第6話 見た目はギャルでも純真なんです!①

 日曜日、私はハルちゃんと一緒に待ち合わせ場所の沼津駅改札前で立っていた。私たちが到着した後すぐに、持田さんが小さく手を振りながら走ってきた。

「お待たせしたかしら?」

「私たちも今来たところだよ。持田さんと一緒の電車だったみたい」

 3人で北口を出て並んで歩き出す。

「バッシュと練習着、カッコいいのあるかなあ? でもやっぱりデザインはかわいいのがいいよね?」

「飯田さん、見た目で選ぶつもりなの?」

「えっ、見た目意外なにかあるの?」

 私と持田さんの会話を聞いていたハルちゃんがクスクスと笑い出す。

「陽子ちゃんらしいね」

「一番重要なのは機能性かしら? 特にバスケットシューズは軽量性、クッション性、安定性などが重要になるわ」

「おおっ。持田さん、さてはしっかり予習して来ましたな。やる気十分ですな」

「べ、別にこれくらい普通よ」

 頬を赤くした持田さんが歩みを速めて前に出る。

「私は価格も重要かな。貯金、あんまり無いんだよね」

 ハルちゃんが苦笑いする。

「あ、私も。お母さんに頼んだら『お父さんに頼みなさい』って言われて、お父さんに頼んだら、『お小遣いの範囲内でやり繰りしなさい』って言われた。ハハハ」

「見えたわよ、スポーツリポ」

 持田さんが前方に見える大型スポーツショップを指差した。

 土曜日の練習後、渡辺先生からバスケットシューズと練習着を用意するように言われ、私たちは早速スポーツ店にやってきたのである。

 スポーツリポはこの地域最大のポーツショップで、バスケット関連の品も豊富に揃っている。

 小学生、中学生のころ、お父さんと一緒にボールや練習着を買いに来たことがある。

 店内に入った私たちは、早速バスケット用品のコーナーに向かい、練習着を選んだ。

「これ、どうかしら?」

 持田さんが手に持ったのはピンク色が主体のバスパンだった。

「似合うと思うよ」

「いいんじゃない」

 私とハルちゃんは顔を見合わせ、微笑んだ。

「こ、これは価格を重視したのよ。1500円よ。練習着のコストを抑えれば、その分の予算をバスケットシューズに回せるじゃない」

 必死に説明する持田さんが面白かった。

 持田さん、かわいいのけっこう好きなんだ。

 私たちはそれぞれ選んだ練習着をカゴに入れ、次にバスケットシューズを探した。

 棚や壁に豊富な種類のバスケットシューズが展示されている。

 数が少ないのは絶対的に困るけれど、これだけ種類が多いのも迷っちゃうよね。

「数、多すぎ……これってみんな違いるのかなあ?」

 ハルちゃんが疲れた声で尋ねた。

「シューズそのものより、メーカーの違いかしら。大きく分けると海外メーカーと国内メーカーの違い。欧米人の足は、日本人に比べて横幅が狭くて足幅が長いの。海外メーカーはそれを基準に設計しているから、日本人の足の形にはあまりフィットしないわね。機能は軽量性、クッション性、デザイン性に長けているわ。国内メーカーは、もちろん日本人向けに設計されているからフィット感は問題ないわ。機能は軽量性、グリップ性、耐久性に長けているわね。比較的に低価格なのもポイントかしら」

「おおー! 持田さん、すごいね。じゃあ、国内メーカーを選ぶのが無難だよね」

「そうね。あとはポジションによって選び方があるのだけれど、私たちは初心者だから、足の保護を第一に、機能性を第二に考えて選ぶのがいいと思うわ」

 持田さんの細やかで分かりやすい解説に、ハルちゃんは「うん、うん」と何度もうなずいた。

「ねーねー、2人とも、これにしようよ! アジックスのジャパンシリーズ。カッコいいでしょ?」

 手に取ったバッシュを2人に見せる。

「わあ、いいかも。シンプルだけど、ブルーのラインがかわいいね」

「アジックスはバスケットシューズに力を入れている国内メーカーで、足の保護、機能性においても申し分無いわね。他と比較しても低価格だし、いいんじゃないかしら」

「よーし。我がコウジョバスケ部のバッシュは、全員一致でアジックスのジャパンシリーズを採用しまーす!」

 3人でパチパチと拍手をしながら笑いあった。

 店員さんにお願いして、それぞれのサイズのシューズを出してもらって履いてみる。

 持田さんの言うとおり、すごく足にフィットして履きやすかった。

 バッシュをかごに入れてレジに向かい、私たちが会計をしているとき、店内から女の子の怒鳴り声が聞こえた。びっくりして声の方向に視線を送る。店から走り去っていく男女と、店員さんに腕を掴まれて激しく抵抗する女の子の姿が見えた。

 しばらくして、おとなしくなった女の子が店員さんに連れられ歩いていく。お店中のお客さんが彼女に注目していた。こんがり日焼けした褐色の肌と露出度の高い服装、それに金髪のロングヘアーがすごく目立っている。

 同い年くらいかな?

