白刃と過去Ⅲ

「ちょ、ちょっと止まりなさいよ!」


 恐怖に耐えかねて声を上げたのはミニアだった。というよりもサイネアもバーンも石像のように固まったままで声を出すことすらできない状態だった。


「なんだよ。あんたの真似をしてみただけだろ?」


 握っていた刀を止めて村正がにやりと笑った。あれほど激しく刀を振り回していながら、部屋のものは何一つ傷ついていない。強いて言えば、少しサイネアとバーンの精神力に傷がついているかもしれない。


「私はそんなことしないわよ!」


「いや、よくやってるだろう」


 反論しながら槍を構えるミニアにやれやれとバーンが頭を振る。どちらかと言えばミニアを取り押さえた方が良さそうな雰囲気だ。


「よう、譲ちゃん」


「うむ、具合はどうじゃ?」


 村正は自分の肩をゆっくりと回して自分の体を確認する。首を鳴らし足首を回し自分の体の調子を指先足先まで理解する。


「あいつほどじゃないさ。さすがに効いたけどな。大した相手じゃなきゃ斬ってやるさ」


「いや、今日はそうではないのじゃ。少し聞きたいことがあるのじゃが」


 周囲の声が聞こえている村正は今まで行われていた会話をきっちり聞いていたのだが、わざとらしく知らない振りをしてサイネアの声を聞いていた。


「なんだ、言ってみな」


「ぬし、わしの生まれ故郷にいたことはないか?」


 村正が静かに黙って首を振った。


「そうか、わしの勘違いじゃったかのう」


 寂しそうに顔を伏せたサイネアの頭に村正の手が乗せられる。優しく撫でるその手には数多あまたのバーリンを斬り伏せてきた武神の面影は感じられない。


「まぁ、待て。譲ちゃんの故郷は知らんが、探しものなら知ってるぞ」


「探し、もの?」


「おいおい、忘れたのか? パンドラの匣を探してるんだろ?」


 おぉそうじゃった、とぱぁっとサイネアの顔が明るくなる。それと入れ替わるように険しい表情を浮かべたミニアとバーンが同時に立ち上がった。


「お前、パンドラの匣を知っているのか!?」


「ご当地お土産か何かと勘違いしてないでしょうね!?」


 ミニアが強く叩いた机の上でコーヒーの中に大きな波が起こる。すんでのところで氾濫はんらんだけは免れた湖面はだんだんと落ち着きを取り戻していく。ただミニアの方はそんな簡単には静まってくれるものではない。


「人類が延々探し続けてまだ見つかっていないものなのよ? なんでそれの在り処を杖のあんたが知ってるのよ?」


「そうだな。杖には記憶なんてないだろうよ」


「どういうことだ?」


 嘲るような笑みを浮かべてミニアの乙女とは思えない形相を軽くあしらう村正に、バーンには何かが引っかかった。


「お前は妖刀に宿った人格で、アーロンドの中に入り込んでいるんだろう?」


「そうだな。そういうことになっている」


「なっている? じゃあ本当は違うって言うの?」


「そういうことだ。そろそろ教えてやってもいいだろ」


 矢継やつばやに襲い来る質問をいつもの戦闘のように捌いていく。戦い以外に興味はないと思えるほどの気迫がありながら、答えは単純だがどこか答えをもったいぶっているようだった。


「それじゃ、あいつが俺をどこで拾ってきたか知ってるか?」


「それは、父親との一件で記憶が混乱してわからなくなったんだよ」


「そうだ。あいつはあの時自分の中にある想像以上の魔力とこの刀に溜まっていた魔力を一気に解放させたせいで自爆しやがった」


 まったく心意気が足りねぇぜ、と村正は首を振るが、聞いている二人はそれどころではなかった。自分たちの知らないこと、それどころかアーロンドさえも知らなかったことをどうしてこの妖刀が知っているのか。そのことで頭がいっぱいになっていた。


「さてと、話してるばかりじゃ進まねぇな。そろそろ行くか」


「行く、とはどこにじゃ?」


「妖刀が出てきた場所にさ。嬢ちゃんはそれが知りたいんだろ?」


 おお、と目を輝かせるサイネアは今にも踊り出しそうな勢いで部屋を飛び出していった。泊まっていた隣の部屋で身支度を整えるつもりなのだろう。その姿を見送った後、ミニアが神妙な顔を崩さないまま村正に近づく。


「本当にわかるの?」


「そりゃ、な」


 相変わらず含みを持った答えにミニアもバーンも真相に辿り着くことはできない。村正が何かを知っている。それだけは理解できるのに自分たちの知っている情報が少しも繋がっていかないのだ。


「さっさと準備しろよ、置いていくぜ」


 村正はにやりと笑うと手に持っていた刀をさっと鞘へと収め、アーロンドの荷物をまとめ始める。その手に刀を持たずして。


「ちょっと待て! 今刀をしまっただろう」


「あぁん? そりゃ敵もいねぇのに出しとく意味もないだろ」


 たしなめるように答えた村正は間違いなく意識を保っている。鞘に収めればアーロンドの意識が戻る。それはアーロンド自身からも聞いていた話だし、二人もまた何度もその場面を見てきた。


「俺とあいつでそう決めたに過ぎないことだ。約束を反故ほごにすれば俺はいつまでもこっちにいることもできなくはない」


「あなた、いったい何者なの?」


「俺は村正。妖刀だ。そういうことになっている」


 村正は荷物をまとめ終えると、バーンが机の上に開いたままにしていた地図を覗き込んだ。やや縮尺の大きな地図には点々とパンドラの箱があると思われる場所に印が入っている。


「なるほどな。確かにこの辺りは魔力が濃い。候補地としては正しいよな」


「じゃあ、このどれでもないっていうのか? パンドラの匣の場所は」


「あぁ、これから向かう先は、ここだ」


 村正が地図の真上から一点を迷いなく指し示す。


 地図の中にぽっかりと空いた黒い穴のような部分。その中央に白抜きの文字で『立入禁止』と打ち込まれている。一般に出回る地図にすら漏れなく表記される現代の秘境。


「行き先はアルテルだ」

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