白刃と過去Ⅱ

「アーロンド! 起きてる?」


 その勢いのままミニアが部屋に飛び込んでくる。気が抜けていたアーロンドはそのままベッドに後ろ向きに倒れ込んだ。後ろがベッドで助かった。


 開け放たれたままの扉からサイネアがのそのそと入り込んでくる。


「ぬし、起きておるか?」


 あまり寝起きの良くないサイネアは今日もまだ頭が回りきっていないらしく、自分の目を擦りながら部屋の中央あたりまで目標もなく歩いてくる。そしてベッドに倒れたままのアーロンドと目が合った。


「まだ気分が良くならぬか?」


「いえ、平気です」


 ミニアに驚いて倒した体をゆっくりと起こす。体は確かに重いが、痛いというわけではない。村正の言うとおり、アーロンドの体は災害指定級と戦えるだけの魔力を備えているのだ。もちろん村正自身のものと合わせてではあるが。


「ほら、これでも飲んで落ち着くといいさ。ミニアもこの子に何か淹れてあげてくれ」


 アーロンドにハーブティーを渡してバーンは視線でキッチンの方を見やった。二人分しか沸かしていなかったやかんには水が注ぎ足されて火にかけられている。バーンは昨日地図を広げたままの机の前に腰かけて自分のコーヒーをすすった。


「朝から騒々しいな。目覚めたばかりの朝くらいはもっと優雅に過ごせばいいというのに」


「おデブが似合わないこと言わないでよ」


「だからそういうことを言うなって」


「ちょっとは配慮してるでしょ? "お"デブなんだから」


 たいした違いになっているとは思えないが、アーロンドは少しも変わらない二人のやりとりに安堵してハーブティーをすする。昨日何があったのかを全て聞くことはやはりできそうもないが、今が平和であることは確信できる。


「しかし、やはりもう少し体を休めてからにすべきかのう」


「何のことですか?」


 アーロンドの前に立ったままのサイネアは口を曲げながら悩むように声を絞り出す。いつもならばちゃっかりと隣に座ってミニアが騒ぎ出すところだというのに、こめかみに指を当てて考えを捻り出そうとしたままだった。


「いや、少し話がしたくてのう」


「えぇ、構いませんよ。そのくらいでしたら平気です」


「いや、ぬしではなく、ぬしといえばそうかもしれんのじゃが」


 歯切れの悪い答えを返しながら、サイネアは部屋中に視線を移ろわせている。その目が何度も捉えている先には壁に立てかけられた村正の姿があった。


「もしかして、村正に?」


「すわっ! 何故わかったのじゃ?」


「そのくらいはわかりますよ」


 これでも鈍感ではない方だとアーロンドは自負しているのだが、それが事実かどうかを別にしてもサイネアの挙動を見ていればすぐにわかることだ。


「それにしても、どうして急に?」


「なんだかあの妖刀の出処でどころに覚えがあるかもしれないんですって」


「うむ。前々からどこか懐かしい気がしておったのじゃが、あやつ、わしと既知の仲やもしれぬのじゃ」


 既知? とアーロンドは怪訝けげんな顔で視線を村正の方へと向けた。意識のある刀型杖。妖刀と呼ばれているこの一振りは間違いなくアーロンドがどこかから持ち出したもののはずだ。だが、それは初めて村正に意識を奪われたときに一緒に根こそぎどこかにほうむられていってしまった。


「あなたと、村正が」


「うむ。それで少し話がしたいと思っての。暴れなければぬしもそれほど疲れることもなかろう?」


 何か思うところがあるらしく、少し楽しげですらあるサイネアは体を小さく揺らしながら村正が来るのを待っているようにも見える。


「ちょっと、本当なんですか?」


 サイネアに気取られないように村正に近づいたアーロンドは小声で刀に向かって問いかける。


「さぁな。いつも言ってるだろ? 俺の意識が生まれたのは」


「そうでしたね。そういうことになっているんですよね」


「信じてねぇなぁ」


 呆れたように言う村正の言葉に耳を貸さず、たてかけたままの村正を手にとった。少し緊張した顔をしてアーロンドは息を整えるように深呼吸する。斬るべき相手もいないところでこの妖刀を抜き放って、本当にみなが無事でいられるだろうか?


「もちろん無理にとは言わんぞ?」


「いえ、大丈夫です。ただもしも暴れまわるようでしたら私のことなど気にせずに止めてくださいね」


「おいおい、大丈夫か? 魔力は回復しきってないだろう」


 コーヒーを飲んで事のなりゆきを見つめていたバーンはさすがに危ないと思ったのか、カップを置いて近づいてくる。


「やはり危険だと思いますか? こんなところで村正を起こすのは」


「いや意外と話が分かるやつだったし、それは大丈夫だろう。お前の体の方がだよ」


「暴れないでいてくれれば大丈夫だと思いますがね」


 アーロンドは意を決してつばを切る。未だに斬る相手もいない村正がどんなことをしでかすのか、最悪の結末ばかりが頭をよぎる。


「心配すんな。誰も斬らねぇよ」


 その言葉信じますよ、と頭の中で答えながら、アーロンドは心を決めて刀を抜き放った。


 抜き放った勢いのままに自分を狭い部屋で振り回す。さすがにまずかったか、と固まった三人の眼前、頭の上を不可視の刃が通り抜けていく。

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