2.夕暮山道

 自殺の名所である廃ビルの一件から三時間が経過した。赤神茜は長身の女性、ヘイス・ラムのものであろう白い車を運転し、行くあては僕には知らせていないが、迷いなく道を進んでいる。少々荒い運転だが、自信満々に乗りこなす様を見ると、助手席に乗っている僕は安心する。事故なんて起こしてくれたら赤神茜の命が心配だ。もちろん命の勘定に僕の命は入っていない。

 辺りは真っ暗、なぜか山道である。富山県は山に囲まれている。県境でも越すのだろうか。

 山での自殺を考えてみた。人気もないのは当然の事、発見される可能性は少ない。人に迷惑をかけずに死ぬにはもってこいかもしれない。今度試してみよう。

 赤神茜、茜ちゃんに宿る呪われた目。霊的に宿る瞳。随分非現実的なファンタジーでオカルトチックな話になってきたけど、もちろん目からビームを放つようなものではないらしい。さすがにそれは現実を無視しすぎている。当たり前だが、感覚器である目は発信体とはなりえず、あくまで受容体とでしか機能しない。だが、感覚器官のなかで目とは古くから特別扱いを受けている。『覚醒』と『鎮静』。それを区別されることによって目とは神秘的な部位だとされる。だが、呪われた目。魔眼というのは些か大げさなのかもしれないけれど、その呪いは神秘的な現象を当然のように打ち砕き、発信体となりえるのだ。伝説に残る魔眼は数多くあり、邪眼や蛇眼、千里眼に狂眼、過去の伝説的英雄たちも持っていたとされる。暴君ネロは凶眼と言われる魔眼を持っていた逸話がある。凶眼とはエビルス・アイの日本語訳で悪魔の目。その目に見られたものは確実な死を遂げるという、なんとも覇者にふさわしい呪いだ。そして、茜ちゃんに宿っている呪いはそういう類の能力ではないらしい。

「殺眼それが、私の持っている呪いの目よ」

「殺眼……なんとも物騒な名前だな。凶眼みたいに相手を死なせることが出来るのか?」

「そんなわけないじゃない。凶眼とは全く種別が違う。人を『殺す目』ではなく『殺される目』。見殺し…ではないわね。なんて言えばいいのかしら魔眼を説明する機会が無かったからなかなかうまく言えないわね。」

「まあ、普通信じられないからね」

「弥彦は信じてくれるの?」

「どうだろ。正直ピンとこない」

「それはそうでしょうね。つまり殺眼は人を殺す目ではなく、自身を殺す目なの。そういった概念嗜好。それが、殺眼よ。私の目を見た人は私を殺したくなる。殺人衝動に駆られ抑えられなくなる。そんな欠点だらけで何も得られない無価値な呪い。」

 殺眼……そんなものが本当にあるのか。無価値で無意味。これなら、目からビームを放つ方がよっぽど利用価値がある。殺す目、殺される目。魔法は夢見な物語で可能性にあふれているもだと思ったら、そんなことはなかった。僕の知らない世界だって甘くない。現実は甘くない。ただでさえ、自己愛性の障害持ちなのに、魔眼ときた。茜ちゃんの話を聞けば聞くほど、報われない。

 そんな心配をしてもいいはずなの

 心配をするべきなのに

 どうしてなんだ

 どうして僕はどうしようもないんだ。

 だって、そう

 その説明を受けて僕は

 僕は真っ先に思ったんだ

 思ってしまったんだ

 ―――羨ましいと思ったんだ。

 母が亡くなった時にも似た羨ましいという嫉妬。それを茜ちゃんにも向けているのである。その目が僕にあったのならどんなにすばらしいのだろう。僕の方が有効活用できる。光線が出る目より、その目が欲しい。殺される目、死にたがり屋の僕にはぴったりじゃないか。そんなどうしようもない事ばかり考えてしまう。―――あれ、待てよ。茜ちゃんが『殺される目』を本当に持っているのだとしたら。

「なんで僕は何ともないんだ?」

 そう、僕は茜ちゃんの目を見てもなんてことない。廃ビルで会ったときは不快な気分があったが、殺したいと思うほどではなかった。それに、こうやって近くで会話している以上、何回も目が合った。それなのに、殺したいと思う感情は無く、普段通りだ。

「それが、わからないのよ。弥彦とは廃ビルから何度も目を合わせたけど、一向に私を殺す気配がない。本当は我慢しているんじゃないかと思ったけど、弥彦は何も変わらない。それがどういうわけなのか私も分からないのよ。」

「殺眼とやらは自分でコントロールできるようなものなのか?」

「いいえ、殺眼の効力はオンオフの効かないわ。自然現象のようなもの。この呪いを自由にできるのならとっくにそうしているわ。それに、呪いは強力なものよ。生半可な自我で保てるほど呪いは安くないのよ。だから自然現象、災害と同じ。」

