第1話 サトミより

 実験を開始して3週間。


「ある意味、予想通りの退屈さだな…。個人的に興味深いところもあるけど」


 『エウロパ』は木星の衛星である。太陽から極めて遠く、地表は氷に覆われた極低温の世界だ。地球の数分の一の重力の環境下で、頻繁に替わる暗闇と深夜の中での生活。

 …という『設定』でしかないといえばそれまでだけど。測定データに基づいているとはいえ、ここはあくまで仮想世界。基地や宇宙服の温度は適温に保たれるということになっているし、非常時の強制ログアウト機能もある。


「学園世界と同じカレンダーを使用、というのがなんとも奇妙かな。作業スケジュールが週単位で決められているから、その方がわかりやすいかもだけど」


 タイムサーバは学園コースや辺境コースと同じ。すなわち、1年360日、1か月30日のサイクルで、最大1年を過ごすことになる。自然環境の変化で日時や季節を感じることができない以上、人工的なスケジュールを自ら維持することはむしろ重要だ。


「睡眠が重要なのは辺境世界でも同じだったけど、ここではそれに加えて、日の光も気をつけないとなあ。地球の高緯度地域の冬は鬱になりやすいと聞くし」


 基地での模擬作業としては、資源の採掘機器の操作、マスドライバーによる資源の送出。それだけだ。全て自動化できそうだが、資源の埋蔵状況を計測しながら設定を変えたりするので、パターン化できないらしい。

 資源の状況は模擬的なものではなく、膨大かつ網羅的な衛星測定データをそのまま仮想世界サーバに突っ込んで再現しているらしい。新規基地の建設予定地周辺のデータで、『実際に何がどのくらいあるかは分析途中』だそうな。


「もし数か月滞在できるようなら、深層部の分析作業も体験的に併せてやることになるけど…期待できないか」


 今回の実験はあくまで『滞在』がメインだ。加えて、宇宙飛行士といっても、別に地球からエウロパに飛んできたわけでもない。ログインした時から基地にいる。宇宙船による離発着機能もあるらしいが、おそらくログアウトも基地からとなるだろう。



「今日の作業スケジュールは終わったし、メッセージを読み書きしてから寝るか…」


 学園世界滞在のメンツからは時々…というか、絶え間なくメッセージが届く。こういう環境&実験の趣旨からはありがたいが…学園もヒマなのかな?ヒマなんだろうなあ。


「ん、サトミはそろそろ図書館蔵書を制覇するのか。2年以上も読んでれば当然かもだけど、それだけ読み続けるのがスゴいというか」


 制覇した後は、もう一度最初のコーナーから読み直すらしい。あ、レオンくんが付き合わされているのか。合掌。


「しかし、俺からの返信は書くことがないな…。決してヒマではないのだが」


 ヒマではないのは本当だ。退屈ではあるが。辺境世界では、何もないながらもいろんなことが試せた。しかし、ここは…。



「えっと、昨日から読み始めたのは…」

「サトミ、何入力してるの?」

「あ、マリちゃん。ユキヤさんから『新しく本を読み始めたら、その本のタイトルを連絡してほしい』って」

「…なぜ?」

「変化が欲しいみたい」

「読めなくても?」

「たぶんね。寮食の献立は曜日で決まっているし」

「宇宙基地の食事はもっと単調そうね…」

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一期一会の仮想世界 陽乃優一(YoichiYH) @Yoichi0801

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