第二掌 リリアスの懇願



 リリアスに案内されて森を抜けるとそこにはアニメとかであったまさに辺境といった風貌の村があった。

 どこか温かい雰囲気があるにはあるのだが、俺に向けられている感情は多分、良い感情ではないだろう。

 そんな感じがする。

 実際、そんな冷たい目つきでこっちを見ているからな。


「しかし、ここまで来るのに結構かかったな」


「以外に深い場所にありましたからね、あの場所は」


 森を歩いて一時間程。

 そのくらいの時間を使ってようやくここまで来ることが出来た。


「ここが私の住んでいる村です」


「へぇ~。俺、こういう所は初めてだ」


 キョロキョロと辺りを見渡してしまう。

 いるのは明らかな田舎なのに、その田舎を見渡す俺は傍から見たらそれ以上の田舎者みたいだ。

 ここより発達した世界(予想)から来てはいるのに、こういう感じの村に行ったことがないんだからしょうがない。


「私の家はこの村の端にあります。ついて来て下さい」


「ああ」


 リリアスについて村の中を歩いて行く。


 ・・・。歩くのはいいんだが、村のみんなはどうして俺をこんなにチラチラと見てくるんだ?

 俺へのよそ者へ向けられる視線とはまた別のものだ。

 流石に恥ずかしいんだが。


「なあ、リリアス」


「はい?なんでしょうか」


「みんな俺を見てくるんだがどうしてなんだ?」


「えっ?」


 リリアスは俺に言われて辺りを見渡す。

 どうやら今まで気づいていなかったようだ。

 まあ、テンション高めだって俺でも分かったからな。

 気づかなくても仕方ないかもしれない。


「あっ。それはタカキさんの服じゃないですか?」


「俺の服?」


「そんな服、見たことないですもん」


「そうなのか?」


 たしかに、地球の神が俺にゲームのステータスを渡すぐらいだ。

 おそらく、魔法が発達しているが、科学などは発達していないのだろう。

 それで俺の学ラン姿はこの世界では異質で珍しいなものなんだろう。


「じゃあ、なにか普通の目立たない服でも探すか」


 今は流石に無一文だが、俺が持っている地球からの持参物を売ればいくらか金にはなるだろう。


「この村には年に数度しか行商人が来ないので服とかは売っていませんよ?」


「な、なにっ⁉」


 じゃあ、俺は文無しのままか。

 ヤバいな。

 どうしよう。


「金を稼ぐにはどうしたらいいんだ?」


「ここでは無理ですね。ほぼ自給自足していますからお金は稼げません」


「まじかよ・・・」


 俺、いきなり詰んじゃったじゃん。


「お金を稼ぐにはもっと大きな・・・それこそ町に行かないと」


「そこなら稼ぐことは出来るのか?」


「はい。一番手っ取り早いのは冒険者になることですね」


 どこにでも定番ってやつはあるもんだな。

 もうお約束だよ。


「ほかには何かないのか?」


 冒険者だけが仕事じゃないだろう。


「う~ん。それこそ、メジャーなのは王宮での仕事とかですね」


「あ、それはパス」


「うえっ⁉」


 せっかく、なんの縛りもなく活動出来るんだ。

 わざわざ自分から縛られに行く必要はない。

 それにこの国の王宮に召喚されてたかもしれないからな。

 面倒事は回避回避。


「ど、どうしてですか⁉」


「俺、かたっ苦しいの苦手なんだよ」


「は、はあ」


「まあ、それじゃ定番通りに冒険者にでもなるかね」


「も、もしかして、すぐにでも行っちゃうんですか?」


 心配そうに俺を見るリリアス。


 まあ、確かにここじゃ俺は何も出来ないからな。


「何日かはここにいさせてもらおうとは考えているよ。その間、君の家に泊めてくれるかい?」


「も、ももももちろんです!」


 そこからは無言で歩いた。

 リリアスさん、顔が真っ赤だけど、大丈夫か?

 こっちを向こうとしないけど、耳まで真っ赤になっている。

 ごまかせてないな、これは。

 でも、君が自分の家に泊まってくれって言ったんだよ?

 なんで今更そんなに動揺してんの?

 もしかして、今頃、男を自分の家に連れ込もうとしていることに気が付いたの?


「着きました!ここが私の家です!」


 リリアスがそう言って家の中に俺を招き入る。


 ・・・・・・。

 しかし、本当に村の端っこだな。


 家が並んでいるところからいくらか離れている場所にリリアスの家はあった。

 他の家と比べて一回りほど小さい。


 女の子が一人で住んでいる家がどうしてこんなに他の家から離されているんだ?

 物騒だろうに。

 何か理由があるのだろうか?


