第28話

「…………」

 三人は無言で一度顔を見合わせると、恐る恐る、這うようにしてそこへ近付いていった。

 入り口から、中を覗く。そこは確かに部屋だった。広さはなかなかのものだろう。天井は少し低いが、代わりに通路と比べて、人の腰ほど分、床が低くなっている。そこには石ではなく、地下の証のような黒々とした土が見えた。

 地面の上には見慣れた棚や瓶、テーブル、あるいは白い枝のようなものの残骸などが散乱している。どれも半ば地面に埋もれ、今まで見たものよりも原型を留めていなかった。

 いずれにせよ――ジンたちがそれらに注目したのは、別のものを見ないためだった。

 見たくないものがあったため、そこから懸命に目を逸らしたのだ。

 しかし部屋を覗く限り、それは必ず、どこへ視線を向けても目に入ってしまうため、仕方なく彼らは、恐る恐ると顔を向けた。部屋の奥。最初は地面に視線を向けて、そこから少しずつ上げていく。全貌を見るには、そうしなければならない。そこにあったのは――

 窪んだ土の上に生える、巨大な謎の植物だった。

「植物の……怪物」

 誰かが呟く声がする。実際、それは怪物に他ならなかった。

 見上げる先端には花などないが、代わりにハエトリグサのような頭部らしきものが見える。そこから何本もの蔦が絡まったような、丸々とした幹が伸びていた。背の高さは、高低差を抜きにすれば人の二倍か、三倍ほどだろう。

 下部に生える根は部屋の床――というより、その植物が掘り抜いたに違いない剥き出しの土の一面に広がって大半を覆い隠し、さらに数十、あるいは百を超えてる蔦がその上や、壁、天井に我が物顔で纏わり付き、大蛇のようにうねっていた。

 そのどれもが腐ったような毒々しい濃緑色をしており、特に凹凸のある幹は陰影も含め、異様な色彩となっている。さらには頭部らしき部位が開けている、恐らくは口だと思われるものの内部だけは異様に鮮やかな赤色を見せ、いっそうの不気味さを感じさせられた。

 植物がいるのは部屋の中央ではなく、奥である。その天井からは滝のように水が流れ、植物の頭上に降り注いでいた。そしてそれが窪んだ地面の上に溜まり、塞がれた入り口が開け放たれた際に溢れ出したようだった。

 もちろん土の上であるためすぐに染み込んでしまうのだろうが、無数の蔦がそれを減じ、また恐らく、入り口を塞ぐことで溜め込みやすくしていたのだろう。

 今はそれが失われたために、窪んでいる部分にだけ水溜りができている。

 よく見れば、植物の蔦たちは残った火を、その水溜りで消火していた。

「えぇと、これは……」

 冷や汗を垂らし、ジンが呻く。その眼前で、水に濡れた蔦たちがゆっくりと、大蛇が鎌首をもたげるように、こちらを向くのが見えた。

 三人は顔を合わせることもしなかったが、行動は三人とも同じものになった。

 ゆっくりと、音を立てないように後ずさり、通路へと引き返していったのだ。

 そして全員が完全に、部屋を後にして――

「逃げろー!」

 箱の怪物の時と同じように。駆け出すのと、蔦が襲い来るのは同時だった。


---


 幸いだったのは、蔦には長さの限度があるということだ。もちろん常識外れの長さではあったものの、それでもジンたちが上階へと逃げる頃には、蔦も追ってこなくなった。

「まさかあんなのだなんて思わねえだろ!?」

「それ、ちょっと前にも聞いたわよ」

 どうにか息を整えて叫ぶと、ミネットが半眼を向けてくる。

 ジンは毒づくように深く吐息してから、自分たちが足を止めた場所を見回した。

 見るのは三度目になるだろうか。湿り気を感じる、左右に大きな溝の付いた通路だ。今は丁度、その溝が途切れる辺りに立っている――つまり以前に水責めを受けた穴の上だ。

「諦めて別の場所に行った方がいいんじゃない?」

「いーや、あの奥にはきっと何かあるはずだ! あんな怪物がいるくらいだしな」

「それも何度も聞いた気がするわ……」

「でもどうするんすか? あれじゃ燃やすこともできないっすよ」

 断固とした態度を取っていたジンではあるが。割って入ってきたキュルの言葉に、すぐに考え込まされることになった。

「問題は水だよな。あれを止めなきゃどうにもならねえ」

「植物の隙を突いて、天井を塞ぐわけ?」

「それができりゃいいんだが、蔦の数が多いし、キュルひとりの犠牲じゃ間に合わんな」

「犠牲ってなんすか!?」

 キュルが不安そうな声を上げるが、無視しておく。それよりも腕を組んで、うなる。

「水が入ってくるってことは、どこかに水があるってことだよな。そりゃまあ、色んなところで見かけはしたけど、どこからかってのは――」

 その時にふと。視線を落としたジンはいまさらながら、溝の中に湛えられ、今は揺れる程度にしか動かない水のことを思い出した。

 暗い遺跡の通路内で、ランプの仄かな光を浴びる姿もさほど美しいとも思えなかったが、それは水質の問題というよりも、反射される地下通路の黒い色味がそうさせるのだろう。

 加えてその中には――

「……そうか、そういうことか」

「どうしたのよ、ボス。気持ち悪い顔して」

「何かわかったんすか?」

 聞いてくる部下たちに、ジンはそのままの、気持ち悪くニヤリと笑う顔を向けた。

 そして得意げに言う。指を一本立ててみせ、解説するように。

「要は、あの時お前が引っかかったのは、水責めの罠なんかじゃなかったってことだ」

 その言葉に、「引っかかったのは親分だったような」というキュルの反論が聞こえてきたが、それは無視して続ける。

「元々、ここには水が流れてたんだよ。もっと上の方からな。それをあの植物怪物がどこだかで塞き止めて、流れを変えることで、あの部屋を水浸しにしてやがったんだ。だいたい、あんなところに水が流れ込むこと自体がおかしいんだよ」

「えぇと……つまり?」

「この溝を辿っていけば、手がかりが見つかるってことだ」

 そう言うと、ジンはランプ係りのキュルの背を押して進み出した。

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