第38話心配

 日本時間二十三時、ゲーム時間二時、リンスドルフに兎組が集合して雑談をしている。みんな興奮冷めやらぬようだ。わたしも楽しくて、まだ眠くないし、眠れない気がする。


「お疲れ様です。えーす」

 ハンガクと前田、謙信、チョコとも合流できた。本当にハンガクは指揮官として優秀だな。しかし、なんだか浮かない顔をしている。


「今回の戦闘で薬草の在庫がほぼ無くなりました。干している分もありますが、作成して出来る数では土曜日分の数が足らないと思います。明日は矢の補充、薬草、合わせ草の採取と干す作業をメインにして日曜日用の薬草を作らないとなりませんね」

 なるほどね、流石ハンガクだ、先の先まで考えていた。とりあえず兎組全体に現状を共有して、今日は解散となった。明日は生産がメインになる、砦も壊れて敵も減っちゃったからね。


 皆もクローネシュタットまで帰るというので、フィールドを歩きながら、薬草、合わせ草があれば採取しながら戻る。ゲーム時間は四時を過ぎ、日が昇った。

 北門のところにエルドワが見える、早朝なのに何をしているんだろう? 皆とはここで別れてエルドワに会いに行った。


「おはようエルドワ、こんな早朝に何をしているんだ?」

 話しかけると、走ってきてギュッと抱きしめてきた。そして顔を私の腹に埋める。どうしたんだ一体、何かあったのか? 顔を上げたエルドワの瞳からは涙が溢れ出ていた。


「心配したんだぞ、えーす。コンタクトに聞いたら化け物の砦を壊しに行くって。門のところで待ってたら、北には真っ赤な炎が上がって、全然帰ってこないし、ううう……」

 悪いことをしたなエルドワ。頭を優しく撫で、少し力をいれて抱きしめた。こんなところで抱き合っているのも目立つのでスラム街に向かって歩く。途中串焼き屋があったので二人で食べた、あっそうだ。


「何だいこれ? 雪みたいだけど雪じゃないし、食べていいのか? うわっつ、冷たい。甘い。おいししいーー」

 ぴょん、ぴょん、膝を折りながら飛び跳ねている。落とすから落ち着いて食べなさい。



「えーす。心配するから、あんまり無茶なことをしないでくれよ。化け物と戦って死なないからって無理しすぎなんだよ。それと困ったことがあったら何でも言ってくれよな、親友なんだから。へへへ」

