第4話 孤独じゃなくて孤高なんです!①
今朝はいつもより1時間早く起きて登校した。
バレーサークルと一悶着あった後、ハルちゃんは我がバスケ部の部員となったわけなのだが、バレーサークル部長が私たちの放課後の体育館使用について、生徒会へ猛烈に抗議を行った。その結果バスケ部は厳重注意を受け、体育館の使用を禁止されてしまった。
しかし、塩屋先生が生徒会に掛け合ってくれたおかげで、バスケ部が正式な部として認可された場合は体育館使用禁止を解いてもらえることになり、さらに朝の時間帯に限り、体育館の使用許可をもらえたのだ。
そういう訳で私たちは朝練をすることに決め、こうして早朝から学校にやってきたのである。
塩屋先生、グッジョブ!
「フワ~、ファ」
渡辺先生があくびをして、眠そうにまなこをこする。
「先生、早くカギ開けて」
「慌てなくったって、体育館は逃げないわよ。こんな朝早くから、よくやるわね」
「あったりまえじゃん。オールコートだよ。バスケットゴール使いたい放題なんだよ!」
先生を急かして体育館の扉のカギを開けてもらい、私は1番乗りでコートに入った。
「先生戻るけど、終わったら片付けと施錠ちゃんとやってね。カギは私に返却してちょうだい。時間厳守でね。米山さん、あとよろしくね」
「はい、わかりました」
「よっしゃー、やるぞ!」
「飯田さん、アップとストレッチちゃんとやってからですよ」
米山先輩に言われたとおり、私とハルちゃんはアップとストレッチを速やかにこなし、待ちに待ったシュート練習を開始した。
私はランニングシュートを左右10本ずつ、ゴール下でのシュートを連続50本決めてから、ミドルシュートの練習を行った。
ハルちゃんは米山先輩の指導のもと、ランニングシュートを練習している。すぐにコツを掴んだらしく、利き腕右側からのシュートは、ほぼ100パーセント近い確率で決まっていた。
走りこんで跳躍し、ボールを持った右手をゴールに向かって伸ばす姿がとてもキレイで、つい見とれてしまうくらいだ。
ハルちゃんのすごいところは高い運動能力。中学時代にバレー強豪校のスタメンだったわけだから当たり前かも知れないけど、スタミナ、瞬発力、動体視力が私とは比にならないくらい。そして一番の武器は並外れた跳躍力。
今もすでに、ランニングシュートを30本以上続けているのに、高い打点の位置が全く変わらない。
ハルちゃんの資質には、いい意味でホントに驚かされてばっかりだ。
「ハイ、ラストー!」
米山先輩が声をかけてパスを送る。
胸元でしっかりとキャッチしたハルちゃんは、左手でドリブルして走り出す。
スピードを落とすことなく勢い良く踏み込み、高く跳び上がったハルちゃんは左手を伸ばしてボールを放った。
ガコっ!
