第34話 帰還
ライアスは剣を鞘に納めた。遠慮がちに鳴った高い金属音が僅かな静寂を打ち破る。
子ども達の無事を確認したライアスは、無残な賊の姿を尻目に口を開いた。
「さて、お前たちに訊きたいことは山ほどあるが……ひとまず無事で何よりだ。村に戻るとしよう。ハクの怪我を診てもらわんとな」
各々それに頷き返し、ライアスを先頭にしてハク達も続く。
それぞれがそれぞれの思いを胸に秘めながら、水色の世界に足音を響かせる。
(——本当の親や兄弟であったならば……。こんな時はどのような表情をして、何と言葉をかければ良いのだろうか。怒るべきか、はたまた褒めるべきか……)
歩みを止めないまま、ライアスは思考の渦に飲まれていく。
(——私の父上であれば、勝手に出歩いたことに対して大層叱ったであろうな。母上であれば……)
ハクやラドへの接し方を考えるうちに、そのまま自身の過去を思い出していくライアス。
「没落家系……か」
すでに克服したと思っていた。しかしフルーレに言われて思い返してしまうあたり、その過去は未だ大きなしこりとなって自身を
勝手にこぼれ出た小さな独り言は、幸いにも隣を歩くラドの耳にしか拾われなかった。
「ライアス?」
地面を四足で歩くラドが、怪訝そうにライアスの顔を見つめる。
「ああ、いや……何でもない」
「その……勝手にこんなところまで出歩いてごめんなさい。でもまさか、外がこんなに危ないところだって知らなかったんだ」
ライアスが怒っているものだと勘違いしたラドは、年相応の言い訳も少し含みながら謝罪する。
「……外が全て危険だとは言わん。だが間違いなく、お前達だけで出歩くのは危険だ。……しかし今回の件に関して言えば、様々な他の要因が重なった結果だろうからな。そこまでとやかく言うつもりはない」
接し方をあれこれ考えていたライアスだったが、かける言葉は自然と口から紡がれていった。
「ライアスの言葉遣いってさ」
「どうした?」
険の無いライアスの表情に、ラドは胸を撫で下ろす。
「たまに難しくて、分からない時がある」
「む……」
—— — — —
そうして歩みを進めた頃。
一団の後方を歩いていたディオネは、自身の左斜め前を歩く
「綺麗な羽ね」
極彩色の翼を広げ、少女は満面の笑みを伴いながら振り返る。
「ありがとう! そういうあなたの髪も、とっても素敵な色!」
「そ、そう……? そういえば、怪我とか大丈夫!? あいつらに酷いことされなかった?」
普段からその髪の色のせいで蔑んだ視線を浴びせられているディオネ。コンプレックスの根源を褒められても、内心では嬉しさよりも困惑しているのが本音だった。
まるで裏表のない純粋な称賛に顔を赤らめながら、ディオネは何かを紛らわすかのように質問を重ねる。
「んー、寝ちゃってたからあんまり覚えてないんだけど。とっても怖くて全然声が出なかったの……。だから歌が歌えなかったのは辛かったな。……あっ! でも怪我とかは大丈夫!」
落ち込んだり微笑んだりと表情を変えながら、少女は太陽のような笑顔をディオネに向ける。
周囲に壁を作り、心の平穏を保っていたはずだった。しかしその真っ直ぐな眩しさに、心の壁が少しずつ融解していくのをディオネは感じていた。
「そういえば歌を歌っていたわね。すごく綺麗だったわ。もし良ければ、また何か聞かせてくれない?」
「もちろんっ! あっ、あたしエウテル! 友達はみんなエルって呼ぶわ。あなたは?」
「あたしはディオネ。よろしくね、エル」
少女二人はお互いに微笑み、その歩みを進める。人族、竜族に続き、
—— — — —
太陽がその日の役目を終えて星達が顔を出そうかとしていた時分に、一行は村に到着した。
すでに村中にハク達不在の噂が広まっていたのか、村民達はハク達の帰りを村総出で出迎えた。イリーナを中心に、ハク達の帰還をそれぞれ口にする。
その中のレントの両親と思わしき妖精族(ようせいぞく)の男女が出てくるや否や、すぐさま息子を抱擁する。彼らの表情は怒っているような泣いているような、実に様々な感情を隠せないものだった。
レント本人も両親を前にした途端、我慢の堰が切れてしまい、母親の腕の中で涙を次々と流したのだった。
「レント、レント……!! あんたって子は本当に、いつも心配ばかりかけさせて!!」
「ごめ……なさい……。ごめん……なさい!」
いつもの態度はどこへやら、レントは母に抱かれながら嗚咽と謝罪を繰り返した。
またハク達もイリーナに出迎えられ、そのまま村一番の屋敷へと向かう。
「じゃあな、ハク! ラド! ……それにディオネも。……また明日!!」
別れ際、ちょっぴり立ち直ったレントがハク達に泣き笑いの表情でそう言い残す。
ハクはそれに笑顔で応え、ラドとエルは翼を広げた。ディオネは少し涙ぐみながらも小さく手を振り返す。
ハクとラドの頭をわしゃわしゃと撫でながら、ライアスは改めて思う。
ハクとラドを預かる身として、あの母と子のように正面から向き合っていこう、と。
竜の咆哮 春日 智英 @tomohide-kasuga
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