第52話

 のんきな様子のジンたちとは対照的に、なぜか彼女は考え込むような、また恐れるような表情で俯き、ちらちらと落ち着きなく視線を彷徨わせている。

 思えば、彼女は遺跡を脱出してからほとんど喋っていなかったことを思い出した。疲弊していたとはいえ、息を喘がせる意外には独り言もなかったはずだ。

 ジンはいまさらにそれに気付くと、キュルとは逆の隣を歩く彼女に顔を向けた。

 しかし彼女は奇妙なことに、しばらくの間はまた押し黙ってしまう。どうしたんだと聞いても無言を貫

き、何かを迷っているようだった。

 やがてジンが首を傾げているのにも疲れた頃。ようやく、彼女は続けた。

「ボス、あの怪物を誘き寄せる時……『人間ひとり捕まえられない』とか言ってなかった?」

「なっ――!?」

 瞬間、思わず短い悲鳴を上げる。

 全身が震え、背筋に嫌な悪寒が走るのを、ジンは自覚した。

 ミネットが言っているのは、囮として禍を引きつけ、石柱で押し潰そうとした時のことだろう。ジンはそれを理解し、思い返した。

 彼女の指摘する言葉を吐いたことは、実のところ覚えていた。あの時点で半ば満身創痍の心地であったため、ほとんど頭も回らず、無意識的に発してしまっていたのだ。

 状況が状況だけに、気に留められないと思っていたのだが――

「い、いや、あれはほら、なんていうか!」

 ジンは必死に誤魔化そうと声を上げた。が、それは間違いだったに違いない。

「……なんていうか?」

 ミネットはその慌てようにますますもって嫌疑を強めたようだった。逡巡するようだった瞳を、明らかな疑いの眼差しに変えて、向けてくるのだ。

 おかげでジンはそれ以上に迂闊な、勢い任せの言葉を吐けなくなり、息を詰まらせるように口を噤んだ。

 いつの間にか立ち止まってさえいたらしい。ミネットが身体ごとを向けて、「どういうことなの?」と改めて聞いてくる。ジンはそれに気圧され、後ずさりそうになったが、そうしてしまえば彼女の疑い――つまりはジンが獣人ではなく、人間ではないかという推測――を確信に至らしめてしまうに違いなかった。

 そう思ったからこそ、ジンはその場で辛うじて堪えた。もっとも可能な限り素早く返答しないことには、同じことかもしれないが――

「そんなの簡単じゃないっすかー」

 口を挟んできたのは、キュルだった。

 思わずジンがきょとんとそちらを向き、ミネットも怪訝そうに視線を向ける。

 彼はあくまでも気楽な様子で、しかし顔だけは精一杯に真面目な様子で続けた。

「あれは親分の緻密な作戦だったんすよ!」

「……作戦?」

 聞き返したのは、ジンも同じだったかもしれない。が、ともかく。

「つまりああやって言うことで、あの怪物に人間がいると思わせて油断させたり、注意を逸らさせたりしようってことだったんすよ! 言うなれば――人間詐欺!」

「…………」

 ミネットは無言で、再びジンの方に向き直った。

 その視線の意味は真実を確かめるためだろう。ジンは咄嗟に、大きく頷いてみせた。

「そ……そうだ、その通りだ! あれによって油断させ、また俺が人間であると誤解させることで、注意を俺に向けさせ、壁に激突させやくしようという緻密な作戦だったんだ! しかも知能では圧倒的に獣人に勝ると言われる人間種族だ。それがここにいると思われれば、妙な頭脳戦は仕掛けにくくなるだろうと思ってな」

「流石っす、親分!」

 急遽自分でも理由を付け足して言うと、キュルが尊敬の眼差しで賞賛してきた。

 一方でミネットは、

「ふぅん……?」

 流石にキュルほど単純ではなく、疑いが完全に晴れたわけではないらしい。

 妙に心騒がされる、複雑な表情を向けてきたが……

 やがてそれが、平素なものに戻る。

「まあ、そうよね。ボスが人間なはずないわよね」

 ひとまずそれで納得してくれたらしい。彼女はくるりと向きを変えると、再び草原の街道を歩き始めた。ジンは胸を撫で下ろし、それに続く。

「ところでボス、これからどうするのよ? 遺跡は崩れちゃったみたいだし、次に狙うお宝の当てとかあるわけ?」

 横に並ぶと、彼女はそう聞いてきた。

 そこでようやくジンは気を取り直すと、よくぞ聞いてくれたという様子で咳払いをした。

 キュルとミネット。ふたりの部下が自分の左右にいることを確認して、言う。

「この本を読んでたらだな、気になる記述があったんだよ」

「気になる……っすか?」

「ああ。この辺りだな」

 と、古書を開いて指差す。

 もちろん獣人たちには理解できなかったようなので、音読してやる。

「『たのかた、志同じくする者あり。我らと末をたがうため、彼らに伝ふべからむ』」

「えぇと……どういうことっすか?」

「つまりだな」

 まだ理解できないようなので、ジンはさらに続けた。

 今度は完結に――ビシッと自分たちの進む街道の先を指差して。

「次の行き先は決まってる。お前らは俺について来いってことだ!」

 ニヤリと笑う。

 その横で、ふたりの獣人も同じような顔で頷いてみせた。

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獣人盗賊団 鈴代なずな @suzushiro_nazuna

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