第33話 答え
細い路地をうねうねとたどる。大通りから一本入ってしまえば追跡はしにくい。
そういえば部屋を出るときにルガルをちらりと振り返ったけど、笑いながら手を振っていた。
あの様子だと多分、手紙の中身知ってたな。で、あたしたちが逃げるだろうことも予測済みだったんだろうなあ。やれやれ。
細い廊下を通って待合室に出るまでも、すれちがったギルドの職員たちからにこやかな笑顔を向けられた。
ギルドの玄関を抜けたところで仰々しい馬車の行列が遠くに見えてた。嫌な予感がして裏小路に走りこんだけど、多分あれ、キリクだよね。扉開けて誰かが大声上げてた気がしたけど、多分、おそらく間違いない。
即座に逃げて正解だった。
「そういえば」
走りながらユーリがふと振り向いた。
「何?」
「……答え、もらってないよな」
「……っ、い、今それ言う?」
「聞きたい」
くっ、なんでこんなタイミングでっ……。心臓がバクバクいう。
一か月もまったり過ごしてたんだから、その時に聞きなさいよっ。……まあ、言わなかったあたしもアレだけど。
「今聞いとかないと、聞けない気がして」
少しだけスピードを落とす。追っ手の足音も聞こえないし、大丈夫かな。
さすがに走りっぱなしでこのバクバクはつらいものがあるよ。
手を握ったままのユーリはあたしに合わせて足を止め、正面に立った。ああもう、そんなに見ないでよっ。
「……好きでなきゃ、五年も一緒にいない」
声が震えた。絶対顔、真っ赤だ。あたし。
エリンに指摘された通りだよ。……ユーリがあたしといたんじゃなくて、あたしがユーリに引っ付いてただけだった。
握られてなかった右手を掬い取られた。手が震えてるのは、あたし? ユーリ?
両手を握ったまま、ユーリは片膝をついた。
え?
銀髪頭がゆっくり下がり、あたしの手の甲にキスを落とす。柔らかい感触。
これでもかというぐらい顔に熱が集まった。下から見上げてくるユーリの目がほんの少しだけ嬉しそうに緩む。
「苦労はさせると思う。……まあ、今もこんな状態だし。それでも――いいか?」
いいか、だなんて。
腕のいいユーリにとっては、中途半端なあたしにつきあってる状態はつまらないんじゃないかと思ってた。
それでも……ほかのメンバーを入れず、あたしにつきあってくれた。
前にいたパーティでも、他のメンバーは全員がユーリ並みの実力派で、格下なのはあたしだけ。なんでここにいるんだろってよくため息ついてた。
明らかに足引っ張ってたもの。それでも居場所をくれたみんなが好きだった。難易度の高い依頼はあたしが抜けたほうが確実に楽なのに、いつも誰かに守ってもらって。
……あ、だめだ。
考えれば考えるほど、あたしは冒険者に向いてないんじゃないかって気がしてくる。
「……クラン?」
怪訝そうな顔で見上げてる。おっと、ついダウナーな方向に思考が持っていかれてたよ。
こほんと咳をして、もう一度ユーリを見つめる。
「苦労だなんて、思ったことないよ……ユーリこそ。あたしは足手まといにしかならないよ……?」
「足手まといなんかじゃない。むしろお前に守ってもらってることのほうが多いだろ? お前はすぐ自分を犠牲にしようとするから、せめて俺が守らないとって……お前を守ろうと思うから力が出るんだ」
見上げてくるユーリの熱っぽい目が胸の奥を焦がす。熱っぽいというか……色っぽい。
「あたしは……」
口を開いた時、足音が聞こえた。複数の。ガチャガチャ言わせてるのは鎧か剣か。指揮官らしい声も聞こえる。
ユーリはさっと立ち上がるとあたしの手を引いたまま走り出した。
「あれって、キリクだと、思う?」
「さあ、な。あいつ、しつこそうだ」
そう答えたユーリの表情はさっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、眉根を寄せたいつもの……ううん、不機嫌な時の顔になってる。
「そういえば、さぁ」
「ん?」
角を右に曲がる。このあたりの地理には詳しくないんだけど、このまま抜ければ町の外に出られるはず。
まあ、そこで待ち伏せされてる可能性はゼロじゃないけど。
「ユーリ、キリクのこと、嫌ってたよね」
「当たり前、だろ。……お前にキスしたり、触ったり……」
くそっとつぶやいたのが聞こえた。どんどん凶悪な顔になっている。――もしかしたらあたし、まずいこと言っちゃった?
一か月の間、一言も何も言わなかったから忘却の彼方だと思ってたのに。
「特に街中で、襲われたときなんか……本気で殺したくなった」
街中でって……あれか!
