不意打ち

放課後、部活に向かおうと校庭を横切っていると京子ちゃんがいた。

せっかくなので声をかけようとしたがやめた。

啓介が一緒にいたから。

やっぱり京子ちゃんは啓介のことが好きなのだろうか。

そういう意味で好きではないと言っていたが、本当のところはどうなのだろう。

聞きたいけど聞けないし聞かない。

だって気持ちが悪いだけだろう。ただの部活の先輩からそんなこと根掘り葉掘り聞かれたらさ。


部室で着替えてもう一度校庭に行くと誰もいなくなっていた。

良かった。あれ以上啓介と京子ちゃんが関わるところなんて見たくないんだ。

「せーんぱい」

「おおう!?」

不意に後ろから声をかけられて変な声が出てしまった。

振り向くと京子ちゃんがニコニコしている。

先輩を驚かせて楽しむなんて趣味の悪い後輩だ。

「いかがされましたか、降田先輩」

「あ、いや、ちょっとびっくりしただけ」

「本当ですか? あ、先に行っておきますけど私と啓介先輩の間にラブもロマンスもコメディもないですよ?」

俺が気付いていたことに気づいていたらしい。

本当に悪趣味な後輩だ。

「私が啓介先輩に興味を示すのはあくまで観察対象としてです。どんな肥料を上げたら育ちますかね?」

「俺の友達は朝顔か。あんまり啓介をいじめてやるなよ。俺のこともな」

「気をつけます。ところで降田先輩は告白しないんですか?」

「は?」

待て待て、なにを言っているのだこの後輩は。

告白だと。

あ、あれか? 罪を告白せよ的な?

「なにぼんやりしてるんですか。私に、愛の、告白」

「し、しねえよ!!」

「しないんですか」

なんでそこでちょっと残念そうな顔をするんだよ。

ていうかばれていたのか!?

「だって降田先輩あからさまに私のこと好きじゃないですか」

「いやほんと京子ちゃんっていい根性してるよね」

「よく言われます。降田先輩は直情型っぽいのですぐに告白されるかと思いきやそうでもありませんでしたね。

先ほど啓介先輩にも言われましたが、中々世の中思い通りに事は運びません。

私は参謀とか裏ボスとか秘書とかそういうものに向いていないのかもしれません。そういうの大好きなんですけど」

秘書は向いていると思うけど。

でもこの後輩は本当に悪だくみが好きだよな。

なんで俺こんな子好きなんだろう。

謎。

「啓介がなに言ったかは知らないけど、世の中が誰か一人の思い通りになんて進むわけないだろうが。ヒットラーかなにかを目指してるのか?」

「だいたいあってますけどね」

マジかよ。怖いよ。

一応弁解するとこの子にもいいところあるんだよ?

顔とか容姿とか見かけとか。

あとはそうだな、表向きは優しくていい子なんだよ。

ちょっとばかり腹黒いだけで。

「で、京子ちゃんは俺に告白してほしいわけ? したらOKしてくれるの?」

「しませんよ」

「だよね、知ってた」

京子ちゃん、一見ゆるふわかわいい系女子なのに中身恐怖のヒットラーだから男女付き合いなんて面倒なことに興味などないだろう。

「恋なんてしたら自分の心情に手一杯になっちゃうじゃないですか」

「振り回されるだろうね」

「それが嫌なんですよ」

「じゃあそうならないように俺で訓練すればいい」

なに言ってんの俺。

訓練ってなに。

「降田先輩は愛がなくてもやれればOKなんですか」

「そう言う下種いことをかわいい顔で言わないでくれ。夢が崩れる。

そうじゃなくてだな、男女付き合いの練習を俺ですればいいってことだ。

飽きたら捨てていい。ネットや噂話で聞いたようなことをすきにやってみればいい。

都合がいい男、好きだろ」

「好きです。うーーん、でもなあ。人の気持ちをもてあそぶのは好きですけど、献身とか真心とか情愛とかそういうの苦手ですし」

本当にえげつない後輩だ。

でもあともうひと押しで行けそうな気がする。

うまいこと言うんだ俺!!

「そんなあまったるいもんじゃないさ。俺には京子ちゃんの彼氏という称号が手に入る。

京子ちゃんは手駒が増える。それくらいの感覚でいい」

「そうですねえ。まあ、まあ……いいでしょう。男子生徒からの視線も鬱陶しかったことですし、降田先輩の彼女とあらば間近で啓介先輩を観察できます」

「結局は啓介かよ。それでもいいさ。本当に好きになったのなら言ってくれ。ちゃんと告白するからさ」

「私が降田先輩を好きになるまでちゃんと告白しないだなんて、とんだチキンですね。

今のところはそれでも良しとしましょう。よろしくお願いします、直哉先輩」

「おう」

なんてすてきな響きだ『直哉先輩』。

今後はずっとそう呼ばれるのか。幸せすぎかな? 溶けちゃうかな?

たとえそこに愛はなかったとしても、少なくとも一歩前進ではあるだろう。

目の前にかわいらしく微笑む後輩ことヒットラー、もとい京子ちゃんは今この瞬間から俺の彼女なのだ。

これで明日も生きていける。

跳ね上がりそうな気持ちを必死に抑える俺の努力を、いったいこの子はどれだけ理解しているのだろうね。

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