シュートは外れ、リング当たって跳ね返ったボールがハルちゃんの顔面に直撃した。
着地したハルちゃんが顔をおさえてうずくまる。
「テテテテ」
「飛鳥さん、大丈夫ですか? ちょっと見せてください」
すぐに米山先輩が駆け寄り、顔を覗き込む。
「ハルちゃん、大丈夫?」
「へへへ。外しちゃった。ラスト、きっちり決めようって思ったら、力んじゃった」
ハルちゃんは涙目になりながら、私と先輩を見て照れくさそうに笑い返した。
よかった、怪我してなくて。
「大丈夫そうですね。着替えもありますし、ストレッチをしてから、もう上がりましょう」
「はい」
「はーい」
ボールを片付けてストレッチを終えた私たちは、モップをかけて体育館をあとにした。
更衣室で制服に着替えて米山先輩と別れ、私とハルちゃんは講師室に寄って渡辺先生にカギを返却した。
先生はまだ眠たそうな顔をして、あくびをしながらノートパソコンのキーボードを叩いていた。
「先生、カギ返しにきたよ。放課後は体育館使えないんだよね。練習どうしよう?」
「走りこみとか、筋トレでいんじゃない?」
渡辺先生はカギを受け取りながら、ノートパソコンの画面を見たまま適当な返事をした。
「ねえ、先生まじめに考えてよ。コーチでしょう」
「でも陽子ちゃん、実際に今できることってそれくらいしか無いし。それに私は初心者だから、フットワークの練習もたくさんやらないと」
「そうそう、フットワークは大事よ。バスケの基本は足腰よ」
先生が、ハルちゃんの意見にここぞとばかり便乗してくる。
「まあ、ハルちゃんがそう言うならいいけど……」
「はい、放課後の練習も決まったところで、解散。ほら、教室戻りなさい。授業始まっちゃうわよ」
先生に押し返されるように講師室を出た私たちは、それぞれの教室へ向かった。
確かに基礎となる体力つくりは大事だし、フットワーク練習だって大切だ。でも、放課後の時間にまったくボールやバスケットゴールが使えないのは大問題だ。今月中に部員を集め、バスケ部を発足させて体育館で練習したいけど、それも出来るかどうかは分からない。
あー、考えれば考えるほどこんがらかって、いい案が浮かばないよ。
渡辺コーチもあくびばっかりしてないで、ちょっとはマジメに考えてよね。
「おはよう。陽子ちゃんにしてはめずらしく、難しい顔してるねえ」
ミーちゃんが私のそばに来て元気にあいさつする。
「うーん、ちょっとねえ。放課後の練習のことで悩んでいて……」
「ああ、体育館、使えなくなっちゃたんだよね?」
「うん。せっかく1人、部員が増えたのにさ。5人集まるまで、ずっと走ったり筋トレばっかりっていうのもどうかなあって思ってさ」
私は独り言のように、小さな声で愚痴をこぼした。
「市民体育館って借りられないのかなあ?」
「へっ?」
「駿河市民体育館だよ。駿河駅の近くにあるでしょ。学校からだと、歩いて15分くらいかなあ? 利用料が必要だし、コートを予約している他の団体もいるかも知れないから、毎日は無理かも知れないけど、週1、2回くらいなら、可能じゃないかなあ?」
ミーちゃんは少し考えながら話した。
「それだっ! ミーちゃん愛してるぜい!」
「わっ!」
いきなり立ち上がって、勢い良く私に抱きつかれたミーちゃんは驚き、けっこう迷惑そうな顔で、しかしちょっぴり嬉しそうに微笑んだ。
そうか、そんな方法があったとは、完全に盲点だった。学校の体育館が使えないなら、公共の施設を使えばいいんだ。よし、昼休みにハルちゃんと米山先輩に教えてあげよっと。きっとビックリしたあと、褒めてくれるぞ。
ミーちゃん、グッドアイデア!
昼休みお弁当を食べ終え、早速ハルちゃんに市民体育館の件を伝えにいこうとした矢先、米山先輩がハルちゃんと一緒に教室にやってきた。
「お昼休み中にすみません。放課後の練習についてお話したいことがあって来ました」
「あ、ちょうど私もお話したいことがあったので。先輩からどうぞ」
ハルちゃんと米山先輩が空いてる席に座った。
「まず、これを見てください」
先輩がスマホを机の上に置いた。
「駿河市公共施設ネット予約システム?」
「あ、これって市民グラウンドとか体育館とかを予約できるサイトですよね?」
ハルちゃんの問いに先輩が頷く。
「ここから、駿河市民体育館のページに飛んで、利用施設はアリーナを選択します。今週はアリーナ2分の1が木曜日の夜間に空いています。今月の予約状況を確認すると、だいたい火曜日と木曜日は空いています」
「そうか、これなら週1、2回は体育館で練習ができますね!」
「部費が無いので自腹になりますが、先生方にもお願いして協力していただきましょう」
「そ、そーですね! さすがマネージャー」
話の内容は喜ばしいのに、私の言いたかったことを丸々言われちゃって、素直に喜べない複雑な気分……。
「陽子ちゃん残念だったね。市民体育館のこと言って、せっかく米山先輩に褒めてもらおうと思ったのにね」
ミーちゃんが私の肩をポンと叩いた。
人の心を読むんじゃない!
