第29話

 溝――というより用水路だったのだろう――を、今までとは反対の方向に辿っていく。

 すると……どれほど進んだ頃か。

 少なくともジンたちがやって来た横道を通り過ぎ、見た目は全く変わらない、しかし全く見知らぬはずである場所へと入り込んだ後のことだ。

 進むうちに水の流れる音が聞こえ、それが次第に大きくなっていく中。それがとうとう間近にまで迫ると、真っ直ぐに伸びていた用水路に変化があり、三人はそこで足を止めた。

「ここだな」

 断言して、ランプを高く掲げさせる。浮かび上がったのは今までと変わらぬ水路である。

 しかし今まではただ単に水がたゆたっているだけだったのに対し、ジンたちが立ち止まったほんの少し先には、確かな水の流れがあった。

 遺跡の中を通るように川から引きこまれた水が、そのままの勢いで流れ込んできているかのように――実際そうなのだろうが――ざああああっと音を立てながら、人が泳げる程度の幅はある用水路を、人が逆走できない程度の強さで走っているのだ。

「あれ? なんで向こうは流れてるのに、こっちは止まってるんすか?」

 首を傾げる部下に、ジンはまた得意げに軽く笑うと、ランプを少しだけ下げさせた。

 すると一続きに見えた用水路に、大きくカーブする分かれ道が存在していることが明確になった。水はそちらへ向かって流れていたのだ。

 さらに、「どうしてそちらにだけ向かうのか」という疑問を獣人たちが浮かべようとする時、ジンは先んじてその分岐点を指差した。

「俺が思ってたよりも、おあつらえ向きのがあったみたいだな」

 そこに見えたのは、小さな水門だった。

 構造は川で見かけられるものとほとんど同じだろう。壁との間に鋼鉄板を備える橋が架けられ、回転式のレバーによって、その板を上下させるものだ。

 ただし今はその板が、折れたように半ばから失われており――代わりに植物の部屋で見たのと同じく、大量の蔦の群れがぎっしりと隙間を埋めていた。

 さらに蔦の出所を追えば、分岐して水の流れる先へと続いており、灯りが届くぎりぎりの場所で、その水の流れが不自然に途切れているのが発見できた。

「あそこが植物野郎のいる部屋の真上にあたるってことだろうな」

 ジンは不敵のような、忌々しげのような顔で言う。

「あいつは天井をぶち抜くことで、水を自分の部屋に引き込んだんだろうよ。なんでそうまでしなきゃならん場所に生えたのかはわからんが」

「なんだか獣人臭い力技ね……」

「もうちょっとやりようがなかったんすかねえ」

「逆にあんな状況になったから生えてきたのかもな」

 ジンは一応付け加えてから、「それより、これを見つけてどうするんすか?」と聞いてくるキュルに、また得意な顔をしてみせた。

「要するに、水をあの部屋に流れなくすりゃいい。ここの蔦を力づくでぶった切って、な」

「……ボスもたいがい力技頼りよね」

「俺のは緻密な作戦だからいーんだ」

 断言して、ともかくキュルのリュックから、黄色の斧を抜き取る。そうして塞き止められて流れのない用水路にざぶざぶと入っていくと、腰を超えるほどの深さがあるその中で、大きく斧を振り被った。

 その時、ミネットがふと気付いて呟いたが、

「そこって……蔦が切れたらボスが流されていくんじゃ……?」

「どりゃああああああああ!」

 彼女の声は、ジンの気合の叫びによってかき消された。そして――

 ばぢゃあああんっ!

 鋭い刃が水を打ち、激しく飛沫を巻き上げた。キュルたちが思わずそこから避難する中――しかしミネットの心配だけは、どうやら杞憂に終わったらしい。

 水飛沫が収まると、そこには何も変わらず、ただジンがずぶ濡れているだけだった。

 そして彼が、はたと気付いてショックそうな声を上げる。

「そうか、水の中にいるから切りにくいんだった!」

「緻密な作戦はどうしたのよ!?」

「い、いやほら、ちょっと気が急いたというか、こういうこともあるだろ?」

「大丈夫っすよ、親分! これは緻密な失敗っすから!」

「なんのフォローにもなってねえ!」

 口惜しく、用水路の中でじたばたするジン。

 しかしそんなことをしていると……その足に、何かが忍び寄ってくるのが見えた。

 それは緑色をしたロープのような、蛇のような――

「って、まずい! 蔦を怒らせたぞ! 逃げろ逃げろー!」

 ジンは急ぎ用水路から飛び出すと、それを追って水から顔を出す蔦に背を向け走り出した。部下のふたりも慌ててそれに続き、通路を駆ける。

「なんか最近、逃げてばっかりじゃないっすか!?」

「何言ってんだ、最初からだろうがっ!」

「ちょっとは緻密な作戦を立てなさいよっ」

「ンなこと言ったって仕方ねえだろ? 水に潜ってる相手にどうしろって――」

 言い訳がましく口を尖らせる、ジン。しかしその途中で、ふと気付いて足を止めた。ずぶ濡れのせいで足を滑らせそうになったが、それは堪える。

 その間に、部下たちは数歩ほど進みすぎて慌てて止まると、駆け戻ってくる。

 彼はそれを待つようにして、さらに呟いた。今度こそ緻密な作戦を思い付いた顔で。

「そうだ。水の中といえば、”アレ”があったな」

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