 エルドワの頭を撫でながら、ごめん、と謝っておいた。そうだ、


「薬草と合わせ草が凄く沢山必要なのか? 分かった、皆で協力して集めるよ」

 私はゲーム内時間だと、二十二時過ぎにログインするので、西門ギルド前で待ち合わせする事になった。



 翌朝、イベントが明日に迫ったので、ゲームのホームページを確認するとイベントの詳細が明らかになっていた。

 ノイケーニヒシュロスまでの街道を封鎖している敵が増殖。詳細な数は不明だが一千万以上ではないかとのこと。それらを撃退するらしい。


イベントコンセプト

・協力


勝利条件

・敵を全滅させるか、街道から撤退させる。

・敵のボスを倒す。

・北東の村ラインツドルフ、北西の村リンスドルフを守りきる。


敗北条件

・総指揮官であるハイコ様が倒される。前線には出ません。

・ラインツドルフとリンスドルフの両村が陥落する。


報酬

・敵を数多く倒したプレイヤー上位百名に特別報酬。

・敵を数多く倒したPT上位百チームに特別報酬。

・敵を倒して得た経験値が多いPT上位百チームに特別報酬。

・敵を百体以上倒したプレイヤーに特別報酬。

・敵を五百体以上倒したPTに特別報酬。

・勝利時には参加者全員に特別報酬、戦闘の有無に関わらず。

・イベント終了後、総合的に判断して、貢献度が高いと判断されたプレイヤー及びPTには特別報酬。


注意事項

・イベント期間終了後に、勝利条件と敗北条件が同時に発生している場合は敗北とする。

・倒した数はトドメを刺したものにカウントされる。

・イベント敵以外の通常の敵を倒しても評価されない。

・敗北時は報酬の質が下がり、賞金は減額される。

・複数の報酬条件を満たしたプレイヤーは、条件にあう全ての報酬を受け取れる。

・敵はレベル差があっても逃げません。

・基本イベント敵は何も出しませんので直ぐに消えます。希に消えない敵がいた場合は、通常の敵と同じように剥ぎ取り可能です。


 しかし一千万以上ってどうやって数えたんだろうな。

 ラインツドルフはクローネシュタットから北東六km位にあり、林が近いため木材、薪、炭などが主な交易品で、リンスドルフはクローネシュタットから北西六.五km位にあり、大麦が主な交易品だ。砦が近くにあったことで立ち寄ったプレイヤーも多いと思う。

 クローネシュタットの北五kmに駐屯地が用意され、申請する事で最寄り村を駐屯地にする事が可能とのこと。申請方法は、イベント参加NPCが街や駐屯地までの街道に多数いるので、そこに申し込むらしい。



 元々規約には横殴りを禁止していないが、今回は混戦で横殴りしないと戦えない状態になるため、全員で協力して敵を殲滅するようにとの運営からのお願いが書いてある。

 まあ一千万の敵がいて、味方同士で数匹に拘ったり、剥ぎ取りで争っている様じゃ勝てないだろうね、当然ちゃ当然だな。でもここまで書かないと協力出来ないってのは淋しいねえ。


 戦闘の中心地は北になるんだろうけど、皆と一緒に歩いたら駐屯地まで一時間半というところか。薬草などの回復アイテムも尽きているし、トッププレイヤーが最前線で戦うだろうから、お祭り気分で参加で良いのかな? 今日の夜、皆に意見を聞いてみよう。



 エルドワとコンタクト、そして獣人洗い熊の女の子のラクンが西門ギルド前で待っていた。なんと、薬草と合わせ草をそれぞれ六千個持ってきてくれた。しかし、こんなに沢山の荷物を受けとれ……るな。ギルドでアイテム保存棚百枠*百個を二つ借りた、二十万マールの出費だが全然問題ない。薬草の代金として二十四万マールをエルドワに支払った。


「困ったことがあったら何時でも言ってくれよな」

「フイゴは今度会った時でいいですよ。化け物退治ありがとうございました」

「おやすみなさい。えーす。また日本の話を聞かせてねー。ふぁああ」

 エルドワ達と別れ、生産をする前に、調合のスキル上げだな。一個でも多くの薬草が必要なのだからスキルを経験値で上げてしまった方が良いだろう。LVUP窓口に向かう。


 調合ニを覚える、経験値が九千四百程かかった。調合三があるか確認したら、経験値四万となっていた。調合三を覚えて、調合四は八万、五は十六万、五まで覚えてそこでストップとなった。残りの経験値は五十四万七千強残っていた。


 屋上のレンタル代を払って、屋上に干していた薬草と毒消し草を七百個、合わせ草千四百個を回収する。部屋のレンタル代を払って生産開始だ。薬草:乾燥十個と合わせ草:乾燥十個を使って調合したら、薬草が十五個になった。なんで? スキルによる恩恵だろう。

 毎回固定で十五個なので、きっとこれ以上は増えないのだろうな。薬草千五十個、毒消し千五十個が出来た。毒消しは今はいらないので後で売るとして、前から気になっていたことを試してみる。


 レンタル部屋にある中華鍋のような大きなフライパンを炭火のコンロの上に置く。そこに薬草:生を百個をいれて炒めてみた。その後、合わせ草も同様に炒めた。結果がこれだ、


薬草:炒め……急速に熱する事で治癒効果を引き出しつつ、水分を維持する事で治癒効果が高まった。ただし、水分がある為時間経過と共に劣化する。ゲーム内残り時間:六十日


合わせ草:炒め……急速に熱する事で合わせ効果を引き出しつつ、水分を維持する事で合わせ効果が高まった。ただし、水分がある為時間経過と共に劣化する。ゲーム内残り時間:六十日