「あっ、飯田さんの話って、それだったんですか?」
「はい。実はミーちゃんのアイデアですが、良い意見を柔軟に受け入れ、素直に発言しようとした私の実行力を褒めてやってください!」
「陽子ちゃん、要するにそれパクリだね」
優しい声でツッコむハルちゃんに皆が爆笑した。
良かった。体育館で練習ができる。
安心した私は、大いにお腹の底から笑った。
放課後の練習は、1周約500メートルある学校の外周コースのランニングから始まった。米山先輩にタイムを計測してもらい、私とハルちゃんは5周、約2.5キロを走る。
中学の頃は陸上部で走っていたから体力には自信があったし、これくらいの距離ならハルちゃんに勝てるかも、なんて考えていたら、一度もリードすることも適わずにスタートからゴールまでハルちゃんの背中を追いかける形になってしまった。
ランニングの次はダッシュ10本、坂道ダッシュ10本とひたすら走りこみを続けていく。
「次、あれいきましょう」
米山先輩が笑顔で指差した先は、学校の近くにある神社へと続く長い階段だった。
「マジっすか?」
「はい、マジです」
さわやかに返事する優しい米山先輩が、鬼に見えた。
さすがのハルちゃんも苦笑いを浮かべる。
「陽子ちゃん、頑張ろ!」
ハルちゃんに励まされ、私は重い足を引きずって階段の前のスタート位置に立った。
「じゃ、1本目。よーいスタート!」
先輩の合図で階段を一気に駆け上る。太ももが悲鳴を上げるのが聞こえてくるような気がした。
階段を上がって神社にたどり着くと、私はその場に倒れこんだ。
ハルちゃんは苦しそうに肩で息をしながら、両手を膝についてうつむいている。
神社は周囲を背の高い木々に囲まれ、少し涼しく感じる。時々吹く風が心地よい。
「飯田さーん、飛鳥さーん、早く戻ってきてくださーい。2本目いきますよー」
「ゲッ」
下の方から米山先輩の大きな声が聞こえた。
「陽子ちゃん、ファイト」
差し伸べられたハルちゃんの手をギュッと掴んで体を起こす。
「次でラストになるように、神様にお願いしてから行かない?」
「えっ、私、お賽銭持って来てないよ」
私の冗談にハルちゃんが真顔で答える。
それが可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
「よし、階段ダッシュもう1本いくぞー!」
「オォー!」
元気に掛け声を出し、2人で階段を駆け下りた。
走りこみのあとは中庭の芝生の上で、腕立てや腹筋、背筋など筋トレを行った。
一通り本日の練習メニューをこなすと、タイミングよく渡辺先生がスポーツドリンクの差し入れを持ってやってきた。
「よくこんな所でトレーニングするわね。けっこう目立ってるわよ」
「校舎の中よりマシだよ。中庭の方が人少ないし」
「それもそうね。あ、市民体育館の件だけど、利用料は塩屋先生が半分負担してくださるそうよ。で、あとの半分は私と荒井監督が出します」
渡辺先生が胸を張って言った。
「おーーー! やったー」
「ありがとうございます」
私がガッツポーズしている横で米山先輩とハルちゃんが頭を下げる。
「部員が集めって、早く学校の体育館が使えるといいわね」
「先生、誰か心当たり無い? 部活やってなくて、バスケ好きそうな子?」
「無茶言わないでよ。先生そんなに生徒と話す機会無いんだから」
先生が口を尖らせて抗議する。
「部活ではしゃべりまくりなのにね」
