白刃と教団Ⅱ

 薄暗い村を回り、一行は宿を探す。ただでさえ暗い村の中で人はフードをかぶっていて声をかけづらい。


「本当に、だいたい村の宿って入り口近くにあるものじゃないの?」


「たいていはそうですが、必ずとは言えないですから」


 村の奥へと進んでいくとだんだんとあの岩山が近くなってくる。岩山が逃げるわけもないのだから当然なのだが、なにやら不穏な空気を感じてサイネアはキョロキョロと辺りを見回す。


「なんじゃ、空気が淀んでおるようじゃ」


「そうね。多少はここも魔力が濃いのかしら」


 サイネアの手を握って、ミニアが体を寄せる。少し嫌がる様子を見せたサイネアだったが、振りほどけそうもないと諦めたのか、ミニアの隣に黙って収まった。そうしていると歳の離れた姉妹のように見えなくもない。


「あ、ありましたね」


 決して広くはないレリギオーの村の宿は村の最奥さいおうにこじんまりと建っていた。やはり明かりになるものは置かれていないが、宗教的な像や飾りの類もなくきれいな外観が逆に村の中で異彩を放っているようにも見える。ずいぶんと岩山も近くなり、そのまま歩いて村を抜ければ山裾やますそに入ってしまうかもしれない。


「案外まともそうでよかったな」


「部屋が空いてるといいんだけどね」


 あまり使われていないせいか軋んだ音を立てて宿の扉が開く。それが呼び鈴代わりだったように受付にやはりフードを深くかぶった人が一人出てきた。


「二部屋お願いしたいのですが、空いていますか?」


「えぇ、もちろんです。なかなかお客さんも来られないもので。ありがたいことです」


 鍵を受け取った四人は二階に上がってそれぞれの部屋に荷物を置いて、アーロンドとバーンの部屋に集まった。


「ねぇ、夜のうちにあの岩山に行ってみない?」


「無茶を言うなよ。何があるかわからないんだぞ」


 開口一番、無理難題を提案したミニアに、バーンが呆れたように言い返す。簡単に入ることができるのならアーロンドもそうしている。その実態が正確に把握できていない宗教が相手だからこそ、こうして慎重に事を進めているのだ。


「じゃあ村の中だったら?」


「村の中にパンドラの匣はないでしょう」


「同感だ。一般人も入れる村なんだ。すぐに見つかるよ」


 早くも落ち着いていられなくなったようで、ミニアはしきりに外へ出ることばかりを挙げてくる。ダマスカスでミニアを探しにきた職員がそれほど驚いていなかった理由がはっきりした、とアーロンドは期待に満ちた瞳のミニアを横目に見た。


 あれほど落ち着いたと思っていたミニアは結局のところ根の部分は変わっていないらしい。目の前に目的のものがあるのならば、自分の足で行ってみないときが済まないのだ。


「でもこの村の宗教の関係で村の秘密の場所に隠しているとか」


「それならこの村にバーリンが大量発生しているでしょうね」


「うー、否定ばっかりしてないで何かいい案はないわけ?」


 そんなものがあればとうに行動に移している。それがないからこそこうして集まって妙策みょうさくはないかと思案しているのだ。


 それに仮にこの村にパンドラの匣があり、さらに巡って人間とバーリンが共存する村だったとしたら、その場所の聖地を荒らしておいてサイネアを預けるわけにもいかなくなってしまう。


「もう、じゃあここに来た意味がなくなっちゃうじゃない」


「そこまでは言ってないさ。どうやってバレずに確認するかが重要なんだから」


「だから夜のうちに行こうって」


「のう」


 言い争いが過熱するミニアとバーンを置いて、サイネアがアーロンドの袖を引っ張った。


「どうしましたか?」


「うむ、村の様子がおかしい気がするのじゃが」


「おかしい?」


 窓の外に顔を向けたサイネアにならって、アーロンドはカーテンに身を隠しながら外の様子を窺った。明かりのない村の中はほとんど何があるのかわからないが、ひとつ規則的な音が聞こえることに気がついた。


「これは、足音でしょうか?」


 白土の地面がそのままだったレリギオーの村の中に砂を掃くような音が鳴っている。時間の感覚がなくなった掃除屋が大勢出てきていないのならこれは村人の足音ということになる。


「こんな時間に。それも一人や二人じゃありませんね」


「俺たち以外の旅の人、ってわけでもなさそうだな」


 同じように覗き込んだバーンも小さな声で同意した。


「嫌な予感が漂っておる気がするぞ。さっきの不思議な液体のところと同じじゃ」


「それって俺の研究室のことかい?」


 サイネアは怖がるようにさっとアーロンドに寄り添う。どうやら危険が近づいているということらしく、何かと敏感な彼女が言うことを軽々しく放っておくことはできない。


「まさか、もう追いついてきたの?」


 ミニアはすぐに自分の槍を取り、あまり広くない宿の一室で入り口のそばに向かって警戒を強める。外から聞こえる音は確かに宿の方へと近づいてきているように思える。


「あれだけ警備兵を蹴散らしてるんだ。こんな数を簡単には揃えられないさ」


 口ではそう言いながらもバーンも杖を握り、アーロンドもベッドの脇に置いていた村正を手に取った。前回は気まぐれに人の命を絶つことはなかったが、今回も同じようになるとは言い切れない。


 言い争いをしていたはずの四人はまったく口を開かなくなり、宿の部屋に静寂が流れる。しかし、何秒経っても誰かが入ってくる様子はない。


「何もないけど、気のせいじゃないの?」


「うぬぅ、そうなんじゃろうか?」


「足音がこちらには向かっていないようですね」


 外の様子を眺め、アーロンドが小さく呟くように言った。宿に向かってきていると思っていた足音は宿の前を通り過ぎてどこかに向かっているようだった。

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