第2話

社員証を首からぶら下げ、

事務所の自分の席につく

パソコンを立ち上げログインすると勤務表の「出勤」をクリックする

それからメールチェック

本社からの業務連絡

情報共有という名の部所内の回覧メール

クライアントからの催促

別チームの女の子たちのお昼の誘い

……なんだこれ 最後のいらないだろ

「メールでもまわしたんですけどー、お昼〇〇屋に行きませんかー?」

「あー、あの新しく出来たお店でしょー!行きたいと思ってたのー!」

斜め後ろで聞こえる甲高い女の子たちの声

まだ朝の9時なんだけど もう昼飯の話かよ

てか、そこで喋るんならメールいらなくね?

ほんとうるさい

今日の予定を確認し、資料のファイルを取りに書庫へ逃げる

電子書庫の中は少しひんやりとしていて

遠くで空調の音が微かに聞こえる

規則正しく並んだ棚には五十音順に並んだファイルたちが

行儀良く収められている

電話のコール音

コピー機の印刷音

部長の怒鳴り声

女の子たちの仕事とは関係ないおしゃべり

誰も聞いていない有線の音楽

電子ロックの扉を一枚隔てただけで

ここは騒々しい事務所とは正反対の空間だ

ファイルを取り出しデータを確認する

ページをめくる音と、シュッとファイルが擦れる音

この部屋を包む無機質な空間の音が心地好い

他の子たちはここを「寂しいから嫌い」と言っていた

わからない

私にはこんなに安心する場所はないと思うのだが

まぁ、そんなことはどうでもいい

小一時間程で作業を終えると、元通りにファイルをなおし書庫を出た


事務所に戻るとパソコンに向かい、

先程確認したデータとともに書類の作成を急ぐ

パチパチとキーを叩く

ペラペラと書類をめくり数字を目で追う

またパチパチとキーを叩き

プリントアウトしてまとめる

単純な作業は好きだ

自分も機械になったように感じる

余計なことは考えない

そうすると、作業も捗る気がする

いつの間にか事務所の騒音も聞こえなくなる


シャットアウト


そうか 私はシャットアウトするのが好きなんだ

通勤途中のイヤフォン

電子ロックの書庫

どれも心地好いと感じるのは、

周りの音を排除している時だ

自分の中の無意識の共通点を不意に認識して、妙に納得した

新たな発見をしたような気分になって、

少し可笑しく思った


時計を見ると、正午をとうに過ぎていた

いつの間にか静かになった事務所

みんなお昼に行ったのか

残っているのは数人だけ

キリのいいところまでやったら私も行くか

パソコンの画面に目を落とし、

またパチパチとキーを叩いていると

甲高い笑い声と共に女の子たちが戻って来た

「デザート美味しかったー」

「私もBランチにしたら良かったなー」

「ヤダー サプリ飲むの忘れてたぁ!食前って書いてあるけど今飲んでもいいよねー?」

「サプリ続けてるんだー えらーい」

「アハハ 今飲んでもいけるいけるー」

「飲んだあと何か食べちゃえば食前じゃん?」

……いや、意味ないだろ

食前の意味違うし

ダイエットのサプリでしたっけ?

半年前くらいから飲んでるみたいですけど、

何か効果あったんすかね?

全然わかんないっすね

サプリも食品だから、それもカロリーあるって知ってますか?

ほんとノイズ以外の何物でもないな

データを保存してパソコンを閉じた


通りの向こうのカフェに行こう

あそこなら会社の子は誰も来ないだろう

カウンターでサンドイッチとコーヒーを注文して

イヤフォンを耳にあてる

聴きなれた音楽が、私を包んで優しく守ってくれているような気がした

サンドイッチは乾いた味がした

コーヒーが温かいのはわかった

景色はいつも靄がかかったように見える


その時頭の中に昨晩の夢の画が浮かんだ

白っぽい廃墟

ピアノの音

悪戯をして笑う子供達の声

振り返って貴方は言う

「ピアノの音が煩くて集中出来ない」

そこに座っているのは誰?

顔は思い出せない

声も思い出せない

そこで何をしているの?

記憶を手繰り寄せようとしたけれど、それ以上何も出てこなかった

けれどずっと会いたかった大切な人に会えた気がして

少し嬉しかった


また会えるだろうか

会えたら聞けるだろうか

聞いたら答えてくれるだろうか


たかが夢の話なのに私は何を気にしているのか

何の保証も確証もない

でも願わずにいられなかった

夢だから、願ってもいいよね?

誰に対してなのかわからない言い訳をしながら

午後の勤務に戻った

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