第20話 恋する探査機のリバーシブル

 次々と海の生き物達が海から


『ウガアアアアアアアアアアアア!?』


 巨大な人魚姿の南方は無数のクラゲ人間達と共に落ちていく。


「う、うわああああああああああ!?」


 ショウ達も例外なく落ちていった。

 ショウはナオミの手を掴み、何とかハグレずに住んでいるが成す統べなく自由落下をし続けていく。彼等の天井には銀色の波打つ青い海が広がり、下には白い雲に燦々と上へ伸びる陽光が射した水色の空が下半球のように映し出されていた。


「ナオちゃん! いったい何をしたの!? もしかして、これが君の能力なのか!?」

「……うん」


 ショウと目が合ったナオミはニコリと笑い一言呟く。


「やりすぎちゃった」

「やりすぎちゃったじゃないよ! それじゃあ、早く止めてって!」

「なんか私の力がさっきから制御出来ないの」

「え……」

「力が暴走しちゃってるみたい」

「暴走!?」


 今までにない現象である。

 部外者サードの能力が、夢の世界観事態を塗り替えるなんてことは初めてであった。


『クソッ!! オ前等ノセイダナ! 早ク止メロ!』


 南方は落ちながらも、巨大で透明なジェルを彼等へと打ち込んでくる。


「無駄よ」


 ナオミは冷静にジェルへと手をかざすと、例の如くジェルは反射され南方へと打ち返される。


『グワッ!? 汚ネェ!?』


 避ける手段のない南方は、自分の生み出した粘液物質を自ら被ることとなる。苦しむ様子はなく、汚物を振り払うようにぬぐい取っていた。


「ウフフ、無様ね」


 嬉しそうに妖艶な笑みを浮かべるナオミ。ショウの右手に文字を浮かべる。その文字はカイトから受け継いだ[閃光]の力だ。


「南方、アナタの負けだ! 僕達は攻撃を防ぐ手段も、攻撃を行う手段も持っている!」


 そういうとショウの周りには、見せつけるように幾つかの光の球体が浮かび上がる。

 

「アナタは避けられない! 今後一切エリちゃんの夢に入ってこないなら攻撃はしない。だけどだ、もしそれが出来ないのなら!」


 銃を構えるように、ショウは人差し指を南方に向けた。


「アナタを全力で叩きのめす!」


 黙って聞き続けた南方は、さらに黙り込み。

 やがて……


『……ンアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!』


 突然目が血走り、雄叫びを轟かせる。


「な、何だ!?」

「……耳が痛い」


 すると彼の背中から純白羽毛の二枚の羽が皮膚を突き破り、大きな翼を広げた。


『調子ニ乗リヤガッテ! ソノ娘ノ能力ハ、カナリ厄介ダ。ダカラ逃ゲヨウカト思ッタガ気が変ワッタ。俺ヲコケニシタテメェラ二人ハヤッパリユルサネェ!! 二人仲良ク血祭リニシテヤルヨ!』


 南方は翼を大きく羽ばたかせ、落下する二人へと突撃していく。とっさにショウは光の球を何発も打ち込む。しかし、巨体とは思えない程の俊敏な機動力に半分以上の球を回避され、着弾した球も腕で防がれてしまう。