「タカキさーん!どうしたんですかー?入ってくださーい!」


 家の中からリリアスが呼んでいる。

 俺も入るかね。

 神に色々と聞かなきゃいけないこともあるし。


 俺はリリアスの家に入った。




             ・・・




 タカキがリリアスの家に入るところを見ていた若者がいた。

 リリアスの家から少し離れている場所に生えている木の陰に隠れている。

 傍から見れば完全にストーカーの類と思われるだろう。


「なんだよ。あいつ!どうしてリリアスと一緒にいるんだ?誰なんだよ!」


 その若者はリリアスとケンカした村の少年パッシュであった。

 リリアスとケンカした後、仲直りして今度こそ嫁に来るように言うつもりだったのだ。


 しかし、その腹積もりでリリアスの家の近くまで行ってみればリリアスとタカキが仲良く家の中に入っているではないか。

 タカキのことを知らないパッシュではあったが、それでも知らない男をリリアスが家の中に入れた。

 そのことがどうしても我慢ならなかった。


 パッシュはその場を離れ、村長のいる家へと向かった。

 リリアスを自分のものにしたいと言う気持ちを携えて。


 その目には疑念と嫉妬の炎が灯っていた。


 そしてそこにはもう一人、その様子を見ていた女がいた。


「これはなかなか私に都合のいいことになりそうだ。今までゆっくりと計画を進めてきたが、これならすぐにでもいけそうだ」


 そう呟いた女はこの村に住んでいる者とは服装も見た目も違っていた。


 服装は扇情的で、男を誘惑するためだけにあると言ってもいいくらいの露出の服だ。

 見た目も肌が薄い紫色であり、頭には角が生えていた。


「あの男が来てくれたおかげだな。この村には今まで変化などなかったのに、揺らいでいる。さて、この揺らぎが治まる前に行動に移すとしますか」


 そしてその女はその場から消えたのであった。




                  ・・・





 リリアスの家に入ると少し殺風景な印象を持った。

 物が少ないのだ。

 小さな台所とテーブルと椅子、それにベッドだけの部屋だ。

 他に部屋もあるが、申し訳程度のものだ。

 恐らく想像だが、部屋のサイズも精々三畳がいいところだろう。


「ここに一人で住んでいるのか?」


 心配になってつい聞いてしまった。


「はい。そうですよ?何か気に障りましたか⁉」


 青い顔をしてあわあわしながら聞いてくる。


「いやいや、そんなことはないよ」


 さて、それはともかく、俺を召喚したこの子には話しておかないとな。

 言い方は悪いがこの子に実験させてもらう。

 どこまで話してもこの世界の人は許容してくれるのかを。


「リリアス。俺の話を聞いてくれないか?」


 家の中にある、くたびれたテーブルの席に俺とリリアスは座り、それから俺は話し始めた。


「なんですか?」


「俺を召喚した君には話しておかないとと思ってな」


 そして、俺はゆっくりと話し出した。


 俺はこの世界ではなく、別の世界である地球という所の日本と言う国から来たこと。


 神にお願いされ、探しモノを探すように依頼されたこと。


 本来はこの世界のどこかの国の王宮に勇者召喚として呼ばれるはずだったこと。


 俺は一か所には留まるつもりがないこと。


 流石に、神の眷属を殲滅、もしくは捕縛しろなんて言う無茶苦茶な以来のことはぼかしたけどな。

 こんなのは聞かなくても許容できないことは分かる。


「じゃ、じゃあ、もしかして私はその勇者召喚を乗っ取ってタカキさんを召喚してしまったのですか?」


 震える声で話すリリアス。

 俺が勇者になるはずだったことはスルーですか。

 まあ、今は気にしている暇はないよね。


「おそらくは」


「じゃあ、わ、私はくっ、国が行ったものを横からかすめ取った、はっ犯罪者になってしまいます」


 今にも泣きそうになりながら言う。


「お、落ち着け!もしもそうなってしまったとしても俺がなんとかする!俺としてはリリアスに感謝しているんだ!」


「ふぇ?かんしゃ、ですか?」


「君が俺を喚んでくれなかったら、きっと俺は色んな人に利用されていただろう」


 震えているリリアスの手を安心させるために少し強く握り、俺は笑う。


「ヘタしたら利用されるだけされて、死んでいたかもしれない。だから君には感謝しているんだ。ありがとう。俺をここに召喚してくれて」


「そ、そんな!」


「だから、君が助けを求めるなら俺はきっと助けるよ」


 助けてくれた人を助ける。

 俺はこれだけは曲げたくない。

 決して。


 うん。

 今決めた。

 これがこの世界での俺のあり方だ。

 それを壊そうとするやつは全力で排除してやる。

 それはこの世界で許されることだろうし、そうするための力は神から貰っているからな。


「あ、ありがとう、ご、ございますぅ」


 ボロボロと涙を流しながら言うリリアス。


 なんだか、怒涛の展開だったな。


「そうだ。なにか俺に出来ることはないかな?世話になることだし、何かお礼をさせてよ。何でもいいぞ!とにかく言ってみろ」


 何もしていないのにお世話を焼いてもらう。

 そんなこと、俺には耐えられない!

