第6話 一歩前へ

「うん。今回もうまく焼けた♪明日が楽しみ♪」

 手作りクッキーを焼き上げると既に外は暗くなっていた。


 翌朝、張り切りすぎていつもより早く起きてしまった。


 あまり早すぎても変だなぁーと、ハナは準備だけ整え、いつもの湖畔へ来ていた…。


「ここでバトさんに助けて貰ったんだ…」

 まだ見ぬ騎士に淡い期待と緊張で心臓が飛び出しそうな想いを湖畔の遠くを見るようにして、一人で深呼吸を何度も繰り返していた…。

「クッキー、喜んでもらえるかな…」


 ぼんやりと湖畔で時間を過ごし、日が高くなってきたのを見計らって、お世話になった詰め所へと向かった。


 王国城下町は広く、昼間の人が行き交う道のりは以外にも遠く感じた。


「あ、ここだ!」

 一昨日は夜だったがちゃんと迷わずにたどり着くことが出来た。


 ノックをしようとドアの前に立つも、なかなか踏み込めない。

(あーもう!なんのための元気クッキーなの!勇気を出せハナ!)


 コンコン☆


「はーい!」

(あ!サエさんだ!)

「ハナです。」


 ガチャ!

「ハナちゃん!こんにちわ!」

 アタシだと解ると物凄い速さでドアを開けてくれたサエさん。待っててくれたんだなぁと少し安心と感動が込み上げてきた。


「こんにちわ!一昨日振りだね!元気そうで良かった」

 と、優しい笑顔で出迎えてくれたリコさん。


「君があのハナちゃんか、班長やってるダイだ、よろしくな!」

 屈強な体とゴツゴツした手で握手をしてもらった。随分と年上に見えるけど、マスターはリコさんなんだなぁ…


「よろしくぅー!僕はシムだよ、同い年位じゃないかな?」

 ちょっとしゃべり方に癖のある同年代の冒険者。


 そして、奥のテーブルに黙って座っている男性が一人…。

(ぁ…あの人だ)


 緊張でこのときの事はほとんど覚えていない。


 アタシは真っ直ぐに彼に近寄り

「あの!助けていただいてありがとうございました!クッキー焼いて来たので食べてください!!」

 精一杯の気持ちを乗せてクッキーを差し出した。

 まるでその姿は交際を申し込む乙女のようで、ぼんやりとした記憶しか残っていなくても、思い出そうとするだけで赤面してしまう。


「あぁ、あの時の…一般人を助けるのが俺の役目だ。気にしないでくれ」

 期待していた言葉とは遠くかけ離れた返事に真っ青になったのをうっすら覚えている。

「やった!クッキー?!手作りなの?!皆で食べましょ♪サエ、お茶入れて♪」

 リコさんの天然とも言える気転で、ティーパーティーが始まり、その場は賑やかな時間となった。


 お茶を頂き、世間話やアタシの生い立ちなどで盛り上がると気持ちも落ち着いてきて、ギルドの皆の暖かさに心も救われていった。


「え?小さい頃の記憶が無いの?!」

 リコさんは話を持ち上げるのがとても巧い。

「はい。しっかりとした記憶があるのは7~8歳位からで、その前はさっぱりなんです…」


 そんな会話をちょっと神妙な面持ちで聞いていたダイが

「ハナちゃん、君のフルネームはなんて言うんだ?」


「あ、はい。ハナ・アキムハイトです」


「アキム…」

 誰かが何かを言おうとしたように聞こえた。

 アタシの性を聞いた瞬間、確かに全員の目が止まった。

(???皆、何かを知ってる?もしかして両親の???)


 バトもこれには反応してこちらを伺っているように見える。

(相変わらず奥に座っているけれど…)


 少しの沈黙を打ち破ったのはやはりリコさんだった。

「ねぇハナちゃん。冒険者にならない?」


 その言葉にアタシは心を打たれた。


 "冒険者"


 アタシなんかが?

 冒険者?

 でも、それって忘れ去られたアタシの「回復系能力」が少しでも役に立つのかな?


 様々な想いが一気に押し寄せてきた。


 きっとアタシ、この言葉を待ってた。


 漠然としていた未来に一筋の光が射した気分だった。


「はい!アタシ、冒険者やりたいです!」


 自然と迷いはなかった。

 戦うことは苦手だけど、何故だか冒険者がアタシのやるべきことだとそう感じた。

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