ぎくっとして体をこわばらせる。
暗殺者を誘うためにやった芝居だったけど、傍から見たら色気たっぷりのキリクに口説かれてるようにしか見えなかっただろう。
あたしでさえ一瞬芝居だってこと、忘れそうになったもんね。
「でも、ほら、あれは、仕事、だったからっ」
「仕事だからで済ませられるかっ!」
追っ手を気にしながら走ってると、いきなりユーリが立ち止まってて、おもいっきりユーリの胸というか腹にぶちあたった。鼻と顎がべちっとユーリの鎧にぶちあたる。
「あたた……」
「すまん。……クラン。少し待っててくれるか」
「……へ?」
あたしの手を離して全身から殺気を漲らせたユーリは、剣に手をかけると今来た道を戻ろうと踵を返した。
「ちょ、ちょっとまってっ。何しに行くつもりっ」
「やっぱりあのバカぶった切ってくる。……お前を散々虚仮にした報いは受けてもらう」
「や、だから、ユーリっ」
剣にかけた側の腕にがっしり抱き着いてみるも、軽々と引きずられる。ちょっと、マジですかっ。
このまま戻ったらキリクの口車に乗せられて気が付いたらアクリファイア行き確定だよっ!
悔しいけどキリクに口で勝てたことないんだからっ。
「仕事受けるときに言ったじゃないの。そういうこともあるけど耐えられる? って」
「あれは仮定の話だ。お前が甚振られたのは事実だろうがっ!」
「あーもう! 今戻ったら捕まるだけだってばっ!」
「かまわない。あのバカさえぶった切れば問題ない」
いやいやいや。そこ問題だろうよっ。てか、なんでユーリはそっちにぶっ飛ぶのよ。
後が大変……いやそれどころじゃない。一応曲がりなりにも王族なんだから、確実に首が胴体からおさらばだわよ。
そんなユーリは見たくない!
「もういいんだってばっ」
「お前が良くても俺が良くないっ!」
「だからっあんたが上書きしてくれればいいだけじゃないのっ!」
思わず口が滑った。うん、滑った。
ユーリが歩みを止めた。引きずられてたあたしは力が緩んだ腕からぽてりと落ちる。そのまま地面の上にへたり込んでしまおう。心臓がバクバクいってるのは走ってたせい。そうに違いない。顔が赤いのも走ったせい。何が何でもあたしがそう決めたっ。
「……いい、のか?」
ばかっ。そんなこと聞かないでよ。
「いい、に……決まってんじゃないの」
ああもう、よく知らない町のよく知らない場所で、なんでこんな話してんだろ、あたしたち。
恐る恐る顔を上げると、ユーリは真っ赤になって口元を隠してた。隠しながらもあたしのほうをじっと見てる。
息を整えて立ち上がると、早速ユーリに抱き着かれた。
いや、だから。なんでこんなところで首にキスマークつけられなきゃならないのよっ。盛りのついた犬かあんたはっ。
って……もしかしてこの一か月、キス以上のことをしなかったのって……あたしが返事してなかったから? まさかそうなの?
「ちょっと、ユーリっ。そんな場合じゃっ」
「ああ、わかってる。今すぐ手続きに行かないと、お前の気が変わらないとも限らないし。それに宿屋じゃあんまりできないから早く家を手に入れないと。そうかだから家なのか。あいつ結構いい奴かもしれん。うん、それがいい。そうしよう」
「……はい?」
ぶつぶつとすごい早口でつぶやいてたかと思うと、ユーリはあたしを担ぎ上げて元来た道を戻り始めた。
「ゆ、ユーリ?」
「大丈夫、全部任せろ」
いや、大丈夫じゃないから。とりあえず眠らせて足止めさせないと……。
そう思って呪文を唱え始めたとたんに口を塞がれた。
それでも足は止まらない。
あっという間に迎えの……というかたぶんキリクの護衛だろうと思われる騎士に取り囲まれた。
全員眠らせようとしたらやっぱり口を塞がれた。
だから、なんで邪魔するのよっ。それともキスしたいだけ?
周りに人がいるってこと、完全に忘れてるでしょう。
結局、騎士をぞろぞろ連れてギルドの入り口に戻ってきたところで、ルガルに思いっきり気の毒そうな目で見られた。
いやだから、助けてください。ユーリが何言ってるかわかんない。
でもってルガルにユーリがなんかいろいろ頼んでる。入籍だけでもとか口走ってないかい?
ちょっとあたしそっちのけで話すのやめてってばーっ。口挟もうと思ったら大きな手で口をふさがれた。どこまで暴走するつもりだおまいはっ。
ひらひら手を振ってるんじゃありません、ギルドの職員さんたち。――もしかして、こうなるの、知ってた……? 逃げるときに『お幸せに』とか言われたの、空耳じゃなかったんだ……。
結局担がれたまま、馬車に詰め込まれ、馬車が動き出す。
がっちり腰を抱き込まれたユーリの初めて見る満面の笑顔にハートを撃ち抜かれつつも盛大に悲鳴を上げたあたしは悪くない。絶対悪くないっ!
冒険者の日常 ~クラン・クランの場合~ と~や @salion_kia
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