「ハハハ。そう言えばそうだよね。先生、授業のときとイメージ違うんで、最初びっくりしました。普段は勉強のこと意外は話しかけずらいというか、隙が無い雰囲気なので。部活のときはすごい親しみやすくて、楽しいお姉さん的な存在です」
「飛鳥さん、それ褒めてるのかしら?」
先生は複雑な表情で笑みを浮かべた。
「私は、お会いしたときから今のコーチしか知りませんので、飛鳥さんと飯田さんの話を聞いて逆に意外でした。キレイで冷静でスタイリッシュな一面もあれば、優しくて、フレンドリーで面白い一面もある、そんな渡辺コーチは素敵だと思います」
「あ、ありがとう米山さん。素直に嬉しいわ」
先生は少し恥ずかしそうにお礼を言った。
「さらに、自称百戦錬磨の渡辺コーチが合コンで男性陣に見せる一面にも、すごく興味があります」
「そ、そんな、百戦錬磨だなんて……っておいっ! 飯田っ、勝手に話を盛るなあああ!」
「わっ、何で私? だって先生言ってたじゃん。モテモテだってー」
鬼の形相で追いかけてくる渡辺先生から必死で逃れる。
何なのこれ?鬼から逃げるトレーニングなの?
人には色々な一面があるってことを知った放課後の練習だった――
体中がズキズキ痛む。特に足。
昨日の走りこみと筋トレがボディブローのように効いている。
その上、今朝もシュート練習をみっちり1時間近くやったものだから、すでにもうクタクタなわけ。
「陽子ちゃん、おはよう。朝からすでにお疲れモードだねえ」
「ミーちゃん、おはよ。昨日の練習がキツくてね。朝練もしたからもうクタクタなの」
「フフフ。これは1時限目から爆睡が期待できますな」
ミーちゃんが意地悪く笑った。
「ミーちゃんの友達でバスケ部に入ってくれそうな子いない? 昨日、渡辺先生に聞いたら鬼と化して追い掛け回され大変だったよ」
「何それ? 意味わかんないよ。でも、私と同じ中学出身の子は皆、特進コースだから部活やサークルには入ってないと思うけど、どうかなあ?」
「バスケに興味ありそうな子いない? 誰か紹介してよ」
期待を込めてお願いする。
「みんな、運動苦手な子ばっかりなんだよね……」
「ミーちゃん並に?」
「そう、私並もしくはそれ以下……って陽子ちゃんひどーい!」
怒ったミーちゃんが私の肩をグイグイ揺さぶる
ミーちゃんは幼稚園の頃から運動が苦手だ。
小学校の体育の時間は、いつも憂鬱そうな顔をしていたのを覚えている。
「あっ! 1人いた。運動得意な子」
肩を揺らす手を止めて、ミーちゃんが声を上げた。
「ホント? じゃあ、その子紹介して。私、誘ってみるから」
「うーん……でも、無理かも知れないよ。ちょっと、気難しいところあるし……」
ミーちゃんは唸りながら、ちょっと考え込んだ。
「その時は当たって砕けるだけさ! 行動しないと何も生まれないからね。じゃあ、昼休みによろしくね」
「陽子ちゃんらしいね」
ミーちゃんは微笑むと、自分の席に戻った。
間もなくして国府方先生と塩屋先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。
ミーちゃんの友達、どんな子かなあ?一緒にバスケできたら嬉しいな。
光城学園には普通科クラスと、難関大学を目指す特別進学クラスがある。私たち1年生の特別進学クラスは8組と9組の2クラスである。
昼休み、ミーちゃんと私は8組の前で、少しだけ開いた扉ごしに中の様子をうかがっていた。
「ねえ、ミーちゃん、何で覗き魔みたいなことやってんの? ミーちゃんの友達いるんでしょ? 早く入ろうよ」
「陽子ちゃん、押さないでよ。話しかけるタイミングが難しいの。間が悪いと、話しづらい空気になっちゃうから。で、何で陽子ちゃんお弁当持参なの?」