 一瞬だけ彼女と目が合い、怖い顔でにらまれてしまった。

 あれ?あの子、どこかで会ったことがあるような……。

「怖いねえ。万引きかなあ?」

「あの年になって善悪の分別もつかないなんて、救いようが無いわね」

 びっくりした様子のハルちゃんに、持田さんは冷ややかな声で言った。

「あのさ、今の子。うちの学校の生徒とか――」

「あるわけないでしょう! 光城学園の校則があって無い様なものとはいえ、あんな髪を見過ごすほど生活指導はふぬけじゃ無いわ」

「で、ですよねえ」

 今度は持田さんに睨まれてしまった……。

「うちのクラスにも、かる~くカラーリングしてる子けっこういるけど、あそこまで派手に染めている人は、コウジョにはいないんじゃないかなあ?」

 ハルちゃんもそう言っていることだし。う~ん、やっぱり私の勘違いだったかな……。

 会計を済ませた私たちはお店をあとにして、最近オープンしたばかりの人気上昇中のカフェへ向かった。

 ハルちゃん曰く、タルトケーキがヤバイらしい。

「飯田さん、何をボーっとしているの? 早く行かないと混んでしまうわ」

「陽子ちゃん、早く早くっ」

 金髪の女の子のことを考えているうち、いつの間にか2人は先を歩いていた。ハルちゃんに急かされ、私は謝りながら駆け寄った。

 ――あの子、どうなったかな?悪いことをするようには見えなかったけどな……。

 服装も派手だったし、金髪も目立っていた。

 私を睨みつけた表情には強い怒りを感じさせるものがあった。

 でも、彼女の瞳は少し寂しそうで、私から視線を逸らし、うつむき加減で歩いていく表情は悲しそうだった――。


 月曜日、朝練を終えて教室に入った私は、金髪の女の子についてミーちゃんに尋ねた。

「うーん……陽子ちゃんたちがスポーツリポで会った子と同じかどうかは分からないけど、髪色のことで先生とモメて、学校来なくなった子はいるよ。たしか7組の子」

「名前わかる?」

「ゴメン、名前はわかんない」

 さすがミーちゃん、情報通。

 私は、7組のその子が、昨日スポーツリポにいた金髪の女の子であるような気がしてたまらなかった。

 チャイムが鳴り、国府方先生と塩屋先生が教室に入ってきた。ホームルームのあと、塩屋先生がニコニコしながら手招きして私を呼んだ。

「飯田さん、練習頑張っとるかな?」

「はい。塩屋先生のおかげで朝と土曜日は体育館使えるし、火曜と木曜は市民体育館で練習できるので大助かりです!」

 元気良く答えると、塩屋先生は嬉しそうに頷いた。

「ハッハッハッ。そりゃあ良かった。渡辺先生のコーチぶりはどうかな?」

「すごく熱心に教えてくれるし、一緒に練習してくれるから楽しいです。でも、ちょっと愚痴っぽいかな。髪色変えたら教頭に注意されたとか、スカート丈短すぎるって指摘されたとか……」

「ハッハッハッ。玲ちゃんらしいわい。荒井先生は?」

 豪快に笑ったあと、塩屋先生は静かに尋ねた。

「市民体育館で練習するときは、渡辺先生を送って来たついでに顔出すくらいで、練習は見てくれません。でも、部員が5人集まったら監督引き受けるって約束してくれたから……」

「まあ、ちっとは進歩したほうじゃろう。また、ワシからも声をかけておこう」

「ありがとうございます。お願いします」

 笑顔でお礼を言って頭を下げた。

「おっと、話に夢中で忘れるところじゃった。放課後、見学者を1人連れて行くからの。ちっと訳ありの子なんじゃが、仲良くしてやってくれんか?」

「ホントですか? 大歓迎です! やったあ。その子が入部してくれたらあと1人だ!」

 飛び上がって喜ぶ私を塩屋先生は笑いながら見つめ、「ではまた、放課後」と挨拶して教室をあとにした。

 先週入部した持田さんに続いていい感じ。

 塩屋先生は訳ありって言っていたけど、みんなと馴染めるといいな。


 放課後、グラウンドでアップを終えた私たちのところに、塩屋先生が見学者を連れてやって来るのが見えた。

 あれ?あの子は!

