第31話

 三人は目を丸くしながら、呆気に取られてじっとその場に立ち尽くした。

 ぐったりと力なく通路に横たわった蔦の群れ――

 しかしそれが、ゆっくりと起き上がろうとしていたのである。それこそ電撃を受けた者と同じのように、ふらふらとしながら、大蛇のような蔦先を持ち上げたのだ。

 そして何より奇怪で、三人を驚愕させ、戦慄させ、絶望させていたのは――そうした蔦たちが、急速に巨大化していくことだった。めきめきと音を立て、蔦先がじわじわと伸び、その身体も膨れ上がるように肥大化していったのだ。

「な……なんだ、これ……?」

 ジンが呻き声を上げる。その頃には聴力が回復していたらしく、反応してキュルが呟く。

「でっかくなってる、っすよね? 黒焦げどころか、でっかくなって……」

 そこへさらに反応したのは、蔦だった。植物なので目など持っていないはずだが、それでも自分たちに電撃を浴びせた張本人に対し、眼光を鋭く煌かせたのが見えた気がした。

 次の瞬間。巨大な蔦はもはや攻城兵器か何かのような勢いで、ジンたちに襲い掛かった。

 ずごぅんんっ! と鳴り響いたのは、ジンたちが一瞬前まで立っていた床である。それを一本の蔦が深く抉ったらしい。三人はすぐさま逃げ出していた。

「け、結局また逃げるんすか!?」

「あんなのどうしろってんだよ!」

「っていうか、なんで急にでっかくなったんすか!?」

「俺が知るかってんだよ!」

 数度、背後で壁や床を叩き割るような凄絶な音が鳴り響くのを聞きながら、ヤケクソに叫び合って駆ける。ちらりとでも振り返れば、そこには巨大化した蔦が、ほとんど通路を埋め尽くし、遺跡を丸ごと崩落させそうなほどになっていた。

「……あ、そ、そういえば!」

 そんな時。ミネットがはたと大声を上げた。

 必死で逃げながら慌ててジンたちの方へ向き直り、指を立てて叫ぶ。

「思い出したわ! 植物って確か、電気を流すと成長が早くなるのよ!」

「せ、成長が早く?」

「ええ。だから稲は雷が落ちる方がよく育つって、農場の鼠族狩りをしてた時に聞いたわ!」

「つまり……」

 呻くと、キュルが気付いたような顔でジンの方を見据えて口を開けていた。

「親分のせいってことっすか!?」

「なっ、ち、違う! 俺は悪くねえ! こういうのは連帯責任だろ!?」

「おいらの時は罰二つとか言ってたじゃないっすかー!」

「それはそれだろ! あと、成長するにしたって早過ぎるだろうが! なんでだよ!」

「あたしに言われても困るわよっ」

「だいたい――いや、待てよ?」

 ジンはふと、何かに思い当たったように言葉を止めた。

 懸命に走り、水責めの罠――というより恐らくは貯水タンクのようなものだったのだろう――の上を駆け抜けながら、閃いて目を見開かせる。

「そうだ、ひょっとすれば……お前ら、植物野郎のところに行くぞ!」

「ええっ!? 今からっすか!?」

「こんな状況で行ったら、なおさら危ないじゃないのよ!」

 ずどんっと後方で貯水タンクが破壊された音が響く。そこから溜まっていた水が溢れ出したようだが、ジンはその音も、部下たちの反論も気にしなかった。

「いいから行くぞ! 俺の考えが正しければ――今度こそ終わりだ」


---




 巨大な蔦は長さを増し、どこまでもジンたちを追いかけることも可能になっていたようだったが――反面、間抜けなことに太くなりすぎたおかげで狭苦しい通路を通り抜けることはおろか、階段を下りることもできなくなったらしい。

 おかげでジンたちは、地下に降りた後は安全に、植物の部屋へと辿り着くことができた。もっとも階段の方からは破壊的な軋む音が聞こえていたし、そのままにしておけば本当に遺跡を丸ごと破壊しかねないので、あまり悠長なことは言っていられないが。