ミーちゃんが呆れながら小声で尋ねる。
「まあ、ランチがてら会話をすれば盛り上がるかなあ、と思いまして。弁当を食べる勢いで、そのまま入部みたいな展開が――」
「ありません!」
ミーちゃんが断固否定したその時、ガラガラっといきなり扉が開いた。
「船橋さん、さっきから何をしているの? 用事があるなら入ってくればいいでしょう」
丁寧な口調の中に若干冷たさを感じる声の主は、背中まで伸ばした艶やかな黒髪が印象的なキレイな生徒だった。
「う、うん。では、お邪魔しまーす」
ミーちゃんはなぜか緊張気味に、偉い人の家に入るような様子で教室に足を踏み入れた。
どうやら、彼女がミーちゃんの友人みたいだ。
おっとりとして可愛らしいミーちゃんとは対照的に、大人っぽくて美人な子。小さな顔の輪郭がシャープで、切れ長な目をしているせいか、性格はちょっとキツそうな感じ。
「それで、用件は何かしら?」
彼女は自分の席に戻ると、ミーちゃんに尋ねた。
「高校に入って話してなかったから、持田さん最近どうかなあって――」
「前置きは結構よ。ちなみに中学のときも船橋さんとはあまり話していないわ」
「あうっ……」
的確なツッコミを食らい、ミーちゃんは言葉を詰まらせる。
「はじめましてー。ミーちゃんの幼馴染の飯田陽子です! 持田さんて、渡辺先生と雰囲気似てるね。クール&ビューティみたいな。あ、でも渡辺先生ホントは残念&フレンドリーなんだ」
「初めまして、持田文香です。飯田さん、私、渡辺先生を知らないの。だから、私と似ているかどうかという議論をここですることはできないわね。あと、渡辺先生に対して興味は無いから、それ以上の情報は不要よ」
持田さんは少し早口で答えた。
「ミーちゃんから聞いたんだけど、持田さんスポーツ得意なんだってね。バスケ部に入ってよ」
「丁重にお断りするわ」
「そっかそっかー。私これからお昼なんだ。一緒にお弁当食べながら説明するね」
空いている椅子に座って持田さんと向かい合い、彼女の机の上に自分の弁当を広げる。
「あなた、私の話聞いてる?」
「では、そろそろ私はこの辺で。あとは若いお二人でゆっくりと」
「そんなお見合い風の演出いらないわよ。ちょっと船橋さん、この子持って帰りなさいよ!」
いやいや、私ミーちゃんの所有物じゃないし。
拾った野良猫を押し付けられて迷惑しているかのような持田さんに、会釈しながらミーちゃんはそそくさと8組から退室した。
「コホン。持田さん、やっと2人っきりになりましたね」
「お見合いネタ、まだ続いているの? 一応ツッコんでおくけれど、教室には私たち以外10人の生徒がいるわ」
「僕には君だけしか見えない! バスケ部に入ってください!」
机に両手をついて頭を下げる。
「お見合いネタに上手く部員勧誘をマッチさせたことは賞賛するけれど、お断りするわ」
「持田さんって、お笑いけっこう好きなんだね。あっ、卵焼きおいしそー」
「あなたと話していると疲れるわね。良かったらどうぞ」
持田さんは深いため息をついた後、自分のお弁当箱から卵焼きを1つ摘まみ、私のお弁当に乗せてくれた。
「ありがとー。いただきまーす。んー、おいしい!」
「そう、良かったわ。一応私の手作りだから」
持田さんが初めて笑った。
ほんの少しだったけど、嬉しそうな表情でとても優しい笑顔だった。
持田さんと一緒にお弁当を食べながら、一方的にバスケ部の説明をしたり、時々勧誘して邪険に断られたり、かみ合わない会話をしてお昼を過ごした。