「……そうだな、そんな殺人衝動は確かにない。けど、…言うと悪いが、廃ビルで会ったとき少し胸がざわつくというか少し不快な気分になった。でも、今はそんなことは無い」

「ふーん、完全に効果が無いってわけではないのね。よほど強い精神力の持ち主なのか、呪いに対する抗体とか、弥彦はそんな特別なものを持っているのかもしれないわね」

「特別なものか…」

 学生の頃は自分には特別な何かがあると思って就活なんかしていたけど、結局そんなものは無く、一般以下。平均以下。さらにその下、底辺であると知ってしまった。呪いに強い体なんてどうしろというのだ。いっそ自分に呪いがかかればいいのに。

 強い精神力に至ってはあるはずもない、むしろ僕の精神力は極端に弱い方だ。ガラスでできている。いや、もうそんな膜すらないようなものだ。

「あの精神科医も茜ちゃんの目を見て何ともなかったよな」

「それはそうよ。彼女こそが抗体の持ち主なのだから」

 茜ちゃんが敵と言い、担当医であり、監視者。ヘイス・ラム。未だに彼女の恐ろしさの原因が分からない。でもそれは呪いの抗体が関係あるのだろうか。

「彼女は精神科医であると同時に、魔術や呪術の専門家でもあるの。呪いに対抗する手段は持ち合わせているはずよ。よく知らないけれど。それで私のような呪いを持っている人たちを監視しているの。」

「そんな漫画や小説に出てくるような人本当にいたんだな。呪いなんて聞かされたから今更おどろかないけど。」

「さっきから、全然驚いた素振りみせないけどね、弥彦は。もっと驚くところ見たかったのに」

「ちゃんと驚いているさ、感情が表に出ないのは僕の欠点だ。それに、精神科医が専門家というのなら、茜ちゃんみたいな呪いを持っている人は他にいるのか?」

「当然いるわよ。未来を見渡せる目とか、物体の死を見ることが出来る目とか、世界は広いのよ。ま、私ほどではないけどね。」

 ちょくちょく自分を大きく見せるのは自己愛性の性なんだろう。

 目の前にパーキングエリアが見えてきた。街頭は光っているが、街からかなり離れたので、辺りは暗い。茜ちゃんはちょっと休憩しましょうと言い、パーキングエリアに入った。

 乱雑に駐車するが、周りに他の車体は見当たらない。

「そういや、どこに向かっているんだ?」

「日が昇る方向」

 またなんか言い出したぞ。

「朝日が見たいの。夕暮の次に夜明けが好きなの。夕暮ほどではないけどお日様が入る時は空が赤くなるでしょ。私、赤が好きなの。一面真っ赤な景色なんて素敵じゃない。」

 そんなことのために車を走らせているのか。全く、つくづくこいつは変な奴だ。

「日の出ってまだ時間あるぞ、それまでどうするんだ?」

 時刻は日付を過ぎたあたり、季節から見て日の出は五時過ぎだろうか。

「もちろんひたすら東に進むわ。一緒に日の出を見ましょう」

「…何か飲み物買ってくるよ、たしかさっき自販機が見えたから。」

 僕は車から出て自販機を目指した。

 赤い服に赤みのある髪。そして赤い瞳。自己愛性パーソナリティ障害に呪いの目。正直、茜ちゃんの話は僕の理解を超えている。突然巻き込まれ、ここまでついてきてしまった。確かに僕には生きる理由なんてなく、人に流される方が楽で、やっと見出した望む事は死で、僕はこんなにもどうしようもない。茜ちゃんは僕のことを気に入ったと理由でここまで連れてこられたけど。こんな屍はとんだお荷物だ。障害に呪い。確かに茜ちゃんにとって世の中は辛いだろう。けれど、あんなにも純粋で穢れの無い色を纏った女性だ。どんなに辛くて厳しくて打ちのめされそうになっても、きっと、きっと幸せになることができるだろう。障害がなんだ、それを含めて愛してくれる人だっている。呪いの目がなんだ、僕みたいな人でもかからないんだ。きっと平和に暮らせる。敵とは言ったが長身の女性も茜ちゃんを助けてくれるだろう。けど僕は?死ぬことが望みの僕だ。幸せになんてなれるはずがない。失敗だらけで人が離れていって、僕には何もない。こんな僕だ。だったら、だったらここで

 このまま逃げてしまうのも悪くない。

 目の前の自販機には虫がたくさん湧いていた。僕はお金を入れてお茶を二つ購入した。

「日の出が見たい……か」

 せめてその時まで一緒でもいいかもしれない。

 どうせ分かれる運命だ。

 もうちょっとくらいなら許してくれるだろう。

 それに、あいつと話すのは楽しい。

 ―――そう、思ってしまったのだ。

 少しでもそう思ってしまったのが、悪かったのかもしれない。

 車に戻り助手席に乗った

「お茶買っ――――」

 運転席に乗っているのは茜ちゃんではなく、金髪白人、精神科医であり魔術や呪術の専門家。赤神茜の敵であり担当医であり監視者。ヘイス・ラム。そして再び恐怖が僕に襲い掛かる。

「やあ、夕暮弥彦君」

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