「うっ! 急に早く……」

『ンアアアアアコロオオオオオオス!!』


 南方は大きな手で二人に掴みかかる。ナオミが手を前に突きだし見えない壁のような物を作り出しかのように、南方の進撃を阻止した。


『出テコイ! 籠モッテルジャネェゾオラ!』


 ナオミの力に阻まれながらも壁にへばりつくように、何度も殴りかかる南方。何度も拳が弾き返されるも、憎悪を纏った剣幕で諦めずに殴りかかる。

 それに対して二人は無傷でいるが、攻撃を跳ね返す度にナオミの表情に陰が落ちる。徐々に消耗しているようで額から汗が見え始めた。


「ダメだ。もう一度……」


 南方を引き剥がす為、もう一度右手を構える。

 しかし、その時――


『ギャアアアアアアアア!?』


 南方の断末魔と共に彼の脇腹から爆炎が舞い上がる。白目をむき黒い煙と共に、南方は空へ墜落していく。


「こ、今度はなんだ!?」


 ショウが、周囲を見回すと声をかけられる。


「おう! ジャップボーイ! まさかこんなところで会うとはな!」

「水瀬君! 良かった無事みたいね……その子は新しい部外者サードかしら?」


 聞き覚えのある声にショウは振り向く。

 そこには耳をプロペラみたい回転させ、ゆったりと近づいてくるウサテレの姿があった。


「デー……ブラウンさん! ユリエさん!」


 ショウは飛んでくる彼等に手を振った。





 雲を越え、宇宙と空の合間に二人と一羽がいる。

 足下は徐々に紺色に深まっていき白い星々が瞬いていた。そんな中、ユリエの声が響きわたる。


「分かったわ。貴方の名前は川崎ナオミさんね。水瀬エリちゃんと水瀬君の幼馴染みなのね。そして、この今の現象は川崎さんが引き起こしたのね……」


 現在二人と一羽は自由落下に身を任せ、お互いに話し合っていた。


「ええ、エリちゃんに関口くんとは昔から同じ街に住んでいるわ。今も同じ街に住んでいるけど、最近エリちゃんには会っていないわね……寂しい」

「えーっと、川崎……今エリちゃんと関口くんって言ったわよね?」

「言ったわ」

「関口くんって誰? エリちゃんのお友達?」


 ユリエの質問に対して、ナオミはショウを指さす。

 その動作にユリエは目が点となり、今度はショウに話を振った。


「水瀬君……関口って名前なの?」

「……」


 ショウは否定するつもりであったが、その言葉が出なかった。暗い表情見せる彼に、ユリエは問いかける。


「……水瀬君。それは水瀬君が答えたくないこと?」


 彼女は真剣な表情ながら、優しい声音で問いかけた。今まで違う彼女の対応に、ユリエがこの前話した協力関係のことを思い出した。


「……すみません。まだ、自分でも答えが出ていないことで……」

「……分かったわ」


 ユリエは頷き納得してくれる。すると、今度はデーブがウサテレの映像の中に現れる。


「それにしても、この天と地がひっくり返った現象。そのゴスロリガールの力で引き起こしたのか? そうなると、結構まずいんじゃないか?ミス・ユリエ」

「……ええ、確かにまずいかもしれない」


 デーブの言葉にユリエは考え込む。


「何がまずいんですか?」


 二人の会話にショウは反応する。その問いにデーブが答えた。


「このゴシックガールが、この世界の設定を書き換えたんだ。つまり部外者サードが、夢物質セカンドの法則を書き換えたんだよ」

「えーっと……つまりどういう……」


 ショウが聞き返すと、デーブではなくユリエが簡潔に答えた。


「エリちゃんが弱っているかもしれないってことよ」


 ショウは驚く。


「エリちゃんが!? どうして?」

「私達の研究のデータから、基本的に部外者サードは対話や接触などの行為は行えるけど、本人ファースト夢物質セカンドの法則や概念には逆らえないはずなの」

「……つまり、僕達はエリちゃんの夢の法則を変えることは出来ないってことですよね? 今回ナオちゃんの力で夢物質セカンドや僕達は打ち上げられた。それで、原因は今までの話から察するに病気のエリちゃんが弱ってるってからってことですよね?」


 ショウが話をまとめると、ユリエは頷く。それを確認した後さらにショウは続ける。


「でも、それってちょっと変じゃありませんか? 前に見た恐竜世界で、南方もあの世界メチャメチャにしてたじゃないですか。もしかして……あの時からエリちゃんは弱っていたってことですか?」

「ああ……そういえば言っていなかったわね。良い機会だし機密に引っかからないから伝えておくわね。今まで出てきた南方ダイチ……彼は、エリちゃんの作り出した夢物質セカンドよ」