 褐色の肌にブロンドの長い髪。ネクタイを着けず、ブラウスの上のボタンを2つ外し、極限まで短くした超ミニスカートを身に付ける女の子。

「あああっ! スポーツリポのっ」

 大声を出した私にみんなが驚く。

「いきなりどうしたの? 飯田さんの知っている子?」

「昨日、ハルちゃんと持田さんと練習着やバッシュを買いに行ったとき、スポーツリポで見かけたんです」

「別に、そんなに驚くこともないでしょう?」

 渡辺先生は首をかしげる。

「そのときの状況に事情があったので……」

「事情というより、問題ありだわ。まさか彼女がうちの生徒だなんて……」

「ますます、意味が分からないのだけれど」

 ハルちゃんと持田さんも衝撃を受けている様子。

 2人の掴みどころの無い説明に、渡辺先生はさらに首をかしげた。

「やあ、お待たせしたね。こちらが見学者の1年生、梅沢さん。じゃあ、まずは自己紹介といこうかの。さあ、梅沢さん」

 金髪の少女は不機嫌そうな顔で塩屋先生に対して舌打ちした。

「……梅沢伽耶」

 彼女は小さな声でぶっきらぼうに名乗った。

「クラスは? 7組だよね?」

「……」

 梅沢さんは私から目をそらして沈黙した。

「ほら、やっぱりうちの生徒じゃん! 私の間違いじゃなかったじゃん!」

 ハルちゃんと持田さんの背中をバシバシ叩く。

「ご、ごめんごめん。陽子ちゃんの言うとおりだった」

「まさか……ありえないわ。光城学園に、しかも同じ校舎にギャルが生息していたなんて……」

 たしかにびっくりだけど、絶滅危惧種じゃないんだから生息って言い方はないよ、持田さん。

「じゃあ持田さん、帰りにソフトアイスおごりね」

「なぜ?」

「私が正解だったのに、持田さん怒って睨んだじゃん」

「飯田さんあなた、意外と根に持つタイプね」

 持田さんは反論できずに皮肉を言う。

「ええっと、私はチョコとバニラのミックスがいいな」

「飛鳥さん、なにちゃっかりおごってもらう気でいるのかしら? あなたも私と同じ窮地に立たされているのよ。あなた、意外に天然だったのね……」

 持田さんは呆れた様子で言った。

「じゃあね、ハルちゃんにはシェイクをご馳走になります!」

「えええっ! 私、天然だったの? 初めて言われた……」

 薄々感じてはいたけれど、やっぱりハルちゃん天然でした……。

「両方、甘いものってどうなのかしら? すごくアンバランスな気がするわ」

「私が好きなんだから、いいの!」

「ハイ、そこまでーっ」

 痺れを切らした米山先輩にストップをかけられた。

「なんで自己紹介から、帰りの買い食いの話に発展するのよ? せっかく見学に来てくれたのに失礼でしょ」

 渡辺先生に叱られた。

「ごめんなさいね。いつもしゃべり出すとこんな感じで……えっと、背が高い子が飛鳥春香さん。髪の長い子が持田文香さん。他1名の計3名で練習しています」

「せんぱーい、ひどいよー! 私一応、部長なんだよ」

「フフフ、冗談です。彼女がキャプテンの飯田陽子さん。こちらがコーチの渡辺玲先生。私はマネージャーの米山留美、2年です。よろしくお願いします」

 米山先輩がまとめてみんなを紹介した。

 梅沢さんは、先輩に軽く会釈をした。

「それでは、練習を再開します。フットワークメニューから」

 渡辺先生の号令で、フットワークメニューの練習を開始する。

 米山先輩は梅沢さんの隣で、部活の説明をしている。一応頷きながら聞いてはいたが、彼女は終始面倒くさそうな様子だった。先輩の説明が終わったあとも、梅沢さんが練習を見る気配はまったく無く、しまいには携帯をいじりだす始末に、持田さんがステップをこなしながら私の隣で抗議を唱えた。

