白刃と教団Ⅳ

 炎の列を避けながら少しずつ大きな炎に近づいていく。そういえば旧時代にはお焚き上げといって古くなった縁起物を燃やして供養くようするという行事があったと文献で読んだ記憶があるが、あれは年初めに行うものだったはずだし、こんな深夜にこっそりとやるものでもない。


 荒れた岩肌がようやく見え始め、組んだ木の中にさらに薪木を入れて大きな炎を生み出しているのがわかった。アーロンドがいるのは少し小高い丘になっているようで、ちょうど炎を見下ろすような形になった。


 それが放つ大きな光に照らされてくらむ目を凝らしながら周囲を見渡すと、火のそばに寝かされた人の姿がある。


「あれは、誰かが囚われていませんか?」


 まばゆい光のせいではっきりとはわからないが、体を縄のようなもので縛られているようにも見えなくはない。隣にいるサイネアの目にもハッキリとは映らないようで首を伸ばすように体が前に傾いている。


「まさ、か、人身御供ひとみごくうってやつか?」


 息も絶え絶えに追い付いてきたバーンが答える。


「ダーイン教ってそんな危ない宗教じゃなかったはずでしょ?」


 同じく追い付いてきたミニアも驚きの声を上げた。ダーイン教は確かに特殊な新興宗教ではあるが、人間に対して危害を与えるような行為は認められていないはずだ。


「とにかく助けないと!」


「待て、まだあの人たちをどうこうしてるわけじゃないだろ」


 飛び出そうとしたミニアをバーンが止める。まだ何かをしているというわけではない。ならばいきなり宗教行為を止めてしまえば、またこちらが悪になって追い回されることになるだろう。止められたミニアは槍を強く握ったままだったが、とにかく突撃だけは考え直してくれたようで、アーロンドの隣にしゃがみ込んだ。


 物陰に隠れながら四人が事の行く末を見守っていると、みるみるうちにフードをかぶった村人たちが炎の前に集まって輪を作っていく。その数は明らかに村の中にあった民家の数に合わないように思える。


「いったいどこからこんな数の人が出てきたのよ」


「やっぱりキナくさくなってきたぞ」


 輪の中心にゆっくりと一人が歩み出てくる。フードをかぶっているせいで男か女かもわからないが、ローブにいくらかの装飾が光っていて、司祭か何かのように見えた。


 そのフードが両手で外される。何かに引っかかったように何度か止まったフードがようやく落ちる。その頭には炎に照らされて黒く尖った二本の角が現れた。


「すわっ! あやつ、バーリンではないか!」


 それを見て思わずサイネアが声を上げて立ち上がった。


「ちょっと、声が大きいわよ!」


 そこに驚いたミニアの声が重なった。


「バカ」


 追いかけるようにバーンの溜息交じりの声が漏れるが、もう遅い。集まっていた村人の視線は既にアーロンドたちに向けられている。隠れることもごまかすこともできない。


「しかしあれがバーリンだとすると、このレリギオーは本当に人間とバーリンが共存しているのでしょうか?」


「そんなことのん気に考えてないでよ!」


「こっちに来るぞ!」


 村人たちが一斉にアーロンドたちに向かって走り出す。かなりの傾斜の坂道のはずだが、村人たちの足が遅れることはない。その身体能力は異常とも言えた。


 坂道を駆け上がる村人たちのフードがはらりと落ちる。そのたびに村人たちの顔が露わになる。


 闇に溶ける肌、鋭い眼光、鈍く光る角。


 襲い掛かってくる全てがその特徴を備えていた。


「なるほどね」


 待ちきれない、と槍を振りかざしたミニアが爪をたてようと飛びかかろうとしたバーリンを制する。速すぎる槍の動きを捉えきれず討たれた体がごろごろと坂道を落ちていった。


「共存してるんじゃなくてバーリンしかいなかったのね」


「旅人を捕えるためでしょうか?」


「知らぬ。あれに聞いてみればよいのではないか?」


 幾重いくえにも押し寄せる波のような攻撃を控えめに構えた刀で払いのける。よろめいたバーリンの首に明らかな隙を認めてもアーロンドはそこに刃を伸ばすことはできない。


 相手はバーリンである。父を殺すのとは訳が違う。斬らなければ自分がやられるかもしれない。


 いくら言い訳を頭の中に並べてみても、見えない何かに縛り付けられたように体は動かなかった。


「ここは場所が悪いな」


「物が多すぎてね」


 茂みや木々の多い丘の上ではバーンの水流もミニアの槍も動きがとりづらい。敵の数は数百といる上にサイネアもいるのだ。全てを相手にするのは容易ではない。


「さぁ、どうするかな」


 村正の声が聞こえる。


「斬らねば、生きられないというのなら」


 アーロンドが村正の柄に手を伸ばした。


「そうだ。それでいい。それがお前の本質なんだ」


 柄を握った手に力を込めると、村正から笑みのこぼれるような声が届いた。はっとしてアーロンドは村正から手を離そうとするが、もう止めることは叶わなかった。


「それは、いったいどういう……?」


 アーロンドの疑問に答えはない。問いかけが終わる前に視界は全て赤に染まっていった。


 抜き放った勢いのまま、眼前のバーリンが消え失せた。もう一刀でサイネアに近づいていたバーリンの頭が飛ぶ。


 峰を強く打ち合わせて村正が刀を鳴らす。魔力に守られた刀身はその力を誇示するようにたけくその音を響かせた。


「さぁ鍔鳴つばなりの音を聞け。近くにあれば目にも見よ。天下に人斬り道具の数あれど、武も極めたるは我ひとり。我は妖刀、ひとたび抜かば、朱に染まるまで鞘に帰らず。命知らずのつわものどもよ、今宵こよい刹那せつなの夢物語」


 村正の口上こうじょうと振り下ろされる刀の音が燃え盛る炎を揺らめかせているようだった。たった一人の武人の前に凡百ぼんぴゃくの兵ではいくら束になってかかろうとも等しくなることはできない。


 ただ斬られゆくのみ、とどれほどのバーリンが理解しているのかは知りようもないが、彼らの前進は止まらなかった。あるいはそれはダーイン教の教えによるものなのかもしれない。

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