第3話

事務所に戻ると、今日もやる事は同じ

パソコンのキーをパチパチと叩いて

書類をペラペラとめくって

書庫へ戻ってファイルを探して

騒音と静寂の間を行ったり来たり

こうして私の1日は終わっていく

時計を見ると23時をまわっていて、

終電まであと30分もない

勤務表の「終了」をクリックしてパソコンを閉じ

電気を消して、もう誰もいない事務所を出た

足早に駅へと向かい、改札をくぐり抜ける

ホームへ辿り着いたと同時に電車が来るアナウンスが聞こえた

......何とか間に合った

こんな時間でも混み合う車内

隙間に滑り込んで手摺を掴む

向こうの電話してるサラリーマン、煩いな

仕事なのか知らないけど、ここはお前の部屋じゃねーよ

くるりと後ろを向いて音楽の音量を少しだけ上げる

走り出す電車


真っ暗な街並みに

電灯や家々の明かりが流れて消える

私は無口な夜が好きだ

朝は「顔色を伺いながら出方を探る」

昼は「健康的で饒舌」

そして夜は「わかっているが黙っている」

街も車内も、そんな感じがする

日の出と共に本音は隠れ、

建前が正義というような顔で大手を振って歩く

しかしその仮面の下には紛れもない本音が存在するのだ

日が沈み、夜の帳が降りる頃それは静かに入れ替わる

建前が正義ではなくなり、本音は艶やかに忍び寄る

闇は甘い目隠しのよう

少しだけ理性を隠して、昼間とは違う感覚を鋭敏にさせる

夜が更けるほど、盲目に深く潜った思考回路が

奥底の本性を晒そうとする

陶酔し麻痺した脳は目を瞑り

歯止めのきかなくなった衝動を嘲笑うかのように傍観するだけ


無意識の下であれ、それもまた自分自身なのだ


多くの人はそれを認識しない

いや、認識しつつ否定すると言うべきか

恥ずべきことと言う人も多いか


私はこれこそその人なのだと思うのだが

可笑しいだろうか

私には昼間の建前こそ滑稽に見えて仕方ない


深夜、誰もいない部屋でひとり缶ビールを飲みながら

そんなことを考えている私もまた滑稽か

所詮人ひとりの思考の範囲など、

誰かの掌の上でしかないのかもしれない

限界などとうに見えている

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