第19話 交わる境にファイヤーフラワー

 自宅を後にした二人は、よく知る公園へと赴いた。


「大丈夫、関口くん?」


 顔色の悪い彼に心配するナオミ。その問いかけにショウは無言で頷く。そんな彼の様子を見て、ナオミは彼の手を握る。


「……ナオちゃん?」

「大丈夫、私と君はここにいるから。ね?」


 彼女の言葉に、ショウは深呼吸をした。握られた左手から彼女の温もりを感じ取れた。


「ありがとう……」

「ウフフ」


 ショウはハニカみながらも、彼女に感謝した。


「それじゃあ、次は公園を捜しましょうか。エリちゃんがいるかもしれないからね」

「う、うん」


 ナオミが先導しつつ、公園の中へと少年と少女は入っていく。

 真夜中を思わせる公園の中、二人は辺りを窺いながら進んでいくと、またしても声が聞こえてくる。


"お兄!"


 それは、またしても目を隠していないエリだった。

 自分を呼び駆けてくる姿に、ショウの息が詰まる。


「エリちゃん……」

"エリちゃん!"


 ショウの声が二重に木霊した。ショウが自分のもう一つの声がした方へ振り向くと、そこには……


"関口お兄にナオミお姉ちゃん!お待たせ!"

"エリちゃん!"

"ウフフ、待っていたわ"


 ショウとナオミの幻影も居た。幻影達は皆今よりも少し幼いように見える。


「これは、私達が小学生の時かしら」

「……たぶん、そうだね」


 いつもこの学校の近くの小さな公園で遊んでいた。遊具はブランコが二つある程度のそんなに大きくない公園だった記憶がある。もっと大きな公園もあったのだが、そこには沢山の近隣に住む小学生がごった返して、遊ぶに遊べない場所であったことを思い出していく。


"関口お兄! 今日は何するの!"

"うーん、それじゃあ今日は、アインシュタインの相対性理論について皆で語り合おうか!"

"えー! 絶対やだ!"

"ウフフ、私もやだかも"

"皆で鬼ごっこしよ! 関口お兄が鬼ね!"

"良いわね。私も賛成!"

"いや……僕、あんまり運動は得意じゃ"


 三人は、この小さな公園でいろいろな思い出を作った。他愛もないことで笑い。時には喧嘩もした。それでも皆は最後に笑っていた。

 幻影を見続けるショウは、ずっと気になっていた違和感を口にする。


「……エリちゃん。僕のことをずっと関口って呼んでる」

「……」


 二人は黙って幻影を見続けて、ある幻影に差し掛かった時だった。


「ッ!?」


 ショウに凄まじい既視感が襲いかかる。やけに心音も鼓膜を振るわせ初めた。


"エリちゃんにナオちゃん。こんな夜中に集合ってどうしたの? 家を抜け出すの大変だったんだよ"


 幻影のショウは、どうやら夜中に家を抜け出してきた様子であった。女子二人も公園に集合しており、花火の入った袋とバケツを抱えていた。


"関口お兄、遠くの中学校行っちゃうでしょ?"

"う、うん、そうだけど"

"だからエリちゃんと用意したんだけど……皆で花火をしましょう"

"花火!? 大人の人はいるの?"

"ううん、内緒でやるんだよ"


 幻影のショウは驚く。それに対してエリはムスッとした表情を見せ、ナオミはどことなく目元が潤んでいるように見えた。


"私……関口くんと最後にちゃんとした思い出を作りたい"

"ナ、ナオちゃん……でも、危ないから大人も呼んでやろうよ。ね?"

"ダメだよ!"


 ナオミを宥めていたショウに、エリは怒鳴る。


"ちゃんと、三人だけの思い出にしたいの! お父さんやお母さん達が居ちゃダメなんだよ!"

"で、でも……"

"関口お兄! せっかくナオミお姉ちゃんと今日のため準備したんだから、少しだけで良いからやってよ!"


 今度はエリが涙目になり初め、ショウはオドオドするばかりであった。そして、大きな溜め息をついた。


"……分かった。本当にちょっとだけだよ"

"ありがとう! お兄!"

