴールに向かって落下していく。

 スパッ!

 リングに触れることなく吸い込まれたボールは、ネットの摩擦音を出し、フロアにバウンドした。

「ナイッシュ! マユ」

「うおー! マユちゃん愛してるぜ」

 私とウメちゃんは、走っていってマユちゃんを強く抱きしめた。

「うっ、くっ、くるひい……し、死ぬ」

「真由子さんが瀕死ですよ。まずは水分補給です」

 米山先輩が笑いながらスポドリを手渡した。

 ピーーーッ!

 試合終了のホイッスルが鳴る。

「真由子さんの勝利、でいいわよね?」

「はいっ。マユちゃんの勝ちー。イエーイ!」

「ガフっ」

 渡辺先生の問いかけに笑顔で答えたハルちゃんに抱きつかれ、マユちゃんが咳き込んだ。

「驚いたわ。3ポイントシュートだなんて」

「おいおいおい。マジ、すごくない? いつの間に覚えたん?」

「すっごいフォームきれいだったね! こう、フワって跳んでパッーって」

「びっくりしたよ、マユちゃん。私の完敗だよー」

 私たちに一気にしゃべりかけられたのと疲れているのとで、マユちゃんは目をグルグル回した。

「部活終わったあと、自主練してたのよね」

 微笑ましそうに見つめながら渡辺先生が答えた。

「えっ! レイちゃん知ってた? って言うか、レイちゃんが伝授した?」

「そうよ。水曜日と木曜日、練習終わったあと2時間みっちりね。梅沢さん、レイちゃんは止めなさい」

 驚いた。

 そうか、帰りに私たちの誘いを断ったのは、そのためだったんだ。

 練習を終えたあと、2時間もシュート練習をしていたなんて……。

「2日間しか練習できなくて成功するか正直不安だったけど、私、挑戦してよかった」

 溢れた涙が頬を伝って流れ落ちていく。

 緊張が解けて安心したのか、マユちゃんは涙を流しながら嬉しそうにしていた。

「真由子さんの気持ち、しっかり伝わったわ」

 持田さんがマユちゃんの両手をギュッと握り締めた。

「っつーことで、入部決定な!」

 ウメちゃんがパシッとマユちゃんの背中を軽く叩いた。

「マユちゃん、『排球物語』って知ってる?」

 ハルちゃんが少し恥ずかしそうに尋ねた。

「うん、もちろん。『月間ルル』に連載していた漫画だよね。アニメ化もされて、小学生のとき見てたよ。私、コミックス全巻とDVDボックス3つ持ってるよ。あ、鑑賞用と保存用と布教用ね」

 ミーちゃんと話の内容がかぶる……。

 ヲタ、恐るべし。

「私さ、『排球物語』の『ツバサ』になりたくてバレー部入ったんだ。で、『ツバサ』みたいに高く跳んでスパイク打ちたくて、練習頑張ったんだよね。へへへ」

「そーなんだー!」

 マユちゃんは、意外なところに同士を見つけて嬉しそうだった。

「だからさ、マユちゃんにはあきらめてほしくなかったんだ。ただの憧れで終わってほしくなかったんだ」

 ハルちゃんがあのとき怒ったのは、そういう理由もあったんだね。

 そして、マユちゃんとハルちゃんは笑顔で互いの健闘を讃えあった。

「たしかに私も、学生時代に憧れのプレイヤーはいたけど、その対象がキャラクターっていうのはビックリね」

 渡辺先生が少し茶化すような口調で言った。

「シューティングガードは乙女ゲーキャラに憧れるんだよ!」

「何だよ、それ?」

 私の発言にウメちゃんが首をかしげる。

「キャラに憧れるのもありなんじゃない? 的な青少年の主張です!」

「今年の駿河市青少年の主張大会が楽しみね」

「陽子ちゃん、ついに公式戦デビューだね!」

 いや、そっちの大会は出ないからね、ハルちゃん。

「プッ。フフフ。ハハハ」

 マユちゃんが声を上げて笑い出す。

 つられて笑い出したみんなの陽気な声が体育館に響き渡り、練習を継続していたチア部員たちに注目されてしまった。

 

 いつもより30分ほどオーバーして部活を終えた私たちは、駅前のサークルJでマユちゃんの歓迎会を行った。

「では、マユちゃんの入部と、コウジョウバスケ部設立を記念して、かんぱーい!」

 グラスのかわりに手に持ったシュークリームで乾杯する。

 みんな笑顔でシュークリームを頬張った。

 マユちゃんがチームに加わり、5人のメンバーが揃った。

 コウジョにバスケ部が無いと知ったあのときはショックだったけれど、とにかくバスケがしたくて夢中だった。

 絶対やれるという確信は無かったけれど、あきらめるつもりは全く無かった。

 あれから約3週間。長かったような、あっという間のような不思議な気持ちの中、チームメイトとお祝いをしている。

 色々あったし、簡単ではなかったけれど、ついにバスケ部ができた。

 ここからが本当のスタートで、今まで以上の困難が待ち受けている。

 私たちがこのチームで3年生までバスケを続けるには、インターハイまで勝ち続けなければならない。

 でも、このチームでならきっと勝てる。

 この5人でならきっとやれる。

 みんなを見てると、すごく勇気が湧いてくるんだ!

 4月の終わり、光城学園女子高等学校籠球部、創立!

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