第33話 剣戟
二本の剣が幾度も交差する。
儚い調べが流れるなか、気迫の息づかいと金属同士の衝突音が鳴り響く。
もう二十回は刃を交えたであろうか。女性とは思えない剣捌きでフルーレはライアスと交戦する。
力の強さでは男であるライアスに分がある。だが対するフルーレは、変則的な動きと小柄な体格を活かした素早さで立ち回り、ライアスと互角に渡り合っている。
ライアスは素直に驚いた。決して自惚れているわけではないが、自分の剣の腕には確かな自信がある。まだ本気ではないにしても、今ほどの技量をもって相対すれば、祖国の歩兵隊長程度ならばすでに勝敗が決しているだろう。
しかし目の前の人物は女性の身でありながら、それを容易く捌いている。
(執拗に首元や心臓など急所を狙う剣捌き。この女、表側で生きている者ではないな)
「見事な剣筋だ」
「天才騎士と呼び声高い、あなたに褒められるとは」
自身と同じく、会話を挟むフルーレには全く呼吸の乱れが見られない。その様子を見たライアスは、まるで祖国の近衛騎士団員と対峙しているような感覚に陥る。それにより、無意識のうちに警戒の度合いが上がっていく。
(どの型にも無い動きだが、身体の芯が全くブレていない。それに……)
「それにこの太刀筋……。暗殺の
「ふふっ。さすが、と言うべきでしょうか。確かに
フルーレは腰を落として態勢を低くし、左手の指先を床に付ける。逆手に持った剣を後ろ手に構え、気迫と共にライアスへと襲いかかった。
先ほどよりも速度を上げ、フルーレはライアスの足元を目掛けて剣を横に払った。
(——速い!)
瞬時の判断で、ライアスは剣先を真下に向けて防ぐ。再び甲高い金属音が鳴り響き、それは鍔迫り合いの音へと変わる。
「ふふふっ。これも防ぐとは」
「くっ……」
「——ならば」
フルーレは一足飛びで距離を取り、口角を上げたその口で何事かを唱え始めた。
「……風と共に舞え」
その声に呼応するように、フルーレの持つ剣が淡い緑の光を帯び始める。
「まさか……法具だと!?」
「ええ、そのまさかです」
法具。
ごく限られた地域でしか出土しない、
感応石は産出量が少なく、それに加え術法や
法具はこのことから、世界中を探しても、三十に満たない数しか存在しないと言われている。
ライアスが知る中でも、ルムガンド王国が保有する法具は二つ。
近衛騎士隊長の持つ、氷盾ニブルヘイム。もう一つは、ライアスを独房へと連れた近衛騎士ウルズの持つ、火剣フランベルジュ。
この二つとも、どちらか一つでも戦場に赴けば、戦況が数分で覆るほどの驚異的な威力を秘めている。
フルーレの持つ法具の威力がどれほどのものかは分からない。だが、ライアスは最大の警戒を心に留めた。
刃渡り七十センチほどの美しい光が、軌跡を輝かせながら空中を舞う。
(——正面はまずい!)
加速度を増した下からの斬撃が自身の喉元へ向かう。辛うじてそれに反応し、フルーレの剣をさらに下から
緑色の軌跡がライアスの頭上へと輝き、風の刃が天井の石柱を斬り裂く。
「初見でこれを躱されたのは初めてです。さすが天才と称されているだけはありますね」
「天才という言葉が嫌いでな。日々の修練の賜物だ」
ライアスは不敵な笑みを浮かべるが、首筋には冷や汗が伝う。
(正面から剣で防いでいたら……この風に斬られていた……!)
「威勢の良いこと。ですが……まだまだっ!」
フルーレは微笑みながら目を見開き、右手に持つ法具を光らせライアスへと襲いかかった。
先ほどと同じく、左斜め下から右斜め上へと斬り上げる逆袈裟の太刀筋。ライアスの対処も同様に、下から剣を掬い上げるようにして捌く。そしてまたしても天井に一筋の亀裂が走った。
フルーレは剣を掬われた慣性に逆らわず、ライアスの胸元を足で踏みつけて後方へと宙返りする。
そして着地する寸前、ライアスへと切っ先を向けて何もない空中を斬り裂いた。
空気を斬り裂く緑色の刃がライアスへと向かう。
(避け……られない!)
回避しようと思考したライアスだったが、自分の真後ろには、固唾を飲んでこちらを見ているディオネとハクの姿が。
守るべき者達の前で、騎士たる自分が避けるわけにはいかない。
「うおおぉぉぉーーー!!」
「ふふっ、ふふふっ……! まさか! これほどとは!!」
「はぁ……はぁ……」
「元歩兵隊長ごとき即座に斬り捨てて、ハク様と共に帰路に着こうと思っていましたが……気が変わりました」
フルーレは背中に手を回し、ローブで隠した鞘に剣を納める。ライアスとは異なり、フルーレに体力を消耗した様子は見られない。
「今日のところはここで引き上げることにします。ハク様の様子も確認できましたし、種を植え付けることもできました。それにあなたと共にいれば、ハク様も色々とお力をつけることができそうです。……ああ、またローブが汚くなってしまいました」
フルーレはその
ひらひらと自身の姿を確認を終えると、顔を上げ、ゆっくりと歩き始めた。そしてハクとすれ違う際、またしても甘い言葉を残していく。
「……ハク様、また時期が来たらお迎えにあがります。その際にはハク様はもちろん、お仲間の皆さんも歓迎いたします。……母君の無念を晴らすためには、我らと共にあるのが一番です。どうか、お忘れなきよう」
すでに抱擁を解いていたディオネが、代わりに掴んでいるハクの手をギュッと握る。
「ハク……。騙されちゃダメよ」
「……うん」
軽く会釈をして遠ざかっていくフルーレを目で追いながら、ディオネは小さな声でハクに語りかける。ライアスの叱咤が効いたのか、それに答えるハクも動揺せず頷いた。
未だ残る左頬の痛みと、左手から伝わるディオネの熱を確かめるハク。
茶色の瞳の中に見せていた陰りは鳴りを潜めている。
——(まだ幼い身でありながら、私に意志を伝えるか。——いや、幼いが故……か)
もうローブ姿の影は見えない。
次第にハッキリと聞こえてくる「竜」の声を聞きながら、自身も左手の熱に応えていくのだった。
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