"関口くん……ありがとう!"


 二人の勢いに負けたとはいえ、いけない事だと分かってはいた。だが、大人の管理下から離れた危ない行為に憧れる心に好奇心をくすぐられたのだ。それに、当時のショウはこの妹のような二人の存在がとても愛おしく、そして甘かった。

 ナオミの母親が持っていたライターを使って棒状の花火に火をつけ、火薬の臭いと赤や緑に変わる火花を三人で眺めた。

 10分もすると花火も後一つとなっていた。


"最後にこれやろうよ!"


 エリが取り出したのは、打ち上げ花火の設置筒だった。お互い気持ちが高ぶっていたせいで、冷静さを完全に失っていた。


"火、点けるよ!"


 一回だけなら良いかという心があり、二人には遠くへ離れてもらいショウは自ら導線に火を点けた。そして、急いで二人の元へ走った。

 しかし、その時だった……


"きゃ!?"


 急に強い風が吹く。その夜は風が強くある恐れがあったのだが、小学生の三人はそんなことを考慮していなかった。花火の筒は風でグラツき、あろうことかショウの走る二人の方へと傾いたのだ。


"え……"


 エリが驚いた矢先だった。花火は射出され、星が真っ直ぐ彼女達に向かっていく。


"エリちゃん!"


 ナオミはエリを庇うように抱きついた。それでも橙色の炎を纏った星は勢いを止めず二人に襲いかかる。


"うわああああああ!"


 ショウは叫び、二人の前に立ち塞がった。

 炎の球は彼の顔めがけて飛んでくる。眼前に熱を感じた直前、無意識に自身の右手が顔を庇う。手の平に当たった高熱の火球は彼の皮膚を焦がし、そのままボールのように進路を変え斜め上に飛んでいく。

 彼等の上を通過していった星は、一軒家の屋根の真上で破裂した。


「……そうだ」


 ショウの記憶の中に、今までなかったはずの記憶が注ぎ込まれていく。


"関口くん!!"

"そんな……お兄……"


 倒れて伏せ手を押さえるショウと、そこに駆け寄るナオミ。そして、その場にヘタり込むエリの姿あった。火傷を負った手を抱えうずくまるショウに、駆け寄ったナオミは謝りながら泣き叫んでいた。

 そんな子供達に、近隣に住む大人達が集まり初め遠くから救急車のサイレンの音が迫ってきたのであった。


「関口くん……」

「……」


 ナオミがショウの右手を握る。それを気にせず、彼はその光景を見続けていた。

 すると、三人の少年少女達がブランコの目の前で立っている幻影が映し出された。


"ごめんよ。僕のせいで最後はあんなことになっちゃって……たくさん怒られたけれど、最後はちゃんとこうしてお別れが言えて良かったよ!"


 ショウの右手には白い包帯が巻かれ、それを二人から隠すようにズボンのポケットに手を入れていた。

 二人の少女は俯いており、目を合わそうとしていなかった。ナオミに関しては今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。その様子を見ていたショウは、優しく微笑む。


"大丈夫! 右手は火傷しただけでちゃんと直るよ! それに二人が無事で本当に良かった。もし、二人に何かあったらそれこそ僕は一生後悔していたと思う"


 二人へ歩み寄り、ショウは二人の頭を軽く撫でた。


"だからさ! 最後は皆笑ってお別れしよ! 結構遠い所に僕は行っちゃうけど、出来れば君達に会いに行くから! まあ……バイトして、お金を貯めてからになるけど"


 笑ってみせるショウだが、二人はそれでも黙り込んでいた。表情の変わらない二人を見て、一瞬だけ悲しい表情を浮かべるショウ。やがて彼も振り返り、二人に背を向けた。


"……それじゃあね"


 彼が歩き出したその時だった。


"お兄!!"


 エリが口を開く。


"助けてくれてありがとう! 私のせいでゴメンね、お兄!"

"エリちゃん……"


 後ろを振り向くショウに、エリは大きな声で伝える。


"お兄格好良かった! ヒーローみたいだった! 私もお兄みたいに誰かを守れるぐらい強くなる!"


