エピローグ

第51話

■EP

 三人はそのまま、どうにか遺跡を脱出した。

 誰しも満身創痍の身体で足を引きずりながら、階段の上り下りすら時間をかけなければならなかったが、それでももはや妨害するなんらかの罠や生物、あるいは無生物の類も存在しなかった。箱の怪物だけは避けて通る必要があったが。

 遺跡を抜け、町で一度休憩を挟んでから、久しぶりの感がある陽光の下で、自分たちのアジトである廃宿を目指して進む。

 その頃、遺跡の一部に崩落が見られ、その原因が地下にあるらしいという噂話が持ち上がっていたが、ジンたちは全く無視して町を出たのである。

 いずれにせよ、自分たちのアジトを目指す道中。いくらは体力を回復させた三人は、口を利き合える程度にはなっており、遺跡崩落に関する調査の手が自分たちにまで及ぶことがないと確信できるほど町から離れた頃、やれやれと息を付いて口を開いた。

 左右に草原の広がる街道で、最初に喋り始めたのはキュルである。

「親分がおいらたちの命を助けようとしてくれたことって、触れてもいいんすかね?」

「ぶっ殺すぞ」

 即座に、ジンは告げた。

 もっともそうしてから、口を尖らせ視線を逸らしながらぶつぶつと続ける。

「あんなもん、ただ死体を見るのが気持ち悪いと思っただけだ」

「へー」

 感情の篭らない相槌に、ジンは隣を歩く部下に向かって犬歯を剥き出したが。

 ただ、それもすぐにやめて自問する。

(実際……俺にもよくわかんねえな。せっかくの大秘宝を捨てさせるなんて。あれさえ使えば、俺の野望が叶ったってのに)

 逃げる手段がなかったとはいえ、その判断を即座に下せたのは自分でも疑問だった。

 自分が秘宝を使った場合でも、死にはしないだろうが虐げられる存在に成り下がるはずの獣人である。それをなぜ即座に助けようと思えたのか。

(まして、あの場で俺が使うこともできたんだ。少なくとも、使おうとすることはできた。けど……俺はそれすらしなかった。考えもしなかった)

 自問は次々と浮かんでくる。なぜ、どうして、と。しかしどれにも答えは出なかった。

 ただ不愉快のような、安堵するような感情が自分の中で渦巻き、心を騒がせられていた。

「でもあの宝石、ちょっともったいなかったっすねー」

 心中を読んだように、キュルが言ってくる。それでジンは顔を上げ、彼の方を向いた。

「それにあれって、なんだったんすかね? 急にあの怪物も死んじゃって」

「……詳しいことは俺にもわかんねえよ。あそこにあった本を詳しく読めば、何かわかったかもしれねえけどな」

「あ、それなら」

 と言って、キュルは自分の背負ったリュックを漁り始めた。

 そしてその中から、一冊の古びた本を取り出したのである。

「これって……まさか、あそこにあったやつか!?」

「えへへー。あんまり何もないんで、つい持ってきちゃったんすよー。あ、あと他にも、石像の目玉になってた宝石とかもあるっすよ」

 彼は小さな赤い玉を取り出して、得意げに笑ってみせた。

「意外に抜け目ねえな、お前」

 呆れるやら感心するやらで言いながら、ともかくジンは古書を受け取った。

 もっとも開いてみても中身は相変わらず、ほとんどがわからないものばかりである。しかし薄暗い遺跡の地下室ではなく、陽光の下で根気強く読み解こうとすれば、多少は意味のわかりそうな、そして関連していそうな箇所を見い出すことができた。

 『かの秘、我らの鍵に非ず。我らの大なる末に非ず。くらき我らに掛かりし枷なり。かの秘抱くに生を与ふ。されど生死は表裏に非ず。表皮に隔たり触れるものなり。生を過ぐは失すに同じ』

「要するに……食べすぎで死んだってことか?」

 漠然と、ジンはそんな程度の理解を示して首を傾げた。

 隣ではキュルが「なるほどっす!」と「本当にそうなんすか?」の境で苦悩するような顔をして、同じように首をひねっていたが。

 しかしジンにとって最も重要な記述は、そんなところではなかった。

 それよりも古書には、自分たちを左右する重大な事実が仄めかされていたのである――

「ねえ……ボス」

 ふと。

 囁いてきたのは、ミネットだった。

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