 そして、それを十個ずつ調合してみたら、上薬草:炒めが十個出来た。おや、


「称号:“限界を超えし者:理”を入手しました」

「称号:“自重して下さい”を入手しました」


 “限界を超えし者:理”

・常識に囚われない自由な発想に感服。


 “自重して下さい”

・十個目の称号入手おめでとうございます。

 自重なんてせずに行けるところまで行っちゃってー。


 はあ? なんかメリットが何にもない称号ばっかり増えてきたんだけど。どうせセットなんてしないからどうでも良いけどね。


薬草:炒め……薬草より高い治癒効果がある。水分がある為時間経過と共に劣化する。ゲーム内残り時間:六十日


 えーと、ログインしているフレンドは居ないようなので、兎組の掲示板に書いとけばいいか。あれ? でも待てよ、調合スキルが五だから成功したのかもしれない。とりあえず、調合スキルが低いと失敗するかもって書いておこう。


 その後も、持ってきてた残りの薬草と合わせ草も炒めてから調合した。荷物を整理して一旦休憩しよう。


 

 休憩後、役立ちそうなものをエールラーケに行って買い物をしてきた。人が少ないうちに、往復してきたほうが移動が楽だからね。よし、生産再開だ。



 日本時間十九時、ゲーム時間十八時、ログインして前田と謙信と会話をする。


「こんばんは。えーす、相変わらずぶっ飛んでますね」

 前田が褒めてくれたのだろう。手を軽く上げて、まあまあ抑えて抑えて、という感じで応えておいた。上薬草は合計で四千百個出来ているので、前田と謙信には上薬草を三百個ずつ、薬草は百個ずつ配った。その後合流した、チョコ、パート、ハンガク、マリア、お湯[仮]お茶ノお湯博士トドミン[仮]東京土民にも配っておいた。



「そうそう、先日の鉱石からこんなもんが出来たよ」

 お湯が幾つか出来たものを見せてくれた。


・水道管   鉛から

・屋根    銅から

・メッキ   亜鉛または錫から

・毒     金属ヒ素から

・発光石   蛍石から

・綺麗な結晶 ビスマスから

・ハンダ   鉛と錫から

・青銅    銅と錫から


 何に使うんだこれ? いや水道とか無いし、屋根だって別の素材使ってるよね。メッキは錆びなくなるからまあ分かるか。毒もまあ。発光石もなんか使えそうな気もする。綺麗な結晶は綺麗だけど宝石って訳でもない。基盤も無いのにハンダって何使うんだ? 青銅って既に鉄があるから要らないんじゃないの。


「いまの鍛冶レベルで出来たものがコレなんで、その後の鍛冶レベルとレシピ次第で何か別の製品が出来るかもしれません」

 現状ではこの辺が限度なのだろうな。今回の戦いには役立ちそうもないので、これ以上はイベント終了後に検討だね。



 集合場所には、四百名位の人が集まっていた。今回のイベント参加の意気込みを確認したが、トップ百に入るのは無理だと思うがほぼ全員の意見で、二日間のトータルでPTで五百体いけたらいいなー、参加するだけでも良いや、の半々程度だった。

 楽しいことが好きなメンバーみたいだし、気楽に行こうという事で意見が纏まった。一応兎組でまとまって参戦する事にした。


 砦は跡形もない状態になっており、イベントの敵も沸かなくなっているので、狩りを諦めたプレイヤーが兎組のメンバーと生産活動に従事している。わたしもこれから上薬草作成に戻る。



 日本時間ニ十ニ時、ゲーム時間零時、追加で作成した上薬草と先ほどの在庫から少し合わせて、三千個ほど集合場所に持ってきた。

 前田達がいたので、前田、謙信、ハンガク、パートには、エールラーケで買ったものを渡した。荷物整理班がいたので上薬草を渡したら、逆に投擲槍百本*ニ十枠と普通の槍三本、槍衾用の槍三本をもらった。槍は作りすぎて余っているらしい、受け取らないと荷物枠が圧迫するので上薬草を受け取って貰えないんだって。もう準備することもなさそうだな。