 一生懸命エリは彼に伝えた。


"もう誰かに迷惑かけない! 誰かを悲しませたりしない!"


 最後に彼女は一番大きな声で叫んだ。


"皆を守る正義の味方に絶対なる!!"


 その言葉を聞き、ショウは驚く。


"……関口くん"


 か細い声でナオミは彼を呼んだ。そして、彼女は一生懸命に笑みを作るも涙をこぼす。


"ゴメンね……助けてくれてありがとう……また……どこかで"


 何かを隠すように左手を後ろに回し、右手で手を拭った。

 その二人を見たショウは徐々に笑みを浮かべ……


"二人とも! また会おう! 元気でね!"


 そして、手を振り離れていった。





「……ナオちゃん」

「うん……」


 暗い公園に佇む二人の陰が揺らぐ。


「僕……頭がおかしくなったのかもしれないんだ」

「関口くん?」


 ショウは、ナオミの肩を掴む。


「僕は君と会うのは4年ぶりなはずだ」

「ええ、その通り」

「君は、4年間の間に引っ越しをしたりしたかい?」


 その質問に彼女は首を横に振る。


「……僕も無いんだ」


 ショウの手に力が入る。


「今もずっとエリちゃんと一緒に暮らしているんだ。あの一軒家の二階で……決して物置なんかじゃない僕の自室で」


 ショウの手が震える。


「でも、それじゃあおかしい。矛盾してる。確かに君とエリちゃんにお別れを言った記憶があるんだ」


 息も荒くなり、声も大きくなる。


「おかしいんだ! 僕の中に、僕の中に噛み合わない二つの記憶があるんだ!」


 ショウの目の前が歪み始める。


「皆の話も、僕の記憶と認識が全然噛み合わないんだ! どうせこれも夢だって、自分に言い聞かせてきたけど、進めば進むほど自分が信じられなくなるんだ!」


 ショウはナオミにすがるように問いかける。


「僕は……何を信じれば良いんだ」


 ショウが下を向き、肩を振るわせた時、そっと彼の手にナオミは手を添えた。ショウはハッと我に返る。


「何も……信じなくて良いと思う」


 ナオミは強く捕まれた肩を痛がりもせず、ショウを見つめる。


「何も信じられない時は、何も信じなくて良いと思う」

「何もって……」

「今までの出来事も、人から言われたことも、もちろん私から言われたことも、そして自分のことも……全部信じなければ良い」


 ナオミは徐々に微笑みを浮かべた。


「何もかもを切り捨て本当に何もなくなった時、君にとって本当に信じたいものが分かるんじゃないかな」

「……それって」

「デカルトの方法的懐疑ほうほうてきかいぎ、関口くんに昔教えてもらった言葉だよ」


 全てを疑う。本当の答えを見つけだす為の方法論の一つ。疑って。疑って。あらゆるもの削ぎ落として。最後に残ったものこそ物事の真である。

 ショウは手に籠もった力を緩めていく。


「でも、その方法は真実を知る為の方法で……」

「真実を知るのが怖いの?」

「……」

「なら、その真実すらも疑えば良い」


 ナオミは右手で、ショウの頬を撫でた。


「関口くんなら出来るよ。きっと、自分の納得する答えが見つけられる」

「ナオちゃん……」


 彼女は、ショウの知る奇抜だけれど少し気弱で大人しい少女ではなくなっていた。誰かを励ませる立派で優しい女性に成長していた。



『ウオオオオオオォォォォォォン!!』



 二人が見つめ合っていた最中、突如けたたましいサイレンのような音が海底に響き渡る。


「今の音……」


 二人が周囲を警戒すると、遠くの方で何か黒くて大きな物が近づいてくるのが分かる。


「あ、あれは!?」


 徐々に姿を現したそれは、尾びれを大きく動かし海底に立ち並ぶ家々を破壊しながらこちらへと向かってくる。

 姿が見え始めたそれは、黒くとてつもない程の大きなクジラであった。


「ク、クジラ!? 何でいきないり!?」

「関口くん、あれを見て」


