白刃と教団Ⅲ

「下に行ってみる? どうせ安全確認はしないといけないんだし」


「君はとにかく行ってみたいだけだろ?」


 そうは言いつつバーンもおかしな雰囲気に嫌な予感を覚えたらしく、部屋を出ようとするミニアを止めるつもりはないようだった。


 少し軋んだ音がする扉をゆっくりと開き、歩くたびに沈む廊下を音を立てないように歩いていく。


「受付の人は、いないわね」


 奥に続く部屋にも人の気配は感じられない。どうやら表に出て行ってしまっているようだ。


「無用心だな」


「田舎なら別におかしなことではないですが」


 それでももうすっかり日が落ちてしまったこの村で用事なんてめったに起きるものではないはずだ。田舎の夜は虫の鳴き声だけが響き、その伴奏に鍛冶の鉄を叩く音が規則的に撃ちつけるのがアーロンドの常だった。


「ん、今のは?」


 受付の前にいた四人の影が走るように流れていく。真っ暗だった村の中に影を作るものなどなかったはずだ。


「怪しいわね」


「確かに。ヤバそうな雰囲気がしてきたね」


 そういっている間にも何度か四人の影が誰もいない宿屋の壁に移っては消えていく。外を歩いている誰かが松明のようなものを持っているのだろう。そうだとしたらいったい誰が、何の目的で。考えたところでこの異常とも言える村の中で正解を探すのは簡単ではない。


「無理はせず、気をつけていきましょう」


 今にも宿を飛び出していきそうなミニアに釘を刺す。アーロンドの言葉がどれほど彼女の耳に届いているかはわかったものではないが。


 村の中は宿に入ったときとは真逆の光景に変わっていた。一定の間隔で松明を持った村人とそれに続く村人が列を成し、まったく乱れない足取りでどこかへ向かって歩いている。村に来たときに見たフードを深くかぶったままで誰が誰だかまったく違いがわからない。


 誰が見ても異様な光景に四人はすぐさま宿の壁に張り付いて身を隠した。視界が狭いせいかこちらの動きには気が付いていないようだ。


「これはヤバそうな雰囲気だな」


「何か魔力を感じる気がするんだけど、装飾具型の杖かしら?」


 古典的杖や槍、刀など様々な形状をしている杖の中でも装飾具型の杖は特別だ。その大きさから誰にでも持っていることがわかる他の杖と違い、指輪やネックレス状になっている杖は外から見るとただのアクセサリーと見分けがつかない。


 そのため犯罪者が魔法を使う際に特に多く使用され、社会的にも問題になっている。ダマスカスの正門で魔力反応を検査するのも装飾具型杖の使用者を認知しておくという側面が強いのだ。


「バーリンが混じっている、って可能性もあるけどな」


「では、ここが人間とバーリンが共存している村だと?」


 それならば目深まぶかにかぶったフードの説明もつく。外見ではっきりとバーリンとわかる者でもあれだけゆったりとしたローブに身を包み、フードをかぶっていれば包まれているものが何者かわかることはない。


「でもそれにしたって穏やかじゃないわよ」


 村人たちは最奥にある宿のさらに奥を目指して歩いている。それはつまりあの魔力が濃いとバーンが言っていた岩山の方角だ。


「やっぱりあっちに何かあるってことね」


「しかし、いったい何があるんでしょうか?」


 もしかするとパンドラの匣があるのではないか。三人の中には同じ考えが浮かんでいた。しかし、誰もそれを口にはしない。たとえここが目的の村だったとしてもサイネアを置いていくにはあまりにも危険な空気が漂っていた。


「とにかく隠れながら列の先に行ってみるしかないな」


「岩山の方角ね。それじゃすぐに行くわよ」


 待ってました、といわんばかりに飛び出そうとしたミニアの首筋をアーロンドが掴む。


「どこから出るつもりですか?」


 宿の入り口にまっすぐ向かおうとしていたミニアに呆れたようにアーロンドが言った。


「どこって岩山の方に」


「あれだけ人がいるところにのこのこ出ていけるわけがないでしょう。裏口か窓から出ますよ」


 バーンはもちろん、サイネアも理解したうえで受付の奥へと向かおうとしている。その状況ではミニアの口からは乾いた笑いしか出てこなかった。


 受付の控室と思われる部屋の窓からそっと抜け出した。田舎のせいか当然のように鍵はかかっていなかったので、そのまま閉めておけば怪しまれることもないだろう。足音は未だに続いている。村の中にこんなにも人がいたのかと思えるほどだ。


「いいか。そっとだぞ。走るな、叫ぶな、槍を振り回すな」


「わかってるわよ! 子供じゃあるまいし!」


 それをやめろと言ってるんだよ、とバーンがたしなめる。下手に油を注ぐとミニアの炎髪はさらに燃え上ってしまいそうだ。アーロンドは宿の外壁をゆっくりと辿りながら、村人の行く先に目を凝らしてみる。暗くてその先は見えそうもないが、逆に言えばあの行列からもこちらの姿は見えにくいということでもある。


「闇に乗じて行きますからついてきてください」


「うむ。あやつらは、少し離れておいた方がよいかもしれぬな」


 声は抑えているものの言い争いが続いているバーンとミニアを置いて、アーロンドとサイネアは岩山の方へ向かってゆっくりと音を立てないように歩き始めた。


「何か、火が灯っていますね」


 岩山の方角。真っ暗な闇の中で炎の通り道が村人の進んでいる先を示している。そのさらに先、一際大きな炎が上がり、まるで村人たちを呼び寄せているようだった。


「やはり嫌な予感がするぞ。ぬしよ、先を急ごうぞ」

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