 チョコを見ると謙信や前田と楽しそうに、身振り手振りを交えながら戦闘の仕方を話している。馴染めているようで良かったが、呪いの装備を見せびらかした時には困惑されていたように見えた。大丈夫だろうか……


 参加申し込みが出来るNPCは街のあちこちにいるので、今日中に申し込みを済ませるよう、ハンガクが案内をしている。最寄り地は駐屯地にし、明日の日本時間八時半現地集合、九時出発の予定だ。

 ちなみに、先日のメンテナンス後から駐屯地より三km位先に半透明の壁というか膜が出来ており、そこから北には進めないようになっている。多分敵の本拠地に前日から移動されるのを防ぐためだと思われる。

 まあゲームだしそういうのもあるよね。しかしログアウトするには時間が早いな。ハンガクが他のプレイヤー達と話しているのが見えたので、


「ハンガクちょっとこれから時間あるかな? ちょっと付き合って欲しいのだけれど」


「付き合って!? ああー↓どこかに行くのですね。えっ酒場? 二人で? ひあい行きます!」

 前から行きたかった酒場にハンガクと入ったが、どう見ても席が空いているようには見えない。迂闊だったな、相当数のプレイヤーがこの街に集まっているのだから。

 酒場のNPCに席が空いているか訪ねたところ、三階にあるVIPルームならと言われたのでそこにしてもらった。ちょっと相談したい事もあるので個室の方が都合が良い。部屋代飲食代込みで二時間三十二万マールでチョット高かったかな。

 三十人くらいは余裕で入れそうな広さだ、真ん中のソファー席だとちょっと距離が離れすぎているし、ピアノ席の前や、専用のバーテンダーの前だと相談しずらいので、街の外が見える窓席に並んで座った。


「こんなに高そうな部屋大丈夫なんですか? 私そんなにマール持ってませんよ? え? 奢り? 

 そんな、でも、いや恥をかかせるつもりなんて、そんな、分かりました。ご馳走になります」

 マールなら沢山あるし、相談したいのは今だからね。お酒の種類を聞いても意味が全く分からないカクテル名だったので、適当に持ってくるようにお願いした。

 お通しだろうか? マリネ、ザワークラウト、ピクルスなどが運ばれてきた。普通に美味しいし想像しているのと同じ味だ。ゲーム内ならいくら食べても太らないし、美食ゲームは間違いなくあるだろう、今度探してみよう。


 チョコが呪われた装備を沢山持って喜んでいるようなのだが、あれくらいの年の子は呪われた装備を持つのが普通なのだろうか?

 学校では、呪われたカバンとか死のリップクリームとかを持っていないと苛められたりするのだろか?


「なにチョコミントって呪われてないの? ダッサー。ねーみんなー祝っちゃおうよ」

「「「幸あーれ! 幸あーれ! 幸あーれ!」」」

 下駄箱を開けたら破魔矢が入っていたり、机に入れておいたボロボロにしていた教科書が新品になっちゃうとか。ううう可哀想に……。ちょっと妄想が暴走してしまった。

 あたり障りのない会話をしばらくしてから相談をしてみた。


「ちょと聞きたいのだが、チョコの事なんだが、呪われた装備を沢山持っているのだがどう思う? 変じゃないかな? 心配になってしまって」


「ゲーム内では変わったアイテムを集めたり、拘りの装備で統一したり、ネタと思われるような物を揃える人はいますので、そんなに気にされなくてもいいと思います」

 そういう物なのかな。呪われた装備を持ちたい年頃なのかと聞いたら爆笑されてしまった。いやいや怖かったんですって、呪われた装備を十六個も見せられて。

 ノーマルポシェット二個だとしたら、約四分の一が呪い装備で埋まってるんですよ、おかしいでしょ。


 夜景を見つつ、ピアノの伴奏を聞きながら、料理と会話を楽しんだ。今度は皆で来ようかな? でも兎組全員は入れないな。まあ六人なら大丈夫か。

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