 大きな黒いクジラの口から、透明ながら赤い斑点模様のジェルを吐き散らしている。ジェルに当たった家は勢いよく吹っ飛び、粉が何なって舞っていく。


「ナオちゃん逃げよう。僕達も巻き込まれるよ」

「……わかった」


 ショウはナオミの手を引き、クジラの進行方向から外れることにした。



♡♡



「……何でだ」


 必死に二人は夢の中のアスファルトを走った。だが、クジラはこちらを見ているかのようにゆっくりと追尾してくる。

 どれだけクジラの死角になるように隠れても、家々を壊しながらゆっくりと確実に近づいてくるのだ。

 クジラに近づくと同時に、今までまばらにいたクラゲ人間達の数も増えていった。

 そしてクラゲ人間達は、どの個体も二人に近づきはするもののある一定の距離になると離れて行ってしまう。


「こいつらは何なんだ?さっきから僕達に近づいたり離れたり?」

「……もしかして、この子達は私達のことを監視しているんじゃ……」

「監視?」

「うん、さっきクジラが口から吐いてた透明な奴。もしかしたらこの子達何じゃないかしら? だとしたら、この子達が私達の居場所をあのクジラに教えているとか?」


 そんなことを話しながら走っていると、彼等はあることに気づき足を止める。


「あれ? ここって……」

「……公園に……戻ってきた?」


 公園から離れたはずの二人が、またしても同じ公園へ戻ってきてしまった。


『ウオオオオオオォォォォォォン!!』


 困惑する二人のことなんかお構いなく。クジラは狙いを定めていたかのように公園に向かって赤い斑点模様の混ざった透明なジェルの固まりを打ち込んだ。


「ナオちゃん危ない!」


 咄嗟に気づいたショウがナオミを庇う為に前に出た。

 二階建ての一軒家程の大きさはあるジェルの固まりは、まるでクラゲ人間を丸めて固めたようなおぞましい形状をしており、手足を所々から伸ばしピクピクと蠢きながら接近してくる。

 あと数十メートルと近づき、ショウがナオミを抱えて避ける構えをとっていた時だった。


「大丈夫よ。関口くん」

「え?」


 ナオミは、しなやかに右手を前に掲げた。

 すると寸前まできたジェルの固まりは、まるで壁に衝突したように彼等の目の前で勢いを止める。


「と、止まった?」


 固まりは半月状に形を変え、そしてゴムボールのように飛んできた方向へ勢いよく戻っていく。凄まじい勢いでジェルはクジラへと戻っていき、クジラは寸前の所でそれを避けた。


「ナオちゃん……今のは……」

「あれが、私の能力よ」


 彼女は前に出した手を戻す。

 すると、クジラはこちらへ近づいていき……


『ヒャッヒャッヒャッヒャ!! マタメンドクサイ能力ヲ出シテキタナ! クソガキドモ!』


 クジラは彼等を完全に視認し、その場で止まった。


「その声……やっぱりお前は……」


 ショウの声に反応するようにクジラは苦しみ出し……そして、クジラの口から同等の大きさはある男の頭が出てきた。顔だけなく右腕左腕とクジラの口を食い破るように這いだしてくる。クジラは体をクネらせ、男の体が飛び出す度に数匹のクラゲ人間も吐き出した。

 やがて、クジラの口から巨大な男の上半身が現れ、男はニィッと二人を見た。


『ソウダヨ! 南方ダイチダヨ! 会イタカッタダロ?水瀬ショウクン! ヒャッハッハッハッハ!!』


 小馬鹿にした笑いを彼等に投げかける。


「いい加減にしろ! 何でまた出てきたんだ! さっさとエリちゃんの夢から出て行け!」


 ショウの言葉に、南方はさらに笑い飛ばした。


『ムリムリ! 俺ガ消エルコトナンテアリエナイ! 俺ハアノロリノトラウマナンンダヨ!』

「トラウマ? どういうことだ!」


 彼の言葉を無視して南方はさらに続ける。


『マタ、俺ノ邪魔ヲスルノナラ、今度コソ許サナイ! 特ニ水瀬ショウ! オ前ハモウ二度ト現レラレナイヨウ八ツ裂キニシテヤルヨ! ツイデニソコノゴスロリ、テメェハショウヲ殺シタ後ニタップリト可愛ガッテ良イ夢見セテヤルヨヤルヨ! アヒャッヒャッヒャ!』