「そろそろ教室に戻るね。持田さんと話せてすごい楽しかった。また来るね」
「会話はつまらないものだったけれど、あなたを見ていて面白かったわ。でも、もう来なくて結構よ」
「最後に、バスケ部入部を前提に私と付き合ってください!」
「お断りするわ」
冷静な口調でキッパリ断られたが、持田さんの目は笑っていた。
最初はもっととっつき難い子なのかと思ったけど、意外にノリが良くて優しい子だった。ミーちゃんの言うとおり、確かに気難しいところはあるけれど、もっとたくさん話せば仲良くなれそうな気がする。
よし。放課後は市民体育館で練習だから、見学に来ないか誘ってみよう。
放課後、ミーちゃんと2人で再び8組の教室を訪問した。
「持田さん、待ってたよー」
ホームルームを終えて教室から出てきた持田さんに声をかけた。
「あなたと待ち合わせをした記憶は無いのだけれど」
あからさまに迷惑そうな顔をすると、持田さんは立ち止まることなく歩き続けた。私も彼女の横に並んで歩きながら話をする。
「今日さ、市民体育館で練習するの。見学に来ない?」
「お断りするわ」
「持田さんて電車通学だよね? ミーちゃんから聞いたんだけど。体育館、駿河駅の近くだよ」
「市民体育館が駅の近くなのは知っているわ。私、バスケには興味ないの。だから行かない」
持田さんはギロリとミーちゃんをにらみ付け、強い口調で断った。
その迫力に負けじと粘る。
「スポーツ得意って聞いたけど、バスケは苦手だったりして」
「そんなわけ無いでしょ! 大抵の球技は楽にこなせるわ」
あ、食いついてきた。この感じはいい流れに持っていけるかも。
「でも、試合したらさすがに私には勝てないと思うな」
「勝てるわ。100パーセントの確率でね」
持田さんが自信満々の表情を浮かべる。
「口で言うのは簡単だけどねえ。証明してくれないと」
「臨むところよ。いいわ、勝負しましょ。その代わり、私が勝ったら2度とつきまとわないって約束して。もし、あなたが勝ったら、何でも言うことを聞いてあげるわ。万が一にもそんな奇跡は起こらないでしょうけどね」
持田さんは不敵な笑みを浮かべていた。
もっとクールな性格かと思ったけど、負けず嫌いなんだ。思惑通りにことが運んで逆に助かったけどね。
駿河市民体育館には自転車で5分くらい走って到着した。
持田さんを私の後ろに乗せて走り、ミーちゃんはハルちゃんの後ろに乗せてもらった。走っている最中、持田さんには「違反行為だ」とか「危険運転」とか、後ろから散々なじられた。体育館に着いて彼女を降ろすとやっと静かになった。
「陽子ちゃん、スピード出しすぎ。しかも2人乗りだし。後ろから見てヒヤヒヤしたよ」
ハルちゃんとミーちゃんが少し遅れて到着する。
「光城学園のエーススプリンターとは私のことよ」
「ハハハ。自転車部無いし」
ハルちゃんが笑う。
「私、受付を済ませておきますから、皆さんは着替えてきてください。更衣室とアリーナは2階です」
「はーい」
「では、お先に。先輩よろしくお願いします」
米山先輩は手続きをしに受け付けへ向かった。私とハルちゃんと持田さんの3人は2階の更衣室で着替えを済ませてアリーナに入った。
受付を済ませた米山先輩が、渡辺先生と荒井先生と一緒にやってきた。
「監督、来てくれたんですか。練習見てくれるの初めてですね」
「渡辺を乗せてきただけ。あと飯田、監督言うな」
荒井先生が無愛想に答える。
「渡辺コーチ、監督に乗せてきてもらったんですか?」
「そ、そうだけど。何よ?」
