Side〝F〟-2  Understood?


 

 #

 さて皆さん。

 こちらが出口となります。


 いくら複雑怪奇な迷宮とはいえルールがあるのです。


 入り口から入り、出口から出る。

 それが迷宮。

 でもそこが、つまらない、ごくごく普通、いやそれ以下の出口だとしたら。


 花火に例えましょう。

 

 打ち上がるまで期待感が高まります。 


 ぱっと広がり、音がするものの、不細工だったり予想以下だったり。


 取り残されたような、余韻。


 楽しめるわけもなく、ただただ虚しく途方に暮れ、失望、憤慨するでしょう。


 しかしいくら怒っても引き返すことはできません。

 時はずっと流れ行くもの。受け入れるしかない。

 ですがわたし、ソフィ・マクガ―レンはそう易々と何もかもを受け入れるほど寛大ではない。

 

 現在、出口にたどり着いて、なんだこれはと、ちょっぴり怒っています。



 おや、風景が変わってきましたね。

 

 わたしはどうやら、宙に浮いている。

 足の感覚が無い。冷たい風が体に当たって……眼下には街。

 夜の街。四角い街です。

 さながらダイヤモンドの形……菱形。そういえば誰かが言っていましたね。


『野球で例えるなら、この街はさながらグラウンド』


 失礼、誰の言葉か思い出せない……ところどころ、記憶が抜けています。


 何故ならわたしは、作者でも神でも無い、ただの迷子なのですから。

 

 そう、迷子。

 わたしはどこから来て、どこへ行くのか。

 ずっとそれを探して、ついさっき見つけたはずなのに。


 少し目を凝らしてみましょう……。


 #

 道路に車が停まっています。

 後部ドアが開きました。女性が出てきました。

 全身、赤い。

 いや、正確には赤い液体を浴びてしまったようです。髪、肌、服……左半身のみ浴びせられたよう。

 その手には……リボルバーの銃、でしょうか。

 あの女性……思い出せない。

 観たことがあるのですが。


 運転席の扉が開きました。

 こちらも女性ですね。

 背に赤い液体が斑点のようについています。

 この女性も……やはり思い出せない。既視感のようなものでしょう。


 銃を持った女性は、己の左のこめかみに銃を押し付け、引き金を引きました。

 

 轟く銃声。

 

 華のような出血とともに、卒倒しました。


 それを見届けた女は、車に乗りこみました。

 頭痛を覚えたように頭を押さえており、胃の中に溜まったものを吐き出しています。

 

 心配です。声を掛けてみましょう。


 大丈夫ですか。


 どうやら視界が定まらない様子。

 また、わたしの声も聞こえない。

 介抱しようにも、何故か触れることが……。

 後部座席には、老人がいます。ですがすでに亡くなって……いや、生きていますね。彼はそっと女性の首に手を伸ばしました。

 その老人の手は、彼女の首を掴み、握る。

 指が食い込み、爪が喉を突き破り、女性は出血します。

 

 彼女は視界が完全に真っ暗になったのでしょう。探るように手を動かします。

 彼女は喉から噴き出た血を押さえるよう、手をやりました。


 ですが、手を離し、己の血で、車内からフロントガラスに文字を書いていきます。



 ゆっくりと、少しずつ。


 ところどころ、かすれていますが……読めるのは……。

















 STEAK OF KANGAROU




『カンガルーのステーキ』と、訳せばいいのでしょうか……いや、無理ですね。

 

 わたしが言うべきではないのですが、日本人の英語は良くも悪くも独創的。

 アルファベット表記がデタラメ、看板や商品名が読めず、口で教えてもらう、なんてよくあること。

 しかしそれはきっと万国共通。日本人が海外に行けば、なんだこの日本語は、となる。







 おや、老人がゆっくりと車から降りて来ました。


 彼の頭、右側には銃創が……しかし、何事も無かったようにてくてくと歩いていきます。


 携帯電話を手に取り、会話を始めました。

 耳を傾けてみましょう。

 少々、虫がうっとおしいですね。

 急に蒸し暑くなって、風が強い。

 季節は冬だった……いいや、それも既視感。判断しかねます。


「終わったぞ。これで二人……毎回毎回、せっかくの色男が台無し」

 相手は……わかりません。声が拾えません。

 その老人は煙草を取り出し、ジッポライターで火を着けました。


「無事だけど、マジ、死ぬかと思った。嫁が銃に細工をしてたから……アホ。そう簡単に変えられるか……あのな、俺は怪人二十面相でも多重人格でも無い。普通の人間だって……はあ? また勝手に……ツジってなんか、辻斬りみたいじゃんか。今の名前に……だったら。ヤマガタでいいだろが。よくある名前だ。ま、どうでもいいけど……で、相手は誰? ……ムライね。知ってる……ああ、おまえやタブセと同じぐらいサイコパスだって噂がある……いいや、今回は復帰してる方から……ああ。そいつの考えだけど? ……はあ? 消された?」

 

 紫煙を吐き出し、歩いていきます。


「……そりゃ、かなりヤバいな……まず上にどう説明するか……たぶん。変更はしないと思う。てか、まず常人の俺には良く理解できん。嫁と一緒に言われた通り仕事してるが……あのなあ、おまえ、本庁勤務だろ? おまえから説明しろよ。俺も嫁もこっちで仕事しなきゃならん……タイムアウト。何だその、すげぇ泣き声……あのな。だからそういうのは、最初に言え。まずガキに乳をやって寝かしつけろ……はいはい、そのうち二人で顔出す。でも俺らの顔、変わってるけどな……ん、ソウトウは部署が違うな……アライ? アライ、アライ……いや、憶えてねぇな。嫁の仕事かまたは、かなり過去の仕事だろ? ……あー、そりゃ忘れるわ。俺ら、顔を変えるとき、色々忘れるようにしてんだ。まあ、おまえと嫁は覚えてるけど……ああ。忘れたくても、忘れらんねぇよ。高校時代、マジでビビった。ふーん。生涯独身を宣言してたあの、真っ黒くろすけ女が、今はママか。ははっ、想像できねぇな」


 その老人は煙草を投げ捨て、笑顔を浮かべながら電話で雑談し、歩いていきました。

 


 #

 さて皆さん。

 

 わたしは、妙な迷宮に入ってしまった迷子です。

 ああ、ちなみにわたしはここの作者でも神でありません。

 ただのお節介なストーリーテラーとでも思ってください。

 証拠に、わたしの名前を教えておきましょう。


 初めまして。わたしは桐谷裕、またの名をソフィ・マクガ―レン。 

 ちなみに日本名は嫌いなので……おや、どうなされましたか。

 皆さん、まるで幽霊でも見たような顔ですが。

 この先はとてつもなく長く、険しいようです、大丈夫ですか。

 焦らず、ゆっくり、参りましょう。

 

 必ず、どこかに出口があるはずです。

 所詮は迷宮。出口があって当然。

 もしかしたら、すぐそこにあるのかも……。

 

 まずは彼に付いて行きましょう。


 おや、幾人かお疲れの様子。

 休憩してから、臨みましょうか。

 ではここで、各々の生活へお戻りください。


 わたしはずっとここにいますので、いずれまた。



 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不完全迷宮第25番 秋澤景(RE/AK) @marukesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