「アナタみたいな下手物は趣味じゃないの。とっとと消えて」


 冷たい目で南方を睨むナオミ。その反応も南方は楽しむように笑い飛ばす。


『イーッヒャッヒャッヒャ! イイネー! ソウイウ反応ノ女ヲ服従サセル展開大好キヨ俺!』


 それを嘲笑い南方は片手を掲げた。すると彼の掲げた先へ周囲で漂っていたクラゲ人間達が集まっていく。クラゲ人間達は互いにまとわりつき押しつぶし合いながら、すぐさま透明でまだらな球体に変わった。

 その大きさたるや、巨大な南方より遙かに大きい。ショウ達のいる公園かそこ等一帯の家を押しつぶせる程のデカさであった。


「な、何だこの大きさ……」

「……」


 唖然としていると、南方が声を上げる。


『コイツラハ触レルト痺レル毒ヲ持ッテルンダヨ。コレデ、コノ街ゴトオ前等ヲ捕マエルノサ! 俺ノ作リ出シタ体液デ喘ガセテヤルヨ! ナーンテナ! アッヒャッヒャッヒャ!』


 南方が腕を下ろすと、作り出された透明な蠢く球体はこの町を丸飲みにしようとするように落下してくる。


「くっ……どうすれば」


 ショウは思考を巡らせる。巨大な体積を持つジェルを止める手段を持ち合わせていない。走って逃げて間に合う大きさでもなかった。

 ならば南方をまた一撃でシトメるべきかもしれない。

 だが、上手くシトメたとして、あのジェルを何とか止めることは保証がない。

 そもそも南方を無力化はしてきたものの、完全に死亡させることは出来なかった。

 今のショウに、この状況を打開できる手段が思い浮かべられなかった。


「……それなら」


 ショウの右手には[剛腕]の文字が浮かび上がる。彼はこの力でナオミを無理矢理ジェルの範囲から離脱させることに決めた。


「ナオちゃん! 僕の右手に捕まって! 今から君を……」

「アイツ……許さない」


 ショウが作戦を伝えようとしていた所で、彼女は声を低くして呟いた。ショウが思わず彼女の様子を窺うと、何かのスイッチが入ったかのように、ナオミは凄まじい剣幕で南方を睨みつける。鬼の形相とはまさにこのことだった。


「私達の町を……私と関口くんの思いでの場所を汚すなんて許せない」

「あ、あの……ナオちゃん?」

「関口くんとエリちゃんでおままごとをして、さりげなく関口くんの愛人関係になって家庭を崩壊させて遊んだこの公園を……」

「ナオちゃん?」

「クリスマスの時に、私の髪の毛を織り交ぜて作ったマフラーを関口くんが喜んで貰ってくれたこの公園を……」

「ナオちゃん!?」

「バレンタインの時に私の唾液を混ぜて作ったチョコレートを関口くんが美味しそうに食べてくれたこの公園を……」

「え……本当に何を言ってるの……」

「私達のせつない思い出を……それでも甘酸っぱかったこの公園の思い出を! あのゴミの体液なんかに……」

「ナ、ナオちゃん! とにかく手を! 手を掴んで!」


 ブツブツと何かを呟き続けるナオミ。ショウが無理矢理彼女の左手を握る。だがその時、ナオミは握られていない自分の右手を上に真っ直ぐ掲げた。


「汚させたりしない!」


 彼女が叫んだと同時に、この世界の生物の認識が変化した。


「え」

『エ』


 突然、頭が重くなり体が浮き始める。

 いや、全ての生き物や物質が上に浮かび始めたのだ。重力が突如上へと向きだし、徐々に徐々に重みが増していく。



 

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