「いい大人が、2人乗りはダメですよ」
「車よ! ク・ル・マ!」
渡辺先生が目を吊り上げて声を張る。
「あ、今日1人見学っていうか、そうだ、体験入部だ。一緒に練習する1年8組の持田文香さんです。持田さん、コーチの渡辺先生と、監督(仮)の荒井先生だよ」
私が紹介すると、持田さんはコーチと監督に会釈した。
「8組ということは、特進クラスよね? 勉強最優先のために、体育会系の部活やサークルに入っている生徒はいないようだけど、持田さんは平気なの?」
「平気ではありません。飯田さんの勧誘が新聞店並にしつこさ極まりないため、試合をすることにしました。私が勝てば飯田さんは勧誘をあきらめる、飯田さんが勝てば私が彼女の言うことを何でも聞く。それが条件です」
「飯田さん、強引な勧誘はダメでしょ。しかも特進クラスの生徒を。まったく、あなたって子は……」
渡辺先生はため息をつき、呆れ顔で私を見つめた。
「ハハハ。おもしれーことになってるな。よし、渡辺、審判やってやれ」
「荒井監督(仮)ちょっと待って。まずはアップしないと」
「時間が勿体無いわ。私は一刻も早くこの場所から去りたいの。飯田さん、素人相手にアップ無しじゃ不安なのかしら?」
持田さんが挑発的に尋ねた。
「私は別にいいよ。米山先輩、いいですか?」
先輩は苦笑いしながら、「しょうがないなあ」という感じに頷いた。
「ハルちゃんゴメン。先に持田さんと試合させて。すぐ終わると思うから」
「陽子ちゃん、頑張れ!」
ハルちゃんは、胸の前で両手をギュッと握り締め、激励してくれた。
「私が先攻でいいかしら?」
バスケットボールを持った持田さんが、ゴールを背にする私の前に立った。
「よーし、こい!」
彼女から少し離れてディフェンスを構えた。
持田さんの瞳は怖いくらいに闘志むき出しの状態で、私をにらみ付けていた。
「大丈夫かなあ。陽子ちゃん、余裕みたいに言ってたけど……」
「船橋さん、きっと大丈夫だよ。部活に入ってなかったとはいえ、経験者の陽子ちゃんが負けることはないですよね?」
ミーちゃんが不安そうに呟くのが聞こえた。
それをかき消すように、ハルちゃんが私の勝利について米山先輩へ同意を求めた。
「持田さんって、何だか雰囲気がありますね。飯田さんと対峙して、ホイッスルが鳴る前からすでに駆け引きに入っている感じが、素人らしくありませんね。船橋さん、持田さんってどんな方なんですか?」
「一言で表すと天才です。勉強でもスポーツでも。スポーツの中でも特に球技はずば抜けています。体育の授業で練習しただけで、本職の部員の子たちと張り合えるレベルなんです」
米山先輩の質問に、ミーちゃんはさらに不安を増したような声で答えた。
「ハハハ。そりゃ、なおさら面白くなってきた。ま、センスある奴って実際いるからな。天才VS努力家の1ON1ってわけだな。おーい渡辺、早く笛吹け」
「まったく、私に審判押し付けていい気なものね。荒井先輩が自分でやればいいじゃない」
すぐそばの渡辺先生がブツブツと愚痴るのが聞こえた。
先生がホイッスルを口にする。
視線は持田さんに向けたまま、もうすぐ鳴り響くのであろう笛の音に耳を集中させる。
静寂の体育館の中、持田さんもジッとその瞬間を待っている。
彼女と目を合わせ、なおかつ体全体を捉えつつ、すぐに反応できるように神経を研ぎ澄ませる。
ピーーー!
張り詰めた空気を切り裂くようにホイッスルが鳴り響いた――。
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