第22話

我ながら単純だと思う

店内の喧騒も重たいドル箱も立ちっぱなしでダルいはずの足も

何にも気にならない

むしろ心地よい

有頂天?

何とでも言ってくれ こんな嬉しいことがあるか

彼女が僕に笑ってくれたんだぞ

最高に気分がいい

体調悪そうだったのは気になるけど、水飲んでたし、会話出来てたし

そこまで心配しなくても大丈夫だろう

あとは……あ、名前聞かなかったな

まぁ、ゆっくり話せる状況じゃなかったし仕方ないか

また次会った時に聞けばいいか

明日乗ってるかな

でも熱ありそうだったな

明日ももしかしたら回復してないかもな

じゃあ明後日?

病院ちゃんと行ったかな

今頃は大人しく寝てるんだろうか

早く会いたい

早く明後日になれ

頭の中は彼女のことと、今日の嬉しさと次への期待でいっぱいだった

気を緩めたらニヤけてしまいそうなのを必死に抑えて仕事をした



次の日、目が覚めたのはギリギリの時間だった

昨晩あれこれ考えてなかなか眠れなかったせいだ

飛び起きて身支度をして自転車を飛ばして駅へ向かう

改札をくぐって3両目まで走る

閉まりかけた扉に飛び込んだ

なんとか乗れた

あと1分遅かったら間に合わなかった

肩で息をしながら辺りを見回したが

どこを探しても彼女はいなかった

……なんだ やっぱりいないか

落胆の気持ちと案の定、という気持ちが胸の奥に並んで湧いた

……まだ体調悪いのかな

昨日の白い顔を思い出す

苦しそうに息をしていた

抱きとめた身体は驚くほど軽かった

震える指の細さと

窓の外ではなく、僕に向けられた眼差し

長い睫毛

息遣い

体温

僕の中で彼女がハッキリ「人形」ではなく「女の子」になった



昼過ぎ 仕事の休憩中、僕は並んで煙草を吸っている先輩に

「やっぱり女の子でした」

ぽつりと言ってみた

すると先輩は

「……ん?あ、ああ 前に言ってたやつ?」

記憶を辿るように目線を上げてそう言った

「そうです」

僕が答えると

「そりゃそうだろ……て、何だよいきなり」

「……話できました」

ライターで遊んでいた先輩が身体をこっちに向ける

「おお!やっとかよー

で?何ちゃんて言うん?もしかしてこの後も会う?」

イキイキと聞いてくる

「……や、まだ聞いてないっす」

「は?なんで?付き合えたんじゃねーの?」

「……違います 話しただけです」

「はぁ?なんだそれ」

おいおい、という感じで身体の向きを戻す

「助けた急病人っての、その子なんすよ

その時にちょっとだけ話したっていうか……」

僕が言いかけると

「それ早く言えよ」

また食いついてきた

「なんだよーなんかマンガみてーじゃん」

それでそれで、と紙芝居を見ている子供の如く先を急かす

僕は電車の中で彼女が倒れたこと、

途中下車して話をしたことをかいつまんで説明した

「……びっくりしたし、すごくしんどそうだったけど、彼女、少しですけど、笑ったんですよ 別れ際」

「……へぇ 笑ったんか」

思いの外、真面目に受けてくれた

愛想笑いくらいするだろ、とか言われるかと思ったのに

「そういう子って、笑わねーんじゃねーの?

……それが笑ったんだろ?」

「……はい」

「お前、それ大事にしろよ?

次適当に喋りかけたりしたら、多分その子また笑わなくなるぞ」

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