第30話

 やがて……ジンたちは一度その場を離れると、”ある物”を手に再び水門の前へとやって来た。もはや道順は完全に記憶しているため、往復ですらスムーズで、濡れたジンの身体や衣服がまださほども乾いていないほどである。しかしその間にも蔦は落ち着きを取り戻してくれたらしく、襲ってくる様子もなく水中に引っ込んでいた。

 そうした状況に安堵しながら、ジンはキュルの抱える物を見て、満足そうに頷いた。

「相手が水の中にいるってんなら、これだよな」

 ランプの光を浴びるそれは――羊と馬を掛け合わせた怪物の姿をした、電気を発する石像だった。ミネットによって二つほど破壊されたが、まだまだ大量に保管されていたため、そのうちの一つを拝借したのである。

 ミネットはやはり嫌がったものの、「宝を見つけ出したら要求を一つ呑んでやる」という説得によって押し通した。

「こいつを使えば、植物野郎も黒焦げ間違いなしってもんだ!」

「流石は親分、緻密な作戦っす!」

「かなり力技だと思うけど……」

 賞賛するキュルとは対照的に、ミネットは冷ややかだったが――その時。

 彼女はふと、考え込むように首を傾げて腕を組んだ。

「あれ? そういえば植物に電気を流すのって、意味があるんだっけ……?」

「何言ってんだ。電気を流したら感電する。常識だろ? お前だって味わったじゃねえか」

 即座に告げるが、彼女はそれでも首を傾げたまま、

「そうなんだけど……何か聞いたことがあるような、嫌な予感がするような」

「ンなもん、ただの気のせいだろ。俺の緻密な力技に任せときゃいいんだよ」

「結局、力技なのは認めるのね」

 半眼を受けられても、ジンは気楽に笑ってみせた。そしてキュルの方へ向き直ると、

「さあて。それじゃあさっさと、この鬱陶しい蔦ごと黒焦げにしてやるか!」

「了解っす!」

 びしっと敬礼のように片手を額に当てる、キュル。

 しかしそうしてから、しばし沈黙して……

「……ところで親分、これはどうやって使うんっすか?」

「…………」

 その瞬間、ジンはぴたりと硬直した。

「そういえば初めて見た時は、最初から動いてたしね」

 これはダメそうねとミネットがニヤニヤした嘲る視線を向けてくる。

 ジンはそれに反発するように、ぶんぶんと首を振った。

「ちょ、ちょっと貸せ! こんなもんはだな、だいたい背中にスイッチとかが――」

 と――キュルの手から石像を奪い取った途端。

 バヂバヂバヂバヂッ!

「あびびびびびびびびび!?」

 石像が突如として発光し、同時にジンの身体も同じように光を得た。

 ほんの一瞬だっただろうが、ジンの手から石像を落ちると、一緒に光も消えた。

 後には多少の熱を残した怪物の像と、ぷすぷすと煙を上げて痙攣するジンが残る。石像の方は地面に転がって倒れており……ジンもそれに続くように、少し遅れてから倒れたが。

「ど、どういうことっすか? これも緻密な計画の一部なんすか!?」

「ひょっとして……この石像って、あたしの繊細な気持ちをちっとも理解してくれないボスを懲らしめるための道具だったの!?」

「ンなわけあるかっ!」

 ふたりの言葉を同時に否定して、ジンはがばっと起き上がった。

 ミネットが驚きながら「意外に頑丈よね、ボスって」と呟いてくるが、無視して言う。ジンの中には、電撃に打たれたためというわけではないが、閃くものがあった。

「この石像……さては水に触れると勝手に電気を起こしやがるんだな!」

「そうなんすか?」

「ああ、だから俺が濡れた手で触った時だけ痺れたってわけだ。くそ!」

 毒づいて、ジンは床の上の石像を睨みやった。おぞましい怪物の姿が、今は憎々しい。

 さらにその視線、別の憎らしい相手である、水門を塞ぐ蔦へと向けて。

「つまりこんなもんは、水の中に思いっ切り投げ込んでやればいいんだ!」

 ジンは吼えると勢い任せに石像を拾い上げた。

「って、ボス! まだ手が濡れたまま――」

 バヂバヂバヂバヂッ!

「がぎぎぎぐげごごごごご!?」

 またしても電撃を受け、ジンは再び煙を上げながら倒れた。

「なんで自分で言ったそばから持つのよ……」

「犬族は意外と物覚えが悪いらしいっすから、仕方ないっすよ」

 しかしそんなこと言われる中で、ジンの手から転がり落ちた石像は、ごんっと一度ジンの爪先に落ちて、彼にさらなる悲鳴を上げさせると。

 そのままごろごろと転がって……やがて用水路の中に転がり落ちた。

「あ――」

 と、獣人たちが声を上げる暇もない。その瞬間に石像は――いや、用水路を流れる水全体が。一瞬にして、ジンに対するものとは比較にならないほど、すさまじい電流を発して辺りを明るく照らすどころか、景色を白く染め上げた。

「ひああああああああ!?」

 電光に思わず悲鳴を上げるが、それも用水路から鳴り響く雷音によってかき消される。

 近くにいるだけでも危険に思え、三人は――ジンは倒れたまま、キュルに引きずられたが――慌てて通路の反対にある、空っぽの溝の中へと非難するほどだった。

 電撃はどれほど続いただろうか。時間にすれば、実際にはさほどでもないかもしれない。

 しかしほとんど視界も効かなくなるほどの雷光と、耳を押さえても全く足りないほどの轟音は、眩暈や頭痛すら引き起こし、視力や聴力だけでなく、時間の感覚をも失わせた。

 かなりの長時間に思える中で……ようやくそれが収まったのは、ジンがふらふらと目を覚ました頃である。恐らく、石像が自らの電撃に耐え切れず、破損したのだろう。なにしろ少なくとも一度は床に直接落ちているのだ。二度目は足がクッションになったが。

 三人は一瞬にまたランプの灯りだけが頼りの暗闇へと戻った通路で、その明暗の差に眩暈を覚えながらも、恐る恐る溝の中から這い出した。何も喋らなかったのは緊張と興奮によるものもあるが、轟音のせいで一時的に聴力がやられ、無意味だと悟っていたからだ。

 それよりも三人は、目の前の光景に注視した。

 恐らくは電撃によってのたうったのだろう。蔦の多くが水から上がり、通路にぐったりと倒れている。黒焦げてはいないらしい。また水門を塞ぐ蔦は、もはや意図的というよりも、ただ単に詰まっているだけのように、ぎっちりと嵌り込んで抜け出せないようだった。

 しかし――今の問題は、そんなものではなかった。

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