「練習ではなく、スマホの画面を見に来たようね。あの金髪とだらしの無い服装がやたらと目に入って集中できないわ」

「私に言われてもねえ……」

 持田さん、直接ガツンと言ってきてください。

「飯田さん、あなたキャプテンなのだから、排除してきてちょうだい」

「いやいや、排除って……」

「陽子ちゃん、キャプテンだったの! すごい! ずっと部長だと思ってたよ」

 ハルちゃん、面白いけれど練習中は面倒くさい。

「こらっ、しゃべるな! そんなに元気が有り余っているなら、ハーキーステップもう1本いくわよ!」

 渡辺先生が怒鳴った。そして地獄の時間が延長されてしまった……。

 そんな私たちを見て梅沢さんは吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。

 見なくていいときに、しっかり見ているんだな。

 私の横で鬼の形相と化した持田さんが、彼女を睨みつけながらステップを踏んでいる。

「プフっ」

 その様子が可笑しくて不謹慎にも、つい吹き出してしまった。

「なっ、なにを笑っているのよ! 笑い事じゃないわ」

「ご、ごめん。持田さんの顔が……グフフフッ」

「ハーキーステップが楽しくてたまらないみたいね。もう1本追加よ!」

 私と持田さんの目の前にやってきた渡辺先生が死の宣告を告げる。

「楽しくないよ~。足痛いよ~」

 ハルちゃんは泣きそうな声を上げ、持田さんの顔はいっそう凄みを増して怖かったけれど、2人のギャップがこれまた面白くて、私はただ1人必死に笑いをこらえていた。

 気が付くと、梅沢さんと塩屋先生の姿は無かった。

 もう帰っちゃったのか……。もっと話したかったな。

 明日はアリーナでボールを使って練習できるから、また見に来てくれるといいな――。


 火曜日の昼休み、私はミーちゃんとハルちゃんを誘って7組を訪ねた。

「私、部外者だから外したほうがいいんじゃ――」

「大丈夫! ミーちゃんがいた方が、話がまとまりやすいのです」

「うんうん。私も美智子ちゃんがいた方が、言葉が通じると思う」

 ハルちゃん、私あなたと同じ日本人だから……。

 昨日ちゃんと話ができなかったので、みんなで一緒にお弁当を食べようと梅沢さんのクラスを訪ねたわけである。

 持田さんも誘ったのだけれど、「彼女とは話も合わないでしょうし、合わせたくもないわ」と断られてしまった。

 まったく、頑固なんだから。

「失礼しまーす」

 7組の扉を開けて教室を見渡す。梅沢さんの姿はない。

「すみません。梅沢伽耶さんって、どこでお昼食べていますか?」

 近くにいた生徒に声をかける。

「……梅沢さん?」

「えっと、金髪で長い髪の」

「ああっ、あの子……ごめんなさい。分からない」

 彼女は思い出したように答えると、首を横に振った。

「クラスメイトともあまり馴染めてないのかなあ?」

 ハルちゃんが心配そうに呟いた。

「入学してすぐに先生ともめて、しばらく休んでいたらしいから。多分そうだと思うよ。陽子ちゃん、どうする?」

「ミーちゃん、梅沢さんがいそうな場所を教えて」

「えええっ。そんなこと言われてもな……。でも、漫画だと不良はだいたい屋上にいるよね」

 ミーちゃん、いつの時代のヤンキー漫画を読んでいるの?

 と、心の中ではツッコミを入れつつも、手がかりのまったく無い現状を打開する案も浮かばず、結局ミーちゃんの言葉に従い私たちは屋上に向かった。

 屋上の重い扉をゆっくりと開く。

 おだやかな春風に金髪の長い髪をなびかせ、フェンスにもたれて遠くを見つめる梅沢さんが1人で立っていた。

「あっ、いたー。美智子ちゃんすごーい! 当たったー」

 ハルちゃんが驚き、嬉しそうな声を上げた。

 いやいや、私も最初から信じてたよ。ミーちゃんの漫画の知識ハンパねっす。

「おーい、梅沢さーん。一緒にお昼食べよー」

 声をかけると彼女は振り向き、舌打ちをした。

「なに? アタシ、1人で食べたいんだけど」

「昨日、話できなかったからさ。ほら、ハルちゃんも連れて来たよ。こっちは私の幼馴染で親友のミーちゃんだよ」

「陽子ちゃんのクラスメイトの船橋美智子です。私は陽子ちゃんの通訳みたいなものなので、気になさらずに……」

 通訳ってなにさ!私、ミーちゃんと同じ日本人ですから!