 特に何かしてあげたわけでもないのにお世話されっぱなしというのは流石に堪える。

 要求をしてください。


「そ、それじゃあ、一つだけ・・・」


 何かを思い詰めた感じのリリアス。

 遠慮しているのか、恐る恐る言う。


「わ、私も!私も連れて行ってください!タカキさんの旅に!」


「へっ?」


 その唐突過ぎる言葉に呆気に取られる俺。

 まだ、出会って一時間ぐらいしか経っていない俺について行きたい?

 おいおい。

 それは何の冗談だ?


「待て。君はこの村で暮らしているんだろう?一人で暮らしているとはいえ、知人や友人くらいはいるはずだ。なのに会って間もない俺について行こうだなんて。どういうことだ?」


「タカキさんももう分かっているとは思いますが、見ての通り、私の両親はもういません。なので、残していく人もいません。それに、こんなことを言っている時点で分かりますが、友人もいませんし。それに、私は夢があります!魔法使いになるという夢が!」


「そうなのか」


 魔法使いってそんなになるのが大変なのか。

 俺、てっきり、魔法って魔力があれば使えるものだと思ってたわ。

 結構大変なんだな、魔法使いになるのって。


「はい!でも、私はいくら一人で頑張っても魔法が使えませんでした。それでも私は諦めませんでしたけど、村のみんなはそんな私を馬鹿にしてくるだけで・・・。でも!今日、タカキさんを召喚することが出来ました!使えたんです!タカキさんのおかげで!」


 それは俺のおかげとは違う気がするが、今は指摘するところじゃないな。

 ここでそれを指摘するのは完全にKYのすることだ。


「私もタカキさんのおかげで希望を見出したんです!魔法使いになれるかもしれないという希望を!だから、きっと役に立つようになります!だから、タカキさんの旅に連れて行ってください!お願いします!」


 涙目で懇願してくるリリアス。


「・・・ふむ」


 とりあえず、考えるポーズを取る俺。

 どうやら、この子にとってこの村はただ馬鹿にしてくる連中だけで、友人もいなかったということか。

 ここに残っているメリットはこの娘にはないのかもしれない。


 村の住人がリリアスとどう思っているかは分からない。

 それこそ馬鹿にはしているが、ちゃんと住人として受け入れているのかもしれない。

 でも、リリアスはそう感じていない。

 周りがどう思っているかより、この娘がどう感じているかどうかが大切だ。


 俺は未だにこの世界のことは分からないし、いずれは仲間も欲しいと考えていた。

 第一、一人は流石に寂しいし。

 それに、一人ではいずれどこかで何かしらの限界が来ることも分かるしな。


 それに、最初の仲間がこんなかわいい子なら言うこと無しだし。


「危険な旅になるけど、それでもいいのか?」


「はい!構いません!お願いします、連れて行ってください!」


 そこまでの気持ちがあるなら俺としては何も言うことはない。

 最悪、この娘が俺について来れなくなってもこの村に戻してあげればいいことだしな。

 まさか、こんなこの世界に召喚されて一時間や二時間ぐらいで仲間が出来るとは思ってもみなかったけど。


 しかし、こうなると近いうちに俺のやらなくちゃいけない全部の内容を教えないといけないな。


「よし!わかった!むしろ、俺からお願いするよ!これからよろしく!」


「あ!ありがとうございます!」


 さっきまでの不安そうな顔に笑顔が咲いた。




                 ・・・




 リリアスがタカキに仲間にしてくれるように頼んでいる頃、タカキ達とパッシュを外で見ていた女はある計画を実行に移すために行動を起こしていた。


「これでここはいいかな?」


 そこは村長の家。

 そこには焦点を失くした虚ろな目で虚空を見つめる村長の姿があった。


「それじゃ今後、私の言うことをしっかりと聞くのよ?」


「・・・はい。何なりと」


 村長は膝をつき、首を垂れる。


「あ~。本当にあの男にはお礼を言わないとね。排他的で封鎖的な風潮がある村だから洗脳するのに苦戦していたところだったし。まさかこんなにあっさり心を揺らぐなんて思ってもみなかったわ」


「それで、ドンナー様。私は何をすればよいでしょうか?」


 村長がドンナーと呼ばれた女に聞く。


「まずはあの村へとやって来た男を連れていた女がいただろう?」


「リリアスのことですね」


「そう。そのリリアスって女。そいつをあの男の気づかれないように私の所に連れて来て。数日時間をあげるから」


「承知いたしました」


 そうして村長は家を出てどこかへ向かっていった。


「さてと。それじゃ私は他の男共も洗脳しに行くとしますか。あ~。忙しい忙しい」


 ドンナーと呼ばれた女もそう言いながらその場から消えたのであった。


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