「え……」


 その言葉にショウは目を丸くする。


「どういうことですか? 南方が夢物質セカンドって……あの人は僕達と同じ部外者サードじゃないんですか?」

「確定とは言い切れないけど、ほぼ間違えないって判断にこちら側ではなっているわ。日本にいるエージェントが現実世界にいる南方ダイチと接触して彼とコンタクトを取った。その結果、彼はこのエリちゃんの夢に対して一切覚えていなかった」

「いや、だとしてもおかしいですよ」


 ユリエの言葉に、ショウは反論する。


「そんなこと言ったらモエカさんだって夢のことを覚えていないって言っていましたよ! 貴方達は現実のモエカさんに出合って、夢の出来事を覚えていたって言っていましたけど……僕が出合った時は全然僕のことも覚えていませんでした」


 そこでショウは頭を抱える。


「ずっとこうだ! ずっと話が噛み合わない! もう、いい加減にしてほしい! いったいこの夢はどうなっているんだ! もうこれは、ただ僕を惑わすだけのただの嘘だらけの夢なのか!」


 彼は叫んだ。

 それを見た皆は、誰も押し黙り何も答えずにいる。

 そうしていると、大気圏を抜け皆は宇宙空間へ放り出された。太陽は眩しく輝きショウ達の上には黒い宇宙に浮かぶ青い大きな星が浮かんでいた。

 会話が出来るということは空気はあるが、それはとても気まずい空気を取り囲む二人と一羽であった。しかし、その空気を読まずにデーブが画面越しに下の方を指をさす。


「おいお前等! あれを見ろ! あれ!」


 一同は一斉に徐々に離れていく地球とは反対方向に目を向ける。すると、宇宙空間にゴスロリファッションに身を包んだ少女が漂っていた。

 それは正しく水瀬エリであり、彼女は無重力に身を任せて黒髪でロングツインテールがヒラヒラと衛生のように伸びたり曲がったりしていた。


「エリちゃん!」


 ショウがさっそく声を掛けるが、返事をしてこない。意識が無いようで、ふんわりと何もない空間に漂っていた。


「どうしてこんな所に……しかも意識が無い……話は後にしましょう! 今は早くエリちゃんを……本人ファーストを回収するわよ!」


 彼等は無重力の中、何とかエリに近づこうと体を動かすが思うように体が進まなかった。しかし徐々に地球から離れつつ、コースは少しズレているが着々とエリには近づいていた。

 そこで彼は有りっ丈のリーチを活かすことにする。

 ショウの右手は[剣心]へと煌めかせ、刃の腹を両手で挟み剣の柄をナオミに掴ませる。ナオミは柄を持つ反対の手で、持っていた日傘を伸ばし両手を広げた。

 傘の先端にはウサテレが捕まり、長い耳を触覚のように蠢かしエリを捕まえるよう構えた。

 そして、その作戦は成功を収める。


「やったぜ! 本人ファーストを捕らえたぜ!」


 デーブの言った通りウサテレの耳でエリを挟むことに成功する。後は皆で手繰り寄せあい、彼女を回収すれば良い。


「……」


 捕まったエリは、起きる気配がなくされるがままに引っ張られていく。


「エリちゃん! 起きてよエリちゃん!」

「エリちゃんはどうしたの?まさか死んでたりなんか……」


 不安に駆られる少年少女達だが、ウサテレからキーボードを打つ音が聞こえ、ユリエが様態を答えた。


「……大丈夫。もちろん死んではいなわ。だけど、あまり良い状態でもないわね」

「どういうことなんです?」

本人ファーストが休止状態に入ってる。何とか実体を形成してるけどって感じ……この様態のパターンから精神的なショックが考えられるわ。水瀬君、何かエリちゃんに対して見に覚えはない?」


 ユリエに質問され、ショウは今朝の出来事を思い出す。


「……エリちゃんは、以前の夢のことを覚えてました。それで……モエカさんとカイトくんは自分のせいで、夢の中で死んでしまったんだって言っていました。その後、自分の部屋に引きこもって……」

「間違いなくそれが原因ね……迂闊だったわ。ちゃんとエリちゃんにも、あの時伝えておけば・……やはり清白さんもここに着てもらった方が良いかもしれないわね。もしくはテレビ電話を使って……」