「……うざい」

「まあまあ。ウメちゃんはさ、いつもお昼1人で食べてるの?」

 フェンスに寄りかかり、あからさまに不機嫌な顔をする梅沢さんに尋ねた。

「うっ、ウメちゃん!?」

「梅沢さんだからウメちゃんだよ。あだ名で呼ぶとなんだか雰囲気よくない? 持田さんにも付けて上げたいんだけど、いいのが思い浮かばないんだよね。それに持田さん怒りそうだし」

「うんうん。持田さん、どんなあだ名でも絶対怒りそう」

 ミーちゃんが頷いた。

「フミちゃんが無難じゃないかなあ。モッチーは確実に地雷だと思うよ」

「プッ。プハハハッ。なんだよ、それ。超うける」

 マジメな顔で答えるハルちゃんを見て、ウメちゃんは声を上げて笑い出した。そしてその場に座り込み、巾着袋から取り出したお弁当を広げた。私たちも腰を下ろし、それぞれお弁当を取り出す。

 ウメちゃんが手作り弁当なのは意外だった。どちらかというと購買でパンを買っているイメージだったから。それに、お弁当の中身も手の込んだオカズが多く、ご飯もふりかけやそぼろでキレイに彩られていた。

「梅沢さんのお弁当、キレイだね」

 ハルちゃんがお弁当を覗き込む。

「そお? あ、カヤでいいよ」

 ウメちゃんは、褒められてまんざらでもなさそうに、しかし素っ気無く答えた。

「ホントだあ。いいなあ。うちのお母さん、ときどき昨日の夕飯の残り物とか入れるんだよね。カヤさんのお母さんは料理上手だね」

「……アタシだから」

 ウメちゃんはボソッと言った。

「えっ?」

「……作ってるの、アタシだし……」

「えええーーー!」

 ハルちゃんとミーちゃんが驚きの声を上げる。

 私もびっくりはしたけれど、なぜかウメちゃんらしいなと感じるものがあって、2人ほど大きなリアクションはとらなかった。

「アタシ、1人暮らしだから。別に料理とか好きじゃないけど、自炊とか節約のためだし……」

「すごーい。梅沢さん1人暮らししてるの? 憧れるなー」

 ミーちゃんが目をキラキラさせながらウメちゃんに顔を近づける

「ち、近いし。実家が愛知だから通えないんだよ。別に、すごくないし」

「ねえねえ、カヤさん、朝ごはんと夕飯の献立は? おやつは?」

「別にフツーだし。っていうか、おやつって何だよ!?」

 ハルちゃんのボケにキレの良いツッコミを入れたウメちゃんは、グイグイ寄ってくる2人を押し返しながら、私に助けを求めるような視線を向けた。

「1人暮らしのウメエッティ!! うみゃい!」

 ウメちゃんの弁当箱から、アスパラのベーコン巻きを素早く拝借して口に放り込む。

「全然うまくねーよっ。ぶっ殺す!」

 ウメちゃんがムッとした顔で睨んできた。

 いやいや、ギャグじゃなくてベーコン巻きをうまいと言ったんだけどね。ちょっと伝わらなかったかしらん?

「あー、陽子ちゃん、ずるーい。私も」

「カヤさん、ご馳走になります」

 ミーちゃんとハルちゃんが、いっせいに手を伸ばす。

「あっ、それは楽しみにとっておいた、おい、ご馳走してねーし。バカ、アタシの食うならアンタのよこせっ」

 私たちは壮絶なオカズ争奪戦を繰り広げながら、ワイワイと盛り上がった。

 いつの間にかウメちゃんとすっかり打ち解けた私は、明日の部活のことを彼女に話した。体育館の中でボールとコート、それにゴールを使って練習ができる貴重な練習日であることを伝えると、ウメちゃんは少し黙ってから「わかった」と短く答えた。そして私の目を真っ直ぐに見て、見学に行くことを約束してくれた。

 部活の話で少し表情を固くしたウメちゃんだったけれど、ハルちゃんとミーちゃんに話しかけられ、すぐに怒ったり笑ったりと、さっきまでの彼女に戻っていた。

 そんな、ちょっぴり楽しそうなウメちゃんを微笑ましく見つめながら、私は自分のダシ巻き卵をつまみ、彼女のお弁当箱にそっと差し入れした。

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