 部屋の入り口はもう、蔦が絡み付いているということもなかった。

 というより、室内に生えている二、三本程度の巨大化した蔦が壁に押し付けられ、それだけで扉のない入り口が塞がっているようだった。ジンたちはその前に立ち、そこからも聞こえてくる、みしみしという危うげな音と、微かにだが振り続ける石の粉を浴びていた。

 そうした状況のため当然だが、部下の獣人たちが言ってくる。

「や、やっぱり、どう見たって危ないだけじゃない?」

「そっすよぅ。ほらほら、今にも壁を壊して襲ってきそうっすよ!」

「ああ、そうだな。それじゃあ……」

 ジンは素直に頷くと――しかし黄色い斧を手に取り、眼前の蔦へ向けて振り下ろした!

 ぞすっと鈍い音が響き、刃が不気味な緑色の中へとめり込む。

 それに悶えてますます遺跡を軋ませたのは蔦だが――声を上げたのはミネットである。

「何やってるのよ、ボス!? そんなことしたら、また襲われて――」

「いや、これでいいんだよ。おらあっ!」

 言葉を無視して、ジンは次々に刃を叩き込んでいった。

 分厚い蔦だが、それでも数度切り付けるうちに、悶えることもできなくなったらしい。やがてジンは、不安そうにおろおろする部下たちの前で、巨大な蔦を両断した。

 すると同時、切れた蔦の隙間から、部屋に溜まっていた水が再びどばどばと溢れてくる。植物特有の粘液質な液体も混じっているようだったが、いずれにせよ構わず、その水圧に負けることがないよう力を入れて、踏み止まる。

 それが流れきった後、ジンは肥大化した蔦の残骸を押し退けて、部屋の中へと押し入っていった。「お前らも早く来い」と部下たちを呼ぶと、彼らは一度顔を見合わせてから、それでも渋々と後に続く。そうして目にしたのは――

 やはり肥大化し、無数の蔦と共に天井までぎちぎちに詰まった巨大植物の姿だった。

 部屋も三人が立っている、巨大な蔦の残骸が残る、辛うじて抉られていない入り口の際以外には隙間がないほどで、その巨体さゆえに、植物は狭苦しそうに蠢いているのだった。

「うええ、気持ち悪いっすよおっ」

「や、やや、やっぱり早く逃げるわよっ!」

 部下のふたりが驚き、逃げようとするが、ジンは踵を返す彼らの首根っこを掴み取って、それを止めた。もっとも彼らに全力で走られたら力負けし、そのまま引きずられてしまうため、軽く笑いながら「まあ待て」と冷静に言って落ち着かせる。

「よく見ろ、あいつの頭」

 顎でしゃくってそちらを示す。獣人たちは不安そうにしながらも、一応はそれに従った。

 振り返り、窮屈な視界の中で辛うじて見上げると……そこに見えたのは、天井にぴったりとくっ付いた植物怪物の頭だった。というよりも、部分的には突き出ているらしい――

 自分が空けていた、水を取り込むための穴に嵌り込む形で。

「これって……巨大化したせいで、水を引きこめなくなったってこと!?」

「あ、そういえば水が流れてないっす!」

 そこでようやく気付いたのか、ふたりは今度こそ身体ごと向き直り、落ち着いて部屋の中を見回して声を上げた。

 ジンも満足そうに頷くと、得意げに胸を張ってみせる。

「そういうことだ――どうだ! これこそ俺の、真なる作戦だったんだよ!」

「流石は親分、緻密な作戦っす!」

 素直に賞賛し、感動した瞳を向けてくる、キュル。

 一方ミネットは果てしなく疑わしげな目付きで「本当かしらっていうか絶対嘘だわ……」などと呟いていたが――ともかく。

 ジンは眼前の巨大植物に向け、改めて火炎放射器を構えた。

「さあて……それじゃあ今度こそ正面から、根っこごと消毒してやらあ!」

 身動きの取れなくなった相手に対して強気で叫び――

 水を失った部屋に炎が撒かれると、植物は悲鳴のように悶え、やがて黒い塵となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る