「ちょっと待ってください! モエカさんが来るっていったい!?」


 聞き捨てなら無いワードが耳に入り、ショウが驚く。

 その反応を見たユリエは、珍しく微笑む。


「ええ、まだ検討の段階だったわ。でもエリちゃんの様態が悪化しつつある今、心が不安定である彼女に利く一番の薬は支えになってくれる人だと思う。現実世界の清白さん、出来ればカイトくんに……幼馴染みの川崎さんも着てくれると助かるの」

「私も?」


 ユリエの誘いにナオミは反応する。


「ええ……ここの研究施設はアメリカにあるのだけれど、移動費や宿泊費なんかはこちらで全部負担するわ。川崎さんは学生さんよね? もし差し支えがなければ両親にも相談するし、こちら側から学校に頼んで休み取れるように手配するわ。どう? 今の段階だと口約束になってしまうから、今日中にエージェントに訪問させるわ」


 その申し出に、ナオミは驚くどころか笑みを浮かべる。


「面白そうね。私は行ってみたいわね。そこに」

「それじゃあ、了承を得たってことで良いわね?」

「ええ、こちらこそよろしくお願いするわ」


 楽しそうに話す二人を見て、ショウは疑問に思う。


「……ユリエさん」

「何かしら水瀬君?」

「……エリちゃんは、日本に居るんですよね?何故わざわざアメリカまで行く必要が?僕達の家に皆が集合するって方が、モエカさんにカイト君、それにナオちゃんだって気軽じゃないかと思うのですが」

「そ、それは……」

「……僕も、アメリカに連れってくれませんか?」


 思い切ってショウが、ユリエに提案を持ちかけた。



『モラッタアアアアアアアアア!!』



 南方の雄叫びが、宇宙空間に広がった。それと同時に猛スピードで大きな何かがショウ達にぶち当たる。


「きゃあ!!」

「うわあ!?」


 当たった衝撃で、ナオミとショウはとっさに抱き合い体全体が宙返りを繰り返すように回り始める。

 空気摩擦の無い空間で、止める術も無いまま彼は状況確認をしようと伺う。回る視界の中彼が目にした物は、翼からバーナーのように青い火を噴き高速で移動する巨人の南方の姿だった。彼は左手で気を失うエリとウサテレを掴み、ドンドン距離を離していく。


『フハハハハハハ! ヤッタゾ! ツイニ捕マエタゾ!』


 彼の笑い声が響きわたる。回る視界の中ショウは必死に人差し指をさし、南方に標準をあわせた。


「待て!! 南方!!」


 右手に[閃光]と文字が浮かび、幾多もの光の線が南方に向かっていく。しかし……閃光達は南方を追いかけ真っ直ぐ伸びていくが標準が、微妙にズレており彼に追いつくことが出来ない。


「クソ! エリちゃん! ユリエさん! デーブさん!」


 徐々に回転が収まっていきショウは叫び続ける。だが、彼の声は黒い空間にむなしく響くだけであった。



♡♡



 ショウとナオミは手を繋ぎ、冥王星を抜け更に海王星も抜けていく。


「地球から海王星までの約44億キロメートル。僕達がここまで飛んで来るのに数時間かかった。そう考えると僕等の飛ぶスピードは光の速さか、それ以上だってことになるね」

「ウフフ、私達二人っきりで光速に飛んでいるのね。とてもシュールだわ」

「光速で僕達が飛んだら跡形もなくなっちゃうんだけどね……まあ、夢の中だし……」


 ショウは溜め息を吐きながら何もない黒い空間を周りに見える星々を見つめながら漂っていた。


「早く夢から覚めなくちゃ……」


 蘊蓄うんちくを語っていたショウ。だが、内心焦りがにじみ出ていた。

 エリが南方に連れ去られ、早くエリの様子を確認しなくてはならない。だが、夢から目覚める為の白い光の扉が何処を向いても見当たらないのだ。


「……目を覚ましたいの?」

「え?」


 考え込むショウに対してナオミは質問した。

 驚きつつ質問に対して彼は頷いた。


「当たり前だ。現実でエリちゃんが無事かどうか早く確認したい。ウサテレも一緒にさらわれていったから、南方もそう簡単に連れ去れるとは思えないけど、それでも……」


 話していて自ら俯き始めるショウ。


「……関口くんは、早く目覚めてほしいのね」

「ナオちゃん……君はそうじゃないの?エリちゃんが心配じゃないの?」


 彼が聞くと、今度はナオミが俯く。


「心配よ。でも、心の何処かでこれは久々に二人と会えた不思議で楽しい夢だって思っているわ。だから覚めてほしくないって思ってる」


 そうナオミが答えると、彼女は無重力の中でショウの服をそっと掴みと向かい合う。


「……ナオちゃん?」

「目覚めてしまったら、この夢で起きたことを……関口くんとまた話せたことを……忘れてしまうかもしれないから」


 無音の黒い空間の中で彼等は漂い、そしてナオミの声だけが響きわたった。


「起きても母親は仕事でいない……学校にも話す友達なんていない……夢の中だけど、久々に誰かと話せて……貴方と話せて、本当に楽しかった」

「……」


 掛ける言葉が思い浮かばない。

 すると突然、ショウ達の頭上から光が照れし始める。見上げるとそこには見覚えのある光を放つ扉であった。


「関口くん、あれは?」

「あれは……現実世界への扉」


 と、彼は呟く。

 だが、彼等の進行方向とは少しズレた位置に生成された。モガいたところで進行方向を変えることが出来ず、このままでは通り過ぎてしまう。


「ダメだ。何とかしてあそこに行かなきゃ!」

「……そろそろ時間みたいね」

「え!?」


 ナオミは、更にショウに顔を近づける。


「ナオちゃん?」

「私は貴方のことが嫌い」

「え?」


 またしても突然のカミングアウトに、面食らうショウ。しかし、その言葉とは裏腹、ナオミはジッと彼の瞳の中をのぞき込む。


「貴方のこと、ずっと嫌いだった。初めて会った時も、こんな格好をしている私をエリちゃんと一緒に受け入れてくれたこと。いつも口数少ない私に気を使って、優しくしてくれることが、とてもとても煩わしくて大嫌いだった」

「そ、そんなこと……いきなりそんなことを言われても……」

「貴方は……私のことは嫌い?」


 またしても突然の質問に、ショウは戸惑いながらも答える。


「……好きかどうかって聞かれたら、好きだよ。君のこと」


 まるで、彼女を叱るようにジッと彼は見つめ返す。


「君からどんなに嫌われようとも、僕にとってナオちゃんは大切な幼馴染みなんだ。嫌いになる訳がないだろ?」


 彼は素直に言い切る。

 ナオミは笑顔を作り、顔を伏せた。


「そんな貴方も大嫌い」

「だからこんな時にいったい……んんっ!?」


 真っ暗闇の世界。

 遠くで白く小さな星々が音もなく瞬いた世界で、

 胸に手を当てられ、ショウはナオミに口を塞がれる。

 彼女の柔い唇の暖かさを感じ取り、

 彼女の吐息と自分の心臓音のみが彼には聞こえた。

 たった数秒の出来事だったが、少年達はまるで時が止まったかのような錯覚を覚える。

 ゆっくりと口を離したのはナオミだった。


「これが私の能力……」


 彼女がそう言葉を発した途端、ビー玉同士がぶつかったように弾かれ二人の距離が一気に開く。

 ショウは光の扉へと吸い寄せられ、ナオミは先の見えない宇宙の闇へと向かって行った。


「ナ、ナオちゃん!!」


 ショウはとっさに手を伸ばすが、到底届く距離ではない。

 そして、彼の黒い包帯の巻かれた右手に文字が浮き上がっていた。


「関口くん。私は願うことしか出来ないけど……ずっと……応援してるよ」


 彼女のゴシックドレスがユラユラと揺らめき、か細い声が徐々に掠れ消えていく。


「ナオちゃん! 待って!」


 白く、白く、視界が染められていく。

 最後に見えたのは、手を振り笑っていた彼女の姿と――

 右手に刻まれた[反転]の文字だった。



・・・・・・


・・・


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